第71話 好評みたいで安心したぜ
ミートバーと称される机の元へ、領主の館の侍従服を着た男が、串に刺さった肉の塊を持ってやってきた。
「よく見れば、領主様のとこの人じゃなくて『夜明けの大鷲亭』の旦那じゃないか!」
「似合ってるだろ?」
「悪くないね!」
肉を持ってきた人物の正体に気づいた人が声を上げると、旦那の方もニヤリと笑って返事をして見せる。
何でも、肉の量が多すぎるとかで、酒場や食事処の店主や従業員たちがお手伝いをしているらしい。
「お喋りもしたいが、まずは仕事をさせてもらうぜ。給金もらってるしな」
話しかけて来る顔見知りたちを制して、旦那は声を上げた。
「持ってきたのは褐色ジカのフトモモだ! 柔らかいのにしっかりとした肉の味は最高だぞ! 一人一切れとさせて貰うが、喰いたい奴ら皿を持って、ここから一列に並んでくれ!」
褐色シカの肉ッ!
その言葉に、聞いていた人たちは色めきだつ。
言われた通りに、列に並ぶ住民たち。
旦那はミートバーの机にある金属で補強された穴へ、串の先端を置くと、先頭の少年へと何やらトングを手渡した。
「よし、坊主。ちょっとそいつを預かっててくれ」
「うん!」
そして、旦那は大降りのナイフで少し肉を切ってみせる。
ペラン――と、切られた部分が垂れ下がったところで、そのトングを示した。
「坊主、そいつを使ってこの肉の切れ端をしっかり掴んでてくれよ?」
「わかった!」
少年がトングで肉を掴んだのを確認したところで、旦那はナイフで一気に切り落とす。
「そのまま自分の皿に肉を乗せたら、後ろに並んでる奴にトングを渡してやってくれ」
皿に乗った肉に目を輝かせながら少年は何度もうなずくと、次に並んでいた女性へとトングを手渡した。
「坊主がやってたのを見てたな?
あの要領で肉を渡してくから、手早く手際よく行こうぜ」
女性がうなずくと、同じように肉を切り落としていく。
あとはその繰り返しだ。肉が半分くらい減ったところで、この机の周囲の人たちに回ったようで、旦那は次のミートバーへと向かっていった。
領民たちも褐色地に生息する魔獣は美味いと評判だったのは知っている。
だが、実食するのは初めての者が多い。
そして、口に含んだ瞬間――感動したような声を上がる。
味付けは塩のみ。だが、それが絶妙な塩梅なのだろう。
非常に柔らかく、それでいて噛みしめるとジュワっと脂の旨味が口いっぱいに広がっていく。
それでいて、脂っぽさが非常に薄く、いくらでも食べられそうな味なのだ。
軽い塩の味と、それが引き立てる肉本来の旨味。
減塩料理が流行っている領地だからこそ食べることができる最高のご馳走だ。
その肉の味の余韻に浸っていると、今度は侍従服の女性が先ほどの旦那と同じような塊肉を持ってくる。
誰もがそれを訝しんでいると、女性はニッコリと笑って告げた。
「褐色ボアの肩肉をお持ちしました。
おひとり様一切れとなりますが、ご希望の方はお並び下さいな」
まさかの言葉に、住民たちはキョトンとした顔をする。
そんな中で一人の女性が恐る恐る侍従服の女性に訊ねた。
「アタシらはさっきシカのモモ肉とやらを食べたんだけど、いいのかい?」
「はい。もちろんです。
だって、この机はミートバーですよ? 野菜や果物と同じバーという言葉を使ってる理由を察して頂ければ」
ニコリと愛らしく笑う侍従服の女性の言葉に、誰もが理解をした。
つまり、ミートバーと名付けられた机には、こうやって定期的に肉が運ばれてくるのだと。
「ちなみに、ですが。
あちこちにある案内板に書かれている通り、この区画のミートバーには褐色シカと褐色ボアのお肉のみが提供されます。
他には、褐色ウサギと雪紅ウサギのウサギ肉の区画や、枯れ角のオオジカ肉の区画、ロムラーダームのお肉の区画など、区画によって提供されるお肉が異なりますので、是非ともみなさん様々な区画のミートバーをご利用ください」
領民たちから歓声が湧いた。
案内板に書かれている内容だけだと、イマイチ実感の湧かなかった話が、ここへ来て急に実感となったのだ。
すなわち、肉もまたおかわりできるのだ、と。
「ロムラーダームや枯れ角のオオジカって高級肉の類だろ? 食べなきゃ勿体ないだろ」
「でもだからこそ、その辺りの区画って人が多そうだと思わないか? ウサギ肉なら珍しくもないから、人が少なそうだぜ? 食える量が多そうじゃないか」
例年のように、領主の館の前で串焼き肉を配るのとは違う提供方式ながら、これはこれで悪くない。いやずっと良い。
例年の場合は、一人あたり2本までだ。それを思えば、もっと食べられるのではないだろうか。
何より、肉の塊を運ぶ侍従服姿の人影を見ると、それだけで気分が高揚するのだ。
食べても食べても、次々と塊肉がやってくる。
肉を食べ過ぎて少し口の中が脂っこくなってきても、サラダバーやフルーツバーにある野菜や果物を食べれば口の中はすっきりさっぱりして、また肉を食べる気が湧いてくる。
普段ならとっくに食べ飽きるだろう量を食べてるはずなのに、まだまだ食べれそうな気がするのが不思議だ。
時折、肉の代わりに焼かれた
美味しいがとても凶暴で採取が難しいとされる果物だ。だが褐色地で実るものは襲いかかってこないそうで、安全に採取できるのだとか。
しかも一般種よりも味が良くて甘いのだから、ありがたいことである。
どうしてエルプパエニップが肉の代わりに出てくるのかと言うと、それはショークリアお嬢様のお知恵なのだという。
エルプパエニップには、肉を柔らかくするモノを含んでいるそうだ。
肉を食べ続ける際には、途中でこれを食べることで、お腹に溜まった肉の消化を助け、食べ過ぎても翌日残りづらくしてくれるらしい。
ついでに、エルプパエニップは焼くと酸味が抑えられ、甘みが増すのだとか。確かに食べてみると、非常に甘い。これはこれでご馳走だ。
いやはや、ありがたいことである。
例年の高そうな串焼き肉を住民全員に配ってくれる方式もありがたかったが、今回の立食型シュラスコの宴なる様式は最高だ。
ただ平時から領民を気に掛けるだけでなく、世終の宴にこれだけのことをしてくれるのだから、本当にこの領地の領主一族の皆様には感謝してもしたりない。
だからこそ、この土地の住民たちは可能な限り領主一族の力になろうとがんばってくれるのだ。
こうして、住民たちは宴が終わるその時まで、野菜を、果物を、肉を、酒を、心行くまで堪能するのだった。
○ ● ○ ● ○
「枯れジカ区画、野菜の減る量が多いみたいだ。
近くの食事処に置いてある在庫も減ってきてるらしい。すぐに補充をッ!」
「ガナシュ様ッ! ウサギ区画のウサギ肉の在庫がそろそろ尽きるそうですッ!」
「すでに手配はしてあるッ! もうしばらくしたらウサギ肉を運ぶ女性戦士が到着するはずだッ!」
「ショコラ様ッ! ロムラーダームの肉は減る速度に対して補充が間に合いませんッ!」
「お肉の在庫はあるのよね? なら今のペースを維持ッ!
補充されるまでの空白の時間に焼き
それでも間が持たせられないなら、
「今、ショコラの提案した焼きエルプは他のエリアにも伝えてッ!
肉の提供が間に合わなかったり、肉やエルプパエニップに飽き始めた人たち向けに出せそうなら出すように指示をッ! それから――」
「ガナシュ様!」「ショコラ様!」
「ショコラ様!」「ガナシュ様!」
「忙しいのはわかるが、僕とショコラが対応できるのは一件ずつだッ!」
「一斉に喋らないでッ、聞き取れないから~ッ!!」
「この件なのですが――」
「なるほど。なら――」
「どうしましょう?」
「それなら、こういう方法で――」
……………………
………………
…………
……
…
・
・
・
こうして、とっぷりと日がくれた頃――
「……終わった、ね……」
「うん……終わった……」
明かりとして設置された複数の
そこに設置されたテーブルに突っ伏しながら、ぐったりと、兄妹はうめきあっている。
まだほとんどの者が飲み食いしているものの、提供できる量は終わったのだ。ほどなくしたら、父の閉会演説があるだろうが、それまでは二人とも休憩である。
そんな休憩中の二人は貴族あるまじきだらけた姿だが、今はそれを咎める者はいない。むしろ、今回の宴をやりきった二人に賞賛する声の方が多いくらいだ。
「二人とも、よくやってくれた。実に楽しかったぞ」
「ええ。領民たちもみんな楽しんでくれたようです」
エニーヴの果実酒を片手に、両親が褒めてくれる。
そのことが、二人にはたまらなく嬉しかった。
「ありがとうございます。父上、母上」
「ありがとう存じます。お父様、お母様」
身体を起こし礼を告げる二人をフォガードは手で制す。
「ああ、立ち上がらなくていいぞ。
二人とも、裏方の指揮を優先する余り、まったく休んでいないだろう?」
「今回の形式を聞いた時点で裏方の大変さは想定しておりました。
ですから――」
両親が、自身らの背後を示す。
するとそこには、串に刺さった肉の塊を携えたシュガールが笑っている。
「お皿とカトラリーも用意しております」
「お二人ともお疲れさまでした」
続けてモンドーアとミローナが、ガノンナッシュとショークリアの分の皿とカトラリーを持ってきてくれていた。
「野菜と果物も用意してありますよ」
そう言いながらココアーナもワゴンに山盛りの野菜と果物を乗せて、やってくる。
「ここからは裏方がのんびりする時間なのだろう?
なら、閉会の時間までは、家族で過ごそうではないか」
「フォガードの言う通りです。一緒に一息つきましょう?」
両親はそう言って、テーブルに着く。
それを確認してからシュガールはいつの間にやらテーブルに備え付けられていた串置きに肉をセットすると、それを切りはじめた。
「変異ロムラーダームの一番いいところを残しておいたんで、皆さんでご堪能くだせぇや。
毒味もかねて先に少し頂きましたが――覚悟して口に運んだ方がいいですぜ」
その言葉の意味が分からないショークリアとガノンナッシュではない。
二人は先ほどまでの激務など忘れたかのように顔を輝かせると、その肉が切り落とされ自分の元に来るまで魅入られたように眺め続けるのだった。
○ ○ ○ ○ ○
「なるほどねぇ、料理ってよりも料理の提供形式のコトだったみたいだねぇ、シュラスコってのは」
それでも上機嫌な様子のクォークル・トーンに、ハー・ルンシヴが訊ねる。
「だが、あの焼き方は新しくないか?」
「そうですけどね。とはいえ、あれはさすがに宴向きなので、すぐに提供できやしませんよ?」
「……残念だ」
本当に残念そうにうめくハー・ルンシヴに、クォークル・トーンは苦笑しながら、皿をいくつか差し出した。
「ほら、変異ロムラーダームの肉の薄塩焼きと、焼きエルプのバター添えですよ。こいつで勘弁して貰えませんかね?」
「ああ、するッ! するともッ!」
ハー・ルンシヴは嬉しそうにそれを受け取ると、適当な席に座り、それはそれは本当に嬉しそうに、料理を口に運び出すのだった。
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