第115話 美食屋の肩書きもそう悪いもんじゃねぇのかもな
「野次馬するなら、もっと離れなさいッ!」
ショークリアは剣を逆手に構え、可能な限りの声を上げてから、地面を蹴った。
一足先にカロマが走り出している。
「なんで
「戦ってるのはッ、美食屋とお付き姉ちゃんだッ!」
「野次馬どもを下げろッ!」
「
「女だからとか喚く奴は殴ってでも黙らせろ! 邪魔をさせるなッ!」
「ヘタな奴より二人の方がよっぽど強ぇッ!」
「二人の足を引っ張らねぇのが最善策だッ!」
「二人とも戦闘に専念してくれッ!」
「避難誘導とかは任せろッ!!」
周囲の声に、ショークリアは少し口元が緩む。
すぐさま気を改めると、軽く手を挙げて了解の意を示した。
騒ぎを聞きつけた
こういう時、
身分も別に隠してなかったのも、幸いしたのだろう。
ドレスを纏って、煌びやかな装飾をしていても、自分だと分かってくれる人が多かったのはありがたい。
「せぇぇぇいッ!」
カロマが踏み込み、細身の剣を突き出す。
剣の切っ先が骨鎧を滑る。
だが、カロマもそれは承知の上。
前傾に体勢を崩しつつも、左手に集めていた緑色の
「
瞬間、掌と骨鎧の隙間に、猛烈な風が弾けた。
本来は一方的に相手を吹き飛ばす技ながら、相手の重量が重量だ。
巻き起こる風に、
最初から、それが狙いだ。
変に隙を晒すくらいなら、間合いを離した方が得策だという判断をしたのである。
だが、骨纏いの《エノバー》ダームとて獣なれど知性はある。
吹き飛ぶカロマが隙だらけだという判断はできるのだ。
左手を振り上げて、宙を舞うカロマに狙いを付けた。
その時――
「
飛び上がったショークリアが、虹色に揺らめく
それは蛮族が何も考えず飛びかかるかのような乱暴な技だ。
衝撃波の化身となったようなショークリアの一撃は、骨鎧に包まれていない側面の一部分を抉りとる。それだけにとどまらず、着地と同時に彼女の周囲に衝撃波吹き荒れ、えぐり取られた傷口へ追撃する。
「GAAAAAAAAAッ!!」
直後、カロマを狙っていたことなど忘れたように、ショークリアへ向かって前足を乱暴に振り回す。
だが狙いなど付けていない闇雲な動きだ。
即座にショークリアは後方へと跳び退く。
痛みの仕返しは絶対にしてやる――という殺意の眼差しでこちらをみる
「
カロマは隙だらけの側面に向けて、緑の魔力を風に変え、それを剣に乗せた連続斬りを繰り出した。
「GUAAAAAA……ッ!!」
再び骨鎧に覆われていない部分を切り裂かれ、痛みを逃そうとしているのか、前半身を仰け反らせるようにしながら悲鳴をあげる
その隙を逃さず、ショークリアは両の拳に魔力を乗せて、正面から踏み込んでいく。
狙いは顎。
半身を上に持ち上げたからこそ出来た狙いどころ。
「
虹色の
顎がカチあげられ、さらに大きく上半身を仰け反らせる
左の拳に乗っていた魔力の塊は、左手を引いたあとも、殴った時の位置にとどまっており――
「
今度は剣を逆手に握ったままの右の拳を、その魔力の塊に叩きつけたッ!
瞬間、魔力が弾け、強烈な衝撃波となって
「まだよッ!」
握った剣に魔力を集め、集められた魔力は虹色の炎となって揺らめく。
それを携えたショークリアは、姿勢を低くし、地面を疾走する。
地面に擦れる剣の切っ先が、
そして、完全に剣の間合いまで近づくと、ショークリアは逆手に持ったその剣を振り上げながら飛び上がる。
「
斬撃に遅れること僅か数瞬。
ショークリアの持つ剣を追いかけるように、地面から
(チッ……仕留め切れなかった……ッ!)
胸中で毒づく。
思っていた以上に、技のキレが悪い。
もしかしたら、想定よりも疲労が濃いのかもしれない。
「後詰めはお任せをッ!」
だが、すぐさまカロマが動いていた。
カロマが構えた剣を中心に炎が渦を巻くのが見える。
どうやら、赤と緑の魔力を混ぜ合わせているようだ。
ならば、その腹部に高威力の技を叩き込めばよい。
「アタシの奥義ッ!」
カロマは力強く踏み込み、その剣を柔らかな腹部へと突き立てるッ!
「
炎を纏った刀身が、鍔元まで深く突き刺さり、内側から
「GA……AAAA……A……!!」
苦悶に身を捩ろうとする
突き刺さった剣をさらに奥へと突き刺し、なおもチカラを込めながら、カロマは全身を震わせ、剣に注ぎ込んだ魔力を解き放つッ!
「――
瞬間、刀身を覆っていた魔力は、火炎を纏う竜巻へと変化して、
そのまま背中を食い破り、内側から骨鎧に穴を開け、勢いよく外へと噴出する。
吹き荒れた竜巻によって、
竜巻が収まると、腹部に大穴を開けた
「変に暴れられる前に倒せてよかったわ」
「いつぞやの変異種と違い、強いだけで知性は一般種と同じで助かりましたね」
カロマの技が建物の一部を軽く破壊したことには互いに触れず、小さく安堵しあう。
直後に大きな音を立てて倒れた
「みんなッ、こいつの処理をお願いッ!
事件はまだ終わってないから、即座に動きたいのッ!」
ショークリアがそう叫ぶと、顔見知りの
よし――と、すぐに動こうとした時、誰かが声を上げた。
「なんだ、あれ――」
些細な声。
けれども、その場にいた全員が不思議と耳に入った。
「なんだよ、あれ……」
周囲を見渡していただろう誰かが、続けて声を出す。
そこで、その場にいた全員がそれに気がついた。
「大きな……バルーン種?」
それは確かにバルーン種によく似ていた。
球体状の濃い紫色のような色をした身体は直径で三メートル以上はあるだろう。
正面には苦悶に満ちた表情の大きな顔。
だが、その中心とも言える顔のほかに、苦悶に満ちた人間のような顔が六つほどついていて、呻き声をあげている。
その球体の身体からでたらめに飛び出した人の腕が十二本と、人の足が十二本。
「あれ? あの顔……?」
カロマが何かを呟いている。
顔のどれかが知人にでも似ているのだろうか。
突然、現れて宙を漂う謎の巨大バルーン型魔獣。
その下に人影があった。
「まったく……これを出すハメになるとはな……」
その男は忌々しげな眼差しで、ショークリアを見つめてくる。
「ショークリア・テルマ・メイジャン。
お前は想定外の障害だ……」
こちらを睨み、男は告げる。
「だから――ここで殺す。
この
その男を見据えながら、ショークリアは胸中で小さく笑った。
(なるほど、こいつが魔獣を街に放った野郎なんだろうな。
いいぜ、ここであの魔獣ごとぶっ飛ばしちまえば、話は早ぇッ!!)
これまで影から魔獣をけしかけてきた存在が、自ら顔を出してくれるのは好都合だ。
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