第121話 何か忘れてるモンがある気がすんな…
ぼんやりとした感覚のまま、ショークリアは目を開いた。
(ここは……?)
はっきりとしない頭のまま周囲を見回す。
どうやら王都にある家の自室のようだ。
(身体、ダリィな……無茶しすぎたか)
眠気は薄れていくのだが、身体は重い。頭も重い。
(魔力の回復は……五割、六割だな。
使えなくなってるようなコトはなさそうだ……)
モゾモゾと布団の中で身体を動かしながら、一つ一つ確認していく。
(茶色の魔力……感じ取れるな。
一度認識すると、扱いやすくなる……って感じなのか?)
茶属性に関しては色々と実験したり研究したりしたいところだが、それは後回しでいいだろう。
(あれから、どうなった……?
オレはどれくらい寝てた……?)
言うことの聞かない身体を無理矢理動かしながら、身体を起こす。
(ぐおおおお……筋肉痛みてぇな痛みがバリバリ強ぇぇ……)
しかも普段筋肉痛になりやすいところのみならず、あまり使ったり鍛えたりしないような筋肉すら悲鳴をあげている。
(だが動けるッ、動けないほどじゃねぇッ!)
そう自分に言い聞かせないと身体が動かない気がするが気のせいだろう。気のせいということにしたい。気のせいである。
そうして、何とかベッドの縁に腰掛ける姿勢にまで移行できたところで、コンコンというノックのあとで、部屋のドアが開いて人が入ってきた。
「お嬢様。お目覚めでしたか」
入ってきたのはココアーナだ。
恐らくはミロと交代しながら、自分も看てくれていたのだろう。
身体を起こしているこちらを見て安堵の表情を浮かべている。
「なぁココ。オレが倒れてからどのくれぇの時間が経った?
……って、ん? あれ? 喋り方が、戻ってねぇな……」
お嬢様として喋ったつもりだったのに、出てきた言葉は乱暴なものだ。想定していた言葉と、使われた言葉の不一致にショークリアは戸惑った。
「代償魔術を無理な魔力行使で発動していたと聞いています。
恐らくは、それによって代償効果が解除されきってないのではないかと」
「マジかぁ……これだと、社交とかできねぇな」
デビュタントのあともしばらくは王都にとどまり、社交というほかの貴族との交流を行うと聞いていたが、難しそうだ。
「確かに難しいですね……奥様に報告しておきますので、その件に関しては後回しにしましょう。
ああ、それと――お嬢様が倒れてから一晩経っております。
お嬢様の感覚ですと、翌日のお昼頃と考えて頂いてよいかと」
ココアーナはこちらに近づいてくると、失礼しますと言って額に手を当てる。
その手はひんやりとして心地よかった。
「熱は下がっているようですね」
「あん? 熱もあったのか?」
「はい。風邪というほど高くはありませんでしたが、見過ごせない程度の発熱はされておりました」
「そりゃあ、みんなに心配かけちまったな」
バツが悪くなり、俯くショークリアを見ながらココアーナは微笑む。
「確かに無理をなさったようで、心配はしました。
ですが、それ以上の大活躍をされたそうではありませんか」
「オレ独りの手柄じゃねぇよ。あの場にいたみんなの手柄だ。
色んな奴ががんばってくれてなきゃ、ぶっ倒れる覚悟でぶつかるような無茶、思いついてもできやしねぇって」
謙遜ではなく本心で言っているショークリア。
そんな彼女だからこそ、ココアーナも優しく笑うのだ。
「それは失礼しました。
湯浴みはどうされますか? お風呂のご用意も、お体を拭くご用意もすぐに出来ますが」
問われて、ショークリアは身体を動かす。
ギシギシとした感覚はあるし、痛いは痛いが、それに馴れてきたのかある程度動かせそうだ。
「風呂に入りてぇな。
着替えさせてくれてるし、拭いてくれてもいるみてぇだけど、やっぱなんかベトつくしよ」
「かしこまりました。
すぐに準備して参りますので、少々お待ちください」
「あいよ」
ココアーナが部屋を出ていくのを見送り、ショークリアは一息ついた。
ベッドサイドに置いてある水差しから、コップへ水を注いで口を付ける。
「あー……めっちゃ喉乾いてたんだな……」
常温の水ながらとても美味しい。
コップを置き、手をグーパーと繰り返していると、何となく分かることもある。
「明日になれば筋肉痛みてぇな痛みは全快すっかな?
体力と魔力はどうだろうな? 少しばかり回復が遅ぇ気がすっけど」
それに、代償状態はいつまで続くのだろうか。
長期的に続く場合、対策を考える必要がある。
「あとは茶属性のコントロール練習だな。
どういう特徴のある属性なのか。どういう使い方のできる属性なのか……全くわかんねぇし。楽しそうだ」
だけどそれは今ではないだろう。
まずは身体と魔力を回復させるのを最優先にするべきだ。
「……にしても、何か忘れてるモンがある気がすんな……」
頭の片隅に何かが引っかかる。
一体、自分は何を忘れているのだろうか。
「昨日の顛末とか、か?」
口に出して、いや違うと
そんなものは、身体が動くようになってから聞けば充分だ。
フォガードと共に馬車に乗ったままだったハリーサに関しても同様だ。両親や従者たちか彼女に対して無体を働くようなことはすまい。
腕を組み、うーん……と首だけでなく身体ごと傾げていると、コンコンと部屋をノックする音が響いた。
「ココアーナです」
「おう。入っていいぜ」
「失礼します。お風呂の準備が終わりました。動けますか?」
問われ、ショークリアはベッドから降りると、ぐーっと伸びをする。
「うっし。大丈夫そうだ。
改めて、心配かけちまって悪かったなココ」
「いいえ、お気になさらず。でもミロにも同じコトを言ってあげてください。とても心配していましたから」
「そのミロは何してんだ?」
「寝ております。明け方までお嬢様を看ていましたので」
「そっか。なら起きたら言うコトにするぜ」
「はい。そうしてください」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ~~……」
ココアーナに身体と頭を清めてもらったら、お楽しみの時間がくる。
それを噛みしめるようゆっくり湯船に浸かりながら、ショークリアは思わず変な声をあげた。
(王都の屋敷はこれがあるのがデケぇんだ……)
転生し女に生まれて十二年。
身体の扱いには馴れて来たし、女として振る舞う自分に違和感のようなものも希薄になってきた。
それどころか、地球での記憶も徐々に薄れて来ている実感もある。
だが、魂だけは日本人としての在り方を覚えているのだろう。
疲れた時にお風呂に浸かる瞬間の気持ちよさのようなものは、魂が由来だとしか思えない。
「領地の家にも風呂作れねぇのかなぁ……」
思わず独りごちると、清めの片づけをしながら聞いていたらしいココアーナは苦笑しながら答えてくれた。
「お湯を沸かす魔導具がまだまだ高いですからね。
このお風呂は、職人街の方々からの好意で作って頂いたものですし」
「それなんだよなぁ……。
領地に来てくれってのも、言いづれぇしなぁ……」
スカウトして連れていければ良いのだが……。
「……あれ?」
「どうなさいました?」
スカウト。その言葉に不安を感じる。
「スカウト、スカウト……オレ、誰かをスカウトして、なかったか……?」
「スカウト?」
ココアーナからすると聞き慣れない言葉なのだろう。不思議そうな顔で訝しむ。
「なんか今日……それ関連で誰かと約束してた気が……」
そしてえ、唐突に思い出した。
「あ~~~~ッ!?」
「お嬢様ッ!?」
思わず大声を上げてしまい、ココアーナが目を白黒させる。
「あ、わりぃ。脅かしちまった」
それを見てショークリアは謝罪を口にした。
「それは良いのですけど、何かありましたか?」
「今日、人と会う約束があったんだよ。
受け渡しをするついでに、ちょいと話をするってさ」
「お時間は?」
「昼頃って約束だったな」
「ではだいぶ遅刻していますね」
「とはいえすっぽかすワケにもいかねぇし、親父からは金を預かってるからな。会わねぇワケにもいかねぇ……」
身体がギシギシいっているが、泣き言を言っている場合ではないだろう。
「代償による態度やお言葉の乱れは大丈夫ですか?」
「おう。そこでどうこう言うような人じゃねーよ」
そう答えてから、ショークリアは申し訳なく告げる。
「悪いんだけどよ。
着替えの内容を部屋着から
「ほかに何かございますか?」
「ミロ――は寝かせておきてぇから、そうだな。事情を知っているカロマが付き合ってくれると助かる。無理そうなら、お袋からサヴァーラを借りたい」
「かしこまりました。すぐに用意します。
それまではゆっくりとお浸かりください」
「おう。そうさせてもらうぜ」
一礼して浴室から出ていくココアーナの背中を見送ったショークリアは、浴槽の縁に両肘を乗せながら天井を仰ぐ。
「あ~……。
代償が消えるまでは、しばらく
貴族としての社交なんざ、今は無理だしよォ~~……」
しばらくそのままぼーっとしていると、脱衣場の方からココアーナの気配を感じる。
どうやら、準備を終えて戻ってきてくれたらしい。
「ぼちぼちあがりますかね」
ショークリアは小さく独りごちると、改めて湯船に肩までつかり、十を数える。
(そういや、お姫さんやハリーとのメシの約束もどうすっかね……)
考えなきゃいけないことが山盛りだ――楽しそうな困ったような様子で苦笑すると、ショークリアはゆっくりと立ち上がるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます