第39話 お袋からお茶会に誘われたぜ


 今日はお茶会だ。

 ここ最近、淑女の嗜みからほど遠い出来事が多かった為か、マスカフォネから誘われたのだ。

 実際、昨日は心配もかけたし怒られもした。そう言われても仕方がないなとショークリアは思っている。


 加えて、サヴァーラとカロマが、マスカフォネとショークリアの護衛ができるかどうかの確認も兼ねているようだ。


「この手の仕事は久々ですが、問題なくできるかと」

「そうですね。容姿だけでなく実力を加味して見ていただけるというのでしたら、やる気もでます」


 元々、二人は結構な高位貴族の護衛をしている経験があるそうで、立ち振る舞い含めて何一つ問題なさそうだ。

 カロマに至っては口調までガラリと変わっているので、ショークリアは少し驚きはしたのだが――


「そりゃあ、普段の口調で貴族の社交場には出られませんからね……。

 護衛の粗相は主の粗相。奥様やお嬢様、ひいては領地の悪評の原因になるようなコトは致しません。

 それに――アタシは元貴族でもありますし、その場に応じて色んな顔や言葉遣いを使い分けるのは、クセみたいなものですよ」


 本人曰く、そういうものらしい。


「わたしもそういう風にできるようになった方がいいのよね?」

「無論です。

 とはいえ、お嬢様はある程度は出来ていらっしゃると思うので、より正確に使い分けられるようになれば良いかと」


 サヴァーラからは今でも出来てると言ってもらえたので、やる気がもっと沸いてきた。

 考えてみれば、前世ではこうやって面と向かった褒め言葉というのは、母親以外から向けられた記憶が少ない。


 小学校の最初の頃はいざ知らず、中学生以降は教師も周囲の大人にも諦められていたように思える。

 だからこそ、何を言おうと、何かしようと――『おまえには無理だ。お前じゃダメだ』と言われているようで、息苦しかったと記憶している。


「では、私は奥様の元へ向かいます。

 お茶会中は奥様の護衛に徹しますので、私に何か話しかけられる際には必ず奥様を通してください。

 自分以外の護衛や侍従に話しかける等なにかなさる際は、その主人を通さないと失礼に当たりますので」


 言い方は悪いが、護衛や従者は主人の所有物。そう考えれば、勝手に話しかけたり触ったりするのは良くないことだというのがわかりやすいだろうか。


 そう説明されると、ショークリアも何となく理解できる。


「わかったわ。

 わたしの護衛はカロマなのね」

「はい。よろしくお願いしますね」



 それから、ミローナが呼びに来くるのを待ってから、サロンへと向かう。


 その途中――


「あ、そうです。カロマ」

「なんでしょう?」


 ミローナがカロマへと申し訳なさそうにしつつ、告げる。


「奥様から許可を貰っていますので、お嬢様や私に粗相があった際にはその都度、指摘していただけると助かります。

 私もお嬢様も、身内とのお茶会以外の経験がありませんので、経験者の方に色々と教えていただきたいのです」

「構いませんが……お嬢様は、それでよろしいですか?」

「うん。わたしも教えてほしいかな。

 もちろん、カロマが良ければ……だけど」


 にこりと微笑みながらショークリアが言うと、カロマも明るく笑ってうなずいた。


「わかりました。アタシでよろしければ」

「よろしくね」

「では早速、一つよろしいですか?」

「うん」


 ショークリアがうなずくと、カロマが一度足を止めた。それにあわせて、ショークリアとミローナも足を止める。


「アタシはお嬢様との付き合いはまだ短いながら、ある程度の性格を存じ上げておりますので問題ありませんでしたが――お嬢様の先ほどの言い回し……『カロマが良ければ教えて欲しい』というのは、見知らぬ相手には使わぬようにした方が良いかと。特に目下の者相手に対してはおやめください」

「どうして?」

「お嬢様は相手に選択肢を与えたいと思っているのかもしれませんが、目上の者からそのようなコトを言われた場合――それこそ、先のようにお嬢様からアタシへの『君がやりたいと思ったらよろしく』と言うのは、目下の者つまりアタシからすれば『やります』以外の返答は非常に難しいのです。

 まだ貴族同士であれば断る為の返答の仕方などはあります……ですが、相手が庶民となると、もはやその言い回しは強制になってしまうのでお気をつけください。

 お嬢様の意図がどうであれ、『良いと言って引き受けろ』というような命令として受け取ってしまう――というのが正しいかもしれませんが」

「……そっか。ちょっと難しいけど、そういうしゃべり方もちゃんと覚えないとだね」


 難しい顔をしてうなずくショークリアと、横で一緒に真面目な顔をしているミローナの姿を、カロマは微笑ましく見守る。


 二人ともまだまだ幼いながらも勤勉で吸収力も高い。

 こうやって教えれば、すぐに理解して実戦するようになるだろうと思うと、カロマは教えることそのものが楽しいとも感じてしまうのだ。


 ちなみに、今の例の場合『良いと思ったら引き受けて欲しい』と言っていたという証明が出来るのであれば、『良いと思わないからヤダ』と断るという手法も存在はする。

 ただ、その辺りは貴族や商人たちの駆け引きと呼ばれるものだ。

 今の二人にはまだ早いだろうから、敢えて教えることはない。


(それでも、お嬢様やミローナちゃんは問題なく使えそうなのよね。

 本当に、お嬢様は大きくなったらどのようなコトをしてくれるのかしらねぇ……)


 そんな期待するカロマとは裏腹に、ショークリアは内心で口元をひきつらせていた。


(うおー……まじか。クッソ面倒くせぇぞ……。

 でもまぁ日本とは違ぇんだもんな……こういうトコは気を付けねぇといけねぇんだろうな……)


 どうしても前世の記憶や常識を前提に考えてしまうところがある。

 とはいえ、まだこの世界での生活は五年――もうすぐ六年程度だ。


(……って、まだ六年か。前世で考えりゃまだ小坊になるかどうかって歳だ。

 ま、慌てずゆっくり覚えていきゃいいか。十二歳のデビュタントとかいうやつまでにマスターしときゃ、なんとかなんだろ)


 面倒だと思ったのも束の間、まだ人生五年目だと気づいたショークリアは、わりとあっけらかんとした思考に切り替わる。

 前世と違って、表だって勉強しても、『お前みたいなヤンキーが真面目に勉強してどうする』――などと馬鹿にされるようなことはない。


(こうやって色々と教えて貰える機会も多いんだから、ありがたがらねぇとな)


 よし――と小さくうなずいて、ショークリアは顔をあげる。


「色々と難しいコト多そうだけど、ミロも一緒に覚えていこうね」

「はいッ!」


 カロマは二人の仲睦まじい様子に和みつつも、内心で少しだけ不安を覚えた。


(幼い頃から付き合いのある仲の良い主従って、時と場合の線引きがヘタだと無理矢理にでも引き剥がされたりするけど、二人は大丈夫かしら……?)


 ミローナの仕事ぶりをあまり知らないカロマは、少ししてその認識を改めることになる。


「さて、いつまでもお話しをしてお母様を待たせるわけにはいかないよね。二人とも行こう!」


 ショークリアの言葉に二人はうなずいて、廊下を歩き出す。


「ここからはまたちゃんとお仕事しないと」


 主であるショークリアの斜め後ろを歩きながら、ミローナはそう口の中で小さく独りごちる。


 カロマからの指摘の際には、ミローナ個人に戻ってあれこれ考えてしまったが、ショークリアとともに廊下を歩くのであれば自分は従者だ。


 何より、今日のお茶会ではマスカフォネと母ココアーナから、様々な点を見られることだろう。


 ショークリア共々、それを乗り越えなければならない。


 気を改めて背筋を伸ばすミローナ。

 それを横で見ていたカロマは、ミローナの評価を改める。


(雰囲気が変わったわねぇ、ミローナちゃん。

 これは、ヘタな侍従よりよっぽど侍従してる顔じゃない)


 ミローナであれば、主従と友人の線引きを見誤るようなことはないだろう。何よりショークリアもまた、従者のがんばりを理解できる子だ。ミローナが意識を切り替えている時に泥をかけるような無茶はしないことだろう。


(ほんと、面白いところにこれたって感じちゃうわ。

 お姉さん、二人の成長を可能な限り見守りたくなっちゃう)


 そういえば、かつて自分が仕えた女性の子も、ショークリアと同じ年回りだった気がする。


(お嬢様が学園へ入学する時、二人は出会ったりするのかな?

 そうなったらどうなるのか……ちょっと気になっちゃうわ)


 一歩引いたところから子供を見守るお姉ちゃん――そんな立場も悪くないな……などと、カロマは思いながら、それをおくびにも出さず、二人の護衛を続けるのだった。

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