第46話 芋の話をするとしよう
退治した三匹の冬狼は、近くのコーバンからやってきた駐在戦士に任せた。
仔がいたことも含めて駐在戦士に報告しておいたので、あとは任せておいて大丈夫だろう。
これまでと違い、農村部にもコーバンがある為、冬狼が再びやってきても迅速に対処ができるはずだ。
報告を終えたショークリアとミローナは、道を引き返して領都へと戻っていく。
(うどんは無理でも芋餅は喰いてぇな……。
ジャガイモに似たイエラブ芋を使えば作れるだろうけど……ビジュアルが地味だから、少し貴族仕様にするとして……。何がある? 芋餅の上にステーキ乗っけるとかアリか……? やるにしても単純に乗っけるだけなのは良くねぇな……。もうちょい豪華な見た目なのがいい……。
イメージはフレンチとかそういう奴だよな。詳しくはねぇけど)
歩きながら考えるのは、狼と交戦する前に考えていた料理だ。
(そういや片栗粉はどうすっか……いや、ふつうにイエラブ芋から作ればいいか。
そうなると結構、芋を使っちまいそうだな。
……そういやイエラブ芋って、よく食卓に出てくる気はするけど、そんなに量が取れるもんなのか?
ちょっと色々気になってきたな。聞いてみっか)
考えているうちに、料理から思考がズレてきている気がするのが、あまり気にせず、ショークリアは顔をあげる。
「ねぇ、ミロ」
「どうされました?」
それから半歩後ろを歩くミローナに、ショークリアは訊ねた。
「イエラブ芋って、この領地でいっぱい取れる?」
「はい。荒れた土地でも育つので、当領地では大変重宝しておりますよ」
(量が取れるなら、イエラブ芋の料理レパートリーをもっと増やすのはアリなんじゃねぇかな?)
それがどうしました――という顔をするミローナに、ショークリアは続けて訊ねる。
「平民のみんなは、どういう食べ方をしてるのかしら?」
「基本的には茹でたモノに
「なるほど」
茹でるか、茹でたのをマッシュするかのようだ。
素揚げやサヴァランの時も思ったが、料理もそうだが、調理方法のレパートリーも、あまり多くなさそうである。
「それ以外の食べ方ってあるの?」
「スープに入れたり……エッツァプに入れたり……ぐらいかと。
詳しく知りたいのであれば、シュガールに訊ねるのが一番ではありませんか?」
「そっか。そうだね!」
確かにそれが一番早いだろう。
ショークリアは盲点だったと笑うと、ミローナが従者ではなく幼なじみの顔をして、こちらの顔をのぞき込んでくる。
「……また何か思いついたの?」
「まぁね」
「今度は漏らさないからね?」
前回のやらかしのせいで、試作に付き合わせて貰えないのでは――と思ったのだろうか。
ショークリアより身長が高いはずのミローナが、下から見上げるように縋ってくる。
そんなミローナの姿をクスりと笑いながら、ショークリアはうなずく。
「大丈夫だよ、ミロ。今度も一緒にシュガールのところに行こう!」
「よかったぁ……」
ミローナは大きく安堵し胸を撫でおろす。
「それじゃあ、帰ったらシュガールのところに行きましょう」
「はい!」
そんなわけで、二人は屋敷へと戻ってきて、そのまま厨房へ――行こうと思ったのだが冬狼の返り血を多少浴びていたので、まずは体を清め、着替えをしてから、厨房へ向かった。
「シュガール、いるー?」
「おう。どうました、お嬢。何か思いつきましたかい?」
「それが形に出来るかどうか話を聞きに来たの」
待ってましたとばかりに迎え入れてくれるシュガールの後ろで、キョトンとした顔をしている女性がいる。
彼女はシャッハ・ニーキッツ。女性採用試験の時に、シャインバルーンに追われていた女性だ。
紺に近い紫色の髪を後ろで三つ編みにしているシャッハは、なぜここにショークリアが――というような顔で、淡い青の瞳を瞬いている。
驚いているシャッハを余所に、シュガールとショークリアが言葉を交わしていく。
「聞きたいコトってのは、なんです?」
「イエラブ芋についてなんだけど」
まずは、平民はどういう食べ方をしているか、だ。
「そうさなぁ……茹でて塩ふってガブりと、茹でたのを潰して塩を混ぜてみたり……あとは一口サイズに切ってスープに浮かべたり、ですかね?」
答えとしてはミローナと変わり映えがなかった。
「シャッハ。お前さんは、何か他の食べ方とか知ってるか?」
「えっと、私もそんなに変わりはない……です。
本気で貧しかった時は、お店が捨てた痛みのあるイエラブ芋を生でカジったりしましたけど……」
「シャッハ、それお腹壊さなかった?」
「はい……軽く、ですけど」
イエラブ芋を生で食べたと聞いて、思わずショークリアが訊ねると、彼女は顔をひきつらせながらうなずく。
(じゃがいもに似てるだけあって、じゃがいもと似た特性があんだろうな……。芽の毒がとこまで強いか知らねぇけど、一応言っておくか)
軽くお腹を壊すだけで済んで良かったかもしれない。
運が悪ければ、もっとひどい腹痛や嘔吐に頭痛、目眩などの中毒症状が現れたかもしれないのだ。
「一応生でも食べれるんだけど、時々毒を持つコトがあるから気を付けてね。
特に芽がでて緑色になってる部分。火を通しても消えない毒性があったりするから」
「お嬢、ちょいと待ってください。イエラブ芋に毒なんてあるんですかい?」
「うん、あるよ――と言っても、わたしが知ってるのはイエラブ芋によく似たお芋のコトだから、どこまでイエラブ芋と同じか分からないけど……」
「いや、それでもいい。教えてくれはしませんかね」
驚くシュガールに、ショークリアは一つうなずいてから、ピっと人差し指を立てて説明をはじめた。
未熟な小さな実のもの。
芽が生えているもの。また芽の生え際周辺の緑色の部分。
また毒性の強い実の場合は、皮にも含まれることがある。特に緑色になってる皮などは、軽く剥く程度ではなく削ぐように厚めに剥く方がいい。
そんな話をしたあとで、ショークリアはもう一つ付け加える。
「皮を剥いても不安な時は、水にさらすといいよ。
イエラブ芋に似たお芋の毒は熱に強いけど、多少は水に溶け出すそうだから」
「水に溶け出すってコトはアレか。芋を洗った水はちゃんと捨てないとあぶねぇんだな」
「うん」
シュガールとシャッハが理解を示したところで、全部の芋が危険なワケではないことも、付け加えた。
「芽や緑色の部分がなければ、皮ごと食べても平気だと思う。
ただ、生で食べるなら、やっぱり皮は食べちゃダメかな。さっきも言った通り、芽とかがあった周辺は毒を持ちやすくて、皮は特に影響あるから……知らずにってコトもあると思う。
新鮮なお芋なら平気だと思うけど、念のために生の時は皮は口にしない方がいいかも」
「相変わらず、どこから仕入れてくる知恵なんだか……だが、大事な話だ。覚えておく。お前も覚えておけよ、シャッハ」
「はいッ!」
シュガールに良い返事をするシャッハに、ショークリアは思わず笑みをこぼす。
今のシャッハは、試験の時の悲壮感に満ちた顔はしていない。
憑き物の落ちたような――だけど、しっかりと充実に満ちたような顔だ。
(それなりに楽しくやれてるみてぇだな。良かった)
そんなことを思いつつ、最後にもう一つ――と、ショークリアは情報を追加する。
「イエラブ芋に限らず、お芋を保管する時は湿気の少ない冷暗所でね。
光と適度な熱を与えちゃうと、成長して芽がでてきちゃったりするから」
毒を持たない品種であっても、発芽すると栄養などがそちらへと流れていくので、味が落ちてしまうのだ。
「美味しく料理するなら、食材の状況もちゃんと理解して、それにあわせて味付けや調理法を変えていくのも必要かもしれないわ」
「……本当に、お嬢の言葉はハッとさせられるものばかりだ……。
そうか、そうだよな。同じ食材でも味や鮮度が違うんだ……。決められた調理法だけだと、本当に美味しい料理にならない可能性もあるんだよな……」
「シュガールさん……! お嬢様は、いつもこのように……!?」
「そうだ! すげぇだろ、ここの厨房はッ!」
「はい! 私、ちょっと感動してますッ!」
何やらテンションが上がってる二人の料理人の横で、ショークリアは胸中で眉を顰めた。
(……この国の料理レベルがよく分からねぇな……。
塩辛い料理だってちゃんと火は通ってたし、食材に合わせた茹で時間とかもしっかりしてたのに、鮮度や食材ごとの細かい味の違いにはあまり意識がないってのは……)
そこまで考えて、ショークリアはすぐに閃く。
(そうか――塩だッ!? たっぷりの塩が入ってるから、微細な味や鮮度の違いは、気にされないのかッ!)
これは、口にしておくべきことかもしれない――とショークリアは判断して、少しだけ真面目な顔をした。
「シュガール、シャッハ」
「なんです? お嬢」
「なんでしょうか?」
「減塩料理は素材の味を楽しむものなの。
だからこそ、素材の些細な違いが大きな味の違いになるっていうのを覚えておいてね。
収穫産地、育成環境、収穫時期、鮮度……その全てが、如実に表に出てくるから、気を付けて」
「ああ。やっぱりそうなんですね。
何となくそんな気はしてたんです」
「減塩料理……真面目に考えていくと、すごい奥が深そうです」
シュガールもシャッハも、すぐに理解を示してくれた。
これでますます、食事が美味しくなることだろう。
二人の様子に、ショークリアが満足げにうなずいていると、背後から小さくミローナが囁く。
「ねぇショコラ。
新作料理の話をしにきたんじゃないの?」
「あ」
お芋の話をしているうちにすっかり忘れていたショークリアだった。
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