第107話 ヤジを飛ばすにもTPOは弁えろ、てな


 気絶した暗殺者の首根っこを掴んだまま、ショークリアとミローナはキズィニー陛下の前へと向かう。


 その横にカロマもやってきたので、ショークリアは自分の掴んでいる暗殺者を頼んだ。


 陛下の元にたどり着いたショークリアたちは、まず暗殺者たちを陛下護衛の近衛騎士へと引き渡す。


 余談だが暴れ少年くんは、すぐさま鎮圧された。

 ただあの暴れっぷりは危険と判断され、従者たちからも引き離され、拘束された上で、個室に完全隔離されたようである。


 ショークリアたちは暗殺者の引き渡しが終わってから、キズィニー陛下の前でひざまずいた。


「御前を騒がせて暴れたコトお詫び申し上げます。

 加えて、会場で動く暗殺者を優先し、陛下の身の安全を蔑ろにしたコトもまたお詫びします。

 また従者であるミローナ、カロマは私の命に従っただけのコト。

 責はすべて私にあります故、二人への罰はご容赦して頂たく思います」

「何がご容赦をだ! パーティ会場で暴れたんだ! 全員処刑だ! 処刑!」


 王ではない誰かのヤジが聞こえた。

 だが、ショークリアたちは気にしない。


(誰だか知らねぇが、バカだなー……。

 俺は王に二人を許してくれって言ってんのであって、誰かさんの意見なんてどうでもいいんだよ)


 ただその誰かさんの声を皮切りに、そういう機運のざわめきが会場内に広がっていく気配がある。


「――だ、そうだが?」


 そんなショークリアに対して、キズィニーは問いかける。


「お嬢さん。君の処刑は妥当かな?

 面を上げて、答えてくれないだろうか」

「恐れ多くもお答えさせていただきます。

 それを陛下が是とするのであれば。粛々と受けさせていただきます。

 従者たちを助けたくもありましたが、それが適わぬのは、従者たちの忠義に応え切れなかった私が、主として力不足であるが故。

 一方で、陛下の判断ではなく、本来陛下がするべき判断に口を挟む。それどころか、状況はどうあれ、陛下が口を開く前にヤジを飛ばす者に対して、思うコトがないワケではございません」


 ショークリアが素直に思ったことを口にすると、不思議とキズィニー陛下は満足そうな顔をしてうなずいた。


「今、この者たちの処刑を口にした者。出て来てくれないかな」


 淡々とした声だが、よく通る。

 そんなこの国の最高責任者の声に、誰かさんが出てくる気配はない。


「ふむ……。

 私と彼女のやりとりに割り込み、王の判断に口を挟んだ。

 そのくせ自分の発言に責任を取らず、私に声を掛けられれば怖じ気付いて出てこない」


 はぁ――と、わざとらしく盛大な嘆息をして、トレイシアへと視線を向ける。


「トレイシア。お前は発言者が誰か分かるかな?」

「どうでしょう……。誰か見ていた者はいますか?」


 水を向けられたトレイシアが、自分の周囲にいる者に声を掛ければ、その中の一人が手を挙げる。


「あら、ガルドレット様。どうなさいました?」

「発言よろしいでしょうか」

「構いません。どうぞ」


 トレイシアの許可を取ったガルドレットが口を開く。


「声の質、聞こえた方角、その他諸々を色々考慮した際、確定ではありませんが高い確率でこの人物だろうと推察できる対象に、心当たりがございます」

「陛下。どうなさいますか」

「ガルドレット。間違っていても構わない。名乗り出てこない以上、まずはその人物より言葉を聞きたい。私の前に連れてきてくれないかな」

「は」


 キズィニーの言葉に、ガルドレットは貴族式の一礼をして、人混みをかき分けてその人物の腕を取った。


「な、何をするんだ……ッ!」

「中級貴族、カヴォーネ家のクラシエート様だったかな。

 陛下のお言葉だ。すまないが一緒に御前に行くとしよう」

「な、なんで私が……!」

「君が声を上げた人物であるかどうかはこの際関係ない。

 私は君を疑っているし、陛下は疑わしい人物を連れてくるようご所望だ」


 犯人であるなし関係なく、陛下の指示なのだから従え――というだけなのだが、どういうわけかクラシエートは愚図るようにもごもごと口を動かす。


 そんなクラシエートの様子に、ガルドレットは諭すように説明をした。


「いいかい。君が声を上げた人物であろうとなかろうと、陛下が来いと言っている以上、行かない理由はない。

 それとも君は不敬とされるのを覚悟で拒否するかい? それならそれで君の覚悟に敬意を表そう。

 だが陛下の言葉に従う気はないが、処される覚悟もないというのは許されないコトだと知っておいて欲しい。

 この場で君が選べる道は、忠義を持って従うか、覚悟を持って拒否するか二つに一つだ。

 決断に迷っている時間はない。陛下をお待たせすればするだけ、君と君の家の評価が下がっていくのだからね」


 説明をしながらも、ガルドレットはヤジを飛ばしたのがクラシエートであると、半ば確信している。

 彼は自分がやらかした自覚があるから、渋っているのだろう。


 だが、今更だ。

 やったことには責任が付いて回る。


 これがデビュタントの場でなかったならば、まだ子供という言い訳もできただろう。


 だが、ここはデビュタントの会場だ。

 子供が大人の社交界へと足を踏み入れる第一歩。

 ここへ参加した時点で、大人との社交が認められることになるのだ。


 それを理解しているから、ショークリアは己の行いの責任を持って、陛下に跪いている。付き人を従える者として責任を取るべく嘆願をしている。


 故にヤジを飛ばすという行いは――陛下への不敬であることもそうだが――貴族としての責務を果たそうとしているショークリアへの侮辱行為に他ならない。


 だからこそ、ガルドレットはこの男を許せない。

 忠義も覚悟もないクセに文句だけが一人前なだけの半端な貴族が、忠義も覚悟も下手な大人よりも持ち得ている友人を貶めるような行為をしたという事実が許せない。


「時間切れだね。決断できてないところ悪いが、陛下の前に来て貰おう。

 君に拒否権はない。拒否するだけの覚悟を見せるにしても、それは既に今更であるという所まで来てしまっている」


 淡々と、ガルドレットは告げて、クラシエートの腕を掴んでいる右手に緑の魔力を込めていく。


「痛っ……!!」


 顔を歪めてうめくクラシエートを無視して、ガルドレットは声を張った。


「陛下! このような場所より大変失礼いたします!

 これより、この者――クラシエートをそちらへと投げ渡したく存じます。ショークリア様であれば確実に受け止めてくれると思いますので、許可を頂けないでしょうか?」

「許可する。ショークリアよ、受け止めてやりなさい」

「かしこまりました」


 ガルドレットの言葉に、キズィニー陛下は鷹揚にうなずき、ショークリアへと振る。

 振られたショークリアは素直にうなずき、失礼しますと口にしてから立ち上がった。


「いつでもどうぞ。ガルドレット様」

「すまないな。いくぞッ!」

「いや行くない! 良くないよ!!」


 思わずクラシエールは叫ぶが、当然ガルドレットは聞く耳など持たない。すでに彼が意見を口にできる時間は過ぎたのだ。


「緑の活力よッ、我が腕にッ!」

「ちょッ、待ってくれ、待てって……やめろォォォ……ッ!?」


 抗議の声を全力で無視して、ガルドレットは魔力によって増強された筋力を十全に利用してブン投げた。


 飛んでくる少年を見ながら、ぼんやりとショークリアは考える。


(あー……頼まれたものの、どーすっか。

 ヤンストを2まで使ったせいで、筋肉痛始まってて身体使うの億劫なんだよなぁ)


 頭を掻きながら嘆息したくなる衝動を堪えて、ショークリアは顔を上げた。


(まぁいいか。

 王サマを困らせない程度に受け止めりゃあ)


 右手に魔力を込め、手を開いたまま飛んでくる少年に向けて掲げるショークリア。

 その手からは、虹色の薄い板が展開する。


「む? 無声魔術か?」

「いえ、彩技の応用にございます」


 驚く王に、ショークリアは訂正を口にしつつ、少年を魔力の板で受け止めた。

 クラシエート視点で見ると、魔力の板に叩きつけられた――と、いった感じだが、それを気にするものは、ギャラリーたち以外にはいない。


 そして、ショークリアは特にフォローすることもなく虹色の板を霧散させると、そのままクラシエートは地面に落ちた。


「陛下の御前よ。

 すぐに身なりを整えて跪きなさい」

「……むちゃ……言うな……」


 地面でうずくまる少年に、ショークリアは気遣う様子もなく言い放ち、自身はさっさと膝を付きなおす。


「ガルドレットよ、この者の名は?」

「カヴォーネ家のクラシエート様だったはずです」


 クラシエートを投げたあと、すぐにキズィニーの元へと移動し始めているガルドレットが答える。

 そして、答えつつもショークリアの横までくると、彼女と共に膝を付いた。


「さて、クラシエートよ」

「は、はい……」


 何とか身体を起こし、痛みを堪えながら膝を付くクラシエートへと、キズィニーは容赦なく問いかける。


「声を上げたのはお前だな」

「え?」

「気づいてないとでも思ったか?

 確証こそなかったが、お前を中心としたあの辺りの人物だろうとアタリくらいは付けていた。

 それをガルドレットが補足してくれたようなものだ」


 キズィニーからして見れば、アタリをつけていた場所へガルドレットが足を踏み入れた時点で、確信したようなものだ。


「さてクラシエートよ。お前に問うが……お前は王か?」

「え?」


 王からの問いの意味が理解できず、クラシエートは目を瞬く。


「ショークリアは、王たる我に騒がせたコトを詫び、己の従者たちの減刑を嘆願した。

 それに対して、私が答える前に、私が判断する前に、お前は処刑せよと口にしたのだ。それも小声ではなく、会場内に聞こえるほどの大きな声で。

 それを踏まえ、改めて問おう。

 クラシエート――お前は王か?」


 ギロリ――とも聞こえそうな眼光を湛えた王はもう一度問いかけた。


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