第61話 万年紅葉林で歩きながら雑談を


 うっすらと積もった柔らかな雪の上を、シャクシャクと音を立てながら、一行はゆっくりと進んで行く。


 褐色地が森ならば、確かにこの土地は林だ――という印象をショークリアは受けた。褐色地に比べると木々の密度は少し薄い。

 茂みも迷路みたいに生い茂っていた褐色地と比べると、こちらは随分と隙間も多く背も低いようだ。


 全体的に日本を思い出す植物も多いので、ショークリアにとってはどことなく懐かしい雰囲気も感じていた。


 そんな風に周囲を見渡しながら歩いていると、茂みから魔獣が現れる。


「せいッ!」


 姿を見せると同時に襲いかかってくる雪紅ゆきべにウサギという、褐色ウサギの色違いのようなウサギを斬り伏せた。

 色は雪のように白く、それでいて赤い葉のような模様がポツポツとついているウサギだ。


 戦ってみた実感としては、褐色ウサギと大差はない。

 毛皮などはふかふかで手触りがよさそうだが、今は荷物を増やしたくはないので、死体は踏み越えていく。


「団長、雪紅ウサギは食べられるの?」

「お化けウサギ種の魔獣は、食用できない奴の方が少ないね」

「食用出来ないのもいるにはいるんだ」


 ショークリアは疑問に答えてくれたザハルの言葉に、驚いたような感心したような声を出す。

 ザハルの言葉を補足するのは、ボンボだ。


「毒爪ウサギとか、首狩りウサギは食べられないぜ。

 前者は名前の通り毒があってな、後者は単純に美味くない」

「どちらも物騒な名前ね……」

「実際に物騒ですよ」


 ショークリアの素直な感想に、カロマが苦笑する。


「毒爪ウサギの毒は致死毒ではないですけど、即効性が高くその場で動けなくなってしまいます。

 首狩りウサギはその名の通り生き物の首を的確にねてくるんです。彼らはどこからか調達した自分用の刃物を常に背負ってまして、それを構えて勢いよくスパーンと。単純に魔獣としても手強いんです」


 うへー……と、ショークリアは呻く。

 話を聞くと、まったく会いたいとは思えないウサギたちだ。


 そんなウサギの話題に、マスカフォネも入ってくる。


「ですが、毒爪ウサギの爪は薬の材料になるのですよ。

 首狩りウサギに関しては薬などの素材としてもあまり役に立たないと聞きますが」

「それな。首狩りウサギは、毒にも薬にも食料にもならないし、毛皮も他のお化けウサギ種と比べると血の臭いが強すぎてなぁ……だが危険度は高くて厄介な魔獣でもあって討伐依頼が発注されやすい――とはいえ、退治する旨味がなさ過ぎるんだよな……」


 実感がこもったボンボの言葉に、それを理解が出来たらしいショークリア以外のみんなが同意しながら苦い笑みを浮かべた。


「騎士団でも嫌われ者でしたよ。

 普段は、女が戦えるワケがない――とか言う口で、自分が行きたくないから『女向きの雑魚だ。行ってこい』って女性騎士に投げてくるんですよ。特に新人に」

「おいおい。新人にゃ、厳しい相手でしょうよ。大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないですよ。だから、アタシを筆頭に戦える女性でかつ、上司が話の分かる人であるとこで働いてる人が、わざわざお休み取って同行します。ほぼほぼタダ働きです」


 その時のことを思い出したのか、カロマは口を尖らせるように愚痴をこぼす。よっぽど腹に据えかねた出来事だったようだ。


「新人が殺されたら絶対、それを理由に『ほら、女に騎士は無理なんだ』って言うに決まってますからね。同行するからには新人を指導しつつ、完全勝利が必須条件です」


 プンプンと音が聞こえてきそうなほどの憤りだ。

 彼女の雰囲気と、話の内容から、騎士の事情に明るくないだろうボンボも何とも言えない顔をしていた。


「平民の素人質問で申し訳ないんだが……そうまでして、騎士であろうとするのはどうしてなんだ? 別に女騎士を否定してるわけじゃねぇ。素朴な疑問って奴だ」


 ボンボの問いに、カロマは気を悪くする様子もなく、やや思案しながら答える。


「んー……物語に出てくる白馬の王子様とか、白銀の騎士様とか分かります?」

「ああ。そのくらいはな」

「小さい頃に憧れて、それこそ恋い焦がれる貴族の女の子は多いんです。

 でも、アタシたち騎士を目指した女子っていうのは、物語にでてくる『カッコいい王子様や騎士様』という『男性』に憧れたのではなく、『カッコいい王子や騎士』という……その『行い』や『職業』に憧れちゃったんですよ」

「ああ、理解できた。そうして本当に騎士になってるんだから、下手な騎士よりもよっぽど騎士なワケだ」


 ボンボが一つうなずくと、カロマは一瞬だけキョトンとしてから、やがて破顔した。

 その笑顔の理由が分からずに、ボンボは首を傾げる。


「どうした?」

「辞めちゃったとはいえ、『下手な騎士より騎士らしい』っていうのは、アタシにとっては最高の褒め言葉です。これまでのがんばりが報われたって、そう思えるくらいには」


 本当に嬉しそうに言うカロマに、ボンボとザハルが顔をしかめる。


「どんだけ女騎士を追いつめてたんだ騎士団は……」

「まったくだわ。こんなデキる子、そうそういないだろうに」


 実状を知っていたらしいマスカフォネは、中央はやっぱり相変わらずなのですね――と、小さく嘆息していた。



 そのあとも、軽い雑談を交えながら、一行は林を進む。


 雪紅ウサギはもちろん、それ以外の魔獣にも何度か襲われた。


 その中でもショークリアの印象に残っている魔獣は、『術師じゅつし』だ。その名の通り枯れ葉が寄り集まって人型をしているような姿をしている。

 古木の大きい枝を杖のようにして身体を支えながら動いている魔獣で、動きだけなら、どちらかというとトロい部類だろう。

 だが、その古木の枝を掲げて、鋭い刃となった枯れ葉を無数に放ってくる術を使ってきた。


 一度使われると、枯れ葉術師の周囲を回るようにその枯れ葉が舞い続ける為、なかなか近づけなかったのだが――


「なぜ、わざわざ接近戦で相手をしなければならないのですか」


 ――というマスカフォネが言葉の後に放たれた、氷の刃を無数に放つ術で、枯れ葉術師はサボテンのような姿にされ、やがて地面に倒れた。


「この古木の杖は高い魔力を宿しているコトがありますから、もらっていきましょう」


 そしてためらいなく、倒れた枯れ葉術師から杖を取り上げる姿は、見慣れた母の姿ではなく、なんともたくましい冒険者の姿だった。



 他にも『づののオオジカ』という大きなシカにも襲われた。

 前世でいうところのヘラジカに近い姿をしているものの、体毛はこの林に適応したような、白と赤。

 そして何より目立つその角が、まるで枯れ枝のような見た目だった上に本当に枯れ葉のようなものまでついていたので、ショークリアはその名前に思わず納得した。


 大きな体躯での体当たりや、角による突き上げなど、シカらしい攻撃を仕掛けてきたものの、戦い馴れている三人に、久々の冒険に張り切ってる一人、そして未知の場所で遭遇する未知の魔獣に楽しくなってる一人という五人組の前では、あまり効果もなくオオジカは無惨にも命を散らすこととなる。


 そして、倒れたシカを見ながらショークリアは訊ねた。


「このシカは食べれる?」

「おうよ。枯れ角のオオジカの肉といやぁ、結構な高級肉だ。

 ここに放置していくのはちょいと忍びないくらいだ」

「え? そうなの?」


 ボンボの教えてくれたことに、ザハルがうなずいた。


「そうよ。うちの領地の大事な収入源の一つ。

 狩りすぎなければ数は減らないからね。毎年、冬に適量狩っては、雪を使って保存性を高め王都の方へ売ってるワケよ」

「……知らなかったわ」

「食卓にはあまり乗せませんからね。王都へ卸す為以外にはあまり狩りませんから」


 そういえば、ショークリアには教えていなかった――と、マスカフォネが補足する。

 それに、ショークリアは納得しつつ――顔を上げた。


世終せいついの宴に、この肉は使えないかしら?

 せっかくだから、褐色シカと味比べとかしたら楽しいんじゃないかなって思うんだけど」

「それ、面白そうですね」


 カロマは乗り気なようで、周囲を見渡せば他の三人も面白そうだという顔をしている。

 とはいえ――ボンボはこの場では首を横に振った。


「狩るなら帰りだな。

 こいつを抱えて探索はできない。何より、こんなのを抱えてダーム種の魔獣とやりあうのは危険すぎる」

「ボンボと同意見だね。

 こいつを放置するのは勿体なくはあるけどさ、今回の目的はダーム種。どうしても持って帰りてぇなら、やるコトが終わってからがいいわな」


 ボンボとザハルの意見に言い返す言葉はないので、ショークリアとカロマはうなずく。


「ところで、ザハル。

 今更ではありますが、ただ我々に同行しているワケではないのでしょう? あなたの目的は何なのですか? フォガードから何か指示を受けているのでは?」


 マスカフォネが真剣な眼差しを向けると、ザハルは軽い調子で肩を竦めた。


「調査よ、調査。

 ちょいとロムラーダームの調査を頼まれてね。

 噂話程度だけど、ちょいと大きいのがいるらしいってんで、確認しにきたわけよ」

「ロムラーダームは元々大きな魔獣ではありませんか?」

「そうなんだけど、その平均に比べてかなり大きいのを見たって奴がいてね。ただ、目撃者が一人だから信憑性が微妙ってんで、その様子見。

 多少大きくても、この顔ぶれなら負けないだろうから、いちいち言わなくてもいいかな、とは思ってたんだけども」

「あなたとフォガードにしては、少々雑な判断なのではなくて?」

「そう? 大型と言っても誤差の範囲程度には思うんだけど」


 ザハルとマスカフォネが舌戦をしている横で、ショークリアは奇妙な気配を感じて周囲を見渡す。


「お嬢様?」

「カロマ……周囲の魔力カラーの流れ、少しおかしくない?」

「……言われてみれば確かに……」


 例えるならさっきまで向かい風のような流れだったそよ風が、いつの間にか追い風に流れが変わっているかのような違和感。


「お母様、ザハル。

 ロムラーダームは周囲の魔力の流れに影響を与えるような魔獣なの?」

「いえ、そのような特性は聞いたコトありませんが」

「ダーム種の中には、皮膚の堅い部分で魔力を弾く性質を持ってたりするのがいるけど、ロムラーダームにそんな性質持ったのはいなかったはずだ」


 言いながら、二人も周囲の魔力の流れの変化に違和感を覚えたのか、顔をしかめた。


「こりゃあ、泡立あわだうろこのダームの縄張りに踏み込んだ時の様子に似てるな」


 周囲を探りながら、ボンボがうめく。


「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれんぞ」


 ボンボの言うその言葉の意味が、分からない四人ではない。


「泡立ち鱗のダームは、高温多湿の森などが主な生息域でしょう?

 万年紅葉林とは、環境が異なり過ぎているかと思いますが……」


 警戒しながら、母がそう訝しんだ時、ゆっくりとその巨体が姿を現した。


「デカいな……」

「大きいですね……」


 ボンボとカロマが同時に呟く。

 二人とも、呟きながらも武器を構える。


「うっそだろ……おい」

「これは、さすがに信じ難い姿ですね……」


 一方で、ザハルとマスカフォネは、冷や汗混じりに呻いている。


 ショークリアの目算で、こちらへやってくる魔獣――恐らくロムラーダーム――のサイズは、鼻先から尻尾の先までの全長が十五メートル。前足のかかとから肩くらいまでの高さが十メートルといったところか。


(……怪獣かよッ!!)


 その大きさに、胸中で思わず叫ぶ。


「平均的な大きさに比べて、倍とまではいかないが、一・五倍くらいはないか……」

「ええ、私にもそう見えます……」

「通常の大きさも充分大きいんだ……」


 驚愕するザハルとマスカフォネには悪いが、ショークリアからしてみれば馬鹿でかい魔獣であることにかわりはない。


(通常でも体長十メートルくれぇはあるってコトだろ……)


 ともあれ、目の前に現れたロムラーダームは完全にこちらを見据えている。


「狙いはシカか、それともオレたちか……」

「どっちにしろさ、倒しに来てるんだから、戦うコトにはかわりないよね」

「それもそうか」


 想定外の大きさに若干ビビりつつも、ショークリアも剣を構える。

 そんなショークリアが言った言葉にボンボは納得して、獰猛な笑みを浮かべた。


「こりゃあ、調査だけで終わり――なんて言えないわな」


 ザハルは普段、金属の棒のようなもので戦っているのだが、今回は棒を鞘に納めており、代わりに剣の柄へと手を添えている。

 どうやら、本気を出すべき相手だと判断したようだ。


「異常大型種とでも言うべきでしょうか……ふふ、調べ甲斐がありそうです」

「奥様、こんな時までそれですか」


 何はともあれ、全員が完全な臨戦態勢。


 緊迫した空気が流れ――


「来るぞッ!」


 ザハルが叫んだ瞬間、ロムラーダームが地面を蹴った。

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