第78話 あれで良かったんだよな?


 締めの挨拶を終え、階段を上って二階の廊下へ戻ったショークリアは、待機していたココアーナとミローナを伴って、自室へと向かっていく。


 そうして、自室へと戻って一息付くと同時に、従者親子へ飛びつくように質問をした。


「大丈夫だった? わたし、あれで良かった?」

「はい。何も問題はありませんでしたよお嬢様」

「ちゃんと出来ていましたから、落ち着いてくださいお嬢様」


 二人に宥められて、ショークリアはようやくひと心地付いた気分になる。

 思っていた以上に緊張していたし、テンパってもいたようだ。


「ちゃんと出来ていたのなら、良かった……」


 とはいえ、この後はリュフレとの昼餐ちゅうさんだ。気持ちを切り替えていかなければならない。


「ココ、ミロ。着替えの手伝いをよろしく。

 ミロ、着替え終わったら一度シュガールのところに顔を出すわ。その後、食堂へ向かうから。

 ココ、悪いんだけどリュフレさんから、何人の従者の方が昼餐に参加するかを伺ってきてもらってもいいかな?

 席に着かない人用の簡単なモノも人数分用意しておきたいしね」


 二人は丁寧な仕草で声を揃えて「かしこまりました」と返事をする。

 その頼もしさに安心感を覚えながら、ショークリアは儀式用のドレスを脱がしてもらい、昼餐用のドレスへ着替えさせてもらうのだった。





「大変お待たせ致しました」


 着替えを終えて、シュガールのところで簡単な打ち合わせを終えたショークリアは、ミローナを伴って食堂へとやってきた。


「いえいえ。幼いとはいえショークリア嬢も女性ですから。着替えに時間が掛かってしまうのは仕方が無いコトでしょう?」


 人の良さそうな笑みを浮かべるリュフレに、ショークリアは素直に礼を告げる。


「恐れ入ります。リュフレ卿にそう言って頂けると、心が軽くなりますわ」


 お互いに笑顔を向け合ってから、ショークリアは自分の席に着く。


(いやー……ホント、リュフレさんって良い人なんだな。助かったぜ)

(ふむ。切り返し方が上手いな。軽い皮肉だと理解した上での返答であったならば、手強いお嬢さんだが――さて……)


 ショークリアが席に着いたのを確認すると、フォガードが笑顔で訊ねた。


「さて、ショコラ。

 今日の料理については何も聞いていないのだけれど、何を用意してくれたのかな?」


 フォガードからの問いに答えようとした時――


「割り込んで申し訳ないのだが……」


 リュフレが何とも言えない表情を浮かべて、質問を重ねてくる。


「その――ショークリア嬢が料理を用意したのですか?」

「ああ、そうか。我が家ではいつものコトなので感覚が麻痺しておりましたな」


 そんなリュフレに、フォガードは申し訳なさそうに笑ってからうなずいてみせた。


「ショコラは我が領地では美食屋なんて呼ばれておりましてね。

 食に関する何でも屋ショルディナーのような扱いです。

 今回の昼餐に関しても、自らがダイリ褐色地や万年紅葉林へと食材を調達してきておりまして、それらを当家自慢の料理人が仕上げるのですよ」

「ダイリ褐色地や万年紅葉林に生息する魔獣は決してヌルくはないのでは?」

「私の娘ですからね。その戦闘力は戦士団の者たちも認めるほどですよ」


 リュフレはフォガードの親馬鹿ではないか――と、目をすがめるものの、さり気なく周囲を見渡してみれば、メイジャン家に仕えている護衛の戦士たちがうなずいている。


(……歳の割には腕が立つ――程度ではすまなそうだな。

 中央の下手な騎士よりもずっと強いと思って間違いなさそうだ)


 同時に、リュフレはこの領地が女性の地位向上に力を入れている理由を漠然と理解した。


(この歳でこれだけ腕が立ち、食に関しては領主に頼られるほどの知恵や技術を身につけている天才――だが女という性別が、将来に暗雲を立ち上らせているワケだな)


 考えてみれば、領主夫人のマスカフォネも、元は宮廷魔術騎士という地位にいた人物だった。


「なるほど。いえ、驚きました。

 しかし『食』ですか。厨房に顔を出すというのは、貴族としてはあまり褒められたコトではないのでは?

 貴族として美食趣味を楽しむのであれば、様々な食材を財力と権力で集めてこそだと思いますが」


 我ながら嫌な皮肉だ――と思いながらも、リュフレが一般的な貴族らしい見解を口にすると、ショークリアは首を横に振った。


「確かにそういう美食の楽しみ方もあるでしょう。ですが、それはわたしの求める真の美食ではありませんので」


 そして、キッパリとそう告げた。


「同じ野菜でも、育ってきた環境――その土地の気温や気候、土質、雨量、育て方……それらによって味は大きく変わります。

 肉も同じです。その魔獣の育ってきた環境、食べてきた餌……様々な要因で味や肉の固さ、脂の量などが変わってきます。

 さらに、同一の食材であったとしても、葉っぱ側の味と、根っこ側とで味が違うものだってあるくらいです。

 その一つ一つを吟味して、最高の組み合わせを見つけだし、それにもっとも相応しい調理法と味付けで食べたいというのが、わたしの美食です」


 続くショークリアの言葉に、リュフレは理解が出来ないと目を見開く。


(実際そこまで細かくこだわるつもりはねぇけどな。

 まぁうちの領地内ならともかく外から来た人には、ちょっと大袈裟くれぇがちょうどいいだろ。

 塩ドバドバ砂糖ジャラジャラみたいな料理は食材のありがたみがなさすぎてつまんねぇって話は、言葉だけじゃ理解して貰えねぇだろうしよ)


(……お嬢さんの今の言葉は本当か……?

 野菜や肉の味なんて、そんなに差があるものなのか?

 塩を楽しむ為のものに、そこまでこだわると言うのか、この娘は……?)


 だが、ショークリアの話はそれでは終わらない為、ますますリュフレを困惑させる。


「それに、『食』だって貴族の仕事と切り離せないものがあると存じます。

 生き物は生きるために『食』が必要なのですから。貴族だって生き物でしょう?

 何より、食べたモノはお腹の中で力へと変わりますが――過剰に取りすぎたモノは、逆に毒になります。

 わかりやすいところでは塩がまさにそうです。

 塩分は生きるのに必要な力ですが、同時に過剰に取りすぎると肉体の劣化や寿命を縮める効果を持っているのですが、この国では理解されている方が大変少ないのは、個人的に問題だと思っております」

「塩が……毒だって……?」

「はい。過剰に取りすぎれば、ですが」


 こともなげにうなずくショークリア。

 その様子に、リュフレは己の背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「……この国の料理はどうなのだ?」

「貴族も平民も、この国の料理は一食で一日に必要な塩分量を超過しております。それを毎日食べておりますから、ね」

「…………」


 まるで中央の老人たちのような言い方をしてみせるショークリアに、リュフレも内心穏やかになれない。


「フォガード卿。ショークリア嬢の話は事実か?」

「実際に我が領地ではショコラ考案の減塩料理を広めてみたところ、『身体のキレが良くなってきた』や『身体のだるさ、むくみが軽減された』と言った報告を受けておりますよ」


 ならば何故それを中央へ報告しないのか――そう思ったリュフレだったが、それを口にする前に思いとどまる。


(フォガード卿の影響力では黙殺されるか、手柄を中央に奪われるだけ、か)


 あるいは、素直に聞き入れて貰えないこともあるだろう。

 ここで怒るのは筋違いにもほどがある。


(……いや、待て。減塩料理……?)


 リュフレの脳裏に何か引っかかるものがあって、顔を上げる。

 すると、フォガード卿はどこかニヤニヤした笑みを浮かべてこちらを見ているではないか。


「此度のお披露目にはリュフレ卿しか来ないコトは想定済みです。

 だからこそ、私はショコラに頼んだのです。美味しい減塩料理を用意してほしい、と」


 それは何故――などという愚かな問いをしないだけの冷静さは、リュフレの中にも残っている。


「私が広めるかもしれませんぞ?」

「それならそれで構いません。

 ですが、これから先のコトを考えると、広めるのはもう少し待ってからでも遅くはないのでは?」

「ああ、その通りだ」


 フォガードの目的が見えてきて、リュフレも口元がつり上がっていく。


「何より、今の塩を楽しむ料理とは根本から考え方の異なる調理手順が多いそうで……食べた程度で再現は出来ないと思いますよ」

「ほう?」

「無論、楽しんでいただいたあとは、いくつかのレシピをお渡しするつもりではありますが」


 リュフレ以外が来ないと確信のあったお披露目に用意された減塩料理。

 その意味が理解できないリュフレではない。


「減塩料理が素晴らしいものであったならば、これまでのような影の友誼ゆうぎは止めにして、正式に友誼を結びたいものですな」

「それは大変ありがたい提案ですな。書類は必要で?」

「真に友誼たるなら、紙を介する必要もない。違いますか?」

「違いませんな」


 色々と含みのある笑みを浮かべながらも、二人は心からの笑い声を出し合う。


(なーんか、オレ……置いてきぼりにされてる気がすっぜ……)


 どうして良いかわからず愛想笑いだけ浮かべているショークリアのことを思い出すまで、二人は笑い続けるのだった。

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