第66話 持って帰るのも一苦労だよな


「団長さんよ」

「ん?」


 首の切断面からダラダラと血を流してるロムラーダームを見上げていたザハルに、ボンボが声を掛ける。

 ボンボがこちらへと声を掛けながら差し出してきたのは、ショークリアが使っていた剣だ。


「こいつは……ボロボロだな。

 身体だけじゃなく剣も耐えきれなかったわけね」


 繰り出したのは最後に首を切断した一撃だけのはずだが、剣はそれにだけ使われたとは思えないほどに随分とくたびれてしまっていた。


「そうみたいだ。悪い剣ではなさそうなんだがな」

「悪くないだけのふつうの剣よ。

 大きさだけは、今のお嬢に合わせた特注品ではあるけどね」


 そう答えながら、ザハルは胸中で苦笑する。

 ヤンキーインストールと言っていたか、ショークリアのあの自己強化技は。

 随分と身体と武器への負担が大きいようだ。


 この剣は、ザハル自身が口にしたように、ショークリアの体格に合わせた特注品ではある。

 だが、その性能は市販の鉄剣と同一のものだ。


 それが、刀身が折れてないのが不思議なくらいガタがきている。

 歴戦の戦士が使い込んでるものよりもボロボロなのではないかと思うほどだ。


「こいつは、旦那に報告しないとな。

 ま、姉御がいるから大丈夫だとは思うけど」

「とりあえず、お嬢ちゃんに返してくるぜ」

「ああ。頼む」


 そうして、再びロムラーダームへと視線を戻すと、今度はカロマがやってきた。


「ザハル団長。この大型ロムラーダーム……どうやって馬車まで運びますか?」

「持ち運べる大きさになるまで細切れにするしかないかねぇ……。

 姉御の持ってきたタンスも、容量は無制限でも、あれの口の中に入る大きさにしないといけないしね」


 言いながらザハルは剣を抜くと、ロムラーダームの身体に何度か刃を当てる。

 血が流れない程度に薄皮を切って、ひとつうなずく。


「しとめられずとも斬れたんだし、まぁ斬れるわな」


 改めて硬皮でなければ斬れることを確認したザハルは、ロムラーダームを見上げた。


「血抜きが終わったら、適当な大きさに切り分ける方向で良さそうだ」

「それでも結構な大きさになりますよね?」

「おう。だから、お前さんはお嬢を連れて馬車に戻ってくれ。

 元々退治したら馬車に戻って肉を入れる袋と、運ぶためのソリを取りに戻る予定だったからな。

 そんで、お嬢をツォーリオに任せてお前さんは道具をもって戻ってくる。本当はツォーリオを寄越して欲しいが、こんな林の中だ。

 ツォーリオが道に迷っちまうかもだしな。確実な方を取る」


 そこまで指示を出してから、ザハルはふと何かを思ったのか、表情を変えた。


「あー……カロマ。お前さん、方向音痴とかじゃあ、ないよな?」

「はい。大丈夫だと思います。改めて問われると妙に不安になりますけど」


 うなずいてから苦笑を浮かべるカロマに、ザハルは大丈夫そうだな――と笑った。


「方向音痴ってやつは――経験的に、自信満々に自分は違うって口にするか、自覚しているかのどっちかが多いからね。

 信じて送り出すから、ちゃんと帰ってきてよ?」


 最後にザハルが嘯くと、カロマもそれに冗談めかして答える。


「破廉恥な内容が添えられた手紙になって帰ってこないように祈っててください」


 その意外な返答に、ザハルは一瞬驚きつつ、笑みを浮かべた。


「意外とそういう冗談返せるのね。

 男性向けの幻艶書げんえんしょなんかじゃたまにあるネタだけど、実際にそういうコトってあるの?」

「ありましたよ。知り合いの貴族が巻き込まれたコト」

「おっと。大丈夫だったの? その知り合い」

「ええ。不意討ちに対してやられたフリをしてアジトまで運ばれたあと、機を狙って自力で脱出。助けに行ったアタシと合流して……まぁそんな流れで。もちろん貞操は守られました」

「女騎士って意外と強い子多いのかね?」

「多いと思いますよ。最低限の強さはないとバカにされますから。

 女だてらに騎士になろうとしてるのですから、なぁなぁ気分でなれません」


 カロマの言葉に、ザハルは下顎を撫でた。

 ショークリアの発言で始まった女性からの人材発掘ではあるが、実は本気でかなりの金脈なのではないかと実感する。


 恐らく騎士以外でも似たような環境の職場は多いことだろう。

 そして、自分よりも実力のある女性を認めたくない男性は多いはずだ。


(……うちの領地の噂も少しずつ広まってるらしいし、優秀な女性が集まりまくる可能性があるんでないの……?)


 それは悪いことではなさそうだが、同時に厄介事もはらんでいるような予感がする。

 まぁその辺りは、実際に増えてみないとどうなるかは不明なので、今考えても詮無きことなのだが。


 すぐに思考を戻して、ザハルは軽い口調で告げる。


「それじゃあ、頼りになる女騎士殿。よろしく頼むわ」

「はい」


 ザハルの口調と同じような軽い笑みを浮かべてカロマはうなずくと、ショークリアを抱えているマスカフォネの元へと戻っていく。


 カロマはマスカフォネと二言三言の言葉を交わすと、ショークリアを受け取っている。

 娘をカロマに預けたマスカフォネは、カロマと入れ替わるようにザハルの元へとやってきた。


「ザハル。私もカロマと共に馬車へと戻ります。

 ロムラーダームの解体は任せます。魔力カラーを散らす硬皮の採取も忘れないように」

「りょーかい。こいつの硬皮は、加工できるなら使い道が多そうだしね。全身余すことなく持って帰るつもりよ。頭を含めてね」

「それを聞いて安心しました。ではよろしくお願いしますね」


 マスカフォネはカロマの元へ戻って、ショークリアを受け取っている。

 ショークリアもだいぶ大きくなったので重いだろうが、それでもカロマが抱いているよりも自分が抱いている方が帰り道が安全だと判断したのだろう。


 魔獣に奇襲された場合などを考慮するならば、カロマの手が空いていた方が素早く対処できるはずだ。


 それにマスカフォネの魔術の腕前なら、いちいち構えずとも発動できる。

 身体強化を使ってショークリアを抱えつつ、襲いかかってくる魔獣へ攻撃魔術を放つことなど造作もないことだろう。


 三人がこの場を離れていくのを見ていると、ややしてボンボが周囲を見渡しながら肩を竦める。


「ごちそうを狙ってるのもいそうだぞ?」

「この変異ダーム以外、手強いのはいないって」

「ロムラーダームの通常種は?」

「全力を出せば一人で倒せるよ、通常種なら」

「そうだろうとは思っていたが、アンタも結構な実力者だな」


 そんな雑談をしながらも、二人は周囲へと殺気を振りまく。

 それでビビって逃げてくれればそれでよし。ヤケになって襲ってくるようなのがいるのであれば、迎撃するだけだ。


「異常種相手だとあんまりカッコつけられなかったからね。少し憂さ晴らししたいトコだけど」

「そりゃあ俺も同じだ。多すぎるとかったるいが、多少ならやり合いたいところだな」


 そうして、二人はカロマが戻ってくるまでの間、魔獣の遺体を積み上げていくのだった。



     ○ ○ ○ ○ ○



「なるほど、ヤンキーインストール」

「試すなら外でやっておくれよ、ルンシヴ様。

 大事な厨房でやられるのはちょいと困るさね」

「うむ」


 赤き神ハー・ルンシヴは戦なども司っている。

 その為、ショークリアが見せた技が気になって仕方がないのだろう。


 ダエルブサンドを心行くまで口にしたハー・ルンシヴは、クォークル・トーンの厨房から外へと出た。

 そこから少し離れた場所まで赴いて、全身に魔力カラーを漲らせる。


「こんな感じか?」


 自己強化の技というのは種類が色々あるが、大筋はどれも似たようなものだ。

 だが――


「む? 何か違うな……」


 うまく再現できなかった。


 クォークル・トーンが人間界で生まれた料理を容易く再現できるのと同じで、ハー・ルンシヴも自分の属性や性質に近い技であれば、容易に再現できる。

 しかし、ヤンキーインストールはうまく再現できず、首を傾げた。


「ふむ。地球の知識を下敷きにした要素が紛れ込んでいる可能性があるな。翠のやつにも協力を仰がないと再現できぬかもしれねぇか」


 再現できなかったことに不満はない。むしろ嬉しいくらいだ。

 ハー・ルンシヴはニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、何度かヤンキーインストールを試みる。


「やはりダメか」


 楽しそうにそう言うと、一度再現するのを諦めることにした。

 やはり、翠の協力が必要かもしれない。


「くくくく……楽しいな。

 ちょっとしたイタズラが随分と楽しいコトになってやがる」


 もちろん、やらかしたことは反省している。

 偉大なる父に、叱られたのは確かだ。


 だが、それがきっかけでこのように楽しい状況になるなんて思ってもみなかった。


 美味しい料理に、簡単には再現できない技。

 本人が望む望まないに関わらず、見ていて手に汗握る戦いに巻き込まれてもいる


 何とも自分の心を躍らせてくれる娘ではないか。


「こりゃあ、しばらく退屈しなくてすみそうだ」


 そう口にしたハー・ルンシヴは、子供が見れば逃げ出しそうな凶相きょうそうに、凶悪な笑みを張り付けて、大笑いするのだった。


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