第111話 王様も色々苦労してんだな


 この国の国王であるキズィニーは、その光景を見ながら胸中で高笑いをしたいほどに喜んでいた。


(いやぁ、愉快愉快……いや、痛快か?

 今の貴族にここまでズバズバ言う者は少ないからな。良い薬だ)


 キーチン領メイジャン家の息女ショークリア。

 彼女は姫であるトレイシアの側近たちに対して物怖じすることなく、正しい言葉をぶつけていく。


 実際その通りだ。

 あの程度の能力しかないくせに、よくもまぁ王族に仕えられる。

 そして、人事と称してそれを推進しているものがいるのも事実。


 ある程度の権限が与えられてしまっている者を引きずりおろすにはそれなりのキズが必要だ。

 それでも、今までは適当な言い訳で言い逃れされてしまい、なかなか迫ることが出来なかったのだが――それも今日までだ。


 優秀な侍女としてチノを付けられたのも大きい。

 彼女も彼女の実家もどこの派閥に属することのないのも良い。


 優秀な侍女であるチノが働けば働くほど、トレイシアに気に入られれば気に入られるほど、ほかの者たちとの差が如実に現れる。

 そこを突きやすくなるのだ。


 そして、想定外であった暴走少年や暗殺者騒動。これも怪我の功名というべきか、より彼らの――いやトレイシアの側近だけでなく、それ以外も含めたあの宴会場にいた者たちへのダメ出しが出来る良い機会となってくれた。


 落ち着いてそれができるのは、率先して動いてくれたショークリアや、ガルドレットの行いあってこそ。


 本当は、今予定しているモノよりももっと大きな報償を与えても良いのだが、それをすると口うるさい宰相に怒られそうなので、控えておくことにする。


「お前たち、いつまで固まっている。

 主であるトレイシアから退場を告げられたのだろう? この場に残る理由を口に出来ぬのであれば、く退場せぬか」

「お父様、私はこの者たちの解任を望みます」

「いいだろう。余の責任でもってその解任を許可しよう」


 トレイシアやショークリアと愚かな自称側近たちのやりとりを見ながら、時機を伺っていたキズィニーはここぞとばかりに飛び込んでいく。

 そして、同じように機を伺っていたらしいトレイシアが解任を口にすれば、キズィニーは待ってましたとばかりに許可を出す。


 これが反撃開始の狼煙のろしだ。

 戦争が終わって二十余年。前線に出てなかったが故に肥えることができた者たちが好き勝手する時代は終わりだ。


 ショークリアの父フォガードや、ダイドー領の先代領主のように戦に出てくれた者がいたからこそ、この国は維持されているというのに。

 戦場から生きて帰ってきたフォガードをまるで無能のように扱い、ダイドー領の先代領主など黒の神の元へ招かれた者こそが偉大な功績を納めた貴族などとする。


 二人だけではない。先の戦で国のためにその身を尽くし、命を削った者たちを愚弄する振る舞いも、いい加減見飽きていたのだ。

 肥えるのは何もしなかったものばかり。戦に出ず、戦後処理もサボりながら肥えた者どもは、その癖、自分が苦労しない立ち回りと、自分を肥やす為の口ばかりが達者になっていくのだから、腹立たしい。


 今の王たるキズィニーことキズィニー十二世は終戦直後、戦死した父に代わり急遽、玉座に着いた王だ。

 若輩であり、戦場に出ずに内政に走り回っていた者たちに支えられる王だった。


 しかし徐々に貴族の代が変わっていくにつれ、ナメられる王となっていった自覚はある。

 戦の記憶が薄まり、先代が奔走し戦後内政を落ち着かせ終えたあとの、安寧とした時機に世継ぎとなった者たちは、キズィニー十二世を、戦場で生きて帰ってきた貴族たちをナメる。


 そして、当然そんなナメた貴族たちの次代は、よりナメた貴族になる。

 それが今この場で行われている断罪――と言ってもよいだろう――が起こるに至った原因だ。


 それでもキズィニー十二世は、自分がナメられることで国が円滑に回るのであればと思って立ち振る舞ってきたのだが、それはもしかしたら逆効果であったのだろう。


(庶民すら見下すだけ……庶民に価値が無いと口にする貴族が増えてきたのは由々しき事態だ。彼らを守り、彼らの成果を税として得ることで、我ら王侯貴族は国や領を維持し、生活できているというに……)


 妻たちや、子供たちに仕える者たちすら、王家が選別できない。そんなところまで、人事を自称するナメた奴らが踏み込んできている。それを何度、夫として、父として家族に詫びたことか。


(ダイドー領とキーチン領に吹き荒れている、新緑の芽生えを感じさせる風――迷惑を掛けるであろうが、これらは存分に利用させてもらうぞ)


 思惑や感情を誰にも気づかれぬように仕舞い込みながら、王は未だに動こうとしない者たちへ冷たく告げた。


「どうした? 余とトレイシア、王と王家に連なる者からの指示に即座に従えぬのか? 貴様らはそこまで貴族の資質なき者どもであったのか?」


 言い訳をしたいのであればすればいい。

 言い訳がないのであれば退場すればいい。

 そのどちらも、なぜすぐに出来ないのか。


 この程度の振る舞いしかできないのであれば、庶民の富豪層や高級商人たちの方がよっぽどしっかりした振る舞いができるというものである。


 そうして、何とか退場した彼らを見ながら、キズィニーはわざとらしく嘆息した。


「まったくもって嘆かわしいものだ。

 フォガード、ガルドレット、ショークリア……見苦しいところを見せた」

「陛下。以前までは賛成しておりましたが、そろそろ限界ではないかと愚考しますが」

「言うな。それは自分自身が一番分かっておる」

「失礼しました」


 炎剣の貴公子フォガード。

 戦での活躍もさることながら、大本の実家の者たちよりも頭は回るし、国のことをよく分かっている男だ。


 キズィニーが敢えてナメられていることも、いつの間にか気づいていたし、それを理解した上で、自分の地位で出来る助力は良くしてくれている。


 報償として爵位と領地を与える際に、密かに懐刀にならないかと誘ったこともあるのだが、袖にされたのが懐かしい。


 しかしただ断るだけでなく、「領地を得ることで、王の懐刀にはなれなくとも、国の為の武器を研ぐ者にはなれる」と口にした男だ。

 そして、この男は基本的に有言実行が好きなようである。


「だが、お前の研いだ刃。ようやく我が手元に届いたと、感じはじめておる」

「で、あれば――使い方を誤らぬよう忠言いたします。

 それは王家が担う刃ではなく、国が担う刃になれと、そう願い研いだモノでありますゆえ」

「無論だ。心して振るおう。

 ……それによって其方や、其方の領地などに火の粉が舞うやもしれぬが……」

「そのような火の粉であれば歓迎します。

 もっとも、我が領地に歓迎しない火の粉が舞うのはいつものコト。故に見分けがつかず、一緒くたに振り払ってしまった場合はご容赦を」

「お前はつくづく言葉が悪い上に口が減らない」

「幾度目ともなるお褒め、光栄に思います」

「まったく……その皮肉も、忠言耳に逆らうというコトとして受け入れておこう」


(ああ、本当に――フォガードのような本物が増えて欲しいと願い、功績爵を増やしているのだがな……)


 そんなやりとりをフォガードとしていると、ガルドレットやフォガードの娘が何やら目を輝かせている。よく見ればトレイシアもだ。


 キズィニーが訝しんでいると、護衛騎士の一人がそっと耳打ちしてきた。


「恐らく陛下と英雄のやりとりを間近に見たコトで感動されているのかと。フォガード卿は騎士の礼を取りつつも、どこか気安く見えるやりとりでしたので余計に」


 なるほど――とキズィニーは納得した。

 トレイシアに関しては、それだけでなく、フォガードが自分が思い描く王に仕える騎士らしい立ち振る舞いをしていることに感動しているのかもしれないが。


 例え王の機嫌を損ねることになったとしても、必要であれば忠言や皮肉を口にし、その意志と指示、判断を正しいのかどうか立ち止まらせ考えさせる。


 真なる忠誠とはそういうモノだとトレイシアは思っている節があるので余計に感じ入るものがあったのだろう。


 感激しているのであれば、無駄に水を差す必要はないだろう。

 キズィニーは周囲を見回し、人が捌け具合を確認する。


「……ガルドレット。其方そなた、両親はどうした?」

「元より本日は午後の部も欠席の予定でした。

 本来は午後の部のあとに迎えが来る予定でしたが、それが狂いましたので、迎えの手配をしているところであります。

 同時に可能であれば両親のどちらかにはここへ顔を出すよう、家に言付けは出しました」

「其方の一族は、仕事中毒者ばかりで有名ではあるからな」

「先祖代々ご迷惑をおかけしております」

「その仕事ぶりには助かっているのは間違いないので、謝る必要はない」

「恐れ入ります」


 仕事中毒者ばかり故に、こうやって子供や身内を蔑ろにする一面があるのだ。そう思えば、一番迷惑を被っているのは王族よりも、家族や一族の身内なのかもしれない

 一応、貴族としての振る舞いは相応にできるので上級貴族の地位にいるわけなのだが、それすら煩わしがって仕事ばかりしているのが、昨今の印象だ。もしかしたら単純に、今の貴族たちとつきあうよりも仕事をしている方が有意義であると判断している可能性もある。


 キズィニーは改めて会場を見回す。

 ガルドレット以外の迎えはだいたい来ているようで、人はほとんど捌けている。

 

 しかし、そこで一人の少女が目に付いた。


「ふむ。あそこにおる娘を誰か知っておるか?」


 キズィニーが問えば、それにショークリアが即座に答えを返してくれる。


「ハリーサ様ですね。

 スーンプル領の領主一族の方ですわ」


 家族や従者、友人と談笑している様子はなく、さりとて誰かを待っている様子はない。表情を取り繕ってはいるが、途方に暮れているようだ。


 さて、どうしたものか――とキズィニーが考えはじめた時、ショークリアが訊ねてくる。


「恐れ多くも陛下、一つよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「ハリーサ様を居残り組に加えてもよろしいでしょうか?」

「理由はあるか?」


 迎えが来ないことへの同情等であれば、無理だぞ――と言外で言えば、それを理解したようにショークリアはうなずく。


「まず暗殺者の一味が彼女を狙ったコトにあります」

「ふむ……『まず』と言うからには他にもあるのか?」

「その依頼人が彼女の身内……親族や従者であった場合の考慮です」


 迎えが来ないのではなく、迎えを出す必要がないと――それが理由ではないのかと言われれば、さすがのキズィニーも内心でギョッとする。

 確かに彼女が黒の神の元へ招かれることが前提となっていれば、午後の部があろうとなかろうと、迎えは必要がないだろう。


 だが、彼女は生き延びた。

 そしてそれを知った彼女を狙う者が次に狙うべきは――


「なるほど、な。

 だが、キーチン領とスーンプル領は良好な関係とは言えぬだろう?」

「仰る通りです。領地単位で見ればそうでしょう。そこは否定できません。

 ですが、私とハリーサ様という個人単位であれば、決して仲が悪いわけではありません」


 そう告げるショークリアの表情は完全に取り繕えていない。

 建前こそ作り上げたが、その本心はハリーサが心配なのだろう。


 しかし、その建前は決して悪いものではない。

 理屈としては正しいのだ。


 己が目的をかなえる為に、建前として必要なものを用意する。なるほどショークリアという少女はトレイシアの友に相応しいことだろう。


「よかろう、ショークリア。許可を出す。

 其方の言う通り、彼女が狙われていたというのであれば、その理由も考えるべきコトだろうからな」


 狙いの違う二組の暗殺者。

 そして、それぞれを手引きしただろう城内関係者。


(全く、たまったものではないな)


 こっそりと嘆息しながらも、キズィニーは未来へと目を向ける。

 それでも、緑の神が起こしたもう活力の風が、自分の背を押してくれている気配はあるのだ。


(俺が本格的に動けば、一時いっときなれど国は荒れる……だがそれでも、次代の為にも、邪魔な膿は可能な限りださなければならないのだ)


 例えそれが、キズィニー十二世という人間の魂が、黒の神の元へと旅立つことになったとしても。


 ――それがこの国の為であるならば。


 そして、今こそが好機であると、キズィニー王は誰に気づかれることもなく、密やかな覚悟と決意を固めるのだった。




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