第60話 万年紅葉林に到着だ


 ショークリアが焼いた肉で舌鼓を打った翌日。

 一行は再び馬車に揺られながら、荒野のあとを進み、万年紅葉林を目指していた。


 昨日は晴天とも言ってよい天気だったのだが、今日は生憎とどんよりとした空模様で、だいぶ冷える。

 出発前は曇っていただけだが、今はチラチラと雪が降り始めており、もしかしたらもっと強く降ってくるのでは――と思わせる天気だった。


 そんな天気の中、昨日と同じように二台の馬車が街道を走る。


 今日は乗る馬車をザハルと交代してもらい、ショークリアがツォーリオの馬車に、ザハルがカロマの馬車へと乗っていた。


「そーいえば……どうして、休憩点の小屋の中にクロッシュなんてあったのかしら?」


 ふと、馬車の中でショークリアが首を傾げる。

 小屋にあったから使っておいて、今更な話ではあるのだが、急に不思議に思えてきたのだから仕方がない。


「不思議な道具箱、あれのせいです。

 あれを利用するには、あそこから取り出したモノの代わりとなる道具が別に必要になるわけなんですが……。

 別に無理してその利用方法にこだわる必要はなかったんですがね、開拓作業なんてのはげんを担いでナンボですからね。そこを破りたくなかった。

 でも、もう領都から持ち出せるモンも少ないなんて頃がありましてね」

「それでクロッシュ?」

「ですです。

 領主の館にいっぱいあって、だけど使う機会が当時少なかったもの――ってな理由ですね。

 そんでまぁ、道具箱に放り込まれたものの、当然こんな荒野の真ん中で使う機会なんてなく、誰も持ち出さないもんだからそのまま……って感じでさぁ」


 なるほどなぁ――などと感心をしていると、ボンボが不思議そうに自身の頭を撫でる。


「そのわりには、あのクロッシュは綺麗じゃなかったか? 手入れだけはしてたのか?」

「用が無くても休憩点に足を運んで、小屋にしまってある道具を綺麗にするなんて物好きも少なくなくてな。

 長期移動の休憩点。小屋の道具を使って一晩明かすってのに、道具の整備がされてなくて使えねぇじゃ話にならないからなぁ」


 それで一緒に手入れされていたのだろう――というのがツォーリオの弁だ。


「そういう意味じゃ、何が役に立つかなんてのは分からないもんでさぁな」

「確かにな」


 ツォーリオの言葉に、ボンボがうなずく。

 そんな経緯で保管されっぱなしだったクロッシュを使って、ショークリアがあんな料理を作り出したのだ。


「別にクロッシュがなかったら深めのお鍋を使ってただけなんだけど」


 何やら褒められているようなのだが、欲しかったのは湯気や煙を閉じこめる為のゆったりとした蓋で、小屋にあったクロッシュのサイズがちょうど良かっただけである。


 そんな感じで――雑談に花を咲かせながら進んでいくと、荒野の踏みあとを半分ほど進んだところで、馬車は街道を離れて南下しはじめる。


「褐色地もだけど、それぞれに向かうために曲がる場所へ、看板か何か設置して目印を作っておいた方が、他の人が来る時も分かりやすいんじゃないかしら?」

「同感だな。最近は人も増えてるんだろ?」

「ふむ。あとで団長に言っておくよ」


 将来的にもっと人が増えて、魔獣討伐や調査などで褐色地や万年紅葉林に向かうこともでてくるだろう。


 地元の人間なら分かるからといって、そういう細かい部分を蔑ろにしてしまうと、せっかくこの地に根を張りだしたボンボのような人間が離れていってしまう可能性もあるのだ。


「これからは増え始めた人を定着させるコトも考えていかないとね」

「お嬢は、本当に良く見て考えてるんでさぁね」


 南下していくに連れ、うっすらと雪が積もっている場所が増えていく。

 どうやらこの辺りは街道沿いよりも先に雪が降り出していたのだろう。領地南にある山の影響だろうか。


 やがて見えてきたのは、赤い雑木林だった。


「褐色地もすごいと思ったけど、こっちもすごい……」


 ショークリアは思わずそう声を漏らす。

 万年紅葉林まんねんこうようりんの名前は伊達ではないのだと実感する。


 その林は全ての木々が紅葉しているようなのだ。赤だけでなく黄色やオレンジ、茶色などでも構成されている。木々によって色が違うのだろう。


 目立つのは地球で言うところの、モミジやイチョウのような葉を持つ木だった。


 はらはらと落ちてくる雪、うっすらと木々に積もる白、赤や黄色の葉っぱたちが雪とともにひらひらと舞う姿は、とても幻想的な光景だ。



 荒野と紅葉林の境目くらいのところに馬車を止めて、全員が集まる。


 そして開口一番、ザハルはツォーリオを指さした。


「ツォーリオ。悪いがお前さんはここで留守番な」

「暇な上に寒くて……ある意味で一番損な役回りじゃないですかッ!」

「仕方ねぇでしょーよ。

 このメンツで道案内が出きるのは俺かお前さんだけ。

 んで、俺は調査の任務を旦那から受けてるし、カロマには戦士としてこの林を知って欲しいし、そもそもボンボは討伐依頼を受けた主役だ。

 姉御とお嬢は留守番する気がねぇ……となれば、消去法でお前さんしかいない」


 ツォーリオは反論しようとするが、良い言葉を思いつかなかったのか、仕方なさげに肩を落としてうなずいた。


「野盗の類がでるわけでもなく、魔獣除けの香を炊いておけば、弱い魔獣も来ないんだ。昼寝してても構わないぜ」

「姉御の神具があるんですよ? むちゃ言わねぇでくだせぇ! 寝れるワケないでしょ!?」

「それがなけりゃお前さんもついてきて良かったんだが……まぁ諦めろ」


 そうして、ツォーリオが馬車番と決まり、他の五人が雑木林の中へと足を踏み入れることとなった。


「さて、ツォーリオくんが快く引き受けてくれたところで、行きますか」


 どう見ても不満げな顔をしているツォーリオに笑いかけてから、ザハルはみんなを促して歩き出す。


「外から見ても思ったけど、中に踏み入れるともっと幻想的に見えるわ」


 ショークリアが周囲を見渡しながらそう言うと、マスカフォネとカロマもうなずいた。


「綺麗なのに見とれるのも良いけどね。

 エデアークの落ち葉に擬態した、エデアコスって魔獣には気をつけてよ」


 ほら……と、ザハルが指さす先では、無数のエデアーク――紅葉もみじに似た赤い葉だ――を、全身を覆うように大量に張り付けたような奇妙な魔獣がいた。


 横から見ると板のように平たい。足らしきものはなく、宙に浮いているようだ。あれが地面に寝そべっていたりすると、落ち葉と見分けがつかないかもしれない。


 あの葉のような部分は毛にあたる部分で、季節や環境に応じて色も変わるそうだ。もっとも、この万年紅葉林では、常に赤いらしいが。


「……団長、エデアコスって食べられる?」

「それはさすがに止めるぞ、お嬢」

「ですが、エデアコスの葉は薬には使えるのですよ」


 キラン――と目を光らせて告げるマスカフォネに、ザハルは頭を抱える。


「ほんと、食料か研究素材かを基準に魔獣を見るのやめて欲しいんだけど、お二人さんッ!」

「ザハル、倒していいのか?」

「ん? ああ。問題ないよ。シャインバルーンとどっこい程度の強さだから、片づけちゃって」


 ボンボはザハルにうなずくと、愛用の大きな斧――ではなく、腰元に下げた幅広の短剣を引き抜いて、さっと近づきズバっと切り裂いて帰ってくる。


「擬態からの不意打ちが来たら厄介そうだが、単純な戦闘力は高くはないようだな」

「一応、緑と青の属性を複合した風の魔術を使って来るけどね。使わせる前に斬り伏せちゃえば怖くない。使われても大した脅威じゃないんだが。

 ただ、獲物を見つけたり、自分が危機に陥ると仲間を呼び寄せる習性があるから、手を出すなら迅速に。手を出さないならこっそり隠れてやりすごさないと、厄介だよ。

 この林の中に潜むエデアコスたちが際限なしに集まってくるから」


 すでにそういう状況を経験済みなのか、実感の籠もったようにザハルは注意を口にする。


「エデアコスの亜種であるラブレホスはココにいるのかしら?」

「んー……いないな。いると、薬草採取でラクできるんだけどねぇ」

「残念ね」


 期待に満ちた目をしていたマスカフォネが、ザハルの回答で落胆する。

 エデアコス同様に葉っぱを大量に身につけたような魔獣で、エデアークの代わりに様々な薬草の葉を身体に身につけているらしい。


 しかもそれらは、ラブレホスの身体の一部でありながら、本物と同様の効果を持つ奇妙なもの。その為、ラブレホスが近隣に生息している村では重宝がられる魔獣なんだそうだ。


「居ないなら仕方ないわ、お母様。とにもかくにも、先へ進むとしましょう」


 ショークリアの言う通りだ――と、ザハルがうなずくと、また歩き始めた。

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