第112話 考えたところで分からねぇのはもどかしい


 王様の許可を貰ったショークリアは、ハリーサを自分たちの輪に迎えいれた。


 安堵した表情をするハリーサとは裏腹に、その従者たちはショークリアを見ては何とも渋い顔をし、ガルドレットやトレイシアを見ては何とも嬉しそうにしていたのを見咎めたチノとミローナがキレた。


 要約すると――

 主が困っているのに相談にも乗らずぼんやりしてるなら辞めちまえ。

 両親が来ない・迎えが来ない、それなら従者として迎えの手配を提案しろ。

 先回りして動けないなら今現状を考慮して動いてみせろよ。

 つーか従者なんだから、主の相手の姿を見ながら百面相すんな。

 お前らの粗相は主の粗相になるって理解してんのか、あァん?


 ……などである。

 加えて、先ほどのトレイシアの従者たちと似たような反応をしてきたので、同じようなお説教がもう一度発生しのである。


 ただし説教を口にしたのは、ショークリアたちではなく、ミローナたち従者であるが。


「どんな態度だろうと、そもそも陛下とトレイシア殿下の前なのですけどね」


 もちろん、チノとミローナは、それぞれの主人と陛下に許可を取った上で行動を起こしている。


 それを見ていたキズィニーがうんざりした面もちで頭を抱えていたように見えたのは、ショークリアの気のせいではないだろう。


「私の従者たちが大変な失礼を致しました」

「その従者を手配したのは其方か?」

「いえ。父にございます」

「ならば、その責は其方の父よ。

 デビュタントは子が一歩踏み出す場所ではあるが、それでも其方らはまだ子供故にな。自身が手配したコトでないのであれば、手配した者に責があろう」

「は」


 一礼するも、ハリーサはやや震えている。

 さすがにお前に責はないが家族に責があると言われれば、それはそれで不安にもなるだろう。


「顔を上げてください、ハリーサ様!」


 だが、そんな重苦しい空気を吹き飛ばすように華やかな声を上げたのはトレイシアだった。


「実は貴女とも、もっとお話したかったんです」


 あるいは、わざと空気を読まずに、重い空気を吹き飛ばそうとしたのかもしれない。


「え、あの……」

「貴女もショコラと、美味しいモノを食べる約束を交わしていたでしょう? だから機会があればご一緒したいな、と!」

「ええっと……」


 助けを求めるようにハリーサがショークリアに視線を向けるが、ショークリアは困ったように頬を掻いた。


(……オレ、お姫さんとメシ喰う約束なんてしたっけか?)


 したつもりはないが、トレイシアの中でそれが確定事項になってしまっているのであれば、いずれ誘う必要があるだろう。


(領地に来てくれりゃ手っ取り早ぇが、お姫さんとなるとそうもいかねぇだろうしな……。

 ま、それはハリーサも同じか。

 さて、どーすっかねぇ……)


 そしてそんな二人を見ていたショークリアの思考も、完全に二人をもてなす方向にシフトしている。


「あ、そうだわ! ハリーサ様! ハリーって呼んでいいかしら?

 貴女も私のコトをシアと呼んでくださって構わないわ!」


 ハリーサの両手を取って嬉しそうにするトレイシア。

 やっぱり困ったようにこちらへと視線を向けてくるハリーサ。


 それを見ながら、ショークリアとガルドレットは顔を見合わせ、苦笑しあった。


 そうして、ハリーサに手を伸ばす。


「諦めてハリー。私のコトをショコラって呼んでいいから」

「そうなったシア様を我々では止められない。

 よろしく頼むよハリー。俺のコトもガルドでいいから」


 ショークリアたちからも、突然の愛称呼びをされ、どうやらハリーサは観念したようである。


「何だかとても恐れ多いのですが……ええっと、よろしくお願いします、シア様」

「まだ堅いわね。私的な場なら、ショコラやガルドくらい砕けてくれていいわよ、ハリー?」

「……努力します」


 なぜか一瞬だけ、ショークリアとガルドレットに恨みがましい視線を向けたあと、ハリーサは精一杯の笑顔を浮かべてうなずいた。


 それをキズィニーやフォガードなどの保護者たち、チノやミローナなどの従者たちはは微笑ましく眺めているのだった。




 やがて、人が完全に捌け、ショークリアのいる集団だけになる。


「ハリーサ、すまぬが其方の従者には外してもらえぬか?

 其方には残ってもらいたいが、従者は信用できぬのでな」

「かしこまりました」


 王から信用できぬとまで言われた従者たちは顔を青ざめさせながらも、宴会場から外へと出る。

 その一瞬、王がチラリとどこかを一瞥したのをショークリアは見ていた。


 その視線の先をこっそりと追えば、前世の忍者を思わせるような雰囲気の人物の影が一瞬だけ見える。


(……監視か? まぁあの従者たちも信用なんねぇしな)


 それに加えて、ハリーサ個人であれば信用に値すると判断したのだろう。あるいは、彼女の命そのものを守る意味もあるかもしれない。


 実際問題、ハリーサは間違いなく狙われていたのだから。


 そして、会場から関係者以外の人が捌けたのを確認してから、キズィニーは一つうなずいた。


「ガルドレットの両親がまだ来ていないが、人は捌けたので今回の件を軽く話あっておきたいと思う」


 それから、キズィニーはショークリアへと視線を向ける。


「まずショークリア。其方そなたが感じ取った暗殺事件は二つ。

 我が娘トレイシアと、そちらの娘ハリーサの二人を狙ったモノが同時に発生してたというコトで相違ないか?」

「相違ありません。補足させて頂くのであれば、トレイシア殿下を狙った二流暗殺者を隠れ蓑にした、一流の者たちがハリーサ様を狙っておりました」


 ショークリアの報告に、やはりか――とキズィニーは胸中で嘆息した。

 その指摘そのものは、キズィニーも護衛の騎士から聞いてはいたのだ。

 先にトレイシアを襲った者たちより、後にショークリアたちと刃を交わしていた者たちの方の腕が良い、と。


「ではハリーサよ。其方に問うのは酷ではあるが、分かるのであれば答えて欲しい」

「は」

「其方は狙われる心当たりがあるか?」

「……いいえ。私自身には何も……」


 娘と同じ年の少女が声を震わせながら答えることに、何も思わぬわけではない。それでもキズィニーは胸中の感情は一切表に出さぬまま「そうか」とうなずいて見せた。


「んー……トレイシア殿下を狙う理由ってのはいくらでもあるんだがなぁ……」


 フォガードが小さく呻いている声が聞こえてくる。

 それはキズィニーも同意見だ。トレイシアの場合、『姫殿下』という立場そのものが、狙われる理由になりうる。


 一方で、ハリーサは領主の娘だ。

 無論、領主の娘という立場は決して軽いものではないが、トレイシアと並び立った時に、優先的に狙われるものとは思えない。


「フォガード卿。ハリーサが黒の神の手招き応じたコトで生じる利益などは分かるか?」

「微妙なところですね……。

 ビルカーラ卿はまだまだ現役でしょうし……下世話な話ではありますが、ご婦人も年齢的にはまだ赤の神と緑の神からもたらされる宝物ほうもつの祝福に耐えうる歳です。

 ハリーサ嬢が黒の神の手招きに応じたとしても、少なくとも領主一族そのものが揺らぐようなコトは現状ないかと」

「そうだな。それは同感だ」


 精神的な面で揺らぐことはあるだろうか、貴族の利益として考えた場合、ハリーサを狙う理由が薄すぎる。


 むしろ、ビルカーラ卿が狙われた方が不自然がないくらいだ。

 

 そんな折り、ショークリアが小さく呟いた。


「……もしかして、ハリーがこの会場で死ぬコトに意味があった、とか……」

「ふむ。それならショコラ、異なる暗殺が同時に行われた理由について考えてみるのもどうだろう?」


 それに反応したのはガルドレットだ。

 なかなか興味深いやりとりが始まったので、キズィニーは邪魔をせず注視することにした。


「ならどちらの暗殺も防げなかった場合を考えてみましょうか」

「私もハリーも黒の神の元へと招かれてしまった時に起きる問題と言えば……」


 トレイシアも加わって話が始まる。

 良い傾向だと思いつつ、キズィニーは耳を傾けたまま思案する。


 次代の王は息子であるキズィニー十三世に決まる。

 それを望む派閥がいるのは間違いないので、依頼人はその中にいるのかもしれない。


 加えて、デビュタントで王女暗殺という事件が起きた以上、警備の騎士たちや関わった従者たちは皆、その失敗を理由に連座や退任などの責を取らされるのは間違いない。

 さらに言えばハリーサもそこで黒の神の元へ逝ってしまえば、より警備責任などの話が重くなる。

 今の騎士団の在り方を大きく変えられる程度の、大規模人事が行われるはずだ。


 加えて今回のデビュタントに限っていえば、王であるキズィニー十二世の意見もそれなりに取り入れられた為、王の意見のせいで警備に穴が空いたと言ってくる者がいるだろう。

 そうなると、その意見が覆らないまま責任を取らされ、息子に王位を譲ることとなる。


 そして、ハリーサは巻き込まれて黒の神に手招きされたとなれば、ハリーサ殺害の本当の理由は闇に葬られ、王子派の者たちが大いに湧くことだろう。


 キズィニー十二世からすると、息子である十三世の性格からして、王位についても素直に傀儡にはならないだろうとは思うのだが――そんなこと盲目的な過激派たちは、考えもしていないだろうから、今は脇に置いておく。


 十三世はうまくやるかもしれないが、協力的な貴族たちはいなくなるだろう。フォガードのような者たちは蔑ろにされ、一方的に爵位を奪われたり不当に地位を下げられたりするのは間違いない。


(辺境領主の仕事を理解しない者たちも多いしな……。

 辺境とは田舎であるとか思っている者がいるのも事実。庶民ならいざ知らず貴族でそれはどうかと思うのだがなぁ……)


 などと考えてみたところで、別にここまでならハリーサの死はただの添え物だ。極論を言ってしまえば、トレイシアの死だけで充分である。


「それですと、私が黒の神の手招きに応じる理由が薄くありませんか?」


 いつの間にかハリーサとトレイシアも加わり、四人で話し合いをしている。だが、そんな子供たちの話し合いも、どうやら結論はキズィニーと同様のものとなったようだ。


「実は途方もない理由があった場合、隠蔽が容易になるという利点はあるけどね」

「ガルドの言う通りではあるけど――問題はその、理由よね」


 そうして、思考は振り出しに戻る。

 ただ、それでも子供たちは考えることをやめないようだ。


「ハリーだけが黒の神に手招きに応じた場合はどうなるかしら?」

「警備問題は同様に発生するだろうね。それに王女暗殺未遂なんだ。同じような大規模人事くらいはあるだろう。ただ陛下の退任部分は起こらない可能性が高い」

「その場合の私は運悪く暗殺に巻き込まれ、シア様の代わりに黒の神の元へ逝ったという扱いになるのでは?」

「つまりそれでも、本当の動機は隠れてしまう可能性があるわけですね」


 ならば、この場を利用してハリーサ殺害を狙ったのは、本来の動機を隠すためということになるのではないだろうか。

 しかしそうすると、ますます動機が不明瞭になる。そうまでしてハリーサを黒の神の元へと送りたい理由とは……。


 キズィニーが考えていると――


「陛下。今のままでは答えはでないかもしれません」


 ――子供たちを横目にフォガードがそう告げてくる。

 それに、キズィニーも小さくうなずいた。


「そうであるな。こちらの推論も子供たちの推論と大きく差はない」

「なので、一つ許可を頂きたいコトがあるのですが」

「策か?」

「策というほどのものではありませんが……ハリーサ嬢の一件に関して、運が良ければ尻尾くらいはつかめるかと」

「聞こう」


 フォガードの話に耳を傾けたキズィニーは、彼の発案に許可を出した。


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