第47話 これからお前を料理してやる
「話が横に逸れちゃったんだけど、したかった話というのはイエラブ芋の料理のコトなの」
気を改めて、ショークリアはそう切り出す。
それに、シュガールはパァと表情を輝かせる。直前までも明るい表情をしていたので、より明るくなったのだ。
急に照度が二倍になったかのようで、些か眩しさすら覚える。
「ネタとしては、どちらかというと平民向けだと思うから、それを貴族の食卓に出せるように、応用してほしいんだけど……」
「おう、ドンと来いでさぁ!」
力強く自身の胸を叩くシュガールに頼もしさを感じ、ショークリアは笑みを浮かべた。
「それじゃあ、まずはイエラブ芋を四つ、皮は剥かずに綺麗に洗ってもらえるかな?」
「はいッ!」
シャッハが元気良く返事をして、イエラブ芋の準備をし始める。
それを横目に、ショークリアはシュガールに訊ねた。
「バターってある?」
「ん? ありますぜ」
(あるのかよッ!!)
自分から訊ねておいて何なのだが、これまで存在に気づかなかった自分の間抜けさに、ちょっとガックリくる。
「しかし、変わったモンを知ってますね。
バターも、バターを作るのに使うカリムの実も、菓子以外じゃあまり使いはしねぇでしょう?」
「そうなの?」
思わず首を傾げるショークリア。
だが、気づけなかった理由はわかった。
「まぁ、いいですけどね」
シュガールは特に気にした様子はなく、紙に包まれたバターを持ってくる。
「これで、いいですかい?」
開かれた紙から出てきた、クリーム色をした塊。その見た目だけなら、ショークリアも良く知るバターに似ているが……。
「味見してみてもいい?」
「おう」
シュガールは小さなスプーンで軽く取って、それをショークリアへと渡してくれた。
「ありがとう」
それを口に含み――
(間違いなくバターだ。少しあっさりとした口当たりだが、香りも味も、間違いないな)
味を吟味しながら、舌の上で溶かしていく。
無塩バターのようだが、だからこそ、風味を良く感じられた。
「どうですかい?」
「これなら大丈夫だと思う」
「ところで、サヴァランの時は出てこなかったけど」
「あの時は厨房に無かったんですよ。
サヴァランを作るようになったから、仕入れるようにしたんです」
「なるほど」
味見を終えて、シュガールにうなずいたところで、シャッハが洗い終わったと報告にくる。
「それじゃあ深めのお鍋と、鍋に入るサイズのザルが二つ欲しいな」
「あいよ」
ザルにもいくつか形があったのでどれがいいか聞かれたショークリアは、底が平たくなっている台形型のを選ぶ。
まず鍋の底にザルを置く。
一つ目は、逆さまにして。二つ目はその上に正しい向きで。
下のザルの半分くらいの嵩になるように水を入れ、上のザルの中にイエラブ芋を四つ置く。
「……お嬢、茹でるなら水が足りてねぇように思うんだが」
「大丈夫。蒸すんだよ、これを」
「蒸す?」
「水が沸騰すると、湯気がでるでしょ? それで加熱するの。
イエラブ芋の美味しさの元になってるものって、毒と同じで水に溶けやすいから、水に沈めずに茹で上げる――そんな感じの料理方法だよ」
興味津々なシュガールは、それでもショークリアの言うとおりにして、鍋に蓋をする。
シャッハも興味を隠しきれないようだ。
とはいえ、すぐに完成するものでもないので、ショークリアは周囲を見回す。
「さて、蒸し上がるのに時間が掛かるだろうから……」
「もう一品いくのか?」
「もちろん」
楽しそうなシュガールにうなずくと、さらに表情が輝いた。
シュガールの笑顔は、何ルクスになっているのだろうか。少しばかり眩しすぎる。
「今度は綺麗に洗ったあと、皮を剥いてもらってもいいかな? 三つくらい」
「わかりましたッ!」
快活に返事をしたシャッハは、すごい勢いでイエラブ芋を綺麗に洗い、皮を剥いてくる。
「あと、ベーコンってある?」
「ありますぜ。ただ、ガッツリと塩の利いた奴ですよ」
「うん。それで大丈夫」
まずは、皮を剥いたイエラブ芋を千切りにしてもらう。
千切り――という言葉が通じなかったので、刺繍針みたいに細切りしてほしいと説明した。
ベーコンを少量、同じように切ってもらって、千切りの芋と混ぜ合わせる。
本来は混ぜ合わせる時に、塩や胡椒で味を付けるのだが、今回はベーコンの味が濃いのでなにもいれない。
フライパンに油を引き、熱したところに、混ぜ合わせた芋とベーコンを均等に広げて焼く。
片面が焼けたらひっくり返して、裏側も同じように焦げ目をつければ、完成だ。
「あ~……軽く焼けたイエラブ芋とベーコンがいい香りです……」
うっとりするシャッハを見るに、香りだけでも成功と言えるだろう。
「そろそろお鍋の方もいいかな?
蓋を開けると熱い湯気が飛び出してくるから、気を付けてね」
「はい!」
シュガールが動くより先に、シャッハが鍋の蓋を開ける。
「蒸し芋は、一個ずつお皿に載せてもらっていいかな?」
「わかりました!」
言われた通り、熱々に蒸されたイエラブ芋がお皿に載せられる。
シュガールからナイフを借りて、蒸し芋に十字の切り込みを入れたら、そこからぺろりと皮を広げた。
そして十字の切り込みの上へ、スプーンで大ざっぱにすくったバターを乗せれば、完成だ。
熱々のイエラブ芋に乗せられたバターが、熱で溶けて十字の谷底へと滑り落ちていく。切り込みの底で熱されたバターはイエラブ芋の香りと混ざりあって、甘く濃厚の香りを放ち始めた。
後ろからショークリアがバターを乗せる様子を見ていたミローナとシャッハがごくりと、唾を飲んだ。
「イエラブ芋のガレットと、イエラブバターの完成!
イエラブバターはお好みで塩を掛けて食べてね」
ガレットはシュガールが四等分に切り分けられ、それぞれの皿へと乗せられる。
全員分の料理とカトラリーが用意できたのを確認すると、ショークリアが小さく手を叩いた。
「さぁ頂きましょう」
みんなで簡易的な食前の祈りを神に捧げて、思い思いに食べ始める。
「まずはイエラブバターから!」
「わ、私もそちらから!」
ミローナとシャッハは、イエラブバターにナイフを入れた。
イエラブ芋の薄黄色した実が切り分けられ、一口大になったものにナイフが刺される。
それに、溶けたバターをしっかり絡めて、二人は口へと運んでいく。
「……あつっ、熱い……けど、美味しい」
「ホクホクしてて、お芋の味が濃くて……バターがじんわり染み込んだところはしっとりしてて……簡単なのに、すごい……!」
二人の様子を見ていた、シュガールもイエラブバターを口に運ぶ。二人と違って手で持ってガブリといった。
「熱ッ……が、確かにうまい。
蒸しただけで、ここまで味が変わるのか……!」
「うん。美味しくできてる。
イエラブ芋の持つ美味しさが水に溶け出してないからね。
底に入れた水に香りのする薬草を入れたり、一緒に違うものを蒸したりすると、香りとかがお芋に移って、また味が変わるかもしれないわ」
「なるほど、研究しがいがありそうだ。
この蒸すって調理法は、芋以外にも使えるんですかい?」
「うん。美味しくなる食材もあれば、イマイチな食材もあるだろうから、それも研究してほしいな」
「任せておいてくれ。他にはあるかい?」
「ん――バターなんだけど、こういう無塩バターもいいけど、少し塩を加えたバターだと、適度な塩気も増えてより美味しくなるかも?」
「……なるほど、塩入のバターか……」
「無塩と有塩――用途によって使い分けられるように、両方用意しておいてね」
「おう」
思いついたことを口にしておくと、シュガールが良い感じに研究してくれる。
なので、ショークリアは機嫌良く、ポンポンと思いついたことを口にする。
「ミローナちゃん、ガレットというのも食べましょう」
「ええ!」
その横で、あっという間にイエラブバターを食べきっていた女子二人が、次に移っていた。
「表面がカリカリで、だけど中がホクホクしてて、食感が楽しいわ」
「それに調味料は油くらいしか使ってないのに、一緒に焼いてあるベーコンの塩気がお芋に移ってて、すごい美味しい……」
二人が顔を綻ばせているのを見て、ショークリアは胸中でガッツポーズを作る。
作った料理をこういう顔をして食べてもらえるのはやはり嬉しいのだ。
「お嬢……どうしてこんなに芋へと味が移ってるんです?」
「ベーコンはそれ自体が味の濃い油としての役割があるんだ。
熱によってベーコンの持つ油は溶けて滲みでてくる。その油をお芋が吸うコトで、味がお芋に移っていくの。
ベーコンはベーコンで余分な油が抜けてカリカリになってお芋とは違う食感になるし、美味しいよね?」
「なるほどな……」
シュガールが難しい顔をしているのは、料理の理屈を色々と考えているからだろう。
口元は緩んでいるので、味は問題なさそうだ。
「どちらも平民の家にあるもんだし、確かに平民に好まれそうな料理だ。手間もそこまで掛からない……」
すでに思考は、これらの料理をどう盛りつけるかに移っているのだろう。
だが、ショークリアにとって、この二品は前菜だ。本命はもう一品あるのだ。
「あのね、シュガール」
「ん? なんです?」
「実は、もう一品作りたいのだけど」
そう口にすると、シュガールとシャッハは声を揃えて口にする。
『それで? 何をすればいいんです?』
二人の勢いに少し押され気味になりながらも、ショークリアは本命――芋餅を作るべく、二人への指示を出し始めた。
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