第120話 兄だからこそ負けてられないってね
「父上!」
「ガナシュか」
自宅前に止まった馬車から降りてくる人を見て、ガノンナッシュは声をかける。
追いかけていたテイマーをこの近くで見失ってしまったのだ。
その際、たまたま自宅の前で馬車が止まったのを見つけたのである。
学園に入学してからは会っていないので、久々に顔を合わせる父親であった。だがガノンナッシュはその再会よりも重要な話を即座に口する。
「この辺りに、黒ずくめの男が逃げ込んで来ませんでしたか?」
「いや、見ていないな。その男がどうかしたのか?」
「魔獣を操る能力を持っているようなんです。
ショコラはテイマー能力という呼び方をしていました」
「そのショコラは?」
「テイマーの切り札のような魔獣と戦闘中です。
彼はショコラにそれをけしかけ、制御を解いて逃げ出しました」
フォガードは難しい顔をして下顎を撫でてから、チラリと馬車を見やる。
「馬車がどうかされましたか?」
「ショコラの友人が乗っている」
やや声を抑えて告げる父。
その意味をガノンナッシュは思案する。
恐らく、テイマーの狙いの一つ……なのではないかと、疑っているのだろう。
妹の友人となれば、今日のデビュタントで仲良くなった人物だろうと考えられる。
だが、ほかの馬車や護衛がいない上に、我が家の馬車に乗っていることから、特殊な事情があることが伺えた。
(デビュタントの会場に暗殺者が現れたと聞いたけど……。
狙いは王女殿下ではなかったのかな? いや、そう判断するのは早計か。でも馬車の中の子は巻き込まれる理由があった、ぐらいのコトはありそうだね)
わざわざフォガードが声を抑えたことを思えば、疑惑や可能性程度の話でもあまり聞かせるべきではないのだろう。
そこまで考えたガノンナッシュは、小さくうなずくにとどめる。
「そうですか」
表面上は、妹の友人が怖い思いをしたのが忍びない程度の態度が良いだろう。
「俺はもう一回りしてきます。
この状況だとテイマーを捕まえるのは難しいでしょうが、そのついでに市街地に放たれた魔獣退治ができればと思いますので」
「無理はするなよガナシュ。敵はテイマーだけではないと思え」
「はい」
「今日……は難しいが、明日の夜あたりはお前と食事でもしたいものだ」
「俺も久々にショコラの料理が食べたいかな」
そうして、親子は小さく笑いあい、それぞれの仕事をするべく背中を向けあうのだった。
家の側から職人区画の方へと走っていく。
ほとんどの家が戸を締めて閉じこもってくれているようだ。
ショークリアの前に現れたような大型の魔獣が出てくると、家の中はかえって危険だが、そうでないならしっかり戸締まりした家の中の方が安全だと言えよう。
廃棄区画のように静まりかえった職人通りを歩きながら、ガノンナッシュは小さく息を吐く。
中央広場周辺と比べれば、この辺りは被害が少なそうだ。
ガノンナッシュは周囲を見回しながら、そのまま職人区画の広場のような開けた場所まで移動する。
そして、剣を抜いた。
ショークリアの握るやや刃幅が広めの曲剣とは真逆の、細身の長剣。
それを握った手を胸元あたりにおき、剣身を真っ直ぐ天に向け、静かにゆっくりと瞑目する。
その祈るような仕草のあとで、ガノンナッシュは決して大きくはないが、しかしよく通る声で告げた。
「お前たち――出てくるつもりならならとっとと出てこい。
やる気がないならとっとと失せろ。
俺は妹ほど器が大きくはないんだ。
敵対するなら容赦しないし、邪魔をするなら斬り捨てる」
宣言とともにヒュンと剣を払って、切っ先を下に向ける。
左腕はヘソと胸の中間辺りに、剣を握った右手は脱力させるように下に垂らす。
ガノンナッシュが自らの研鑽の末にたどり着いた構えだ。
自然体に近く、それでいて彼からすればあらゆる状況に対応しやすい構え。
沈黙が落ち、強い風が吹く。
街路樹の木々が揺れ、葉が擦れあった音がする。
雨戸が揺れ、カタカタと音を立てる。
遠くから激しい音が聞こえてくる。
中央広場の方。恐らく妹たちの戦闘の音。
(カッコいいコト言って追いかけたのに、結局逃げられてしまったな)
妹の前では頼れる格好いい兄でいたいのだが、なかなか上手く行かなくてもどかしい。
だけど、それは重要ではない。
格好を付けたいのは個人的な思いに過ぎない。
この場で必要なのは、そんな個人的な願望ではない。
一人の貴族として。
一人の騎士として。
田舎領地とはいえ自分は領主の子であるからこそ――
(国の為、
我が身、我が剣に、誓いを果たすチカラをお貸しください)
――成すべきことを成す。今すべきは守るべきモノを守ること。
ガノンナッシュが胸中で誓いと祈りを唱え終えた時、殺気の塊が、静かに必殺の息吹を吐き出しながら躍り掛かってくる。
「――――ッ!」
振り下ろされる黒塗りのナイフに向けて、ガノンナッシュはそれを受け止めるべくに左腕を掲げた。
「我が
瞬間、ガノンナッシュの左腕に白く輝く
魔力で編まれたそれでもって、相手のナイフを受け止める。
「…………ッ!」
ナイフを振り下ろしてきたのは黒ずくめの男。
身体の線がはっきりと分かるほど密着した黒い布で全身を包んでいた。
そこから分かるのは、この斬りかかってきたのが男であるということだ。
顔は黒いターバンで覆われており、その上から黒い仮面を付けているので、人相はわかりない。
首の横にあるターバンの結び目から、余った布が長くたなびきマフラーのようにも見える。
白の魔力で編んだ盾を振り払い、相手を押し返すと、素早く右手で握った剣を突きだした。
「せいッ!」
黒ずくめはそれを紙一重で躱したあと、腕の伸びきったそこを好機と見たようだ。身体を小さく丸めるようにして踏み込んでくる。
だが、そんなことガノンナッシュは承知の上だった。
「我が足下で跳ねろ柔肌」
ガノンナッシュが呪文を唱えると同時に、その身体が跳ねた。
「がッ……!?」
腕が伸びきった姿勢のまま軽く空中で浮かび上がったガノンナッシュの膝が、黒ずくめの
その無茶な体勢のまま、ガノンナッシュは左腕であいての襟首を捕まえると、相手の左肩に自身の左膝を乗せた。
次の瞬間――
自身の左膝を軸にくるりと身体を回転させ、一瞬で背後へと回ると、掴んでいた手を離し、黒ずくめの後頭部――延髄に向けて呼気と共に蹴りを放つ。
「ふッ!」
顔面から地面へと倒れ込み、石畳を滑りゆく黒ずくめ。
ガノンナッシュは着地と同時に、黒ずくめへむけて左手を開いて真っ直ぐに掲げた。
掲げた五指に小さな火の粉を灯し、ガノンナッシュはそれを――
「我が
振り向きながら、背後へ向けて解き放つ。
「……なッ!」
「……っ!?」
解き放たれた小さな
「がは……ぐぅ……き、さま……」
「が、ぐ……おまえ、我々に、気づいて……」
「最初に言っただろ。お前ら――って、さ」
焦げた臭いを纏いながらうめく黒ずくめたちに、ガノンナッシュはそう言い放ち、背後へ向けて剣を閃かせる。
キィン――と金属同士がぶつかり合う音が響くが、ガノンナッシュは気にせずに剣を白の魔力で覆う。
一瞬遅れて、黒塗りの剣が地面に転がる音がした。
四人目の黒ずくめが仮面の下で驚愕するのを気配で察する。
感情の気配はするのに、存在感が希薄なのは不思議な感じだが、ガノンナッシュは気にせずに、白く輝くその剣で鮮烈な横薙ぎを繰り出した。
「
白の魔力のこもった斬撃を受け、たたらを踏む四人目の黒ずくめ。
ガノンナッシュは剣を両手で握り直し、低い姿勢を取った。
「ぐお……炎剣の、後継者……よもや、これほどの……ッ!」
その姿勢から、勢いよく剣を振り上げながら地面を蹴る。
剣の纏う白の魔力は鳥のような形ととなり、さながら飛翔する鶴のように、ガノンナッシュと共に舞い上がる。
「――
跳びあがりつつ繰り出された斬り上げ。それ同時に放たれる魔力の鶴は、四人目の黒ずくめを飲み込んで、宙へと放った。
そのジャンプの頂点で、ガノンナッシュは視線を地上に巡らせると、即座に剣に白の魔力を注ぎ込んで告げる。
「我が
即座に投擲。
投げられた剣はまるで意志を持つかのように空中を泳ぎ、物陰に隠れてこちらの様子を伺っていた五人目めがけて突き進む。
五人目がとっさに物陰から飛び出すが、剣はそれを追尾する。
ガノンナッシュが着地するころには、投げられた剣は五人目の黒ずくめの腹部に突き刺さっていた。
「お、まえ……っ」
地面に倒れ、腹部から剣を生やした五人目は、どうやら女性のようだが、ガノンナッシュにとってはどうでもよい情報だ。
仮面の上から顔を踏みつけ、ガノンナッシュは無言で剣を引き抜く。
剣を振るって血を払ってから、周囲を見回した。
「どうやら六人目はいないみたいだね」
ひとここち付きながら剣を肩に背負い、ガノンナッシュは独りごちる。
「お前たちみたいなのって、基本的に口を割らないから面倒なんだよ」
やれやれ――と面倒くさそうにガノンナッシュがうめいたところで、こちらに近づいてくる人に気づく。
執事服に身を包んだ、綺麗な身なりの男。
キビキビとしつつ優雅な足取りで近づいてくる男を見て、ガノンナッシュは気安い調子で訊ねた。
「モンド。どうだった?」
「申し訳ございません。追い切れませんでした」
彼――ガノンナッシュの従者であるモンドーア・ラックシュは、一礼して詫びを告げる。
だが、主であるガノンナッシュは気にした様子もなく肩を竦めた。
「こいつら、そっちにも出た?」
「はい。テイマーの姿を見つけるところまではいったのですが、横合いからこれらに邪魔されてしまいまして」
「面倒な話だよね」
「全くです」
主従そろってそっくりな表情で嘆息する。
「ところでガナシュ様。
仮面で覆われているとはいえ、女性の顔の上に足を乗せるのは、紳士としてどうかと思いますが?」
「暗殺者相手に紳士も真摯もないよ。
紳士になるにも、真摯になるにも、それはそうするに相応しい相手であるコトが大前提さ」
ガノンナッシュは足をどけて、仮面を蹴飛ばす。
ターバンに覆われていて、目ぐらいしか分からないが、それでも桃色の瞳は可愛いと思えた。
今は怯えか恐れかで揺らめき潤んでいるようにも見えるが、どうでもいい。
「その辺に男も四人転がってるけど、どうする?」
「この女性で構いません。見たところ担当は戦闘よりも諜報のようですので。
それにお嬢様やうちの戦士団の女性たちのように強固な精神を持ってないのであれば、女性の方が吐かせやすいのですよ」
ガノンナッシュとモンドーアのやりとりで、女はこれから自分が何をされるのか理解したのだろう。
だが、それは自業自得であるとガノンナッシュは考える。
「目的や経緯はどうあれ、手を出してきたのはそちらだ」
モンドーアや父親、あるいは国がこの女をどう扱うかは知らないし、知る気もないが、僅かでも可愛いと感じたのは間違いない。
「ご主人様なのか、雇い主か、はたまた頭領なのかは知らないが――まぁお前にとってのお偉いさんや仲間を裏切り、縁を切ってこちらにおもねるなら、少しはまぁ……寿命が延びるかもな」
――なので、そこから生じた気まぐれで、役に立たないだろう助言を口にするのだった。
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ショコラのシンドイバトルの直後なので、もっとサラっと終わらせるつもりでしたが、そういえばお兄ちゃんの活躍って書いたコトないな……って思ったので、お兄ちゃんのマジバトルシーンを追加。
そして三人称とはいえ基本的にショコラ視点で進む物語なので、ガナシュ兄上について本編であまり語る機会がない気がするから、ここでしちゃいます。
白と赤の魔力を操り、魔術と剣ベースの彩術を使いこなす魔法剣士に成長しています。
近距離~中距離戦を得意とする器用貧乏系。
純粋な戦闘力やパワーだとショコラに劣るけど、それを補う手数と手札の多さがウリ。
実戦主義なので搦め手、目潰しや金的、使用中の武器を含む手近にあるモノの投擲など、それらを行うのに躊躇いがない。
学園にはその戦い方を卑怯と言い、騎士らしくないと、暴言を吐く連中が多くてうんざりしている。
学園内において自分の心のオアシスになるだろう妹の入学を心待ちにしてたりする。
ちなみに、チーキン領貴族というコトで、余所の貴族の嫌がらせを受けすぎた結果、心許す相手や身内以外に対してはスレた対応をすることの多いシニカリストになったようです。
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これにて先行する「なろう」版に追いつきましたので
以後は「なろう」版に合わせた不定期更新となり、
更新はほぼ同時になっていくと思います。
今後ともよしなにお願いします٩( 'ω' )و
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