第77話 男だろうが女だろうが度胸だ度胸ッ!


 この世界スカーバでは、六歳と十二歳の時に宣誓や洗礼などと呼ばれる儀式を行うこととなっている。


 国や地方によって、その場での礼儀や作法は異なるのだが、その目的は基本的に同じだ。


 創造神、五彩神ごさいしん、創造と五彩の眷属神。

 それらの中から、自分が仕える神を選び、その神の名を宣言するというものである。


 ニーダング王国の貴族にとって、六歳の仮洗礼あるいは仮宣誓の日と呼ばれる日は、お披露目の日とも呼ばれているものでもあった。


 貴族は自分の子を、お披露目の日までは表に出さない。

 噂や名前などは聞くことはあっても、身内以外が子供の姿を見れはしないのだ。

 もっとも、形骸化している部分もあるので、ショークリアのように自由に街に繰り出せることも多いが。


 ともあれ――そうして子供が六歳になると、お披露目パーティと称して、親しい貴族や近隣の貴族などを自宅へ招待する。

 そこで、宣誓させる姿でもって、子供のお披露目とするのである。


 そう――本来であれば、多数の親族や親しい貴族とその家族が集まる日であるはずなのに、キーチン領のメイジャン邸宅に集まった貴族は一人だけ。


 それがダイドー領の領主である上級貴族リュフレ・トリム・ゴディヴァーム卿。


 父方のメイジャン本家関係者も、母方のリモガーナ家関係者も、誰一人として顔を見せていない。


(……実家と仲が悪ぃとは聞いてたけどよ、あんまりじゃねーか?)


 来ることを想定しての準備なども色々していたのだ。

 料理だって、来ること前提で多めに準備をしていた。


 自分のパーティに誰も来てくれなかったことよりも、両親の家族が誰も来てくれないことに、ショークリアは腹が立った。


 だからこそ――


(腹積もりはどうであれ、来てくれたリュフレさんを出来るだけ大切にするぜ。親父やお袋の両親ジジババに向ける予定だった感謝を全部向けてやる)


 ショークリアは気合いが入った。

 来なかったことを後悔させるくらいに完璧にやってやると、度胸と勇気が沸き上がってくる。


(俺は親父やお袋にとって自慢できるガキになってやるぜッ!)


 自分の左の掌に右の拳を叩きつけて、全身にやる気を漲らせる。


「行くよ、ココ、ミロッ!」

「はいッ」


 ショークリアの気合いがココアーナとミローナの親子にも通じたのか、彼女たちも力強くうなずいてくれた。




 自宅であるこのキーチン領領主の館は、貴族の家――という点で言えば決して大きくはない。

 それでも、玄関入ってすぐのエントランスホールは広い。


 もっと大きい家ならばイベント用の大部屋があったりするようだが、この家にはそういうものがないので、お披露目はエントランスホールで行われる。


 侍女のココアーナの先導を出来る限り優雅な足取りで追いながら、廊下を進む。ショークリアの背後にはミローナが控えていて、二人に挟まれる形だ。


 廊下の曲がり角までくると、ココアーナは足を止めて、壁に寄った。

 ミローナもショークリアの背後からズレて、ココアーナの横へと移動する。


 そこから先は来賓のいる一階から見られる位置だ。


「お嬢様。がんばってください」

「うんッ!」

「ショコラ、しっかりね?」

「任せてッ!」


 軽く目を伏せ、軽く息を吸い、ゆっくり吐きながら、目を見開く。


「よし」


 この日に向けて練習はしてきた。

 パーティの主役は自分だ。登場の失敗は、パーティそのものの失敗に繋がりやすい。


「行ってくるね」


 そう告げるショークリアに、ココアーナとミローナは丁寧に一礼をし、送り出した。



 ドレスのスカートを少し摘み、足首が見えない程度に持ち上げながら、優雅に歩く。

 視線は一点に集中しすぎないように、余裕をもって周囲に視線を巡らす。


 ゆっくりと階段を降りていき、踊り場の真ん中までやってくると、一階にいる人たちへと身体を向けた。


(本来であれば、来てくれたみんなに礼を告げるんだったか。

 でも、今日の客といやリュフレさんしかいねぇ……)


 ならば多少挨拶をアレンジしても問題はないだろう。

 むしろ、一人しかいない客相手に、皆さんと呼びかけるのも、どうなのだろう――とショークリアは考えた。


「リュフレ・トリム・ゴディヴァーム様。

 お初にお目に掛かります。

 フォガード・アルダ・メイジャンとマスカフォネ・ルポア・メイジャンが娘ショークリア・テルマ・メイジャンと申します」


 練習した通り、スカートを摘み、膝を曲げ、頭を下げる。

 対面で挨拶をするのであれば、リュフレからの合図を持って頭を上げるのだが――


(あ、やべ。こういう時、どっちがいいんだ?

 複数に向けての挨拶なら、適当なタイミングで頭上げりゃいいけど、今回はリュフレさんに対してだけだよな。合図を待つべきか?)


 頭を下げながら少しだけ思案する。

 本来なら合図を貰っても良い時間が過ぎてもリュフレから何も言われなかったので、ショークリアは頭を上げた。


 リュフレを見ると、何やら目をすがめているようで、少しだけビクリとする。


(やらかしたか? いや、やっちまったモンは仕方がねぇなッ!)


 睨むようなリュフレに視線を合わせて、ショークリアは優雅に微笑む。

 内心の葛藤や焦りは脇に寄せ、最後までやり遂げようと覚悟を決めた。


「この度は、我がキーチン領までご足労頂きまして、ありがとう存じます。リュフレ様ならびにその同道をされた皆様を歓迎致します」


 本来はリュフレだけを歓迎するような言葉なのだが、ショークリアは少し言葉を変えた。


「なにぶん、来客の少ない領地でございます。

 パーティの準備というものの勝手も不慣れな面もございますが――リュフレ様からの許可を頂けるのでしたら、リュフレ様のみならず、リュフレ様に同道されております従者や護衛の皆様も歓待させて頂きたく思います」

 

 あわよくば、この領の料理がほかの領地に広がって欲しいなという思惑を乗せて、そんな言葉を追加した。


(いろいろ考えて準備してあるしな。今日にあわせた料理だって用意してあるッ!

 せっかくだから、リュフレさん以外にも食べて貰って、塩を抑えた料理って奴に目覚めてくれるとありがてぇ)


 何やらこちらを見てみんなが驚いているような気がするが、気にせずに進める。


 その場で一礼し、踊り場から一階へと降りていき、用意されている儀式台の前まで移動する。


「それでは、わたくしが仕える神の名を宣誓いたします」


 銀で作られた創造神のシンボル――歯車に似た形状で、中央には創造神を表す五角形と、その五角形の頂点に五彩神を表す球体の宝石が配置されている――を手に取り、高く掲げながら宣誓の呪文を口にした。


「天地を創りたもう我らが父たる神よ。天地に彩りを与えし五彩ごさいの神よ。父たる神と五彩の神と共に万物を見守りたもう数多の子神リ・ゴズよ。ここに新たなる神々の信徒ショークリア・テルマ・メイジャンが祈ります。我は神々の信徒。我に皆様の加護と祝福を。そして我がしゅと崇め仕えし神の名は――食の子女神リ・ゴズデイツクォークル・トーン。我は食の女神の信徒たるコトを望みます」


 周囲に「え?」という声と戸惑いが広がる。

 フォガードやガノンナッシュ、ココアーナまで驚いているようだが、逆にマスカフォネとミローナ、両戦士団の団長・副団長の四人は納得しているようにも見えた。


 主神として選ぶのは、創造神と五彩神の六柱からであるのが一般的というのは知っているが、個人的な興味だけでいえば、やはり食の子女神クォークル・トーンなのだ。


(いいじゃねぇか。こちとら美味い飯に飢えてんだよ)


 シュガールとシャッハのがんばりによってかなり美味しいご飯にありつけるようになっているのだが、それでもまだまだ物足りない。

 神に祈って食事事情がさらに改善されるのであれば、いくらでも祈ってやる――そういう思いの宣言である。


(……っと、まだ続きがあったな。あとは……)


 主神の宣誓を行ったら、もう一つの呪文を口にする。


「これより我の信徒としての道行きに、神々の加護と導きがあらんことを」


 言葉と同時に、手にしたシンボルが輝き始める。

 中央の五角形の周囲にある五つの珠がそれぞれ五彩神――白、赤、緑、黒、青――の色に輝やいた。


「五色全てが輝いた……ッ!?」

「どれもかなり強い輝きだッ!!」


 今度は周囲に驚愕が広がっていくのを感じる。

 これには、さすがにミローナや団長たちも驚いている中、マスカフォネだけは冷静そうだが、今のショークリアはそれに気付く余裕はなかった。


(ご、五色輝くのはマズいのかッ!? よく見ると中央の銀も僅かに……いや、ともかく今は最後まで挨拶と儀式をやるぞ。質問疑問は全部その後だ)


 シンボルの輝きが収まってから、それを祭壇に戻し、皆に一礼をする。

 それから階段を上って踊り場まで移動してから、一階を見渡した。


「これにて仮宣誓を終えたいと思います。

 リュフレ様、同道された皆様、この後の時間――是非ともごゆるりとお楽しみくださいませ。

 では、わたくしはこれにて、一度失礼をさせて頂きます」


 丁寧に礼をし、ショークリアは優雅な足取りで二階へと退場していくのだった。

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