第110話 ちょっと言い過ぎだったかもしれねぇな…


「あなた方はもう引き上げて頂いて構いませんよ。

 護衛であれば、ショコラとガルドがいます。加えてフォガード卿もここにおりますしね。ある意味で一番安全です。

 さらに言えば、ショコラとガルドの護衛に従事している者たちの方があなた方よりも信頼できそうです。だって、先ほどの暗殺者騒動の際に、暗殺者相手に立ち回るショコラやガルドを補佐するように、周囲の参加者を守るように動いておりましたから。

 それに比べてあなた方は、ショコラの従者であるミローナが私の元に駆けつけるまでの間に動けましたか? 一番最初に動いた者は先ほど追い出した――ミローナを後ろから斬ろうとした愚か者だけですよね?

 その後だって、私の近くで武器を構えてるだけで、ほかの仕事なんて何もしなかったではありませんか。

 どうするべきかを提案するコトも、私に判断を仰ぐコトもしませんでしたよね?

 従者だってそうです。従者としての仕事に関してはチノ一人いれば充分ですもの。

 だって、貴女たちって、全員会わせてもチノ一人分の仕事もできないんでしょう? それなら居たところで意味がないではありませんか」


(おーおー……すげぇな。マシンガンのような嫌味の嵐だ。よっぽど溜まってたんかね?)


 とはいえ、トレイシアの言い分を信じるのであれば、鬱憤が溜まるのも無理はなさそうだ。

 そして、トレイシアに嫌味のマシンガンを浴びせられている側近たちはといえば、全員顔が真っ青になっている。


(姫さんの側近なんていう名誉職に付いていながら、役に立たなかったと言われれば、貴族としてかなりのキズだろうよ。

 でもなぁ……姫さんの言う通り、ちょっと能力が低すぎるのは間違いねぇんだよなぁ……)


 こんなになるまでに自己改善できなかったのは彼ら自身のせいだろう。

 それにしても――


「そもそも、姫のお付きなんていう名誉職に付けるだけの人たちが、何でこんな無能なのかしら?」


 思わず独りごちたショークリアの声は、彼らの耳に届くだけの音量があった。

 ショークリア本人からしてみれば、小声だったのだが、人がまばらになった会場は、彼女が思っていた以上に静かになっていたのである。


 その声を聞いて、トレイシアの従者の一人は正気に戻れたようで、ショークリアに喰ってかかった。


「だ、誰が無能ですってッ!」


 聞こえていたことに気づいたショークリアは一瞬だけ「しまった」と思いはしたが、すぐさま「まぁいいか」と肩を竦めた。


「シアが実際に言ってたじゃない。

 少なくとも、うちのミローナや、シアの後ろに控えてるチノさんと比べたら、雲泥の差があるわ。もちろん、泥はそっちね」

「これだから見る目のない騎士爵の子供は。姫に仕える名誉を何だと思ってるのかしら。それが許されるだけの仕事ができるからこそ、仕えているのですよ」

「逆に言えば仕える価値がないと判断されれば解任されるんでしょ?

 見る目のない騎士爵令嬢ですら理解できてしまう腕の差があるって時点で価値がないのと同じでは? 姫に仕える名誉を何だと思っているのかしら」


 それが正当で筋の通る言い分であれば、多少乱暴な言い方であってもトレイシアが見逃してくれるだろう――と、そう判断したショークリアは容赦なく言い放つ。


 口をパクパクさせたまま動けなくなる従者を最後に睨みつけ黙らせたあとで、ショークリアは彼ら護衛騎士に現実を突きつけてやることにする。


「そっちの騎士さんたちもそうよね。

 もしかしたら、騎士のマネゴトをしている騎士爵令嬢如きが――って思っているかもしれないけど、本当にそう思ってるだけでいいの?

 その騎士のマネゴトしている令嬢よりも、実力も判断力も実戦経験も乏しいって問題しかないじゃない。

 王族の護衛騎士のクセに、私に勝てる要素が何一つないってどうなの? その程度の人たちがお姫様の護衛なんて名乗っていいの?」


 グッと喉を詰まらせるような様子の騎士たちを見ながら、ショークリアはさらに続ける。


 出来るだけ優雅に、可能な限り丁寧に、完璧な淑女の仕草と言葉使いでもって、トドメを刺しに行く。


 鉄扇を開き、口元に当て、優雅な笑みを崩さぬように、ショークリアは告げる。


「従者にしろ騎士にしろ、トレイシア姫殿下に仕える者としてその程度であったコト、私は大変残念に思いますわ。

 だって――そのまま外交などに付き添われようものなら、他国の方々に、姫殿下にその程度の従者しか付けるコトが出来ない情けない国だと思われてしまいますものね。

 自覚はございまして? 姫殿下に仕える以上、相応の実力と相応の礼儀が必要です。

 それは未成年だとか見習いだとかは関係ありませんよ? 見習いであったとしても、姫殿下に仕えるというコトは相応の振る舞いができて当たり前でしょう?

 だというのに、皆さんはトレイシア姫殿下にあれだけのコトを言われるほど、役立たずだと思われおりましてよ?

 そもそも、礼儀や礼節すら、あなた方が侮る中級騎士爵の令嬢風情よりも下だという自覚はございますか?」


 なお、わりと本心である。

 トレイシア付きとなれば、騎士としてどれだけの腕が必要なのかと思えば、ただの雑魚であった。

 従者ともなればどれだけ礼節に厳しいのかと思えば、自分以下だった。


 この事実、ショークリア的にはかなりショックだったのだ。

 そして、彼ら彼女らの反応を見るに、自分は一つ勘違いしていたことにも気づく。


 それはちょっと狂った少年が挨拶に割り込んで来たときのことだ。

 こちらの対応を肯定して何も言わずにいてくれたと思ったが、実際のところ判断に困って黙り込んでいただけなのだろう。


(お袋からめっちゃ厳しく礼儀作法なんかを叩き込まれたけどよー……王城にいる連中がこれでいいのか?

 偉そうにしてるだけで、どこをとってもオレ以下の雑魚じゃねーかよ)


 やれやれ――と、嘆息した時、何やら周囲の様子がおかしい。


「あら?」


 すると、ガルドレットもミローナもカロマもフォガードも、その他のこちら側にいる護衛や従者たちが一斉に沈痛な面もちをしていたのだ。


 トレイシアとチノの主従だけは、むしろ拍手をしていたが。


「ショコラ。さすがにちょっと彼らに同情したくなったよ」

「え? 何で? 考えてみてよ、ガルド。

 シアのお付きになったという名誉に胡座あぐらをかいて研鑽を忘れたような人たちのどこに同情するの?」

「……そういう言われ方をすると、同情の余地がない気もするな」

「でしょう?

 自分の家の爵位と、名誉だけをより所に誇っているから、ガルドやシアに対して許可もなく愛称を口にしちゃうんでしょう?

 姫に仕えてるってだけで、自分はどんな相手より上だって思ってるんだろうし。

 ああ――もしかしたら、シアに意見できる自分たちカッケェとかも思ってるのかしら? だからシアに対してもナメた態度とれるんでしょうね。

 そういう態度をシアが咎めないのには何らかの理由があっただけでしょうに、シアが何も言わないから調子に乗っちゃったのね」


 可哀想に――とまでは口にしなかったが、口撃としてはかなり強烈だったらしい。トレイシアの従者たちの顔は青ざめるを通り越して、白くなってきている。


 そんな光景を見ながら、トレイシアがなぜか口元を押さえて小さくなり、震えていた。

 

「……って、シア? どうかしたの? 大丈夫?」


 ショークリアがキョトンと首を傾げると、トレイシアはチノからハンカチを受け取り目元や口元を拭いながら、顔を上げた。


「ショコラが痛快すぎて……お腹が痛くなってきただけです……」

「ああ、笑ってただけか」


 何事かと思って心配していたら、これである。


(でもまぁ、ウケは取れたからいいか?)


 ともあれ――彼らはどういう対応をしてくるのか。

 そう思って様子を見ていたが、完全に動けなくなっている。


 さっきまで、騎士爵如きがと見下していたのに、すっかり縮こまっているではないか。


(え? こいつら調子乗ってた割にメンタル柔すぎない?)


 実際のところは、何をやってもあまり文句を言われなかったせいで、こういう強烈な言葉を浴びせられた経験がなく、完全に萎縮してしまっているだけなのだが。


「それで、あなた方はいつまでそこで固まっているのですか?」


 そんな彼らに対してまなじりの涙を冷たい言葉をかけるのは、主であるトレイシア。

 言い訳をするにしろ、退場するにしろ、何かしらアクションを起こせと言外に言っているのだが、彼らに動く気配はなかった。


 そこへ――


「まったく――本当にこの程度の者しか手配できないのであれば、人事を担当している者に対して、文句を言うべきかもしれぬな」


 やってきたのは、トレイシアの父であるキズィニーだ。


「任せろというからしばらく一任してみたが、ここまで見る目がないとはな」


 やれやれ――と嘆息する王の姿を見て、彼らのメンタルは完全に崩壊したようだ。


「お前たち、いつまで固まっている。

 主であるトレイシアから退場を告げられたのだろう? この場に残る理由を口に出来ぬのであれば、く退場せぬか」

「お父様、私はこの者たちの解任を望みます」


 ここぞとばかりに、トレイシアがそう口にすれば、キズィニーは鷹揚にうなずいた。


「いいだろう。余の責任でもってその解任を許可しよう」


(……これ、オレが言おうが言うまいが、結末は同じだったんじゃねぇのか?)


 あるいは、今回のデビュタントそのものが、トラブルがあろうがなかろうが、彼らを解任する為のキッカケにする気満々であっただろうことに、ショークリアは何となく気づくのだった。

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