第41話 お茶するだけじゃないんだな


「お茶会の基本は、こうやってお茶と軽食を頂きながらおしゃべりするコトなのは、ショコラも知っての通りなのだけど」


 マスカフォネはそこで一口お茶を飲んでから、微笑む。


「ただそれだけではない場合もあるの」

「それだけではない場合?」


 ショークリアは母の言葉を鸚鵡返おうむがえししながら、こてりと首を傾げた。


「何をするか――というと、その時々の流行にもよるのだけれど」

「流行っている装飾品を見せっこしたりとか、ですか?」

「ええ。そういったコトもありますね」


 うなずくマスカフォネを見て、ショークリアは胸中で頭を抱える。


(まじかー……前世じゃあ流行りモンには疎かったからなー……)


 とはいえ、貴族というのは流行に乗っていること。あるいは誰よりも先の流行を知っていることが一種のステータスになるそうだ。

 だからこぞって流行りモノを追うし、流行りモノを楽しむのだという。


「殿方が多いお茶会ですと、お茶を飲みながら盤上戦棋イゲットアルタス嘘つき幽霊たちの虚棋ラエイル・トソーグなどの卓上遊戯などを興じるコトもありますね」

「卓上遊戯?」


 ショークリアが訊ねると、マスカフォネは困ったように天を仰ぐ。


「何と説明すれば良いかしら……?」


 それから頬に手を当ておっとりと、視線を護衛のサヴァーラへと向けた。


「サヴァーラ。少し良いかしら」

「はい。いかがなさいましたか?」

「何も知らないショコラに、イゲットアルタスやラエイル・トソーグなどの卓上遊戯を簡単に説明したいのだけれど……何か説明の仕方はあるかしら?」

「そうですね……」


 サヴァーラは少し考える素振りをしながら、カロマへと視線を向ける。

 カロマが小さくうなずいたのを確認してから、サヴァーラは答えた。


「伝わるかは分かりませんが、ある程度でよろしければ」

「では、お願いするわ」

「かしこまりました」


 普段のサヴァーラ以上に丁寧でキビキビとした動きをしながら、彼女はショークリアへと視線を向けた。


「では、僭越ながら私からご説明させて頂きます」

「お願いするわ」


 ショークリアがうなずくと、サヴァーラは説明をしてくれる。


「大きめのお盆くらいの板に、駒と呼ばれる騎士や術士、魔獣などを模した人形を複数設置して、定められた条件の中で交互に人形を動かし、勝利条件を目指す対人遊戯……と言っておわかりになりますか?」

「うん。なんとなく」

「板の大きさもそれなりにあり、テーブルの上で遊ぶコトが前提ですので卓上遊戯と言われております」

「ありがとう」


 お礼を告げると、サヴァーラは一礼して再び持ち場へと戻る。


 話を聞く限り、将棋やチェスのようなゲームのことだろう。


(玩具やゲームってのはねぇモンかと思ったが、なんか多少はありそうだな)


 俄然、興味が湧いてくる。

 殿方のお茶会で使われることが多い――マスカフォネはそう言っていた。

 それならば、兄ガノンナッシュや、父フォガード辺りに聞いてみると、自前のものを持っているかもしれない。


「あら? 卓上遊戯に興味が湧いたのかしら?」

「はい。ちょっと面白そうだな、って」

「そう。時折、女性でも嗜む方もいますからね。

 遊ぶ機会があり、楽しいと思えたのでしたら、楽しいと口にしても構いませんからね」

「はい!」


 ショークリアが元気よく返事をした時、護衛をしていたサヴァーラとカロマが驚いたような顔をする。


 それに気づいたマスカフォネは、二人へと問いかけた。


「あら? 護衛のお二人はずいぶんと驚いた顔をしていますが……発言しても構いませんので、どうなさったのか教えてくださる?」

「自分は、騎士団時代に嗜んでおりましたし、今も好んではいるのですが……それを口にすると、同僚たちからイゲットアルタスが強い女などけしからんと、将になって男を従えたいのか? 女なら自分たちに勝ちを譲れと、言われ続けたものですから」


 カロマが素直にそう口にすると、マスカフォネの片眉がピクリと動く。ショークリアも、わずかに目が据わった。

 主たちのその小さな変化に気づいたのは、ココアーナとミローナの従者親子だけだったようだが。


「自分も同様です。騙し合いの遊戯であるラエイル・トソーグが強い女など――何人の男を騙して、金をせしめて来たのだと言われたコトがあります」


 カロマに続いて口にするサヴァーラ。

 それを聞いたショークリアの口から、酷く低い声が漏れた。


「くだらねぇな、おい……」

「ショコラ。言葉遣いが乱れていますよ」

「……失礼しました、お母様」

「ですが、口汚くうめきたくなる心境は分かります」


 そうして、互いにうなずきあった後で、ショークリアが告げる。


「お母様。女子寮に、今のお話に出てきた卓上遊戯二種類を二つずつ配備したいのですが」

「許可します。装飾にこだわったようなモノではなく、平民向けの安価で装飾の少ないモノであれば、領地予算から出しても問題はないでしょう」


 マスカフォネもまた力強くそう返答した。


 それを聞いたショークリアは椅子から降りて、部屋を見回し、サヴァーラとカロマに、一度ずつ視線を合わせてから告げた。


「そんなワケですので、別邸にそれらが届きましたら、時間がある時にでも好きなだけ遊んでください。この領地では殿方より強くても何一つ問題はありません。

 卓上遊戯盤面上での文句は、その全てを卓上遊戯盤面上で語り合ってくださいませ」


 目を見開いて驚いていた護衛の二人は、より一層大きく見開いて硬直する。

 どうやら、展開についていけてないようだ。


 それでも構わない――と、ショークリアは思う。

 そのうち馴れてくれればいいのだ。


「お母様、女だから……男だから。あるいはそれ以外の、そのような言い回しで、他者の在り方を縛るもの。

 わたしは、可能な限りそれを廃したいと思いました」

「全ては難しいでしょう。ですが、他者の在り方を縛る物言いで、可能性の芽を摘み取るコトの愚かさは――ショコラ、貴方がこの領地で、女性を採用してみせたコトでフォガードを含むこの地の領民たちは気づいたはずです。

 そもそもフォガードは、平民だからという理由で才能ある料理人がその道を捨てなければならないのはおかしいと、シュガールを雇ったのだもの。きっと協力してくれるコトでしょう。

 ですので――やりましょうショコラ。私も手を貸します。

 我がキーチン領から、この国に蔓延る愚かな先入観と縛り付けを解消していきましょう」

「はいッ!」


 母の瞳も燃えていた。

 親子の様子に、ココアーナもミローナも、サヴァーラもカロマも、その心の奥に小さな炎が灯る。

 それは、本人たちも気づいていないほどの、小さな小さな炎ではあったのだが――


「それはそれとして、ショコラ。座り直しなさい。

 突然、席を立つのははしたないコトなのですよ」

「はーい」

「言葉は伸ばさない」

「はい」


 そうして、席へと戻りながら、ショークリアは前世のことを思い出しながら、決意するように、心の中で拳を握る。 


(そうだ……前世の俺みてぇのはたくさんだ。

 決めつけられて、その言い方を受け入れちまって自分自身もそれしかできなくて……。

 厳ちぃヤンキーが、タピオカドリンクに並んでもいいじゃねぇか。

 喧嘩にあけくれるような乱暴者が真面目に勉強したっていいじゃねぇか。

 幸いにして、今の俺は貧乏寄りとはいえ貴族だ。この領地はこれからデカくなってく可能性だってある。

 なら、こっからこの国のダセェとこ、無くしてくのだって出来るかもしれねぇしなッ!)


 席につくショークリアを見ながら、マスカフォネは小さく息を吐く。


 傭兵、冒険者――何でも屋ショルディナーと括られるような仕事の多くは下賤げせんだと見下されてはいる。

 だが……かつてマスカフォネが平民に扮して冒険者をしていた頃、魔術士としては一番充実していたのは確かだ。


 彼らは性別関係なく、自分の魔術を頼ってくれたのだから。

 何せ、判断を間違えば即座に黒の神殿へと招かれる状況も多い仕事だ。相手の実力と人格を信用できるのであれば、背中を預けるのにためらいはないのだろう。


 貴族ながら、最前線の戦場を駆け抜けていたフォガードも同様だろう。

 自分の命が自分だけのものではなくなり、互いに預け合わねばならぬ時、男だの女だのとは言ってはいられない。


(口にすれば過激と怒られそうですけれど、中央のぬるま湯に頭まで浸っている者が多くなりすぎているのでしょうね。

 それらを一度沸騰させるか冷やすかして、目を覚ましてもらう時が来たのかもしれません)


 ショークリアは恐らく起爆剤。あるいは火種。

 いずれ別の何かが、火をつけたかもしれないが――


(ショコラが大人になるのが楽しみね。どんな時代になるのかしら)


 少なくとも、ぬるま湯に浸っているだけの貴族にとっては過酷な時代になるだろうことは、予想できる。


「ショコラ。二人して少し熱くなってしまったわね。

 冷たいお茶とかどうかしら?」

「はい。いただきます」

「ココアーナ」

「かしこまりました。ご用意いたします」


 少しだけ熱くなった親子は、ココアーナの用意した冷たいお茶で気持ちを落ち着ける。

 以降は終始穏やかで和やかなおしゃべりをしながら、何事もなく閉会するのだった。


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