第108話 居残りってあんま良いイメージねぇよな


「答えぬか……。まぁよい。其方そなた其方そなたの家には追って沙汰を下す。

 幸い、保護者たちは、登城しているコトだしな」


 元々、午後は大人たちを交えての反省会のような社交をする予定だったのだ。彼の両親も、その為に登城していることだろう。


 嘆息と一緒にクラシエートへの興味も吐き出したかのように、表情を戻したキズィニー陛下はその視線をショークリアへと移した。 


「さて、ショークリア・テルマ・メイジャン」

「は」

「此度の件で、其方と其方の従者に罪を問うコトはない。むしろ褒美を取らせたいほどである」


 陛下のその言葉に、ショークリアは胸中で安堵する。


「発端を言ってしまえば、侵入者を許した王城警備の問題だ。

 主催者側の失敗の尻拭いを参加者にさせてしまったとあらば、これを恥じるべきは我々であろう。

 さらに言うのであれば――」


 そこまで口にしてから、キズィニー陛下は会場内をぐるりと睥睨へいげいした。


「状況を理解できない。優先順位を正しく考えられない。そのような愚かな者が多数いたな。

 参加者にも、警備の騎士も、護衛騎士も。

 女が活躍するのが許せないという理由だけで、戦いの邪魔をするコトが、結果としてこの場にいた私やトレイシアを含めた――多数の参加者、ひいては自分を危険に晒すコトを考えなかったのか?」


 まったく嘆かわしいと、陛下は大きく嘆息する。


(なんか陛下の台詞や態度がめっちゃわざとらしいんだけど……)


 もしかしたら、キズィニー陛下は、貴族たちに対して思うことがあるのだろうか。


「警備の件も含め、その辺りは明後日の会議で話すべきかもしれないな」


 ショークリアからすると、それが誰に向けられた言葉であったかは分からなかった。

 だが、敢えて大きめの声でそれを口にすることで、誰かに聞かせたかったのだろうということだけは理解する。


「さて、このようなコトになってしまった故、午後に予定していた大人を交えての社交は中止とする。

 だが、其方らの両親は登城しているコトだろう。

 そこで、其方らの安全も考慮し、父兄らに迎えに来させるコトとする。迎えが来た者から、入り口の者へ声を掛け退室せよ」


 そこは仕方がないだろう。


(うちも、親父たちが来てくれんのかな?

 意外と兄貴だったりしてな)


 そんなことをショークリアが考えていると、陛下は何故かこちらを見てくる。


(……何かやらかしたか?

 いやでも、褒美をくれてやってもいいみたいに言ってたし、問題はねぇと思うんだけど……)


 特に心当たりがなくとも、キズィニー陛下に視線を向けられると、さすがに緊張する。


「ああ、そう身構えるでない。

 ガルドレット、ショークリア。両名は迎えが来ても、迎えと共にここへ残って欲しい。

 それと、トレイシアもな」


 陛下の言葉に、ショークリアとガルドレットは恭順を示す。


(居残りかぁ……まぁガルドと一緒ってコトは、事情聴取みてぇなモンかな)


 叱られたりするようなことはないだろうと、ショークリアはこっそりと安堵の息を吐いた。


「ガルドレット、ショークリア。楽にして構わんよ。人が捌けるまで、誰かと語りあうなり、食事をするなり好きにすると良い」


 そう言って、キズィニー陛下はトレイシアの元へと向かう。

 その様子を見ながら、ショークリアとガルドレットは揃って息を吐いた。


「とりあえず、何とかなった……で、いいのかしら?」

「襲撃騒ぎそのものは、そうだろうね。ただ――」

「ええ。ほかの問題が色々と浮かんできたんでしょうね」


 ただ暗殺者がでました。撃退しました――だけだったら、どれほど楽なことか。


 明らかに様子のおかしい貴族子息。

 王城へ侵入していた暗殺者。

 暗殺者へ依頼をしただろう誰か。

 暗殺者たちも複数の派閥があり、トレイシアを狙う派閥を囮とし、ハリーサを狙う派閥の存在と、その計画性。

 ショークリアならびにその従者の活躍を快く思わず足を引っ張った者たち。


 それぞれが別の問題であると同時に、偶然ではないタイミングで重なった不可解さ。


「一つ、二つの重なり合いくらいなら偶然かもしれないけれど」

「そうだね。ここまで重なると、何らかの意図すら感じるよ」


 ガルドレットと情報をすり合わせながら、ショークリアはぼんやりと思考する。


(はやいとこ、ドンから情報を買うべきかもしれねぇな……)


 但し、ドンに頼る場合は高額をふっかけられる覚悟をしておくべきだろう。

 それでも、必要な情報が金で買えるのであれば、マシかもしれない。


(同時に、もっとアングラなとこにも情報網が欲しいんだよな……。

 例え無料だと言われてもドンばっかに頼れねぇだろうし、なんか良い人材はいねぇもんか……)


 その辺りを含めて、色々考えておく必要があるかもしれない。


 ぼんやりと思考をしているうちに、ショークリアの元へと保護者がやってきた。


「お前はまた何か物騒なコトを考えているのか?」

「お父様、人がいつも物騒なコトを考えてるみたいな言い方はやめて」


 思案に耽るショークリアに声を掛けてきたのは、フォガードだった。

 どうやら迎えにきてくれたらしい。


「ショコラはいつも物騒なコトを考えているのかい?」

「そんなワケないでしょ……」


 横で聞いていたガルドレットがくつくつと笑いながら訊ねてくるので、口を尖らせながらそっぽを向く。


 そんなショークリアの反応を面白そうに笑いながら、ガルドレットはフォガードへと向き直った。


「お初にお目にかかります。フォガード卿。

 ガルドレット・フェブ・デローワと申します。憧れの騎士とお会いできて光栄です」


 ショークリアとじゃれ合っていた相手がまさかの上級貴族だったことに驚きながらも、それを表に出さず優雅に背筋を伸ばした。


「こちらこそお初にお目に掛かります。フォガード・アルダ・メイジャンにございます。

 デローワ家のご子息とは知らず、挨拶が遅れたコトお詫び申し上げます」

「フォガード卿。そこまでかしこまらないでください。

 家がすごいとはいえ、私はまだ家を背負えるほどの歳ではありませんので」

「そのような言い方が出来る時点で、十分だとは思いますが」


 苦笑するフォガードは顔は、貴族から親それへと変わった。


「娘と仲良くして貰っているようだし、公の場以外ではこの方がいいか?」

「ええ、是非」


 嬉しそうにうなずくガルドレットに、フォガードはどこかこそばゆいような笑みを返してから、ショークリアへと視線を向けた。


「それじゃあ帰るか」

「ごめん、無理」


 娘に即答で拒否されたフォガードは思い切り顔をしかめる。


「ショコラ、言葉が足りなすぎないかい?」

「ああ、帰れない理由があるのか」


 ガルドレットの補足で、フォガードは理解する。

 

「それで、今回は何をやらかしたんだ?」

「暗殺者を蹴飛ばしただけよ」

「それもかなり腕の立つ者を」


 ショークリアの答えに、いちいちガルドレットが補足していく。

 言葉が少ないつもりはないし、あとで自分でも補足するつもりだったのだが――


(まぁラクでいいか)


 自分で説明する必要がないのは、気が楽であるので、放置することにする。


「居残りは陛下の指示か?」

「保護者同伴で残って欲しいんだって」

「そうか」


 フォガードは顎を撫でながら、やや視線を上に向ける。

 何か見ているわけではないのだが、思案をするときのちょっとしたクセのようなものだ。


 思案するフォガードの横で、ショークリアとガルドレットは雑談をしていると、その場へやってくる人がいた。


「ガルドレット様、ショークリア様。

 こちらのお喋りに混ぜさせていただいてもいいかしら?」

「トレイシア殿下」

「別に構いませんよ」


 軽く身構えるガルドレットとは逆に、軽い調子でショークリアは許可をする。


 トレイシアの背後にいる従者たちはショークリアのその態度に顔をしかめたが、姫本人は両手を合わせて花が咲いたような笑顔をみせた。


「ありがとう存じます。ショークリア様」


 そんな姫殿下の笑顔を見ながら、ショークリアはその背後に視線を巡らせる。


(純粋に仕事出来そうなのが少なくねぇか?

 騎士はともかく、従者なんてメガネのメイドさん以外、なんつーか微妙だろ)


 あまりにも態度が露骨だ。

 ショークリアを――キーチン領メイジャン家を侮って見下している。

 確かに王家の従者というのは、そういう仕事ができる貴族がやるものだ。だが、従者である以上は、主や主の相手を不快にしてはいけないのではなかったか。


 チラリと、ミローナへと視線を向ければ澄まし顔をしている。

 だが、長年連れ添っているショークリアには分かる。トレイシア姫の従者たちへ苛立ちを感じているようだ。


(襲撃もそうだが、なんか色々と根深そうなモンが見えてきて、気が滅入るぜ、王城ってのは……)

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