第二部 転生幼女ショコラの日常

第38話 素直にオレらが悪ぃな、これは


 ダイリ褐色地から帰還し、健康診断も終わったショークリアは、フォガードに誘われて、真剣を使った模擬戦をやっていた。

 模擬戦なので好きなように構えて良いと言われているので、フォガードの前で逆手持ちを初お披露目だ。


「せいッ!」


 右手で逆手に握った剣をショークリアは逆袈裟に振り上げる。

 剣の重みによる遠心力で身体が捻れるがそれに逆らうことなく地面を蹴って、そのまま飛び回し蹴りを放った。

 そのまま、なおも勢いは殺さず、空中で一回転して、剣を上から振り下ろす。


燕蓮旋舞ヒレンセンブッ!」


 彩技アーツを用いた、流れるような連撃。

 それを捌いてから、フォガードは己の剣の切っ先に炎を灯して袈裟懸けに振り下ろす。


 その勢いのまま地面を蹴って前転するような浴びせ蹴りを繰り出し、続けざまに振り下ろしを繰り出した。


燕炎旋舞ヒエンセンブッ!」


 ショークリアが使った技に赤属性を付与してやり返してきたフォガード。

 先にショークリアが使ったものと異なり、炎を纏っているこの技は、受け止めただけでは、そこから放たれる熱にやられてしまう。


 故に、ショークリアはハナから受け止める気などなく、それを横に跳んで躱して、反撃に転じる。


 左の拳に魔力カラーを集めて、踏み込みながら虹色の帯を引くストレートパンチを繰り出す。


 技の隙を狙うようなショークリアの拳を、それでもフォガードは左腕で受け止める。

 だが、ショークリアの技は、ただ拳打を放つ技ではなかった。


 拳を受け止められる距離ということは、そこは剣が届く距離でもある。


虹乱麗風コウランレイブッ!」


 ショークリアは拳を受け止められた瞬間に、魔力を込めた剣を思い切り振り上げた。

 振り上げる剣とともに、虹色の衝撃波が間欠泉のように噴出する。


 並の相手ならこれで決まってもおかしくないのだが、相手は炎剣の貴公子と呼ばれる英雄だ。


 その虹色の間欠泉の中から手を伸ばしてくるぐらいのことはやってくる。


(いやいやいやいや……ッ!? いくらオヤジでもそれは……ッ!!)


 その魔力の壁から伸びてきた父の腕は、驚愕するショークリアの胸ぐらをしっかりと掴んだ。


(マジかよ……ッ!!)


 ふりほどこうともがくが、ショークリアを掴む腕から炎が吹き出す。


「熱ッ……」


 その瞬間、ふりほどこうとする力が霧散する。

 改めてふりほどこうとするが、もう手遅れだった。


 胸ぐらを掴むフォガードの手が、灼熱色に染まっていく。


(ちょッ、ま……ッ!? 模擬戦だぞッ、オヤジ……ッ!!!)


 胸中でショークリアが毒づいてから間もなく、胸ぐらを掴んでいた腕が爆発し、真上に向かって炎を噴出する。


「あ、ぐ……ッ!」


 その爆風に焼かれながら、ショークリアは宙を舞う。


「父上ッ! さすがにそれは……ッ!!」


 見学していたガノンナッシュの声が響くが、ショークリアはそれどころではない。


 フォガードは腰だめに剣を構えている。

 その剣の切っ先には小さな炎が灯っている。


 見た目は灯火のような炎だが、それが宿す魔力の量は、見た目とは比べものにならないほど大きい。


(ここからあの炎剣で追撃する技か……。追撃が本命だよな……?

 むざむざ、負けるのも癪だが……どーする?)


 朦朧とした意識で空中を舞う中、それでも一矢報いる手段を考えて、ショークリアは思考を巡らせる。


(……空中での姿勢制御……ロボのイメージか……)


 ぼんやりとした視界の先にあるのは間違いなく青空。

 今この瞬間、自分は空中で仰向けになっている。


(ならッ、よォ――……ッ!!)


 カカトとアキレス腱から魔力を噴出するイメージ。足を天に、頭を地に向けた姿勢から、首を動かしフォガードへと顔を向ける。


 逆手に持った剣に魔力を込めながら振りかぶりフォガードに向けて投げつけた。


「行っけぇぇぇぇ――……ッ!!」


 それに対して、フォガードは慌てず騒がず、構えていた技を放つ。


炎剣えんけん――蛇薙灼光覇ジャテイシャッコウハァァァ――……ッッ!」


 踏み込みから、剣を振り抜く。同時に炎は爆発するように巨大化した。

 ショークリアは大地を薙ぎ払うようなフォガードの炎に飲み込まれる。


 だが――その投げつけた剣はフォガードの左肩を捉えていた。



 ……

 …………

 …………………



 そんな激闘ともいえる模擬戦から数時間後――


「フォガード。ショコラ。私が何故、このようにまなじりを吊り上げているのか、理解できているかしら?」


 フォガードとショークリアの二人は、マスカフォネの部屋で正座をしていた。


 ちなみに、この世界に正座はない。

 以前、ショークリアがマスカフォネに話をしたことがあっただけだ。


 椅子のない国での正しい座り方であると同時に、荒れ地や砂利の上などでやらせることで反省を促したり、膝に重りを乗せて拷問に使ったりもすると、余計なことを言った記憶もある。


 ともあれ――フォガードとショークリアは正座させられている。

 下は絨毯だし、重りも乗せられてはいないが、馴れないフォガードは、すでにシンドそうだ。


「【白き祝福の軟霊膏なんれいこう】【緑の加護の神薬液しんやくえき】。それぞれが、いくらするか、お二人はご存じかと思うのですが?」


 思わずフォガードが目を逸らす。

 その頬を、氷で作られたニードルが掠めていった。


 マスカフォネが魔術で作り出したものだ。


「貴方……。

 真に反省すべきは、フォガード。貴方なのですよ?」

「はい……」


 炎剣えんけん蛇薙灼光覇ジャテイシャッコウハ

 あの技に関する攻防が、あの模擬戦の最後の攻防でもあった。


 本来、防御に回すべき魔力の全てを剣に込めてぶん投げたショークリアは、あの炎に全身を焼かれ、ひどい大火傷を負ったのだ。

 そこで、緑の加護の神薬液しんやくえきをたっぷり入れた水風呂の中へと放り込まれた。


 しばらくそこに浸けられてたことで、すぐに完治はした。

 さすがはファンタジーな世界だ――などと暢気な感想を抱いたショークリアだったが、治療に使われた緑の加護の神薬液しんやくえきというのは、前世でいうミニペットボトル一本分くらいで、女性戦士の給料四ヶ月分するらしい。


 ちなみに、ショークリアが放り込まれたバスタブには、三本くらい使われたそうである。

 金額と使われた量を聞いた時、さすがのショークリアも青ざめた。


 ふつうは可能な限り薄めて、直接飲んだり傷口に振りかけて使うものだそうだが、そのくらいショークリアの火傷はやばかったということだろう。


 白き祝福の軟霊膏なんれいこうも同様だ。

 神薬液しんやくえきより、もっと効果が高いものだが、名前の通り軟膏であるが故に、口にすることはできない。


 こちらは傷やアザなどに直接塗って使うものだ。

 たちどころに悪い場所を治してくれるのだが、それも傷やアザの状態にもよる。

 前世でいうコンタクトレンズケースくらいの小さく丸い容器いっぱいで、女性戦士の給料一年分とちょっとの価格らしい。


 なお、フォガードの肩はショークリアの投げた剣で完全に破壊されていたそうなので、ガッツリと塗り込み、完治させたそうだが――軟膏は容器の全部を使うハメになったそうである。


(……いや、うん。これはオレたちが悪い……素直に反省だ……)


 元を正すと大人げなく本気を出してきたフォガードのせいな気がしなくもないが、最後に一矢報いようと剣を投げたのは自分だ。


「申し訳ございませんお母様。

 つい、熱が入ってしまい模擬戦であるコトを忘れてしまいました」

「そうね。

 まぁ、本来は模擬戦で本気になろうとここまで大事にはならないのでしょうけれど……貴女の本気は周囲の危険だと、理解するようになさい」

「はい」


 どうやら、自分は世間一般よりも高い戦闘力を有しているらしい。


(気をつけねぇとな)


 素直に反省していると、マスカフォネは小さく笑う。


「ショークリア。セイザを止めて、退室していいわ。

 貴女は充分反省しているようですし、自分の強さを正しく理解してくれたのであれば問題はないので。

 問題はあるのは――こっち」


 マスカフォネはギロリと音がするような眼光をフォガードに向ける。


「どこのお馬鹿なのでしょうか。

 模擬戦で熱を入れすぎて、実の娘に大火傷を負わすようないくさ馬鹿は」

「それは、えーっと……実戦を経験したショコラが想定外に強くなってたものだから、つい……」

であのような大技を使ったのですね?」

「いや、あの、えーっと……」


 そんな二人を横目に、ショークリアは立ち上がる。

 マスカフォネはショークリアに微笑みかけうなずくと、すぐに怒りの形相をフォガードに向けた。


(なんか器用に表情変えてるな……)


 ともあれ、退室の許可は得たので、ショークリアは素直にマスカフォネの部屋を出る。


 そして、外で待っていたのは――


「ショコラ」

「あ、ミロ。お待たせ」

「お待たせ――じゃ、ないッ!!」


 涙目で怒るミローナだ。

 褐色地から帰ってきた時と同じくらいの怒りを感じる。


「舌の根が乾かないうちに、なんでこんな危険なコトしてるのッ!?」

「えーっと……あの……それは……」


(やべぇ、また説教コースだ……)


 ショークリアは思わず助けを求めるように周囲を見回すが――侍従の男女問わず、素直に怒られてください……という圧力が返ってくるだけだった。


(まぁ、今回は間違いなくオレが悪ぃ……素直に怒られるか……)


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