第122話 シャドウ・ワーカー


「なんでアニ……アネキが待ちかまえてるんだ?」

「いいじゃない。私が付き合っても。

 それに今のショコラは貴族に絡まれた時、大変でしょ?」


 準備を終えてカロマと共に屋敷の外に出ると、女性何でも屋ショルディナーの格好をした兄が従者のモンドーアとともに待っていた。


 ショークリアが兄――いや今は姉か――を連れていくかどうかで少し迷っていると、横にいたカロマが首肯する。


「代償がどこまでの影響があるかも分からないコトを考えますと、確かにその通りですね。

 貴族対応――アタシが出来ないわけではないですけど、アタシは現状、お嬢様の従騎士でしかありませんからね。

 暴力沙汰ならいざ知らず、ただの挨拶や口論程度ですと、主より前に出るコトはできませんので」

「モンドはそれでいいのか?」

「ショコラお嬢様のコトを思えば、自分もカロマさんと同意見です」


 カロマとモンドーアがそう言うのであれば、むしろ姉の同行は断らない方が良いのだろう。


「その方が良いってんなら、オレからは何も言わねぇよ」

「よし。ショコラからの許可も下りたわ」


 嬉しそうなガノンナッシュ――いや今はクリムニーアか――を見て、ショークリアはふと思う。


「明日以降も代償が収まらなかったら、オレもちょいと男装して、何でも屋家業優先で過ごすかねぇ……」

「戦闘出来るんですか?」

「あとで、それも試さねぇとな……」


 カロマに問われ、ショークリアは少し疲れたように嘆息した。





「遅いぜぇショコラちゃん」

「悪いな、ドンのおっちゃん。待たせた」


 約束の空き地。

 白いスーツでキチっとキメたドン・スピルノーヌが待っていた。


 遅い――と文句は言っているものの、その口調や雰囲気はそこまで怒っている感じがないので、ショークリアは密かに安堵する。


「お? どったのぉ、口調」

「無茶しすぎちまってな。代償魔術の後遺症って奴よ」

「おれは嫌いじゃないけどねぇ。今の嬢ちゃんも。しかし貴族としては大変だぁ」

「そうなんだよな。しばらくは騙し騙しやってくしかねぇや」


 肩を竦めて見せると、ドンは楽しそうに笑う。


「ところで、後ろのカワイコちゃんとイケメンの紹介とかしてくれるかぁ?」

「おう。アネキのクリムニーアと、その従者のモンドーアだ」


 紹介にあわせ、クリムニーアとモンドーアが一礼する。

 ドンが裏の人間だからとか、平民だからといった見下した様子はなく挨拶をする二人に、ドンは嬉しそうな顔をした。


「オレが今、こんな状態だからな。ドンのおっちゃんとどうこうってより、道中でうっかり変な貴族と遭遇した場合のフォローする為に、つきあってくれてんだよ」

「そりゃあ良い姉ちゃんじゃねーかぁ」

「おう。そんけーするアネキだぜ」


 ドンが本心からそう言えば、ショークリアも本心からそう答える。

 そのやりとりに、クリムニーアは若干顔を赤くしていた。


「ああ、そうだ。

 昨日はありがとよ、ショコラちゃん」

「あん? 何がだ?」

「化けモンだよ化けモン。

 馬鹿でかいバルーンの王様みたいのとやり合ってただろぉ?

 アイツが放って置かれたら、結局裏の街も潰されちまうわなぁ……。なんで、被害が拡大する前に倒してくれてありがとうよって話だぁな。

 ショコラちゃんが遅刻しても、おれが怒ってない理由もそれなぁ。正直、今日はこなくても仕方ねぇかなぁとは思ってたのよぉ。

 で、フタを開けてみりゃ、魔術代償もガッツリでてるってのに、わざわざ来る義理堅さとか見せてくれてさぁ……。

 いやぁ、ホントにショコラちゃんは最高に良い女だぁねぃ」


 わはははは~……と、どうにもドンは上機嫌だ。

 ショークリアとしてはイマイチ、ピンと来なかったのだがまぁいいかと、小さな麻袋を一つ差し出した。


「ああ、そうだ。ドンのおっちゃん。

 こいつを受け取ってくんねぇか?」

「おう? くれるってぇなら貰うけどよぉ、なんかの手付け金かぁ?」


 ショークリアが現金の入った小さな袋を手渡すと、中身を確認してから首を傾げる。


「うちのオヤジからだよ。

 土地の話は領主会議が終わるまで待ってくれだってよ。返答を遅らせちまう分の迷惑料って奴だ」

「なんだぁ……ショコラちゃんが義理堅いのは親譲りかぁ」

「さぁな。オレはオレがやりたいようにやってるだけだし、それはオヤジも同じだと思うぜ」

「ならやっぱり親譲りじゃないかぁ」

「そうなのかねぇ……。んで、領主会議って本当は今日だったんだけどよ、なんか明日に延期になっちまったらしいんだよな」

「そりゃ昨日の化け物騒動がありゃあなぁ。

 それなら、会議の後の相談やら考える時間やら考えて……七日後のこのくらいの時間にココでどうだぁ?」

「りょーかいだ」


 そうして今後の予定が決まったところで、ドンは自分の背後に目をやった。


「おーし、お前ら。引き渡しの時間だぜ」


 ドンに呼ばれ、カラフルな傭兵崩れが姿を見せる。

 なんだか、先日見た時よりも精悍な雰囲気がになっている気もするが……。


 ショークリアが訝しんでいると、彼らは一斉に頭を下げて叫ぶ。


あねさんッ、今日からよろしくお願いしますッ!」

「なにごとッ!?」


 一体、彼らに何があったというのか。

 思わずドンを見ると、彼は彼で困ったように笑った。


「いやぁ、おれは何もしてないんだぁな」

「は?」

「いやいやまじでまじで。

 こいつら、昨日の嬢ちゃんの戦いを間近で見てさ、思うコトがあったらしいぞぉ?」

「そうなのか?」


 いまいちドンの言葉が信じられずに、ショークリアが傭兵たちの方へと視線を向けると、彼らは声揃えて肯定する。


「はい!!」


 その姿を見ながら、ショークリアは何とも言えない気分で思考した。


(まぁ、前みたいにどうしようもねぇ感じじゃなくなってから、いいか)


 とりあえずあるがままを受け入れよう――と、一人で納得する。


(問題は、そこまで使い道を考えてなかったってコトなんだよな。

 情報収集とかして貰いてぇけど、コイツらに何が出来るのかってところもあるしよ……)


 私兵として扱うにしても、彼らの場合その使い方が思いつかない。

 そもそも何ができるのか分からない――ということ以上に、出会ったときの先入観もあって、何か出来ることの方が少ないのでは……? と思ってしまうのだ。


「ま、オレの私兵っつってもしばらくは好きにしてていいぜ。

 ただ呼び出したら絶対にオレのところへ来れるようにはしておけよ。

 何でも屋の依頼ショルディンクエストを受けて、外出する時は必ずオレに知らせろ。

 それと、好きにして良いとは言ったがよ、今日からテメェらはオレの飼い犬だ。飼い犬の粗相は飼い主の粗相になるから、心して活動しろよ」

 

 こうやって軽くガンを付けながら言ってやれば充分だろう――そう軽く考えていたショークリアだった。

 だが、彼らは背筋を伸ばし、両手を後ろで組んで応える。


「応ッ!」


 完全なるヤクザの舎弟のムーブに見えるのは気のせいだろうか。


(や、たぶん気のせいじゃねぇ……)


 まぁ従順で、やる気があるなら問題は起きないだろう――と半ば現実逃避気味に考えて、ショークリアは小さく嘆息した。


 ……と、彼らとのやりとりが一段落したところで、クリムニーアが話かけてくる。


「ねぇねショコラ。彼ら、あたしも使っていいかな?」

「ん? 構わないぜ。基本的にオレの指示優先って形にさせてもらうけどよ」

「それはもちろん。ショコラの私兵だしね。

 増えたら分けてね。あたしも欲しいから」

「アネキは何で増えるコト前提の話をするんだよ」

「いや、絶対増えるでしょ、これ」

「増えるの?」

「増殖するね。断言する」

「分裂して増殖していくスライムかなにかかよ」

「そんな感じでどんどん増えてく気がするの、あたし」

「マジか」


 ちょっとうんざりした気分で、ショークリアは呻く。


「ショコラが何かしてもしなくても増えていくって覚悟した方がいいかもね」

「どんな予言だよ……ったく」

「予言じゃないって。確信、確信」

「どんな確信だよ」


 うへー……とわざとらしく口にしてから、ショークリアは傭兵たちへと視線を向けた。


「まぁそんなワケだ。

 オレからの指示が特になければ、お前らの判断でクリムニーアのアネキ。それと、ここにはいねぇけどガノンナッシュのアニキからの指示で動いて良い。

 どうして良いか分からねぇ時は、オレの判断を仰げ。連絡手段は何か考えとくからよ」


 真面目な顔でうなずく彼らを見ていると、生まれ変わったと判断して良いのではないかという考えが脳裏に過ぎる。

 だが、先日までアレだったのだ。油断はできない。


「一応言っておくが、誰からであっても直接依頼を引き受けるのは禁止な。

 ギルドや酒場を経由した、何でも屋用の依頼ショルディンクエストのみだぞ。お前らが自由に受けていいのは」

「身に染みて分かってます」

「ならよし」


 本当かよ――と内心で思ったりもするが、それを口にする必要はないので、ショークリアは口を噤む。


「ああ、そうだ。それとキミたち。

 基本的には、ショコラの……いや、うちの家――キーチン領メイジャン家の関係者となったコト。ほかの人に言っちゃダメだよ。うっかり漏らさないようにね。

 バレると大変なコトになるからね。あたしたちがどうこうじゃなく、あたしたちの家が嫌いな人たちからの嫌がらせとかで」

「それも身を染みて分かってるで大丈夫です!」

「まぁ、その嫌がらせに巻き込まれて黒の神の手招きが見えてた連中をオレが拾ったみてぇなモンだしな」

「なるほどー! じゃあ尚のコト、うちの妹に迷惑かけた場合、恩を仇で返すようなクソ野郎どもってコトになるのね!」


 クリムニーアの快活な笑顔とともに告げられた言葉に、傭兵崩れたちの背中に冷たい汗が流れる。


「自覚しなさいよ。あなたたちにその意志があろうとなかろうと。実感があろうとなかろうと。既にあなたたちは、貴族の私兵よ?

 あたしたちが子供であるかどうかも関係ないの。あんたたちの迂闊な行動の一つ一つが、ショコラに迷惑を掛ける要因になったりするからね。

 あまりにも酷いようなら、ショコラには申し訳ないけれど、あたしが黒の神の元へ、あなたたちを送り届けるからそのつもりで」


 ザクザクと無数の釘を差したところでクリムニーアは満足したのか、小さく息を吐いて彼らに笑いかけた。

 もっとも、彼らの目にはクリムニーアの愛らしい笑顔は、むしろ空腹の魔獣の笑顔にしか見えなかったのだが。


「あっはっはっはっは。確かに大事な認識だぁな。

 マジで心しておけよ。クリムちゃんの言葉はすごい大事だぞぉ」


 ダメ押しとばかりにドンが告げれば、彼らは顔を青くして何度も首を縦にふる。


「ところでショコラお嬢様。

 私兵団に名前は付けられますか? それとも私兵とだけ及びすれば?」


 モンドーアの問いに、ショークリアは少し考える。


「そうだなぁ……」


 実際にやって欲しいのは、自分の影として働くことだ。

 ふつうに暮らしていると目端の届かない情報を集めたり、手の届かない場所へ手を届けてもらったりしたい。

 それを目的として私兵を求めているワケだが……。


(影の仕事……影の仕事かぁ……)


 それなら、それっぽい名前を付けることとしよう。


「影の仕事をする者――そうだな。シャドウ・ワーカーとでも呼ぶとすっかな」

「――だ、そうです。

 あなた方の裏の名はシャドウ・ワーカー。

 決して表には出さず、ですがその胸にしかと刻みなさい」


 モンドーアがそう告げ、クリムニーアとカロマも睨むように彼らを見れば、彼ら――シャドウ・ワーカーたちは竦み上がったかのように、何度も何度もうなずくのだった。



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新作中編を書きました٩( 'ω' )و婚約破棄モノでっす


『その婚約破棄は認めません!~わたくしから奪ったモノ、そろそろ返して頂きますッ!~』

https://kakuyomu.jp/works/16816927860022975915


こちらもよしなにお願いします。

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