第116話 逃げる者、追う者、立ち向かう者


「黒幕のお出ましね」


 醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグとやらを引き連れて現れた黒いフードの男に対し、ショークリアは勝ち気な笑みを浮かべて見せる。


「遠い異国ではビーストテイマーなんて呼ばれたりする、動物や魔獣などを使役する能力の持ち主だと思うのだけれど……。

 街中に魔獣を放つなんて何を考えているのかしらね?」


 瞬間、ローブの男の顔色が露骨に変わった。

 フード越しにも、こちらを睨みつけてきているのが分かる。


「あら? もしかしてビーストテイマーの能力は秘匿してたの?

 これだけ派手にやっておいて隠し通せると思っているのなら、おめでたいとしか言いようがないわね」


 そう言い放って様子を伺っていると、低く呻くようにローブの男が口を開いた。


「オレは魔獣使エルタエーク役術士・レマーツだ。ビーストテイマーなるモノではない」

「私としてはどっちでもいんだけどね」


 ショークリアが鼻で笑ってやると、向こうは相当気を悪くしたようだ。

 自分の能力、あるいは肩書きである魔獣使役術士という言葉に、こだわりやプライドがあるのだろう。


醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグだっけ?

 それだけを私にけしかけるワケでなく、自らも一緒に顔を出したのってさ、さっきのダームや他の魔獣と違って、アンタが近くにいないと操れないってコトでいいかしら?」


 ローブの男は顔を歪めこそするが、だんまりを決め込む。

 だが、その反応だけで、ショークリアには充分だ。


「カロマ。あいつは醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグを操ろうとする限り、この場から離れられない。好機と言えば好機よ」

「ですがそれだけの魔獣を相手にする必要があると言えますよ」


 カロマの指摘は正しい。

 間違いなく醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグは強い。先ほどの骨纏いのエノバーダームよりもずっと。

 とはいえ、あのローブの男をここで捕まえないという選択肢はない。


「ショークリア・テルマ・メイジャン。

 なるほど。頭もキレて腕も立つ。厄介この上ない小娘だ。

 確かに醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグを操るには一定の距離内にいる必要がある。それは認めよう。

 だが――」


 男はゆっくりと、後ろへと下がりながら笑う。


「――ここまで連れてこれたなら、もう操る必要はないだろう?」


 当事者のショークリアとカロマだけではない。

 その場に居た何でも屋や傭兵、野次馬たちも息を飲む。


「無理してお前を殺せと指示を出さずとも、ここでオレが能力を解除し操るコトを放棄しても、お前は体を張って醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグを止めようとするだろう。

 それで充分だ。無駄な正義感と義務感を抱いて勝手に死ねッ!」


 瞬間、男は踵を返して走り出す。


「オレを守れ醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグ! あとは好きに暴れろッ!!」


 ショークリアやカロマ以外にも男を追おうと動く者はいた。

 だが、醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグがその巨体で立ちふさがる。


「クソッタレがッ!!」


 口汚く言い放ちながら、ショークリアは改めて剣を構えた。


「お嬢様ッ! まずはこの魔獣をッ!」

「分かってるッ!!」


 一応、傭兵に何でも屋、街の兵士たちに状況を目撃させ、説明した。

 これで自分たちが必要以上に悪役にされることはないだろうが――あの男を逃がしたのは痛い。


 とはいえ、これだけの巨体を持つ魔獣を放置していくワケにもいかなかった。


 一瞬と呼ぶには長い葛藤。

 割り切って目の前の敵へと意識を向ける必要があるのに、逃げていった男に意識が引っ張られる。


 そんな自分に胸中で舌打ちしながら、気もそぞろに剣を構えた。


 その時――


「ショコラとカロマはその魔獣をッ!

 あの男は僕が追うよッ!」

「お兄さまッ!」

「こっちは任せて。そっちは任せた」

「こっちは任されました! そっちは任せます!」


 どこからともなく兄の――ガノンナッシュの声が聞こえてきた。

 間違いなく兄のものだと確信を持ったショークリアは、その言葉に応えて気合いを入れる。


 我ながら単純だと自嘲しつつも、これで男を気にかける必要はなくなったことに安堵した。


「カロマッ!」

「はいッ! アタシたちはコレを倒すのに専念ですねッ!」


 そうして気を改めて構えた直後――


「GA……GAGAGA……GOOOOOO……」


 醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグの様子が変わる。

 呻きながらもどこか従順さのあったそのバルーンから、苦悶と怨嗟の色が濃くなっていく。


「制御を外れ始めたようね」

「苦悶を浮かべているように見えるバルーン種と違って、この魔獣たちは本当に恨み辛みに身悶えしているようにも見えますね」

「案外、真っ当な魔獣じゃないのかもね」


 しかし、目の前の魔獣の出自や正体なんてもの――ショークリアには興味がない。

 造形的に食べたいと思えないし、何より食べれるかどうか気にして勝てそうな相手ではない。


 今、自分がするべきことは、この街を守ることだ。

 この街に住む人を守ることだ。


 その為ならば、多少の無茶もするしかない。


「守るわよッ、カロマッ! 街も人もッ!!」

「はいッ! 騎士を辞めた身なれど、性根は騎士のままのつもりですッ!

 己の性根を曲げぬ為にも、このカロマッ! お嬢様と共に、この守る為の剣――振るわせて頂きますッ!!」


 そして、周囲も動き出す。


 ただ魔獣と戦うだけが戦いではない。

 魔獣に叶わぬ身であれど、それでも誰かを守ることはできるのだ。


 二人の女剣士の熱意に当てられ、何でも屋も傭兵も、街や人を守る為に動き出す。


「美食屋ッ! 周囲のことは気にするなッ!

 お前らは倒すのに専念しろッ! 気を逸らして勝てる相手じゃねーぞッ!」

「まだ周辺に残ってる魔獣たちは俺たちが何とかするッ!」

「野次馬どもッ、野次馬はここまでだ! 逃げろッ! 退けッ! 死にたくないなら邪魔すんなッ!!」


 旅する何でも屋も。

 街の何でも屋も。

 流れの傭兵たちも。

 その仕事は常に死と隣り合わせの危険なものだ。


 それは望む望まぬ関わらず自分たちが選んだ生き様でもあったのだ。

 だが、この事件によって危機にさらされている住民たちはそうではない。


 彼らは彼らなりの生き方として、街で生きると決めた者たちだ。

 今、この瞬間に、これほどの危機にさらされているのは、ただ理不尽なだけである。


 だからこそ、何でも屋や傭兵たちは街を守る。

 自分たちに仕事があるのは、今の生き様を選べるのは、街があるから、人が生活しているからというのを理解しているからだ。


 普段は荒くれだのチンピラだのと言われている面も認めよう。

 乱暴者も多いし、貴族とは別の意味で横柄で傲慢なのもいることも認めよう。


 だけどそれでも――

 自分が生き延びる為のチカラは、誰かを助けるチカラになるのだから。


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新作始めました٩( 'ω' )و

良かったらよしなにお願いします。

『リンガーベル!~転生したら何でも食べて混ぜ合わせちゃうマゼモノ魔獣でした。幼女や領主と仲良くなったので、二人の為に合成スキルを使いながらのんびり過ごす予定です~』

https://kakuyomu.jp/works/16816927860022975915

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