第114話 どうやって連れてきたんだよッ!


瞬抜刃シュンバツジン――葬閃ソウセン


 ザハルは何気ない踏み込みから、剣を抜刀。

 踏み込みと鞘走りの勢いを利用した目にも留まらぬ一閃で、苔むしたスソムラックスを一匹斬り裂いた。


 抜いた刃はすでに鞘へと戻っている。

 敵の命を奪うその一瞬だけ刃を閃かせるザハルの我流剣術・瞬抜刃。


 その技は、数年前にロムラーダームと戦った時以上に冴え渡っていた。


「本格的な戦闘では初お披露目だが――お嬢が調達してきてくれたこの剣……使い易すぎてやばい」

「それは何より」


 以前までのザハルは、瞬抜刃を使うのに通常の剣を用いていた。

 もちろん業物ではあったのだが、それでもいわゆるロングソードと呼ばれるような両刃の長剣だ。ザハルの技との相性はそこまで良いわけではなかった。


 そこでショークリアは、ザハルの技がもっと活きるような武器を探しはじめた。

 そしてこの世界にカタナやそれに似ている剣がないかと調べてみたところ、この国の東の海を越えたところにある神皇国アマク・ナヒウス製の剣を見つけたのだ。


「まさか観賞用だって言われてた剣が、おっさんの技を使うのに相応しい武器だとは思わなかったわ」


 造りが日本刀に近いモノであるアマク・マヒウスの片刃剣――肢閃刃しせんじんは、この国では鋭き美刃プラフス・エグデという名前の観賞用、芸術品としての剣という扱いだった。


 一応、輸入品を調べて見たのだが、完全に芸術品としてのモノばかりだったことに気づいたショークリアは、輸入をしている商人に頼み、アマク・マヒウスの鍛冶師へ直接依頼したのだ。


 それが現在、ザハルが使っている剣である。

 銘を肢閃刃『雨沙丸アサマル』。

 肢閃刃の強みを理解した上で、芸術品ではなく実用品として依頼されたことを喜んだ鍛冶師が鍛え上げた渾身の一振りだ。


 二度目の葬閃を放ち、二匹目のソムスラックスの首を刎ね飛ばすザハルを一瞥しながら、ショークリアは笑う。


「そりゃあね。肢閃刃は本来、力任せに使う剣じゃないから」


 言いながら魔力を込めた左手で目の前のソムスラックスの顎をカチあげるように掌底を繰り出すショークリア。


 強烈なアッパー掌底を受けて、顔が跳ね上がるソムスラックスに、ショークリアは容赦なく右手で逆手に構えた剣を振り上げるように斬りつけた。

 顎を殴られ伸びきったボディに逆袈裟の斬跡ざんせきが走る。


 ショークリアの技はそこで終わらず、剣を振るった勢いを殺さないまま身体をくるりと回して、トドメとばかりに蹴りを放つ。


三虹蓮華サンコウレンカッ!」


 最後の蹴りに吹き飛ばされ、その後ろに控えていたソムスラックスを巻き込んだ。


 そして、横にいるザハルに告げた。


「肢閃刃を用いた剣技には、ザハルが使うような抜刀術も含まれてるんだもの。使いやすさが段違いでしょう?」

「おう。勢いよく抜いた時の引っかかりの無さ、サイコー!」


 言いながら、ザハルはショークリアによって吹き飛ばされ、絡み合っている二匹へと意識を向ける。


 左手で鞘を握り、右手を柄に添えたままザハルは上段に構えた。


「瞬抜刃――」


 瞬間、鞘走りで加速させつつの振り下ろす。

 魔力カラーの乗った刃より、研ぎ澄まされ三日月を思わせる形状の剣圧が放たれた。


 だがこの技はそこで終わにあらず。

 即座に刃は鞘に戻され、通常の腰だめの構え取るザハル。


 そして、放たれた剣圧が届くかどうかのところでザハルは動く。


朧十月オボロジュウゲツッ!」


 瞬く間に先に飛ばした剣圧に追いついたザハルが、横一文字の斬撃を放つ。

 その斬りは先の剣圧と重なり十字に輝く。刹那、二匹のソムスラックスを同時に、十字の閃光が斬り捨てた。


「数は減らした。お嬢、ソルじい、ここは引き受ける」


 ザハルの言葉にショークリアはうなずく。


「飛び乗るわッ、ソルト……出してッ!」

「かしこまりました!」


 言うが早いか、ソルティスは馬車を走らせはじめ、ショークリアは御者席の空いたスペースへと飛び乗る。


 そうして、ショークリアたちを乗せた馬車は、上層壁の門を抜けて、平民街へと繰り出していく。


「このまま行けるかしら?」

「行ければ良いのですが……」


 ショークリアとて素直に進めるとは思っていない。

 貴族街とはいえ、市街地に魔獣を放つような相手だ。

 家についても油断はできないだろう。


「出来れば元凶をボコりたいけど……」

「そもそも、その元凶の姿が見えませんからな」


 平民街とはいえ、上層壁近くは富豪層の街だ。

 私兵を雇って護衛につけている家も少なくない。

 だからこそ、門のあたりでドンパチやっているのに気づいて、動き出している者たちも少なくなさそうだ。


「美食屋ッ!」


 そして、こちらの顔を知っている者たちだって少なからずいる。


「こっちは気にしないでッ!

 自分と自分の雇い主を優先しなさいッ!」


 向こうが何かを言い出す前に制して、馬車の上から声を上げる。

 声を掛けてきた相手だけでなく、それ以外の人たちへの声掛けの意味もある。


「ソルト、噴水広場を経由してから帰りましょう。

 最悪、私は噴水広場に残るわ」

「……かしこまりました」


 ショークリアが何をしようとしているのか理解したソルティスは、一瞬うなずくのを躊躇いはしたが、状況を鑑みてうなずいた。


 噴水広場。

 前世的な言い方をするのであれば、噴水を中心に据えた馬車ロータリーのような場所だ。


 富豪街、職人街、住民街の中央にある。


 王都は広い。

 様々な区画を行き来するのに、バスのように使われる乗り合い馬車も存在する為、それらがぶつかり合わないように作られた場所である。


 それ故、広い。

 住宅街や商店街のような場所で魔獣と戦うよりも、戦いやすい場所とも言える。


 加えて、人通りも馬車通りも多いが、だからこそ何でも屋ショルディナーや傭兵も行き交うので、協力を得やすい場所とも言えた。


 そんな噴水広場に迫ろうとしている時、どこからともなく魔獣の雄叫びが聞こえてくる。


「ソルトッ、くるわッ!」

「承知しておりますッ!」


 上から大きな影が降ってくる。

 それを確認するなり、ショークリアは反射的に御者席を蹴り、飛び上がると、その影に向けて魔力カラーを込めた蹴りを放った。


 蹴り飛ばす先には、噴水だけ。

 まぁ噴水が壊れてしまうかもしれないが、最悪それはあとで考えよう。


 噴水って時点で高価な魔導具ホイーラファクトが使われてそうな気がするが、今はそれを気にしている余裕はない。

 ……余裕はないということにしておきたい、ショークリアである。


 とまれ。

 ショークリアはそのまま馬車の外へと着地して叫ぶ。


「お父様とミローナは馬車をお願いッ!

 カロマは降りてきてッ! ソルトはそのまま家へ向かってッ!」

「お前も気をつけろショコラッ!」

「ご武運をお嬢様ッ!」


 瞬間、父とミローナからの返事と共に、馬車の中からカロマが飛び出してきて、ショークリアの横へと並んだ。


「お嬢様」

「この広場から外へは出さないようにするわ」

「はい」


 ところで、自分は何を蹴ったんだろうと、視線を噴水に向ける。

 カロマも何が襲いかかってきたのかは、分かっていない為、その魔獣へと視線を向けた。


「どうやって運んできたのかしらね……」

「ダーム種……それも、結構な大きさの奴ですね」


 大きさは以前、ショークリアたちが戦った変異ロムラーダームと同じサイズ。だが、ロムラーダームではなさそうだ。


 ショークリアが蹴り飛ばしたお腹側は黒いが、表面は濃い灰色。そして何より、ダーム種の特性ともいえる硬皮は、真っ白でその見た目の質感や雰囲気から、かなり骨っぽく見える。


 その姿に、ショークリアは心当たりがあった。


骨纏いのエノバーダーム」

「……ワタシが知っているエノバーダームより大きいんですが……」

「変異種でも連れてきたのかな?」

「事実であったとしたら、それは恐ろしい話ですね」


 どうあれ、あの巨体が街の中で暴れ回るのは脅威に他ならない。

 向こうがこちらに敵意を向けている間に、退治するべきだろう。


骨鎧こつがいが顔を覆ってるの初めて見ますね。

 年齢とともに覆われる箇所が広がっていくとは聞きますが……」

「そう見ても、特異個体であるのは間違いないみたいね」

「はい。油断はしません」

「速攻でケリを付けて、馬車を追いかけるわ」


 とはいえ、城内で暗殺者たちと戦い、先ほど上層門のところでラックス種と戦ったばっかりだ。


(ヤンキーインストールは控えた上でとっとと倒す……カロマに少し無理をさせちまうかもしれねぇが……)


 既に身体のあちこちに筋肉痛のような痛みが出始めている。

 これは筋肉痛だけでなく、ヤンキーインストールの反動のようなものだろう。


 だけど、身体は動く。

 動かすのに問題となる痛みでもない。


「戦いに集中しつつも街への被害は抑えたいわ」

「もちろんです」


 グルグルと威嚇するような音を喉から放つ骨纏いの《エノバー》ダーム。

 どうやら、ショークリアに蹴飛ばされたことに、大変ご立腹のようである。


「お嬢様ッ、来ますッ!」

「ええ……瞬殺してやるわッ!」



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