第40話 お袋とお茶会するぜ


 前世・地球の歴史について、ショークリアはあまり知らない。

 ただ似たようなものは、地球にも存在していた程度のことは知っているが。


 この世界スカーバの――もっと言うなら、ニーダング王国におけるお茶会の始まりというのは、だいぶ昔の貴族のお嬢様がキッカケだったらしい。


 食事と食事の合間。日本の感覚で言えば三時のおやつ時。

 そんな時間にお茶を飲む習慣は昔からあったそうだが、軽食やお菓子を食べる習慣も、人を呼んで楽しくやるという習慣もなく、ただお茶を飲む時間というだけだった。


 ところがある日、空腹を我慢できなくなった当時のそのお嬢様が、お茶に軽食を添えたのだという。

 それを大変気に入り、ついついやってしまうようになったのだが、罪悪感と背徳感を強く感じていたらしい。

 そこで彼女は、罪悪感と背徳感を紛らわす為に、友人を誘い共犯者を増やしたのが、今のお茶会の始まりと言われているそうだ。


 以降――飲むお茶は流行にあわせ姿を変え、軽食もただの軽食だけでなく甘いものを添えることも増えるなど、時代や流行に合わせ細々と変わってきてはいるものの、内容は大きく変わってはいない。


 一番大きく変わった点といえば、友人を誘う気軽な場だったお茶会に、多数のマナーが含まれたことくらいか。


 根幹の考え方には主催者も招待客も楽しむもの――というマナーがあるはずなのに、権力者の自慢会や、集まった人の数を見せつける人望自慢などの会になってる面もあることが、現在の問題らしい。


 ――などなど。

 ショークリアは、自身が色々と教えてもらったことを思いだしながら、サロンの椅子に腰をかけた。


(思い出せるのが歴史ばっかで、作法とかぜんぜん思い出せねぇんだけど……)


 本格的なお茶会をしましょう――母からそう言われたこともあって、必要以上に緊張しているのかもしれない。


「そこまで緊張しなくていいのよ。

 これまで教えてきたコトから大きく離れるようなコトはないのだから」


 対面に座るマスカフォネはそう微笑んで、自身のカップに口を付ける。


(えーっと、出された茶や食いモンは、必ず主催者が口にしてからだったな。逆に言やぁ、自分が主催ン時にゃ、そこは気にしねぇとって奴だ)


 それから、見たことのないパンらしきものにも口を付け、どうぞ――とこちらを促した。


「いただきますわ。お母様」


 カップの取っ手を右手で持ち、ソーサーを左手で持って持ち上げて、口元へと持って行く。


(そういや、前世のお袋も箸の持ち方とか五月蠅うるさく言われてたなぁ……。

 前世じゃ機会がなかったけど、こうやって誰かとメシ食ったりする時に馬鹿にされねぇようにするって意味があったんだろうな)


 こういう食べ方、飲み方などを教わっていると、特にそう思う。

 そして貴族というのはそういう些細なところをつついて嫌味を言ってくる人種なのだとも教えて貰っている以上、対抗策は完璧にこなすことだと、ショークリアは考えていた。


(お、美味ぇなこれ。どこの花を使った茶だ?)


 そんな感想を口にする為にも、言い方というのがあるのだと思い出し、ショークリアは口にする。


(親しくない相手には、『知らない』と直接口にしないんだったか。

 相手がお袋とはいえ練習なんだから、そっちの言い回しで……)


 カップとソーサーを置いてから、ショークリアはマスカフォネに微笑みかけながら告げた。


「とても美味しいです。覚えのある味ですが、どこか記憶と違うのですが……何か複数の茶花ちゃかを合わせているのですか?」


 ショークリア的には、自分のできる最大限の言い回しだ。

 それに対してマスカフォネが一瞬だけ目を見開いたのを見た。


(やべぇ、トチったか?)


 胸中に焦りが湧くが、周囲からは何も言われないので、そのまま行くことにする。


 一方でマスカフォネは、ブレンドという概念がまだないこの世界で、急に斬新なアイデアを出してきたショークリアに驚いていた。一瞬だけ目を見開いたのは、その為だ。


(複数の茶花を混ぜる……ッ!? そんな手法があるのね!? 今度試してみましょう!

 それはそれとして――今の言い回し的には、そこまで面識のない者向けの言葉の練習だとは思いますが……。

 美味しいという正直な感想に、混ぜ合わせるという斬新な手法を匂わせるコトで、対等――あるいは最先端は自分だと主張に成功しているわ。

 すごいわね、ショコラ。そんな手法をすでに身につけているなんて)


 一対一の時はもとより、これは複数人で参加している時に効果がありそうだ。その手法をアピールすることにより、自分へ興味を向けることができる。なかなかに有用な技だ。


「お口にあったようで何よりだわ。

 そちらの茶花は、アエト領でとれるアールトピーをつぼみのうちに収穫したもの――アールトピーの蕾茶というものなの」

「蕾のうちに収穫するものもあるのですね」


 感心したように返しつつ、ショークリアはもう一口飲む。


 通常のものと比べると立ち上る香りは薄いが、口に含んだ時に風味と甘みが膨らみ品よく広がるのだ。

 そして余韻を残したまま喉へと落ちていく――その感じがなんとも心地よかった。


「ところでショコラ。

 複数の茶花を混ぜるというのは、どういうコトかしら?」

「あら? あまり有名ではない手法ですのね」


 マスカフォネからの問いに、ショークリアは内心で――


(やべぇ!? ここだとブレンドって考え方なかったのかッ!?)


 などと、叫んで冷や汗をかいている。

 だが、表面上は努めて冷静にうなずいた。


「ブレンドと言いまして、複数の茶花を組み合わせ、一杯分の分量にするのですよ。

 茶花の組み合わせ、そしてその比率で、美味しくも不味くもなるので、こだわる人は自分なりの組み合わせを研究し続けるそうですわ」


 そう説明しながら、何かツッコミが入ったら、今回も本で読んだとゴリ押そうと、ショークリアは心に決める。


「そうなのですね。私も少し試してみようかしら」

「ええ、とても楽しいそうですので、試してみたら良いと思います。

 ただ――底なし沼のような世界だとも聞きます。こだわりすぎて抜け出せなくなったりしないように注意してくださいませ」


 前世のコーヒーマニアや、お茶マニアたちのことを思い出しながら、ショークリアは微笑む。


「あら、そうなのね。ならほどほどに楽しむコトにするわ」


 ショークリアに答えながら、マスカフォネは訝しむ。


(底なし沼……? お茶を混ぜ合わせるだけなのに……?)


 しかし、僅かな時間のあとで、マスカフォネはショークリアの言葉の意味にはたと気づいた。


(いえ、確かにそうだわ。

 美味しい組み合わせを探し出す――口にするのは簡単ですけど、同じ組み合わせでも比率を変えると風味が変わるのは間違いありません。

 しかも美味しいかどうかは飲んでみないと分からない。正解であれ失敗であれ、茶花は消費されてしまう……。

 好みのものにたどり着くには、膨大な組み合わせを飲み比べなければならない以上、茶花を買い込む必要も出てきてしまうものね。

 底なし沼とは言ったものね。ハマり込んでしまうと、制限ナシに茶花を買ってしまいそうだわ。

 そして、家のお金を使い込んでしまいかねない……)


 ショークリアに悪意はなかったのだろう。純粋に知っていたことを教えてくれているにすぎない。

 だが、茶花の沼地の意味に気づいたマスカフォネは戦慄する。


(自分はブレンドを楽しんでいるのだと匂わせれば、矜持ばかりの貴族たちはこぞって茶花のブレンドを始めるわ。

 そしてうっかり沼に落ちてしまえば、その矜持ゆえに破滅しかねない……。

 ショコラ……なんて恐ろしい話術なのかしら……)


 しかも、ショークリア本人はしっかりと警告を口にしている。つまり沼に落ちてしまったところで自己責任なのだ。

 狙っていなかったとしても、特定の貴族たちは勝手にハマって落ちぶれてしまいそうな一手だ。


(とはいえ、茶花の産地のアエト領と組んで流行らせるのも悪くなさそうね……)


 そこに、うまいこと自領のうまみを上乗せしたいところだが――

 マスカフォネが色々と思考を巡らせていると、ショークリアがお茶請けに手を伸ばしていた。


「こちらも頂きますね」

「ええ、どうぞ」


 ショークリアはマスカフォネがしたように右手で掴み、左手を添えて口元へと持って行く。


(お袋も手で食べてたから、こいつは手で食べていいんだよな)


 先ほどのマスカフォネの食べ方を思い出しながら、ショークリアはそれを口にした。


 小さくかじり付くと、その味にショークリアの瞳が輝く。


(お? こりゃ、前世で言うスコーンに似たヤツだな。どっしりした口当たりだが悪くねぇぞ)


 紅茶の味に似た花茶に、スコーンに似た焼き菓子。

 なんとなく、イギリスっぽいな――とショークリアは思う。ただのイメージでしかないのだが。


「お母様、こちらの焼き菓子はなんというお菓子なのですか?」

「こちらはクコーンナーブと言います。気に入りましたか?」

「はい!」


 うなずきながら、クコーンナーブから感じるアノ風味に、ショークリアは興味津々だった。


(どことなく牛乳に似た風味がするんだよな。

 牛乳そのものじゃなくても、似たような味に何かがあんのかもしれねぇ)


 それを使えば料理の幅が広がるかもしれない。


(それに、このクコーンナーブだってプレーンだけじゃなくて、ジャムやソースなんかを掛けて食ったら美味そうだしなッ!)


 その場合は手を使うと汚れてしまうかもしれないから、ナイフやフォークなどを使った食べ方を提案した方がいいかもしれない。


「ふふっ」


 考えるだけで楽しくなってきて、思わず笑みが漏れる。

 それを見ていたマスカフォネも何だか楽しくなってきた。


(あらあら。思わず笑ってしまうくらいに気に入ったのね。

 それにあの表情――何か思いついたのね……! ふふ、食べてる途中に思いついたのなら、新しい料理かしら? 楽しみだわ)


 しばらく、見守っていたマスカフォネだったが、ショークリアが半分くらい食べたところで、声を掛けた。


「ショコラ。食べてばかりではなく、おしゃべりもしましょう」

「あ! そうでした。すみません」


 慌ててクコーンナーブを置き、ミローナからハンカチを受け取り、口元を拭う。拭き終えたものはミローナへと返した。

 クコーンナーブを皿へと置く仕草も、口元を拭う仕草も、問題なさそうだ。


(ようやく緊張や気負いもなくなってきたようだし、もっと楽しいお話をしてもいいわよね)


 そうして、母娘のお茶会の時間はのんびりと過ぎていく――

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