第119話 オレたちの、勝ちだッ!!
大声を上げたからだろう。
それでも差し向けてくる触手は二本と少ない。
こちらが弱っているからと侮っているのか、それとも動かせる触手の数に限界があるのか……。
(どっちも違ぇな……。
たぶん、魔力を見てる。人が内側に蓄えてる魔力量を認識して、触手の数を変えてるんだろ)
だからこそ、魔力がほぼスッカラカンなショークリアに見向きもしなかったし、触手も一つだけなのだろう。
魔力を持たない敵を相手にするつもりはないが、だからといって武器を持って近づいてくる奴を放置しておく気はない――そんなところだろうか。
(つまり、好都合ってワケだ)
真っ直ぐ伸ばされる触手を見据え、最小の動きでギリギリ躱して、ショークリアは進む。
(一本目)
二本目に関しては首を少し動かす程度でとどめる。
先端が頬を掠めるが、ショークリアを通り過ぎていった。
ややしてショークリアの首に巻き付こうとした動きを見せるが――
「遅ぇよ」
小さくも鋭く告げ、剣を構える。
(大上段に構える体力もねぇし、大きく振るう力もねぇ……なら……)
狙うは、ほのかに見える茶色の魔力がうずまく場所。
切っ先で狙いを付けて、倒れ込むように、その勢いでもって剣を突き立てる。
突き刺さる。
手応えがある。
だが足りないという感覚もある。
(なら、どうする?)
このまま膝を付けば、たぶんもう起きあがれないだろう。
今の状態からできることがあるとすれば――
(茶色の魔力を解き放つ?)
脳裏に過ぎる。
やりかたを考えている暇はない。
使い勝手は異なれど、魔力は魔力。
難しいことは必要ない。
(正真正銘、なけなしのチカラだ――)
これでダメなら打つ手なし。
こんな至近距離で倒れれば、自分はこれに取り込まれてしまうだろう。
だけど、それでも――
(ここで芋引くようなマネ、ダサすぎるもんなぁ……ッ!!)
薄く薄く薄く薄く、とても薄い茶色の光を帯び刀身に、全身全霊で念じる。
「
瞬間、剣の先端が激しくスパークした。
刀身が纏っていた魔力の雰囲気からは想像できないほど激しい火花が、解き放たれる。
「GYAAAAAAAAAAAA――……ッッ!!!!」
耳障りな悲鳴。
いや、それは断末魔だと、ショークリアは確信する。
火花は飛び火するように
触手はちぎれ、地面に落ちると打ち上げられた魚か、熱い石の上に落ちたミミズかのようにのたうち周り、やがて消えゆく。
途方もなく長く感じる数秒。
それが明けたとき、残っていたのは、剣に突き刺さった奇妙な形の心臓のようなものと、地面にうつ伏せで倒れる先に食われた魔術士だ。
下半身を失っているはずのその魔術士は、全裸ながら五体満足で倒れている。
他にも、六人ほどの人間が倒れている。
全員、同じように全裸で、その皮膚は
だが、反応はない。
生きている気配もない。
剣の先に刺さった心臓のようなモノだけが、不気味に脈動している。
ただ、これをどうにかできる体力も魔力もショークリアにはない。
「お嬢様」
「カロマ」
駆け寄ってくるカロマを見て、ショークリアは告げる。
「魔力剣準備」
「え? はいッ!」
一瞬、キョトンとするも即座に表情を引き締めて剣を構えるカロマへと、ショークリアは
「たぶんこれが本体。よろしく」
「はいッ!」
なにがよろしくなのか、カロマは即座に理解した。
ショークリアは器用に切っ先にささった本体だけを空中へと放り投げ、それを見据えていたカロマは、剣を振るう。
無数の斬撃。
無数の剣圧
無数の風刃。
その全てをこれでもかというほど叩き込み、本体は地面に落ちる前に塵のように細切れとなって、消えていった。
風が吹く。
静寂が満ちる。
本当に終わったのか?
誰もが疑問に思う中、ショークリアは終わったのだと確信を持つ。
だから――
ショークリアは地面に剣を突き立てて、だけどそれを支えにすることなく、己の両足でしっかりと地面を踏みしめて、左手は剣の柄に乗せ、右手は拳を握って天へと掲げる。
そして、高々と宣言した。
「オレたちの、勝ちだッ!」
僅かな沈黙。
しかし、その言葉はやがて戦っていた人たちの意識に伝播して、理解へと変わっていくと、歓声が起きる。
その様子を見ながら、ショークリアは小さく笑ってカロマを見た。
「へへっ、カロマ」
「はい」
「あとのコト、まかせる。
少し、寝るぜ……」
悪夢のような魔獣との決着に湧く歓声を聞きながら、ショークリアは意識を手放し、石畳の上に大の字になって寝っ転がるのだった。
● ○ ● ○ ●
「かくして、愚かな者たちとショコラちゃんは再会し、彼らの
だが、横にいた
「彼らの旅はまだ果てではないが?」
「
何せ、その結末は視るまでもないコトなんだから」
黒の神の言葉に、つまらなそうに口を尖らせる青の女神。
彼女は、どこからともなく、皿に乗った芋餅を取り出すと、黒の神に差し出した。
「それと――貴方のそれは、私に対する八つ当たりよ。やめてもらいたいのだけど」
暗にこれでも食べて気持ちを落ち着けろと言う青の女神に、黒の神は自分の態度を自覚して、少し申し訳なさそうに息を吐いた。
黒の神は素直に芋餅を受け取りながら、謝罪を口にする。
「すまない。人の手で作り出された魔獣。あれは見ていて気分の良いモノではなくてな」
「そうでしょうね。私はそこまで忌避感はないけど、貴方や白……あと緑も嫌いそうよね」
規律や道徳を司る白。
死と退廃を司る黒。
生命と活力を司る緑。
彼らからみれば、あれは冒涜も良いところだろう。
「人間が人間の手でのみ作り上げた新たな技術だ。その誕生には、祝福するのもやぶさかではない。だが――」
「神どころか同じ人にも、死人に対しても敬意や感謝を抱かず、ただ狂気によって生まれた存在である上に、そこには規律も道徳も存在しないものね」
だが、人間たちが人間の手によって作り出したモノだ。
気に入らないという理由で神が滅して良いものではない。
願わくば、人間が人間の手によって、それを断罪して欲しいと願うところである。
「でも、大丈夫じゃないかしら?」
「未来視か?」
「いーえ。女のカン。
ショコラちゃんがいるなら、大丈夫かなって」
「随分と惚れ込んでいるようだ」
「ええ。そうね。大好きよ。
私の未来視が通じないからじゃないわ。こうやってショコラちゃんを眺めてるとね、元気になるのよ私。
何て言ったかしら……そうそう、アレよ。ショコラちゃんの元々住んでた世界で言う、『推し』ってやつ? 存在が尊いみたいな」
「よく分からんが……まぁお前が楽しそうなら、それで良い」
軽く肩を竦めて、黒の神は彼女からもらった芋餅を口に運ぶ。
もぐもぐと口を動かしながら人間界を覗き込めば、
あれらは既に死んでいる。
ただ存在が変質し、黒の神は彼らの死を収集することができなくなっている。
いわゆるアンデッドに分類される存在。
ゾンビやグールと称される存在と化しているのである。
もっとも、自然発生したアンデッドでもなければ、人間たちが禁止魔術に指定している黒の魔力を用いる死霊魔術によって生み出された存在でもない。
本来のアンデッドなら、それの持つ死はすでに回収済みなのだ。
だが、あれらは死を回収されることなく、アンデッドと化している。
そういう意味では、死を不自然に歪められた結果、生者とも死者ともアンデッドともつかない存在となっていると言えよう。
「
「では人の意識からその名称が呼び起きるように、神託っぽいものを投げておきましょうか」
その
『あの時のガキがッ、俺たちを追い出さなければ!』
『こいつのせいでおれたちの人生が狂った!!』
『おまえが居なければ俺たちは実験になんか使われなかった!』
『化け物に改造されたのはコイツのせいだ!!』
「ほんと、バカねぇ……。
ショコラちゃんがいようといまいと、調子乗って野垂れ死ぬだけのムシケラのような運命だったクセに」
「だがそのムシケラであっても、死は平等だ。
とはいえ、死に至る原因が自らにあったと省みるコトの出来ない様子は愚かしいと思うがな」
メイジャン領の戦士採用試験の時、領地の外へと放り投げられたのは自分たちの振る舞いのせいだ。
幼いショークリアが彼らを殴ったことだって、同様である。
そしてそのことは別に、神でなくとも思っている。
『やっぱりあん時の奴らじゃん。
愚劣な振る舞いの終着点としては、なかなか悪くない終わり方なんじゃないの?』
倒れたショークリアを守るように、剣を抜いたカロマが笑う。
『ただ実験に使われた哀れな存在でなくて、本当に良かった。
アンタたちみたいなクズ相手なら、この剣を振るうのに、躊躇いなんてないもの』
むしろ斬れることを喜ぶように、カロマが恍惚とした調子で告げれば、彼らの怒りの炎はなお激しくなる。
『女のクセに何を……!』
『このガキともどもテメェに夢を押しつけてやろうか!』
口々に言いたい放題言う
だが、この場にいるのはカロマやショークリアだけではないのだ。
実験に使われたせいで八つ当たりをしているのだと思われていれば、ギャラリーたちが同情的にもなれただろう。
だが、カロマとのやりとりを見ていれば嫌でも分かる。
自業自得の行いをしていた者たちが、ショークリアに八つ当たりしているだけだと。
なればこそ、今この瞬間において英雄となっている少女を悪し様に罵り、愚劣な欲望を叩きつけようとしている彼らに、誰が同情しようか。
『テメェらいい加減にしとけよッ!』
『よくみりゃ、悪名高かかったガキどもじゃねーか!』
『ああ! 俺たちの評判を下げるコトでお馴染みだった、
『行方不明になったと聞いたが、化け物に改造されてたんだな!』
『ざまぁないわ! マジで自業自得じゃない!』
ショークリアへと向けた罵倒は倍以上の形になって、
「元々悪名高かったのか」
「最初にショコラちゃんにボコられた時に目覚めていればワンチャンあったみたいだけどね」
「わんちゃん……? 犬がどうかしたのか?」
「………地球の言葉で、一発逆転の機会とか、一度だけの好機とかそんな意味よ」
そうして、やけくそになった
『とっとと、消えてくれない?
正直、邪魔なのよ。
だが、元々の戦闘力は高くなかったのだ。そんなもの、カロマからすれば誤差の範囲でしかない。
一瞬にして、彼らの首はカロマによって刎ねられた。
その時、黒の神は軽く手を掲げた。指先に芋餅のタレがついていたことに、青の女神が触れないのはちょっとした優しさである。
「ふむ。
「白に頼んで正式な神託でも発行する?」
「そうだな……そういう存在がやがて現れるので、死を回収するべく殺してやって欲しいくらいの内容で、頼むとするか」
言って、黒の神は立ち上がった。
「あれ? 行ってくれるの?」
「お前はまだここにいるのだろう?」
青の女神がうなずくのを確認してから、黒は歩きだそうとして――
「ああ――そうだ。黒」
「なんだ?」
「指先。白に会う前に舐めるか拭くかした方がいいわよ?」
言われた黒の神は、首を傾げてから自分の指を確認するのだった。
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