第106話 ミローナだって強ぇんだぜ
一方ミローナ――
彼女はすぐさま、周囲に視線を走らせ、全方位を警戒する。
ハリーサを守る為には、暗殺者以外にも気をつける相手が多い。
(最近、王都には無能な騎士が増えていると聞いてたけど、さすがに無能が多すぎなんじゃない?)
胸中で嘆息してから、ミローナは、自身の背後で剣を抜き睨んでくるハリーサの護衛に向けて口を開く。
「そんなに功が欲しいのであれば、私が蹴り飛ばした男の首を断てばよろしいのでは?」
女に手柄を取られたくないのであれば、そっちの方がよっぽど健全な思考だ。
だというのに、女が活躍したことが許せないという意味の分からない理由で、護衛を危険にさらす行為を容易に選択するのは、どうなのだろうか。
「ミローナ。私の護衛が貴女を邪魔した場合、護衛の首に刃物が突きたてても不問にします。
その傷を持って命がけで私を守ってくれたコトにしますので。名誉が欲しいのであれば、充分な名誉になるでしょう?」
声は震え、強がっているのが丸わかりながら、それでも胸を張り普段の偉そうな態度を崩さずに告げたハリーサに、ミローナは黙礼を返した。
「お嬢様ッ、何を言って……ッ!」
「先ほどからトレイシア殿下や、ショークリア様が口にしているでしょう? ロクに状況判断が出来ない護衛など、役立たず以下なのです」
咎められた護衛騎士が文句を口にするが、ハリーサは聞く耳を持つ気はない。
完全に安心は出来ないが、ハリーサのおかげで目の前の敵に集中できる。
ミローナは軽く深呼吸をしてから、敵を見た。
自分が相手にする暗殺者はすでに立ち上がってはいるものの、今のやりとりの間に攻撃をしてくることはなかった。
こちらとしても、やりとりしながらも隙を見せてはいなかったのだ。向こうもそれを理解していたのだろう。
「良い腕をしているな。侍女であるのが勿体ないぐらいだ。お前、何者だ?」
「暗殺者相手に名乗る名など持ちません」
「そうか。それもそうだな」
暗殺者は刃が黒塗りされた大振りのダガーを構える。
ミローナも二刀のナイフを構え――
「
風を解除し、水を纏う。
「纏う属性を変え、戦術様式を変えていくのか……。
ますます、欲しい人材だ」
「…………」
暗殺者の言葉に無言を貫きながら、ミローナは目だけ眇める。
(人材……かぁ。
恐らくは裏ギルド――暗殺者ギルドとかあるのかもしれないなぁ。
機会があるならば、ドンに確認した方がいいかもね)
加えて、ハリーサが狙われている不可解さが脳裏に過ぎる。
だが、今はそれを考えている場合ではなさそうだ。
「おいッ! 侍女ごときが騎士を差し置いてなにを出しゃばっているッ!」
ミローナが暗殺者とにらみ合っていると、どこからともなく声が聞こえてくる。騎士ではなくどこかの貴族のようだ。
「状況だけでなく空気も読めないとは無粋な」
「その無粋さに辟易してこの辺りで逃げ帰る気はありませんか?」
「ないな。こちらにはこちらの仕事というものがあり、矜持もある」
「そうですか。仕事に矜持とまで言われてしまえば何も言えませんね」
「理解があってなによりだ」
近場でわめく貴族を二人は完全に無視した。
状況を理解している騎士が諫めてくれているようだが、理解できないらしい。まぁそこはどうでもよいと、ミローナは完全に切り捨てる。
「そちらこそ、私を女子供と見下さないので?」
「裏社会というのは真に実力主義だ。
権力、財力、暴力、魅力、魔力――どんな形であれ何かしらのチカラがあり、それを見極め、使いこなせるならば、上に行ける。
相手のチカラを見抜けないならば、いつまでも下に甘んじるコトになる場所とも言えるがな」
故に評価は正当に下し、行動に移すのだ――と、暗殺者は語る。
「さて、お互いに時間稼ぎはこの辺りにしましょうか」
「そうだな。どうやら意味がなさそうだ」
お互いに、相棒の戦いの決着を待っていたのだが、どうやら終わらないようだ。
いや、状況はショークリアが有利だ。向こうの暗殺者もがんばっているようだが、ショークリアはヤンキーインストールの『
正式な名称は、ヤンキーインストール・
原理としてはヤンキーインストールを重ね掛けすることで、身体への負担は増えるものの、身体能力強化を高める――というのが表向き。
実際は、本来のヤンキーインストールは負担が大きすぎるから、枷を掛けて効力を下げているので、その枷を段階的に外していくのをアップデートと呼んでいるそうだ。
詳細な仕組みをバレると対策されそうだから、わざと重ね掛けしてると思わせているそうである。
わざわざそう思わせるのに意味があるのかとミローナが訊ねたところ、「世の中には、切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持てという言葉があるの」と言っていたので、何らかの意味があるのだろう。
さておき。
セカンドを使ったショークリアは、
故に、間違いなくショークリアが勝利する――と、ミローナは確信している。
目の前にいる暗殺者Aもミローナほどの確信がなくとも同様の判断を下しているようだ。
時間が経てば経つほど自分が不利になると判断したとも言える。
「あの小娘、貴様の主か?」
「ええ。まだまだ若い主ではありますが、その実力はヘタな
「ヘタな騎士とは言わないのか?」
「この会場を見回して言っているので?
貴方からしても取るに足らない人が多いでしょう?」
シレっと口にする毒舌に、暗殺者は苦笑して見せた。
否定しないところを見ると、似たようなことは考えているようだ。
全てが全てというわけではないだろうが、元々低かった期待よりも実態はさらに低かった。
「さて」
「ああ」
そして、お喋りは唐突に終わりを告げる。
お互いに正々堂々と戦うような騎士ではない。
だから、互いに突然に動き出しても文句はない。
先に刃を振るうのはミローナだ。
「
水を纏った右手の刃を左から右へと横一文字に一閃すると、その軌跡に無数の泡を残していく。
「チィ」
その泡を危険だと判断した暗殺者は踏み込むのを止めて、無理矢理後ろへと下がろうとする。
だが、そんな悠長なことをミローナは許さない。
「――
ミローナは続けざま、左手に握る刃を右から左へと一閃する。
刃が通る場所にあった泡たちは、一瞬遅れて弾けると、指向性の衝撃波となって暗殺者に噛みつくように襲いかかった。
躱せない――そう判断した暗殺者は、躊躇わず衝撃波の弾幕へと踏み込む。
左腕で顔を覆いながら踏み込んできた暗殺者は、左腕に無数の咬み跡のような傷が出来るのも気にせず、右手に握る黒塗りのダガーに魔力を込めて突きだす。
「
暗殺者の右腕が複数に見えるほどブレると、同時に無数の突きが繰り出される。
だが、ミローナは慌てることなく、その技を真っ直ぐ見据えて両手に握ったナイフを構えた。
「
ミローナの技量では、片手だけだと暗殺者の連続突きほどの速度は出せない。
だが、両手となれば話は別だ。
暗殺者に負けずとも劣らない水を纏った連続突きが放たれる。
魔力を纏った突きのラッシュが、双方の眼前でぶつかり合う。
「チィ……思っていた以上にッ!」
「貴方ほどの腕利きが派遣されるほどの……ッ!?」
ミローナは自身の腕前を過信するつもりはない。
だからといって、過小評価もしていない。
姫の御前を騒がせた二流程度なら余力を残して勝てる程度の腕はあると自負している。
そんな自分が攻めきれない相手。
それほどの実力者が、正直パッとしない領地を治めている家の令嬢ハリーサを狙う理由が分からない。
「余計なコトを考えている時間はあるのか?」
暗殺者が構え――
「ええ。ありますとも」
ミローナは余裕を持って、両手の刃に魔力を込める。
「……む!」
暗殺者が警戒を高め……
「弾けろッ!」
ミローナは両の刃を逆手に持ち替えて地面に突き立てる。
「なにッ!?」
その瞬間、先ほど突きのぶつかり合いの時に撒き散らされた、無数の水滴が一斉に光り輝き――
「これは……ッ!」
「
その水滴の全てが攻撃力を伴う泡となって、床から天井へ向けて吹き出した。
暗殺者にぶつかった泡は弾けて衝撃波をまき散らし、その余波で弾ける泡の衝撃波がさらに暗殺者に襲いかかる。
泡と衝撃にもみくちゃにされつつ、そこに混ざる割れない泡に包まれていく暗殺者をミローナは見やる。
ミローナは手にしたナイフをジャグリングしながら魔力を高めていき――
「終わりです」
泡の中に閉じこめられて動けなくなった暗殺者へ向けて、その二刀を投げ放つ。
暗殺者を包む泡がナイフによって破裂する。
瞬間――爆発と見粉うような衝撃波が放たれ、内側にいる暗殺者にトドメを刺した。
衝撃波が収まると、暗殺者は力なく地面に落下し、受け身も取らずに倒れ伏す。
完全に意識を失っているようだ。
「ミロ、殺してないわよね?」
あまりのボロボロっぷりに不安になったのか、自身が戦っていた暗殺者の首根っこを掴みながらやってきたショークリアが訊ねてくる。
「はい。色々と聞き出したいコトがありますので」
それに対して、礼儀正しくうなずくミローナだったが、ショークリアはなぜか苦笑するのだった。
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