第113話 可能なら一匹ぐらいは持ち帰りてぇな


 ガタゴトと馬車が揺れる。

 馬車に描かれている炎と共に赤き竜と緑の大蛇が仲良く絡みあっているような紋章が示すのは、キーチン領の領主家所有の馬車であるということだ。


 乗っているのはショークリア、フォガードの親子。

 そしてもう一人、ハリーサである。


「フォガード様、よろしいのですか……?

 その、私の両親はフォガード様たちに……」

「気にする必要はない」


 一緒に乗っているハリーサの問いに、フォガードは相手を落ち着かせるような笑みを浮かべた。


「確かに仲は悪い。だがこんな状況だ。娘さんが危険そうだったので、可能な限り保護するために家に連れて行ったと言えば、まぁ納得はせずとも騒ぎはすまいよ」


 こっそり胸中で「たぶんな」と付け加えながら、フォガードは告げる。


「ですが、従者たちを置いてきたコトは……」

「それも問題はない。そもそも、君を連れてきたのは陛下の指示だ。彼らを君につけておくのはかえって危険だという判断のもと、な」


 しかも待機を命じたのではなく、ほぼほぼ放置だ。

 彼らには何も伝えられることなく、陛下の命令によってフォガードがハリーサを連れて帰ることになったのである。


「互いの本心がどうあれ、陛下のお心を無碍にするような立ち回りをするなら、こう言ってはなんだがね――それまでの貴族だったという話になってしまう」

「それは……そうですね……」


 ハリーサは聡明だ。

 ショークリアも悪いとは思いつつも、ハリーサの両親を思えばあの二人からこんな聡明な子が産まれてくるのかと驚くほどに。


 だからこそ、フォガードの言い分も分かってしまう。

 同時に、フォガードが――メイジャン家が保護することの意味も分かるのだ。


 それはハリーサを狙った黒幕が両親であるかどうかという試金石。

 加えて、犯人でなかったとしても、自分たちの悪感情と、ハリーサが狙われていたので保護したという事実と、どちらの天秤をとるのか。


 ハリーサが保護されたことよりも、ハリーサを勝手に連れていったことに噛みつくようなら、恐らく陛下もフォガードも容赦なくビルカーラ夫妻を切り捨てることだろう。


(私は、どうしたら良いのでしょう……)


 間違いなく命を狙われていたという事実が怖い。

 ショークリアやトレイシアと友人と言える関係になれたのが嬉しい。

 両親を信じたい。両親が犯人でないことを祈りたい。


 一方で、犯人でなかったとしても、フォガードに対しても陛下に対しても、保護したことなど知ったことかと噛みつきかねないだろうと、思ってしまう自分もいる。


 考えながらも、うつむいていても良いことはなさそうだと思い顔を上げる。

 巡らせた視線の先にいるのは、ショークリアだ。


 何か話しかけたい――そう思ったハリーサだったが、思いとどまる。


 その横顔がとても険しいのだ。

 どこか、ハリーサには分からない何かを睨んでいるように見える。


「お父様」

「お早いご登場で、ってな。

 やっこさん、街中でやりあう気か?」


 ショークリアの表情がより険しくなり、フォガードはまるでそれが分かっていたかのように苦笑した。


 馬車の外から、護衛している人たちが指示を飛ばしあう声が聞こえてくる。


 それだけで、分かった。

 分かってしまった。

 自分を狙う存在は――まだ諦めてはいないのだと。


(どうして……)


 何故自分が狙われているのか。

 何故メイジャン親子は、こんなにも自分を守ってくれるのか。


「お父様、ハリーをお願いしても」

「いいのか。その姿で暴れ回れば、はしたない野蛮令嬢と呼ばれるぞ?」

「知らないわよ、そんなの。

 友達を守りたい。無関係な人を守りたい。ただそれだけだもの。呼びたければご勝手にって、感じ?」

「分かった。気をつけて行ってこい」

「ええ。言われずとも」


 ショークリアのドレスは先の襲撃で破けている。

 あの時でさえ、周囲からはしたないという声が上がったというのに――


「怖く、ないのですか……?」

「まぁ戦うのが怖いか怖くないかで言えば怖いですけど」

「そうではなく……嫌われたり、変な噂を流されたりするのは……」

「そんなの、今更じゃない。

 元々うちは汚名や悪評ばっかりだしね。それでも、有名になるならそれでいいわ。

 パーティの時、暗殺者にも言ったけど、汚名も悪評も使い道があるなら旗に掲げてひと暴れってね。

 私は貴族として、一人の人間ショークリアとして、やりたいようにやってるだけだから」


 凛々しく勇ましく、それでいて見蕩みとれてしまうほど美しく優しい笑顔でそう言ったショークリアは、ドレスの上から剣をくと、走行中の馬車の扉を開けた。


 その時――


「旦那様ッ、お嬢様ッ! 一度馬車を止めます!」


 御者をしている老従者ソルティスが声をあげて、馬車を急に止めた。




 馬車が大きく揺れるのをモノともせず、ショークリアは馬車から飛び降りる。


「お嬢様ッ、馬車の正面をッ!」


 ソルティスの言葉に従って、ショークリアは即座に動く。


「ソルティス」

「上層壁の門のところに魔獣です」


 名前を呼べば、ソルティスは必要な情報をくれる。


 正面にいるのはラックス種の魔獣だ。


 そして周囲の護衛戦士たちも、それぞれに動き始めている様子を見るに、魔獣は正面からだけではなさそうだ。


「面倒な位置ね」

「ええ、実に」


 ショークリアが独りごちると、ソルティスが反応する。


 上層壁は貴族区と平民区を隔てる壁だ。

 その壁を行き来する為の門を陣取るように魔獣がいる。

 しかも正面だけでなく、こちらを囲うように――だ。


 魔獣被害がどこまで広がるかは分からない。

 だが、貴族たちが逃げまどうことになった場合、上層壁を抜け、周囲にいる平民なんて気にすることなく、馬車でひき殺してでも逃げることだろう。


 それに高火力の術技が使えない。

 建物などへの被害を出すと、特に貴族たちからは何を言われるのか分からないのだ。


 だからこそ、常識人としては非常に面倒なのだ。


「グノス種を確認! ロームングノスだ!

 前足の爪に毒があるぞ! 以前戦ったコトのある者が優先して前に出ろッ!」

緑色りょくしょくバルーンだ! 自己強化や周囲の仲間を強化する能力に気をつけろ!」


 戦士たちの声が聞こえる。

 それに、ショークリアは眉を顰めた。


「不自然でございますね」

「ええ。ロームングノス……いえ、グノス種が街中に出現するなんて、ありえない」


 もしかしたら、外壁に近寄ってくるような群からはぐれた者などはいる可能性はある。

 だが、街中の――しかもこんな中心部に近い場所に出てくるなんて、ありえない話だ。


 もちろん緑色バルーンも同様だ。

 バルーン種はどこにでもいるが、緑色バルーンは王都周辺に生息していない。


「ソルティスはそのまま御者席に。

 必要な場面以外の戦闘は避けて」

「かしこまりました」


 いざという時、逃げてもらえるならその方が好都合だ。


「無いと思うけど、弓矢とかの飛び道具だけは気をつけてね」

「心得ております」


 ソルティスがうなずくのを確認してから、ショークリアは腰の後ろに佩いた剣に手を掛ける。


「本当に、どっから現れたんだか」


 目の前にいる魔獣はラックス種の魔獣が五匹。


 立ち姿は四本の腕を持つゴリラのようなシルエットをしている。サイズも似たようなものだ。

 だがシルエット以外の見た目はまったく異なる。その特徴の多くは爬虫類に近い。

 細かくも堅く鋭い鱗に覆われた腕や足。太くて大きい尻尾。


 一見するとゴリラのように下の腕の拳を地面に置いているが、ゴリラと異なりその手は開かれている。

 二足で立ち上がると四腕の重みで体のバランスを支えきれない為、前傾姿勢になっているのだろう。

 前足代わりに使っている手の爪は鋭くも小さめだ。

 一方で、自由に使える上の腕は、手も爪も大きくて凶悪だ。


 これで鱗の色が全体的に赤銅色であり、背負った小さな甲羅が刺々しい剣山のようなものであったのならば、山岳地帯――とりわけ火口に近いところに生息する溶岩ラックスアヴァラックスだっただろう。


 だが、樹皮のような茶色に、苔が生えたような色合いをしたその鱗から、苔むしたラックススソムラックスだと思われる。

 こちらが背負っている小さな甲羅は苔むした岩のようなものだ。


 苔むしたラックススソムラックスはその名の通り、森の中でも、池や川に近い苔が生えやすい場所に好んで生息する魔獣だ。


 そして、この中央王都の近隣にある森の中にも、そういうロケーションはあれど、そもそもスソムラックスは生息していないのである。


 なおラックス種は読んだ図鑑によると、種族的に食べられないらしい。

 遭遇できたのは好都合なので、本当に不味いのかどうか確認する為にも、是非とも一匹くらいは血抜きして持って帰りたいところではあるが――


「ま、考察はあとにするしかないか」


 ショークリアが多少前に出ても様子見したまま動かない挙動のおかしいスソムラックスを見ながら、剣を抜く。


(スソムラックスは群れを作らねぇ……。

 作っても基本的につがいだ。オスはメスが卵を生み、孵化するまではそれを守る。

 だが、孵化しちまえばそこまで。オスはどっかに行っちまう)


 自分の中にあるスソムラックスの知識を呼び起こしながら、油断なく構える。


 見える範囲で五匹。

 番という雰囲気でもなく、群れている。


(ロームングノスといい、緑色バルーンといい不自然がすぎる……。

 こりゃやっぱり人為的なやつかね)


 前世のゲームなどの知識で言えば、魔獣使いとかそういう類の能力者の存在だ。


(もっとも、魔獣を操ってる奴がいるにしても、引きずり出すには、倒すしかねぇよな)


 魔獣に恨みはないが、こればっかりは仕方がないだろう。


「お嬢、手伝おうか」

「ええ。助かるわ、ザハル」


 ミローナやカロマも戦っている気配がある為、声を掛けるのが難しかった。

 だが、フォガードが馬車にいるのだから、護衛としては彼がいるのは必然である。


「それにしても、やっぱり身綺麗にした貴方って違和感あるのよね」

「そりゃないぜお嬢」


 登城するにあたり、戦士団の制服を纏い、身なりを整えたザハルからは普段の胡散臭いおっさんの雰囲気は微塵もなく、いかにも歴戦の勇士あるいは出来る男という風情だ。


「無精ひげもボサボサ頭も顔を構成する大事なパーツだったのね」

「え? それって髪の毛整えて無精ひげ剃ったから、おっさんが誰か分からない顔になったって言ってる?」

「ええ、そうよ」

「お嬢……ひでぇぜ」


 そんな軽口を叩き合いながら、二人は何気ない足取りのまま、地面を蹴った。


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