第62話 デカくて硬いって強くね?


 ロムラーダームが躍り掛かってくる。

 全員、即座に散開するように、その場から動く。


(トカゲと狼が混ざったような見た目してっけど、動きは狼寄りみてぇだな)


 飛び退きながら、ショークリアはロムラーダームを観察する。


 大きな体躯だ。多少の間合いなど、一歩で踏み越えてくる。

 しかも、瞬発力もあるようで、猛スピードで突っ込んできたかのように錯覚を覚える。


 そして間合いを詰めてくるなり、即座に振り下ろされた前足が、横たわる枯れ角のオオジカの頭ごと地面を叩き、積雪と共に土や石などを弾いた。


 オオジカの死体の角が砕け、頭部も上半分が潰れている。


(ありゃあ、まともに受け止めてらんねぇか)


 ショークリアが様子を見ていると、ボンボが即座に動き出す。


「他のダーム種と同じく、下から腹を狙えばいいんだよな?」

「ふつうのロムラーダームならねッ!」


 ザハルの答えに、礼を告げるように手を振ってロムラーダームの側面からボンボが踏み込んでいく。


 ボンボの様子に気づいたのか、ロムラーダームが素早く身体の向きを変える。


「うわッ、と!?」


 ロムラーダームからすると、攻撃したつもりはなかったのかもしれないが、身体の向きを変えた時の尻尾がショークリアの頭上を掠めていった。


 慌てて頭を下げたのでそれで済んだが――


(デカいってそれだけでヤベェな……)


 心臓をドキドキさせながら、胸中でうめく。

 結構な勢いで大きくて堅そうな尻尾が動いたのだ。ぶつかっていたら、それなりのダメージは受けていたかもしれない。


 攻撃とは別の――向こうからすれば、ただ身体を動かしただけ程度のことですら、人間にとっては脅威になりうる。


(肉が欲しいから、出来るだけ傷つけず――だけど、そう簡単にはいかねぇ相手だな)


 ボンボに気づいて身体の向きを変えたロムラーダームは、攻撃を仕掛けようとしていたボンボへ向けて、前足を振り下ろす。


 ロムラーダームが前足を振り上げた直後、ボンボは舌打ちしながら飛び退いている。ボンボと言えどもそれ躱しながら懐へ潜り込むのは容易ではないようだ。


 だがこの場にいるのは、ボンボだけではない。

 ロムラーダームがボンボへ向けて攻撃した直後に、マスカフォネが行動を起こした。


 ショークリアはまだ魔術の詳しい原理や使い方を知らないが、それでも何度か見ていたので予兆のようなものは分かるようになっていた。


 術者が、不可視の手編みのマフラーを作り出すイメージ――と、ショークリアは勝手に考えている。

 その目に見えないマフラーのようなものが効果範囲などを示すものなのだろう。マフラーのように見えているとショークリアが勝手に思っているので、実際の原理はまったく違うのかもしれないが。


 精神を集中してマフラーを編み、編まれた部分は周囲に漂いはじめる。おそらく、その漂う範囲なども術者がコントロールしてるのだろう。


 だが、この時点だと漠然とした空気の流れのようなものが感じ取れているに過ぎない。


 実際に効果を及ぼすのはその後の行動だ。


 マスカフォネは不可視のマフラーを編み上げ、ロムラーダームの足下に投げ、それで輪を作った。それから先ほど拾った古木の杖をロムラーダームに向けて掲げて、告げる。


「鳴り響く大地よッ!」


 周囲に漂う術に必要な色の魔力カラーと、自身の魔力カラーを混ぜ合わせ、練り上げながら必要な色へと変換したものをマフラーへ向けて言葉と共に流し込む。


 術の発動時には必ず言葉を発していることから、彩技アーツと異なり、技名はルーティーンなどではなく、発せなければ発動しないのかもしれない。


 ともあれ、マスカフォネの言葉と共に練り上げられた魔力カラーがマフラーに流し込まれると、術が発動。

 不可視のマフラーで描かれた輪は、その内側のみで地震を起こし、直後に衝撃波のようなものが放ち、ロムラーダームの下腹を突き上げた。


 巨体が周辺の木の頂上よりも高く浮かび上がる。


「お母様、すごいッ!」

「さっすが姉御ッ!」

「二人とも、私を褒める前に、確実な攻撃をッ!」


 ショークリアとザハルの賞賛に、マスカフォネは鋭い声で返す。


 二人とも即座に剣を構えた。

 いつものように剣を逆手持ちするショークリアに対し、ザハルは細身の剣を鞘から抜かず、鞘の鯉口あたりを握っている。


(ザハルのおっさんが剣を使うとこ初めてみるけど……もしかしてあれか? 居合い系かッ!?)


 前世では抜刀術とか居合い抜きとか聞くとワクワクする系男子だった現女子のショークリアは心を躍らせつつも、吹き飛ばされたロムラーダームを見上げた。

 

(力を溜めて、一気に首をかっさばく――!)


 ザハルは腹部を狙うようだ。

 それに併せて、自分も首より腹を狙うべきか……と思考した時だ。


「は?」


 ショークリアはザハルと共に、思わず小さな声を漏らした。


 急に上空へと打ち上げられ戸惑っていたロムラーダームが、正気に戻ったのか、器用に尻尾を動かして近くの大きな木に巻き付けたのだ。

 ロムラーダームは勢いのまま、尻尾を巻き付けた木の側面に下腹を強く打ち付ける。だが、尻尾を巻き付けていたおかげで落下することなく、そこで止まる。


 大きな音ともに激しく揺れた木は、大量の紅葉した葉と共に、薄く積もっていた雪をまき散らしす。

 そしてロムラーダームはその四肢でがっちりと木に抱きついた。

 こちらを見下ろしながら、睨みつけてくる。


 下にいたショークリアたちは、急激に落ちてくる細かい枝葉や、雪から顔を守るために、見上げていた顔を逸らす。


 そんな中で、一人だけ落ちてくる葉や雪を気にせずにカロマは動く。

 彩技アーツによって身体能力向上したカロマは、ロムラーダームが抱きついている木の近くにある別の木を垂直に駆け上がっていった。


 駆け上がるカロマによって、その木もまた枝葉や雪をまき散らしていくが、カロマは躊躇わずに登っていき、ある程度までいったところで力強く蹴って木から離れる。


 前世で言うところのムーンサルトのように綺麗に身体を仰け反らしながら、カロマは空中で一回転。

 回転の途中で剣を構え、自らに腕力と斬撃の強化を施す。

 ちょうど足が下へと向いたタイミングが、ロムラーダームのいる場所だった。


「カロマッ、すごいッ!」


 ドンピシャだ――雪や枝葉を振り払って、木を見上げたショークリアが興奮気味に動向を見守る。


「ぜぇぇぇぇぇぇいッ!!」


 裂帛の気合いと共に、カロマは刃を一閃。

 その刃は木を容易く切り裂き、その先のロムラーダームの腹も引き裂く――はずだった。


 だが、カロマの剣は木を切るだけで、魔獣の肉を断つことはない。

 本能的なものなのか、狙ってやってのけたのか――ロムラーダームは自分が掴まっていた木を蹴って、隣の木に飛び移ったのだ。


 断たれた木が落ちてくるのを見て、ショークリアたちは慌ててそこを離れる。少し遅れてカロマも地面に着地した。


「あんなに身軽だったとは……」


 軽く息を吐きながら、カロマが忌々しげに木に掴まっているロムラーダームを見上げる。


「お母様、ザハル。

 ロムラーダームって、こんなに面倒な相手なの?」


 ショークリアが訊ねると、二人はどこか肩を竦めるような様子で答える。


「木々を飛び移るコトはありますがこれほど軽やかな動きをするなど、初めてみました」

「ふつうのロムラーダームだったら、今のカロマの一撃で腹が斬れてたと思うのよなぁ……」


 つまり――通常のロムラーダームに比べると大きさだけでなく戦闘力も高いようだ。


「……もしかして、冬魔とうまだったりして……」


 思わずショークリアが漏らす。


「いやいや。キーチン領の季変魔きへんまなんて、秋くらいしか」

「その秋の季変魔も、平時と比べるとあまり強くない褐色熊だったんでしょ?

 倒すのが早すぎたせいで、もう一匹くらい変化するのがいる可能性もあるかなぁって」


 ショークリアの言葉を受けて、ザハルは目を瞬きながら、グルグルと唸っているロムラーダームを見上げる。


「興味ある考えです。

 ですがショコラ。それを追求するのは、アレを倒したあとでも良いでしょう」


 確かに母の言う通りだ。

 うなずいて、ショークリアは剣を構え直す。


「とはいえ、降りてきてくれないと戦いづらいかな」

「では落としましょう」


 マスカフォネは事も無げにそう言うと、再び不可視のマフラーのようなものが周囲に漂い始めた。

 ただその範囲が広い。どんな術を使うか知らないが、自分たちや林そのものへの被害は大丈夫なのだろうか。


「……お母様、そんな広範囲に広げて大丈夫なの?」


 思わず問いかけると、マスカフォネは驚いたようにこちらを見て目を見開いた。

 だが、すぐに気を取り直したのか、ロムラーダームへと視線を戻し、告げる。


「炸裂する音波よッ!」


 瞬間、マスカフォネを中心に何かが激しく弾けながら広がっていく。目にも見えない音にも聞こえない何か。

 刹那に遅れて、ロムラーダームが掴まっている高さの辺りで、木の表面が複数弾けて木の粉を舞わせる。

 ロムラーダームの手元も弾けたのだろう。

 木の破片をまき散らしながら、ロムラーダームが木の表面を滑るように落ちてきた。


「ボンボは左ッ、オレは右ッ! 両側面から硬皮こうひごとやるッ!」

「応ッ!」


 落ちてくるロムラーダームをしとめるべく、二人が動く。


白轟鋼破断ビャクゴウコウハダンッ!」


 ボンボは白い力の奔流を纏わせビームソードのようになった剣を横薙ぎに振り抜く。

 カロマのマネをして、木ごと腹部を切り裂くつもりだった。


瞬抜刃しゅんばつじん崩流ホウリュウッ!」


 合わせるように、ザハルが抜剣し、その鞘走りの勢いのまま剣が振るわれ、鞘へと戻る。

 目にも留まらず早業。残るのは残像のような軌跡と、剣に纏わせていただろう魔力カラー虹彩こうさいの残滓のみ。


 だが、二人が技を放つ一瞬前。

 ロムラーダームは腹部を守るように身体を丸めていた。


 二人の技がロムラーダームを直撃する。

 しかし、技を繰り出したボンボは一瞬の驚愕を、ザハルは一瞬だけ忌々しげに――と、対照的な表情を浮かべたあとで、即座にそこから退く。


「表面に軽い傷だけかよッ!」

「……硬いな」


 二人は構え直しながら、同時にうめいた。


「表面の硬皮はもはや通常種とは比べものにならないほど硬い、か。

 確実に痛手を与えるには、やはり腹部を狙うしかないようですが……」

「それを分かってて狙わせない立ち回り……してますよね」


 ボンボとザハルの技を受け止めても傷がほとんどつかない硬皮。

 そして、自分の弱点を理解し、可能な限りそこを守りながら動く知能の高さ。


「なるほど。

 ショコラの説もあながち間違ってないかもしれませんね」


 そう独りごちてから、マスカフォネは周囲を見回し、みんなに聞こえるように告げた。


「あれはもはやロムラーダームではないでしょう。

 僅かでも通常種のつもりで戦っている部分があるのでしたら、気を改めなさい。

 目の前にいるダーム種は、秋魔に匹敵する強敵です」


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