第64話 ぶちのめす為の前準備ってな


「ふむ……モノは試しってな」


 そう独りごちながら、ザハルは地を蹴る。


 ザハルはカロマ、そしてショークリアの魔力カラーの使い方を見ていた。

 同じように操作して、木を垂直に駆け上がる。


「こりゃ便利」


 気楽な口調で嘯きながら、木を蹴って、ロムラーダームの上を取る。


瞬抜刃しゅんばつじん沙斬波サザナミッ!」


 空中から、魔力カラーを乗せた斬撃を三度繰り出す。

 魔力カラーの乗った剣圧は、それぞれ異なる速度でロムラーダームを目指す。


 特に立つ硬皮へと最初の斬撃破が触れた瞬間、触れたものだけでなく、まだ着弾してない斬撃破までもが消滅する。


「なるほどなるほど」


 ザハルは技の様子を確認したあと、別の木の側面に着地し、そのまま木を飛び移りながら、ロムラーダームからやや離れた場所に降り立った。


「姉御ッ、魔術をぶつける時はくだんの場所に当てないようにしてくれ。

 原理はともかく、ぶつけると周囲の魔力カラーを纏めて消すみたいだッ」


 ザハルの言葉を理解したことを示したように、マスカフォネが片腕を上げる。


 その時だ――


「また無茶なコトを」


 ショークリアが膨大な魔力カラーを練り上げはじめた。


「あれは、咲華虹彩覇サッカコウサイハ?」


 どうやらあの技を知っているらしいカロマが訝しむが、すぐに声をあげる。


「お嬢様ッ、ダメですッ!

 四腕熊を一撃で倒した技とはいえ、このロムラーダームとは相性が悪すぎますッ!」


 そんなカロマに向かって、ショークリアは小さく手を挙げて、それを制した。


(……カロマの言うコトを承知の上での準備ってトコか。

 なら、必要なのは援護かね)


 ショークリアは決してバカではない。

 ボンボとも何か相談していたようだし、思いついたことがあるのだろう。


「なら、溜めの時間を稼ぎますか」


 並大抵の相手ならば、一度の抜剣にて絶命に至らせる自信のあるザハルだが、今回ばかりは相手が悪い。

 だが、有効な斬撃が一度も入らないというのも、その矜持が許さない。


 ――必ずや一矢報いる。


 その言葉を胸に、ザハルは地面を蹴った。


 ロムラーダームは膨大な魔力カラーを集めているショークリアが気になるのか、意識が完全にそちらへと向いている。

 ショークリアを守るようにボンボが立ちはだかっているのだが、気にしてはいないようだ。


 ならばちょうど良い。

 ザハルは皮肉げな笑みを浮かべて、横っ腹に蹴りをかます。

 ショークリアの真似をして、足に集めた魔力カラーを叩きつけると同時に解き放つような一撃。


 ロムラーダームの身体を僅かに揺らすが、ほとんど向こうは動かない。

 それでも鬱陶しいとは思ったのか、首を動かしザハルを睨んだ。


 思ったよりも怒っている。

 それを感じて、ザハルはしめた――と小さく笑う。


 ロムラーダームが身体を捻りながら前足の片方を振り上げる。

 轟風を思わせる音ともに振り下ろし、ザハルのいる辺りを薙ぎ払う。


 だが、ザハルはそれが振られるよりも一瞬早く、身を小さくし、地面スレスレを駆け抜けていく。

 走りながら鯉口に指をかけ、頭上を吹き抜ける轟風を無視し、最後の一歩を力強く踏み、跳び上がる。


 そのまま真っ直ぐ行けば、ロムラーダームの首とすれ違うような角度。

 跳び上がる勢いのまま、鯉口を切り、鞘走りの涼やかな音を響かせながら、ザハルは剣を抜く。


瞬抜刃しゅんばつじん白閃ハクセンッ!」


 ――白刃一閃。


 陽光を白く反射させながら、閃いた刃は、斬光がまだ残っているうちに、鞘へと戻される。


 すれ違いざまに繰り出された刃は、ロムラーダームの首の柔らかな部分を切り裂く。


 手応えはあった。

 胸中で小さく拳を握りたくなるような、完璧な一撃だと思った。


 しかし空中にいるザハルは、先ほど振るわれた手とは逆の手で、弾き落とされる。


「ぐおッ……」


 勢いよく、雪の積もった茂みへと突っ込んでいく。

 雪や枝葉、落ち葉をぶちまけながら、茂みに叩きつけられたザハルは、そこから這いだそうとするが、全身が痛みを訴えうまく動けない。


 とはいえ、硬い地面でなくて良かったと思う。


「ザハル団長」

「悪いね、カロマ」


 即座に駆けつけたカロマが手を貸してくれたので、何とか茂みから立ち上がる。


「応急処置ですが」

「充分、充分。身体が痛くても動かせるなら、戦場じゃ上出来よ」


 軽く治癒術を掛けてもらったザハルは身体の各所を手早く動かしながら、飄々ひょうひょううそぶく。


 身体の状況の確認を終えると同時に、ロムラーダームへと視線を向けた。


 切り裂いた場所から血は垂れているが、思ったほどの出血はない。

 ボンボの時もそうだったのだが、このロムラーダームは首が急所ではないのだろうか。


「自信なくすわぁ……」


 思わずボヤくと、カロマが真面目な顔でロムラーダームを見る。


「恐らくですが、通常のロムラーダームよりも首が太いのでは?

 もっと言うとその上で皮膚が通常よりも硬いので、普段通りの一撃でも致命傷までギリギリ届かないのではないでしょうか?」

「あー……なるほど。

 剣圧や魔力カラーで射程を伸ばす技は、どうしても威力が落ちるからなぁ……。

 一撃を狙うなら切れ味や強度強化を優先するってのが、逆に仇になってる感じか」

「かといって、射程も威力も――となるとどっちつかずになるかと」

「だよなぁ」


 射程強化と強度や切れ味の強化の両立というのは意外と難しい。

 自分が制御可能な力をどう割り振るかというようなものなのだ。


 どちらも最大限に高めたいなら、制御可能な力を越える量が必要になるが、それは人間の制御限界を越えるようなもの。

 それが出来てしまうショークリアが異常とも言えるだろう。


 魔力カラー源泉スポットを利用しているとはいえ、魔力カラーを限界を超えて練り上げているショークリアを見ながら、ザハルは軽く肩を竦める。


「これなら、行けるッ!」


 そうこうしているうちに、ショークリアの準備が終わったらしい。

 ショークリアの言葉にボンボがうなずくと、マスカフォネへと向き直った。


「お袋さんよ。これから嬢ちゃんが使うのは自己強化系らしいんだがな、効果発動中は、礼儀作法や言葉遣いが消し飛んじまうらしい」

「なるほど。代償効果付きの技ですか……」


 ボンボとマスカフォネのやりとりを背後に、ザハルとカロマは動き出す。


「もうちょい時間を稼ぎますか。足でも斬って」

「ええ。一番痛いところを斬りましょう」


 ショークリアが出し渋っていた理由が漠然と理解できた。

 マスカフォネの前で、戦闘中とはいえ不作法な自分を見せるのが嫌だったのだろう。


 代償効果というのは、敢えて何らかの欠点を付与することで、効果を高める技だ。

 編み出した本人は代償効果を意識してたかは分からないが、高い効果を求めた結果、編み出す過程で欠点が盛り込まれてしまったのだろう。


「考えようによっては軽い代償だわな」

「ですがお嬢様が貴族であると考えると、大きな代償です」

「人前で使いづらい技だものね」


 理解ある者の前以外ではとにかく使いづらそうである。


「さて、狙いは分かってるな?」

「もちろん。行きますッ!」


 言葉を交わし合いながら、二人は左右に分かれた。

 狙いは、後ろ足。その小指だ。


 ロムラーダームはショークリアを気にしているようだが、自分に痛手を与えているザハルも警戒している。


 その為、近づいてくるザハルへと注意が移った。


 瞬間――ロムラーダームは大きく後ろへと飛び退いた。


「なッ!?」

「読まれたッ!?」


 背面にあった木に頭を下に向けて捕まったロムラーダームは、首だけをザハルに向けて吼える。


 空気をビリビリと振動させるような声は、もう痛手は受けないという意思表示のようだ。


「手強いというか何というか」

「ダーム種とは思えないほど冷静ですね」


 基本的に暴れたいから暴れるというノリの魔獣――ダーム種に対してそんな印象を持っているカロマは苦笑した。




「ショコラ、貴女が出し惜しみをしていた理由はその代償ですか?」


 こくり――とショークリアがうなずくと、マスカフォネは小さく微笑んだ。


「状況は分かっているつもりです。それを理由に叱ったりはしませんよ。それに何より――」


 ショークリアを安心させるような声でそう告げたあと、壮絶な笑みを浮かべて見せた。


「命がけの戦場で礼儀作法など何の役に立つのです。

 それに時に戦場では、荒々しい言葉の方が志気を高めやすいコトもあります。

 時と場合、現状の状況。それらを踏まえ、必要とあらば使いなさい。言葉や態度が荒々しくなるのは、効果発動中だけなのでしょう?」


 最後にもう一度、優しい微笑みを浮かべるマスカフォネに、ショークリアは大きく安堵する。


(今世はこの人がお袋で本当に良かったって思えるぜ)


 実際、言葉や態度が悪くなるというのはボンボの誤解なのだが、そういうものだとしておく方が、かえって良いのかもしれない。


 身体能力向上の技ということになっている以上は、技名が必要だろう。


(この世界の言葉としては相応しくねぇかもだが、良いのを思いついたぜ)


 チラリと、母を見る。


「言葉遣いや礼儀作法を忘れても、ショコラはショコラなのでしょう?」

「はい。別に暴走したり、言葉遣いに引っ張られて乱暴な性格になったりするワケではないです」

「ならば、気にせずに使いなさい」

「はいッ!」


 ショークリアは力強くうなずき、軽く目を伏せた。


 全身を巡る魔力カラーを、細胞の一つ一つに行き渡らせるイメージ。

 そして、行き渡った魔力カラーを解放し、細胞の一つ一つを全て同時に強化する。


 膨大な魔力カラーを用いて行う、ショークリアの自己強化技。


 その名を――


「ヤンキーインストール!!」


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