第69話 アニキと宴に関する話をするぜ
お昼ご飯を堪能したあとは、まっすぐに領都へと戻り、夕暮れよりもやや遅い時間くらいに到着だ。
暗くなりはじめた領都の大通りを通り過ぎ、屋敷へと戻っていく二台の馬車。
「従者の男子寮の部屋が空いてるけど泊まっていくかい? ボンボ?」
「それじゃあお言葉に甘えようかね。試験の時に泊まらせてくれたトコだろ? あのベッドの寝心地が忘れられねぇんだ」
片づけなどが終わる頃には夜になってしまっているだろうから、とりあえずは帰還の報告だけを。
それ以外の詳細な報告や相談などは明日以降でという形で解散になった。
収納庫を下ろし、馬車を片づけたあとは、男性陣とカロマはそれぞれの寮へ、ショークリアとマスカフォネは屋敷へと戻っていくのだった。
翌朝――
「――というワケで色々収穫があったよ。これが、内訳。覚えてる範囲のものだから、もっと多いと思うけど」
「これは助かるな」
ショークリアが兄へと手渡すのは、手書きのリストだ。
狩ってきた魔獣と、解体して作った各種部位。その量をざっくりと記してある。
「それにしてもずいぶんと狩ってきたんだね。ところで、異常ロムラーダームって何?」
「秋魔を倒す時期が早すぎたから発生したっぽい冬魔化しかけてるロムラーダームと思われる難敵」
遠い目をしながらそう口にするショークリアの様子に、ガノンナッシュは苦い笑みを浮かべた。
「よっぽどの強敵だったんだ?」
「ちょっと無茶をしないと倒せない程度にはねぇ」
その強さを思い出しながら、ショークリアは答える。
いずれはあの強さの敵も、ヤンキーインストールなんて使わずに倒したいものだと、彼女は思う。
「ところで、母上は?」
「お母様だったら、最近お父様から貰った研究室に籠もってる。
元々欲しかったロムラーダームの柔皮に加え、異常ロムラーダームの特殊な硬皮を手に入れた上に、それ以外の素材も色々と手にしてホクホク顔してたから……」
「ああ……」
自分たち兄妹にとっては、厳しくも優しい母親というだけだったのだが、その本質は意外にも研究馬鹿な魔術士であったと知ったのは最近のことだ。
二人がある程度大きくなり、我慢をする必要がなくなったこと。
それ以外の魔術研究に関して、フォガードが解禁したことなどから、最近の母は、今まで以上に生き生きとしているのだ。
何となく遠い目になっていく二人だったが、やがて正気に戻ったガノンナッシュがコホンと咳払いをする。
その音で、ショークリアも正気に戻った。
「ショコラ。君が出発前に言っていたサラダバーとシュラスコに関してなんだが――」
兄妹で世終の宴に関する相談をしている姿を見ながら、ミローナは横にいるモンドーアに話しかける。
「ガナシュ様、まだ旦那様のお手伝いを初めて間もないというのに、随分と文官らしさが板に付いてきましたね」
「ええ。手伝い程度のはずが、本格的に仕事を任されこなしていくうちに成長されたのですよ」
モンドーアは誇らしげにうなずいてから、逆にミローナへと問いかけた。
「そんな坊ちゃんに何事もなくついていけているお嬢様はすごいですね」
何かそういう仕事でも手伝って覚えたのか――と、暗に問いかけてくるモンドーアにミローナは苦笑混じりに首を横に振る。
「お嬢様はなんと言いますか、お嬢様ですから」
「何の意味もなさない返答なのに、とてつもない説得力がありますね」
どこか遠い目をするように、モンドーアはそう返すのだった。
「街にいる料理人はそう多くはないよね? その中でやる気のある料理人をまずはうちに招いて、お肉の焼き方を覚えてもらうのがいいと思うの。
次に、料理人以外で料理が出来る人――要するに、各家の料理番であるお母様方ですね。彼女たちは招いて、サラダバーやフルーツバーを作る上での野菜や果実の切り分け方を覚えてもらいます。
さらに料理の提供の仕方やお皿の交換方法、バーの設置場所などの検討は、それを実際に行ううちの従者たちを交えてがいいかな?
前者は肉と野菜を当日までの間に一日ずつ交互に、後者は場所の検討が終わったならば提供の仕方を、厨房で練習している人たちと一緒に覚えるのがいいんじゃなかなと、思うけど」
一週間ちょっとの期間しかないので詰め込み気味になるが、そこまで難しいことをするわけではない。
覚えられないことはないだろう――と、ショークリアは考える。
それを聞きながら、ガノンナッシュは頭の中で人員の数やスケジュールなどを組み立てていく。
「街の規模を考えると、従者の数が足りない気がするけど、どうすればいいと思う?」
「ならば従者以外に手伝ってくれる人――ようするに料理と同じく、平民から探せばいいんじゃないかな?
宿屋や食事処、酒場の従業員とかなら、下地はできてると思うし……あ、手伝ってくれる人には特別の給金を出した方が、がんばってくれると思うな」
「ふむ」
話を聞きながら、ガノンナッシュは思う。
ショークリアの中には、貴族と平民の垣根というのが薄いのかもしれない、と。
あるいは、平民のみならず男女それぞれの有用性を訴えようとしているのだろうか。
そんな風にガノンナッシュは難しく考えているのだが、実際のところは――
(せっかく、貴族だの平民だのの垣根を越えた年末の宴だ。
あんま細かいコト気にせずに、人を集めて使えばいいってだけだろ)
ショークリアの思考は、もっとずっとシンプルだった。
貴族も平民も楽しむ為の宴だ。みんなで作り上げてみんなで楽しめばいい。それだけである。
「人員もそうなのですけど、お兄さまには用意して欲しいものがありまして」
「何が欲しいんだい?」
「お肉を切るための机ですね。
串に刺さったものを握ったまま刃物を通すのは大変ですから、一端置いて切れる場所というのは必要かと。
それにそういう机があれば、お肉を運ぶ従者たちの導線も考えやすくなるんじゃないかなって思うんだけど」
前世にあった本式のシュラスコは、テーブルの横に肉切り台が設置されていることが多い。
そして肉切り台にはコインが置いてある。
そのコインは表が緑、裏が赤になっており、それによって肉が欲しいかどうかのアピールをするのだ。
緑はおかわりを、赤は一旦停止を意味する。
基本的にはコインを赤にするまで、延々と肉が提供され続けることになるのである。
だが、今回は大勢が参加する立食。
固定の席があるわけでもなく、みんなが好き勝手動くのだ。
いちいち声を掛けられて立ち止まっていては、肉を運ぶ従者は身動きがとれなくなる。
なので、肉切り台を渡り歩くことで、その近辺で待つ人に振る舞うようにすればいいというのがショークリアのアイデアだ。
もちろん、それだけだと肉切り台に居続ける人が独占しかねないのだが――
「それと、シカ肉を提供する区画。ボア肉を提供する区画……みたいな形で、いくつかの区画にわけておくのがいいと思うの」
「それは何故だい?」
「肉切り台を独占しようとする人を減らす為、かなぁ。
サラダとフルーツのバーはそれぞれの区画にいくつか設置する形で。一区画一つだとちょっと少ないかなぁと思うし。
区画を区切っておけば、協力してくれる料理人さんのお店の厨房を借りやすくなるし、何より全てのお肉の焼き方を覚える必要はなくなるんじゃないかなって」
「なるほど」
ショークリアの提案をメモしていきながら、ガノンナッシュは左手の親指で下顎を撫でる。
「他には何か案はあるかい?」
「うーん、そうねぇ……」
少しだけ考えて、手をポンと打つ。
「お兄さま、お皿やカトラリーはどうするつもり?」
「流石にこちらで用意するには量が多すぎるからね。基本的にはみんなに持参してもらうつもりだよ」
「それなら、大丈夫そうだね」
他の懸念事項はあるだろうか――と、ショークリアは考えるが、今思いつくところはこのくらいのようだ。
(コレ以上はねぇか……。
あとは、手伝ってくれる人たち含めての出たとこ勝負になりそうだが……ま、アニキが上手いコト舵取りしてくれそうだし、投げとくか)
ショークリアはやや思案してから、よし――と小さくうなずいた。
「私が思いつく限りだと、今はこのくらいだと思うわ」
「そうか。でも、すごい助かった」
ショークリアがこのようにアイデアを出すところを見るのが始めてだった男性文官はあんぐりと口をあけており、ショークリアの噂を知っていた女性文官は、良いものが見れたと感動している。
ガノンナッシュはそんな二人の視線を無視し――ショークリアはそんな二人の様子に気づいていない――、笑みを浮かべた。
「これを下地に今日中に話をまとめて、協力者を集めるとするよ。
また何かあったら、相談するからその時はよろしく、ショコラ」
「もちろんッ!」
こうして、兄妹による会議は終わる。
ショークリアがミローナを伴い部屋を出ていくのを確認してから、ガノンナッシュは笑みを深める。
「面白い考えがいっぱい聞けて、実に有意義だった。ショコラはすごいね」
モンドーアに話しかけるように口にした言葉は、純粋な賞賛だ。
これまでの人生に一つでもボタンの掛け違いがあれば、逆に嫉妬していたかもしれない妹の才能を、彼は手放しで褒め称える。
「だけど、どんなにショコラがすごいコトを考えてくれても、今回の宴に関して言えば、それを形に出来るかどうかは俺に掛かってるワケだ」
「その通りです。坊ちゃん。
妙案も、それに必要な食材も、お嬢様が用意してくださいました。これらを生かすも殺すも、坊ちゃん次第です」
ガノンナッシュの言葉に、モンドーアは力強くうなずく。
「もちろん生かすさッ! それが出来なければ俺は俺自身を無能と呼ぶしか無くなるからな」
しっかりとうなずいて、ガノンナッシュは文官たちへと声を掛ける。
「ショコラの話は聞いていたな。
今の話を下地に、するべきコトを纏めるぞ。その上で、それを持って父上にどのような宴にするかの報告に行く」
こちらに来い。話をする――と、文官たちを呼ぶその姿から、どこか彼の父の持つものと同種の風格を感じ取ったモンドーアは、密かに誇らしげな笑みを浮かべるのだった。
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