第65話 ヤンキーインストール


「ヤンキーインストール!!」


 ショークリアの秘奥彩技ホイーラアーツである咲華虹彩覇サッカコウサイハは――

 魔力カラーを足に集約した上で、魔力カラーを纏い、魔力カラーで作った道を突き進むような蹴りを放つ技である。


 元々、人よりも高い魔力カラー保有量に加え、魔力カラー源泉スポットによって周囲に漂う大量の魔力カラーを用いてこそ可能となる大技だ。

 余談ではあるが――一応、魔力カラー源泉スポット付近以外での使用方法を模索しているが、今はまだ見つけられていない。


 ともあれ、大量の魔力カラーに飽かせて繰り出す贅沢な必殺技というのが咲華虹彩覇サッカコウサイハの正体だ。


 ならば、それを繰り出すのに必要な魔力カラーの全てを身体強化に使ったならばどうなるのか。

 それこそが、ヤンキーインストールである。


「なんつー……魔力カラー量……」

「周囲に揺らめいているのは――漏れ出した魔力カラーなのでしょうか?」


 ただ佇んでいるだけのショークリアを虹色の魔力カラーが包みこみ、それが炎のように揺らめいている。


「これ、キチィな……」


 そんなショークリアの口から漏れ出す言葉は、彼女の美しい容姿からは離れていた。


「これが完成版か。チンピラ連中とやり合った時は加減してたのか?」

魔力カラー源泉スポットの近くだから、とんでもねぇコトになってるだけだよ」


 ボンボの言葉に苦笑混じりで返したあとで、やや顔をしかめる。


「お嬢様……咲華虹彩覇サッカコウサイハに使う魔力カラーを全て身体強化に?」

「おう。そんな感じだ」


 カロマの疑問にも答え、それからロムラーダームに向き直った。


「長時間の使用は身体が保たなそうですね。

 こちらへの余計な気遣いは不要。行きなさい、ショコラッ!」


 その背、マスカフォネの力強い言葉が押してくれる。


「応ッ!」


 ショークリアは感謝と気合いを込めた短かな言葉を告げて、地面を蹴った。


 蹴られた地面がやや凹む。

 瞬間、弓から矢が解き放たれたかの如く、ショークリアがロムラーダームへ向かって跳んでいく。


 その速度は、生半な射手が放つ矢よりもずっと速い。

 瞬く間に間合いを詰めたショークリアは、ロムラーダームが反応するよりも速く、横っ腹を蹴り飛ばす。


「おらぁッ!!」


 蹴り飛ばされたロムラーダームも、木にしがみつこうとする素振りは見せたが、その甲斐もなく吹き飛ばされて、隣の木へと不自然な体勢で背中からぶつかった。


 一方のショークリアは、即座にロムラーダームがしがみついていた木へと手をかけて、体勢を整えると、その木を蹴った。


「もういっちょッ!!」


 空中で身体を捻り、木に沿うように落下中のロムラーダームへと浴びせ蹴りを放つ。

 

 落下の勢いが増したロムラーダームは激しい地響きとともに地面に叩きつけられる。

 雪や土が巻き上げられ煙のように舞う。

 それが晴れると、ロムラーダームが仰向けに倒れてもがいている。


 ショークリアは眼下のロムラーダームを見据えながら、剣を持たない左の拳を振りかぶり、落ちていく。


「がら空きだぜッ、おらぁッ!」


 慌てているが故に上手く立ち上がれないのだろうか――仰向けのままもがいていたロムラーダームの腹部に、ショークリアの左の拳が落下の勢いのままねじ込まれた。


 ゴゲフ――と、ロムラーダームがうめく。

 

 目で追いかけるのがやっとの超速三連撃。

 その速度も、その威力も、戦闘経験者としてはベテランの四人にとってすら未知のもの。


 その動きと威力におそおののきつつも、見ていた四人の思いは一つだ。


 ――何で、剣を使わないんだろう?


 一連の動きの間に、右手で逆手に握った剣を振るう動きがない。

 それでも充分な威力があるようだが。


「それにしても、最初の一撃は横からとはいえ硬皮の上からですよね?

 そのわりにはそれなりに痛手を与えられていたようですが、何故でしょう?」

「難しく考えすぎですよ、カロマ。

 絶対に壊れぬ盾があったとして、それに破城槌を打ち付けた場合、構えていた人間はどうなると思いますか?」

「ああ!」


 合点がいったカロマはうなずく。

 どれだけ強固であろうとも、それを使用している者の肉体には限界が存在する。

 強烈な打撃でも壊れないかもしれないが、受け止めた瞬間に発生する衝撃などの勢いまでは防ぎきれない。


「皮膚が強固だからこそ攻撃に強い――それは確かにその通りです。

 ですが、その内側まで完全に守れるわけがないというコトなのでしょう」


 それだけの威力がある攻撃を、最後に柔らかな腹部へと叩き込まれた。

 いかにロムラーダームの異常種といえども、無事ではないだろう。


「勝負ありだな」

「末恐ろしいお子さまだよ、ホント」


 ようやく終わったと嘆息するボンボに、ザハルは大げさに肩を竦める。


 そして二人の言葉通り――


「これで……しまいだぁぁぁぁぁッ!!」


 ショークリアはロムラーダームの首に向け、逆手に持った剣を振り上げながら飛び上がった。




「うっしッ! さすがにもう死んでんな」


 巨躯を持つロムラーダームとて、身体の基本構造は一般的な生き物に準じている。

 首を切り落とされれば絶命するのだ。


 それを確認したショークリアは、手近にあった太くて丈夫そうな木の根本に大きな穴を掘る。

 強力な身体強化中だ。あっという間に深い穴が完成した。


「お嬢? 何してんの?」

「何って……そりゃあ喰う為にぶちのめしたんだしなッ!」


 ザハルの言葉にそう返して、ショークリアはロムラーダームの尻尾を掴む。

 それから尻尾を握ったままショークリアは木を駆け上がった。

 駆け上がった先で、向上している身体能力に飽かして、ロムラーダームを木にくくり付ける。


「これでよし」


 着地しながら満足そうに手を叩くショークリアに、ザハルは呆れたような笑みを浮かべた。


「血抜きか」

「おうよ」


 満面の笑みでうなずく。

 その顔は、いつものショークリアの笑顔なものだから、言葉遣いとの落差にザハルも戸惑う。


 木に括り付けられたロムラーダームの切られた首から、ダバダバと血が流れ出している。

 その血は、ショークリアの開けた穴の中へとどんどん溜まっていった。


「ところでお嬢様。その技、解かないのですか?」


 血が溜まっていくのを眺めているショークリアに、カロマが訊ねる。

 それに、ショークリアは困ったような顔をした。


「それがよ、解けねぇんだ。

 なんつーか、普段の彩技アーツの要領で力を抜いてみても、うまく行かなくてよ」


 本気で困ったような様子のショークリアに、マスカフォネは「失礼」と口にして、その娘の頬に手を当てる。


「なるほど」

「なんか分かったのか?」

「ええ。

 取り込んだ魔力カラーが多すぎたのでしょう。本来の彩技の分は解除できても、そうでない部分の魔力カラーが残っているのではないかと」

「どうすりゃいい?」


 やや泣きそうな顔のショークリアにマスカフォネは柔らかく微笑む。

 ショークリアの頭を撫でてから、血抜き途中のロムラーダームを指さした。


魔力カラーを霧散させる部分を触ってきてご覧なさい。

 命尽きたあともまだ機能するかは分かりませんが、恐らくそれが一番簡単な方法です」

「りょーかい」


 娘がうなずくのを確認して、マスカフォネはショークリアから離れる。

 それから、彼女は軽く力を入れて地面を蹴った。


 あっという間に、背中のもっとも泡立つ硬皮の前まで跳んだショークリアは、その部分に手を伸ばす。


 すると、彼女を包み込み揺らめく虹色の炎のような魔力カラーは、鎮火するかのように消え失せた。 

 次の瞬間――


 ふらりとショークリアの身体が傾き、そのまま落下を始めた。


 慌ててカロマが飛びついてキャッチする。

 その腕の中で、ショークリアが暴れ出した。


「痛いッ! いたたたたたた……ああああああああ……!!」

「お、お嬢様ッ!?」

「なんか、身体がッ、全身が……あちこちがッ、痛いの……ッ!!」


 自分の腕の中でもがくショークリアに慌てているカロマを眺めながら、ボンボは小さくこぼす。


「反動か」

「だな。

 一時的とはいえ限界を超えた魔力カラーを蓄え、限界を超えた運動量で身体を動かす。

 ましてや身体が出来る前の子供だ。尋常じゃない筋肉痛に襲われてるんだろうな」

「付け加えるなら、無理に魔力カラーを取り込んだことで、体内の魔力カラーを蓄える器官なども悲鳴を上げているコトでしょう」


 ザハルとマスカフォネも加わって分析する。


「経過をみる必要はありますね。痛いだけで済めば良いのですが」


 最悪、身体に障害が残るのではないかと不安そうに目を伏せるマスカフォネに、ザハルが気楽な調子で声を掛けた。


「大丈夫だろ。娘が心配なのも分かるけどね。そこまで深刻なモンでもないと思うよ」


 ただひたすらシンドイだけの筋肉痛だよとザハルが嘯き、それにボンボが続く。


「そうだな。むしろ、魔力カラー源泉スポットが無くても使えるように、その上で反動も押さえられるように訓練すりゃあ、とんでもねぇ切り札になると思うぜ。

 そういう細かい操作を教えるのをアンタがすればいいさ」


 二人から心配ないと言われたマスカフォネは、軽く息を吐いてからうなずく。


「お嬢は規格外の子供だ。

 だけど、規格外の能力を持ってるだけとも言える。性格も頭も悪くねぇ。

 だったら、その力を正しく使えるように導くのが俺たち周囲の大人の役割だろ?

 付け加えるなら、もっともそれをしなきゃいけないのは、姉御や旦那といったお嬢の両親だ」

「ええ。ええ。その通りです。返す言葉もありません」


 そうだ。ザハルの言うとおりだ。

 マスカフォネは何度もうなずきながら、痛がるショークリアの元へと向かう。


「ショコラ」

「お母様ぁ……」


 カロマの腕の中で目を潤ませている娘に笑いかけながら、マスカフォネはその涙を拭った。


「ショコラ。ヤンキーインストールですか?

 その技の使用をしばらく禁じます。反動が大きく、身体の成長への悪影響があってはいけませんから」


 反動の大きさは身を持って今感じているでしょう――そう問いかければ、ショークリアは涙目のままうなずく。


 それを確認してから、マスカフォネは諭すように語りかける。


「ただし、絶対に禁ずるわけではありません。貴女がどうしても必要だと思った時、その禁を破るコトを咎めません。

 私の言う言葉の意味、理解できないショコラではありませんよね?」

「はい」

「よろしい」


 真顔で首肯するショークリアの頭を撫でてやる。


 ショークリアがいなくても勝てる戦いではあったかもしれない。

 だが、ふつうに戦っていた場合、もしかしたら誰かが五彩の輪へと還っていた可能性も大いにありうる。


 被害が最小限に済んだのは間違いなくこの子のおかげだ。

 その強さと勇気に感謝を捧げながら、マスカフォネはショークリアの頭をゆっくりと撫で続けた。





「いやぁ……母子の素敵な交流風景だねぇ……」

「そうだな。その背景に首が切り落とされた逆さ吊りのロムラーダームがなけりゃ、微笑ましい光景だな」


 めでたしめでたし――と口にしながら、しみじみと呟くザハルに、ボンボは何とも言えない表情でうめくのだった。

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