第79話 コース料理って高級なイメージあるよな


 いつまで経っても料理を提供できない気がしてきたショークリアは、小さく咳払いをしてみせる。

 それでも、フォガードとリュフレの含み笑いが止まらなかったのを見て、二人についている従者たちが小さくショークリアを示した。


 ショークリアが料理の説明をしようとしたところに割り込んでから話し込んでしまっていたことを二人がようやく思い出す。

 二人が小さく謝罪の意を示したのを見てとってから、ショークリアは改めて告げた。


「この度は、コースという提供形式を考案しましたので、本日はそれによる食事をお楽しみ頂ければと思います」


 そう。

 こういう祝いの場の料理と聞いて、ショークリアは前世のコース料理というのを思い出した。だが、この世界ではあまり馴染みがなさそうだったのだ。


 どちらかというとテーブルの上に出せるだけ出して豪華さを演出するのが基本的な正餐せいさんのスタイルであると、シュガールが言っていた。


 そこで、一品ずつをじっくり楽しんで貰うために、ショークリアはコース料理を提案したのだ。 


 もっとも、ショークリアとしてもにわか知識しかないので、本当に正しいコースというのをよく分かってはいなかったが、それっぽければいいやと提供順を定めてみた。


「コースとは――」


 ・前菜

 ・スープ

 ・魚

 ・肉

 ・サラダ

 ・メイン

 ・デザート

 ・ドリンク


「以上の八品を順番に一皿づつ提供する方式でございます」


 確かこんなだったよな――くらいの漠然としたものだが、大筋間違ってはいないだろう。


 先に出てくる肉は、基本的にはローストしていないものが主流だとかいう情報を見た覚えがあるが気にしない方向にした。

 メインがもっとも映えてかつ美味しく食べれるようにコースが組立てられればそれで良いやと、ショークリアが判断したのである。


 ちなみに、ドリンクは料理としての飲み物のことであり、コース中に飲み物が出ないというワケではない。

 水や果実水、お酒なんかはふつうに提供される。


「あまり馴染みのない方式かとは思いますが、一品一品を最高の状態で口にしていただく為の提供形式です」


 そうして、ショークリアがミローナに合図をすると、彼女は一礼して食堂を出ていった。


「テーブルの上にたくさんの料理が並び一堂に会する豪華さとは対極に位置します、最高の状態の料理の一皿一皿を存分に楽しむという贅沢をご堪能いただければ幸いです」


 ショークリアの説明を聞きながら、リュフレは胸中で獰猛な獣のような笑みを浮かべいた。


 減塩料理という時点でも未知の領域なのに、コースという聞き慣れない料理提供方式ときた。

 これはもう挑戦状に他ならないだろう、と。


 ショークリア自身にその気が無かったとしても、リュフレはそれを受けるつもりで料理を食べるつもりだ。


 僅かな待ち時間のあと、ミローナがワゴンを引いて戻ってくる。


「ではコース料理の一品目。

 前菜、ピンルットとチルラーガの薄衣うすごろも揚げです。

 どうぞ熱いうちにお召し上がりください」


 ショークリアは出された一皿目を紹介し、まずは自分が一口食べることにする。


 くし切りされたピンルットが二つと、チルラーガが二粒。

 どちらも、薄い衣を纏ったちょっとした天ぷらのような姿をしている。

 そして、お皿には小さく盛られた花塩とカットされたレモンエノミルが乗っていた。


 ちなみに、チルラーガは前世のニンニクそっくりの果実だ。

 あの見た目で木に成っているのだから、不思議な光景だった。

 味もほぼほぼニンニクで、臭いもあるし、食べると臭いが残る。その為、貴族にはあまり好まれない食材なのだが、褐色地で見つけたチルラーガは、臭いが残らなかったので、前菜に加えることにしたのだ。


 ピンルットをフォークで押さえ、ナイフで半分に切った。

 その時に聞こえてくるサクリという軽やかな衣の割れる音とピンルットの柔らかい手応えに、思わず笑みがこぼれてくる。


 切り分けたピンルットを口に運んで、ひと噛みすれば、サクリという軽やかで楽しい食感と共に、熱々のピンルットのジューシューな風味が口の中に広がっていく。


「みなさんもどうぞご賞味ください」


 一口食べ終わったショークリアは、そう言って食べることを促す。

 食べ慣れているメイジャン家の面々は待ってましたとばかりに、口に運び、始めて見るだろうリュフレとその従者たちは恐る恐るといった様子でカトラリーを手に取った。


 それを横目に見ながら、ショークリアは薄衣揚げの味を堪能する。


 何も付けずにこの味だ。

 それならば、花塩を少し付けてみれば――


 残った半分に軽く花塩を付けて食べれば、塩気がよりピンルットの甘みを引き立ててくれている。


 次にチルラーガだ。

 これも半分に切って口に運ぶ。


 サクリという歯ごたえと、ホクホクとした口当たり。

 独特の香りが嫌みにならない程度に口の中に広がっていく。

 その味は、同時に食欲を引き出してくれるようだ。


 今度はピンルットとチルラーガを一緒に食べる。

 ピンルットと甘みとチルラーガの香りの相乗効果が素晴らしい。


 続けて、エノミルを絞ってその汁をかけてから、それぞれを食べる。

 酸味が加わることで爽やかさ追加され、チルラーガ独特の風味がより味わい深くなったようだ。


 エノミルを掛けるのであれば塩はいらないか――と思いもしたが、いやむしろ塩も付けてみようと、ショークリアは試してみると、この料理が完成に至った気がした。


 気が付けば完食してしまっていたのだが、満足感とは別にもっと食べたいという欲求が増したようだ。

 前菜として、この上なく完璧な仕事だったと言えるだろう。


 早々に食べ終わってしまったショークリアが気になるのは当然、リュフレの反応だ。

 ショークリアは凝視していると思われないように気をつけて、様子を伺うことにした。




(薄衣揚げ――と言っていたが、薄衣はともかく揚げとはどういう意味だ?)


 ピンルットとチルラーガがうっすらと白いものを纏っているので、これが薄衣の由来だとは理解できはしても、料理名から味を想像できない。


 とはいえ主催側のショークリアがためらわず食べていたのだ。あれをマネるように食べてみるのが一番だろう。


 まずはピンルットを半分に切り分けて、何も付けずに口に運ぶ。


(これは……!?)


 薄衣はサクサクと楽しい食感を持ち、中のピンルットは深い甘みをジュワっと吹き出してくる。


(熱っ、熱い……が、美味いッ!?)


 ピンルットとはこんなに甘い食べ物だったことは驚愕に値する。

 チラリとショークリアを見れば、彼女の二口目はほんの僅かに花塩を付けて食していた。


(ふむ)


 それをマネして口に運んだ時に、リュフレは悟る。


(塩の味が、むしろピンルットをより甘くしている……ッ!?)


 同時に減塩料理の考え方が脳裏に閃いた。

 なるほど、これは確かに通常の料理手順とは違う行程を有するだろう。


(塩を楽しむのではなく、素材を楽しむ料理……それが減塩料理かッ!)


 味に物足りなさはある。

 だが、食べた時の満足感のようなものは、減塩料理の方が上だ。


 次に、チルラーガの薄衣揚げを見る。

 これに関しては口に運ぶのにややためらいがあるが、ショークリアはためらわず食べていた。


 ピンルットですでにこの料理の楽しさは理解している。

 ならば、ためらわず口に運んでみるとしよう――そう考えてリュフレはチルラーガを一粒口に運んだ。


(あの強烈な香りが抑えられ、逆に食欲をそそるような香気を感じるぞ……。それにこのホクホクとした食感……香りと相まって非常に良い)


 自然と、エパルグの果実酒白ワインに手が伸びる。

 程良く冷えた酒が、熱々の薄衣揚げを食べて熱を抱えた口内を気持ちよく冷やしてくれた。


「不思議な気分でございますね。

 こちらのチルラーガを食べますと、かえって空腹感が増すようです」


 一息ついていると、横で食べていた従者のドラップスがそんなことを口にする。

 確かに、リュフレも同じことを感じていた。


「チルラーガには食欲を増進させる効果があるのですよ。

 どちらかというと、薬草やスパイスに近い食材ですので調味料として使うコトの方が多いですが、こういう食べ方も悪くはありませんよね?

 ちなみに、通常のチルラーガは匂いが強く、後にも残りやすいのですが、こちらの褐色チルラーガは、匂いは残らない品種ですので、ご安心ください」


 ドラップスの疑問に答えてくれたのはショークリアだ。

 彼女の話を聞いていると『食』に造形が深いのも、お披露目でクォークル・トーンを選んだことも納得がいく。


「ただ食べ過ぎるのは良くありませんし、生のまま食べるのは少量でも毒のように効いてしまう方もいらっしゃいますので、取り扱いにはご注意くださいね」


 ただ食材としてでなく、薬としての価値も理解しているとは恐れ入る。


「随分とお詳しいのですね」

「ありがとう存じます。日々勉強しておりますので」


 どうして詳しいのかとリュフレは問うたつもりなのだが、誤魔化されてしまった。

 これはなかなか手強い相手のようだ。


「みなさま食べ終わったようですので、次のお皿をご用意しましょうか」


 そうして薄衣揚げの乗っていた皿は下げられて、次の皿が皆の前に提供される。


 その提供されたスープは――


「二皿目はスープです。

 当家自慢の料理人シュガールが研鑽の末に独自に編み出した新しいスープにして自信作の一つです。

 透き通る黄金スープとシュガールは呼んでおりました。是非ともご賞味くださいませ」


 名前の通り透き通るような黄金色のスープではあるのだが、何一つ具の入っていないスープだった。


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