第70話 世終の宴がはじまるぜッ!
この世界スカーバは、かつては銀色の海しか存在しない世界であったと言われている。
だがある日、銀の海の中に意志が生まれた。
生まれた意志は銀の海を取り込みながら人の形をとり、自らが生まれた銀の海を別のモノへと作り替える力を持っていた。
その人の形をとりし者こそが
スカーバッカスは、やがて自分の補佐をさせる為に白、赤、翠、黒、青の順番に、銀の海を管理する神々を創り出した。
神々の創り出したモノは、銀の力を内包する。
銀とは、始まりの海であると同時に神の持つ力だ。
創造の父を中心に、五彩の神たちは銀の海の底に大地を作り、生き物を創り出す。
最初は創られた生き物たちの生活を見守っていたが、やがて銀の力を持たず、神々から独立した存在が、生き物たちの中より自然に生まれ出てきた。
それこそが、新たなる色を自ら生み出し持ち得た生き物――すべての色の中間でありながら、どの色にも属さない『茶色』の力を持ちし存在、人間である。
――そんな神話を下敷きに、この世界では十二の月を詠む。
始まりの月を――第一月とし、その名を『銀の月』あるいは『銀月』。
それ以降を……
第二の月、その名は『白の
第三の月、その名は『白の
第四の月、その名は『赤の第一月』あるいは『
以降も同様に進んでいく。
一年のサイクルとしては、銀→白→赤→翠→黒→青→茶となる。
茶月の日がすべて終われば、一年の終わりだ。
ちなみに――月の中の暦もまた、その色の準ずる。
銀→白→赤→翠→黒→青→茶を一週間として、これを四度くり返すことで、次の月へと移っていくのだ。
ともあれ、世終の宴とは、茶月の終わり際に行われる。
必ずしも最終日とは限らないが、どの領地であろうと、茶月の第四週のどこかで行われるのは間違いない。
統一神歴にして1980年。
この大陸における独自の暦、新陸歴にして597年。
茶月の第四週、黒の曜日。
この日が、キーチン領の
この土地の領主であるフォガード様が、酒の注がれたグラスを手に、屋敷の門の前に設置された台の上にいる。
彼は庶民たちからすれば手が出ないだろう高価な魔導具を口元にあてて、告げた。
《今年も我が領地はこうして、無事に世終の宴を迎えるコトができた》
あの口元に当てている魔導具は、声を大きくする効果があるのだろう。どうやら町全体に、声が響きわたっているようだ。
《皆も知っている通り、この領地は何もない荒涼地帯を切り拓いている最中だ。
それでも、こうして領都が、町として見られるような姿になったのは、他ならぬ民の皆の尽力のおかげである――と、思っている。
故に、まずはこの場を借りて、今年の一年間もまた皆が力を貸してくれたコトに感謝を述べたい》
そう告げて頭を下げて見せるからこそ、フォガード様は領民からの信を得ているのであろう。
《さて、今年は激動の年であったと思う。
新しく我が領地の仲間となった女性だけの戦士団ファム・ファタール隊を筆頭に、減塩料理や、コーバンなど様々な新しい試みを始めさせて貰った。
他の領地にはない試みも多かった為に、民の皆の困惑も多かったと思うが、それでもするべき価値はあり、なかなか悪くない結果が出たのではないだろうか》
フォガード様の声に、うなずく領民は多い。
特に女性戦士団――いや戦士だけでなく、有能な女性の雇用というのは、女性たちにとっての夢の広がりに他ならなかったのだ。
そして女性戦士が増えたことにより、領地を守る戦士たちに声を掛けやすくなったのもある。
コーバンによって、戦士がより身近になったこともあり、人々と戦士の距離が縮み、それによってより良き治安に繋がっているのは間違いなかった。
《そして、今年の世終の宴は――我が息子ガノンナッシュが主導し、我が娘ショークリアの考案した、新しい形の宴となっている。
これを我が子たちは『立食型シュラスコの
是非とも宴の後で、皆の意見を聞かせてもらえればと思う》
今回の宴を考えたのが、領主様のお子様たちであるというのは驚きだったが、同時に納得もあった。
子供だからこその発想あっての、立食型シュラスコの宴なのだろう。
事前通知として、町の各所に案内の看板が設置されていた。
当日、新しい試みをするから協力してほしいという旨と共に、当日の流れの書かれた看板というのは、領民にとってもありがたい存在だ。
そんな看板を設置することそのものが新しい試みとも言えるだろう。
ここまで領民に周知をはかり、協力を求める貴族というのは珍しい。
《このような楽しい宴の前に、私の堅苦しい話を長々とするのも悪いだろう。この辺りで切り上げさせて頂く。
では全員、飲み物を手に持っているな?》
領主様からは見えてないだろうところにいる領民たちも、皆がその言葉に大きくうなずく。
《一年が無事に終わりを迎えるコトを、偉大なる父と五彩神へ感謝をッ!》
「感謝をッ!」
フォガード様の音頭に応えるように領民たちが一斉に声をあげ、飲み物の入ったコップを掲げる。
《一年間、食の恵みを与えてくれた食神クォークル・トーンにッ!
そして大人たちは、一年間、酒の恵みを与えてくれた酒神アルクル・オールに感謝をッ!》
「感謝をッ!」
もう一度、コップを掲げて叫ぶ。
《――我が愛する領地に住まう愛すべき仲間たちよッ!
大いに喰らい、大いに呑んで、今日という宴を楽しんでくれッ!
さぁ、キーチン領の世終の宴の始まりだッ! 乾杯ッ!》
「乾杯ッ!」
老若男女問わず近くにいる住民同士でコップをぶつけあい――こうして、宴が始まった。
立食型シュラスコの宴という聞き慣れない様式に、はじめは住民たちも戸惑っていた。
それでも、あちこちに決まり事の書かれた張り紙や看板が設置されているのは、領民たちにとってありがたいことだ。
今回の宴で最初に目につくのが、色とりどりの切り分けられた野菜の乗った無人の屋台――サラダバーというらしい――と、それと同じように果物がたくさん乗っている無人の屋台――こちらはフルーツバーというらしい――の二つだ。
どちらも自宅から持ってきた食器へと好きに盛って良いらしい。
もちろん、好きなだけ食べても良いが、他の参加者への配慮は忘れないように――と、近くの張り紙には書かれている。
また、少なくなった頃には補充も来るそうだ。
とはいえ、このバーとやらは初めて見るものだ。
領民の誰もが、食べ放題と言われても……と戸惑った。
だが、そんな時に助かるのは図々しさを持っている者や、物怖じしない者たちだ。
彼らは「せっかく好きに食って良いってお触れなんだ。食わなきゃ損だ」と口々に言うと、それを自分の用意した皿に盛っていく。
これまでの宴と同じように、町中のあちこちにイスや机は用意されているので、盛った野菜を手に、そこへと掛けて口に運ぶ。
「野菜なんてと思っていたが、野菜ってのは美味いんだな!」
一人がそう叫ぶと、あとは流れだ。
住民たちは譲り合いながら列を作って、野菜や果物を盛っていく。
サラダバーには野菜用ソースと書かれたものもいくつか置いてあって、かけ過ぎ注意というソレを少量掛けて、皆は思い思いに席に着いたり、立ったままだったりで、口に運ぶ。
新鮮な野菜は、シャキシャキとした歯ごたえが楽しかった。
野菜用ソースというものは、食べた感触としてはストルマ油に塩と――エニーヴに似た強い酸味。
放置しすぎて酸っぱくなってしまったエニーヴの果実酒でも混ぜているのだろうか。
だが、決して嫌な味ではない。その香りと風味が、野菜を今までに食べたことがないくらい美味しくしてくれていた。
いくつかある野菜用ソースはどれも、野菜の味を引き立て、塩だけでない豊かな風味を有しているようなのだ。
「ママ、おやさいおいしいね!」
「そうねぇ」
野菜嫌いの筆頭とも言えるお子様たちにも好評で、自らおかわりを取りに行くほどだった。
そして、全員がサラダバーとフルーツバーに馴れてきた頃――宴の主役たる料理がやってくる。
ミートバーと称される机の元へ、領主の館の侍従服を着た男が、串に刺さった肉の塊を持ってやってきた。
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