第34話 大きな棘塊の木の下で

サブタイの「棘塊」は「きょかい」とでも読んでください

……「きょくかい」の方が読み方的には正しい気はしますが、語感優先でw


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 少し歩くと、モーランが全員に向かって告げた。


「この先に、この森特有の危険な樹が群生してるので、気をつけてくれ」

「ちゃんとした名前があるのかもしれないスけど、オレらは災いエニプス・の棘塊イティマレクって呼んでるんでさぁ」

災いエニプス・の棘塊イティマレク?」


 聞き返しながら、ショークリアは首を傾げる。

 なんとも物騒な名前だ。ファンタジーな世界特有のやばい樹なのだろうか。


「別に魔獣ってわけではないんですが……。

 単に棘の塊のような硬い実を付けているだけで、樹に強い衝撃を与えると頭上から握り拳大のそれが降ってくる」

「褐色熊と戦闘中、思い切り樹を殴られて酷い目に遭ったもんでしてね」


 女性陣は状況を想像して、思わず苦笑が漏れる。

 それは確かに大変そうだ。


「でもそれだけでそんな物騒な名前を付けたわけではないのでしょ?」

「まぁな」


 カロマに問われて、チラリとモーランはクグーロを一瞥してからうなずく。

 それを見て、ショークリアもクグーロに視線を向けた。


「……クグーロ、何をやらかしたの?」

「やらかしたって言い方は正しくねぇでさぁ……。

 褐色地で焚き火をした時、思いつきで災いエニプス・の棘塊イティマレクを火の中に放り込んでみたんですがね……。

 良い香りがしてきたと思いきや、バチンバチンと音を立てて破裂し始めたんでさぁ……。

 結構な数を焚き火に放り込んだせいで、硬い棘が焚き火の中から四方八方に飛び散って偉い目にあったんですわ」

「焚き火の近くにあった木はサボテンのようになっていたぞ……」


 遠い目をして補足するモーランに、サヴァーラとカロマは同情的な視線を向ける。

 知らなかったとはいえ、やらかしなのは間違いないだろう。


 その話を聞きながら、ショークリアは別のことを考えていた。

 クグーロの話を聞けば聞くほどに、どうも前世のとある木の実が脳裏によぎるのだ。


「もしかして……災いエニプス・の棘塊イティマレクって栗のコトなのかしら?」


 思わず口から漏れた言葉に、モーランがどこか疲れたような目を向ける。


「嬢の知識がどうなってるのか知らないんですがね……。

 そのクリって木だった場合、どうするつもりで?」

「食べる」


 即答すると、四人から一斉に「それは、本気で言っているのか?」みたいな眼差しを向けられた。


「火に掛けると破裂するんですぜ?」

「本当に栗だったなら、破裂しない方法があるのよ?」

「ふむ……まぁ確かに焼けた香りは、甘い良い香りでしたけど……」


 甘い――という言葉に反応して、サヴァーラとカロマはどこか期待したような光を瞳に灯す。


「お嬢様、試食の際は」

「是非、我らに」

「いいけど、本当に栗だったらね?」


 そんな念押しをしながら、ショークリアはふと思う。


(この褐色地って森は、森の中の色味が全部褐色なせいでどうしても見落としちまいそうになるが……もしかしなくても食料の宝庫なんじゃねーのか?)


 王国全土を賄えと言われると無理だろうが、この土地でしか食べられない褐色種の肉や野菜などであれば、話題にすることもできるだろう。


(味が良ければ、客を呼び込めるだろうな……。

 観光客が増えりゃ、金を落としてってくれるだろうから、領地が潤う……か。

 そこまで単純な話じゃねーだろうけど、考える余地はありそうだ)


 加えて、褐色種の肉や野菜の味が良ければ、なお良いだろう。

 希少な高級品種ともなれば、貴族や富豪の御用達となり、値が上がれば稼ぎにもなる。


「……ふむ。相談してみようか」


 思わず独りごちると、それを聞いていたらしいサヴァーラが首を傾げた。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「うん、まぁ……」


 サヴァーラの問いにうなずいてから、ショークリアはみんなに聞かせるように答える。


 栗も食べれる品種だった場合の、この森の有用性。

 そして、褐色種の肉などが美味しい場合の売り出し方などの話をしてみた。


 すると、クグーロ以外の三人はかなり真面目な顔をして、考え始める。


「王国の食料庫という方向ではなく、高級食材の採取地という方向で領地を運営する訳ですね。悪くない発想かと」


 モーランがうなずくと、カロマがそれに続く。


「有名になると、この森に密漁しに来る人もいるだろうけど、そもそも近辺で一番弱い魔獣がシャインバルーンだもの。

 舐めた準備じゃあ、魔獣たちから返り討ち――それに、しっかり準備してくるなら、密漁あるいは領地の侵略を指摘して戦士団で捕らえるコトができる。意外と良い案かもしれないわ」


 さらにはサヴァーラも、あとに続いた。


「それに、希少性を全面に押し出せば、上からの無茶ぶりも多少は跳ね退けられそうですね。

 その為には輸送の方法なども考える必要が出てきてしまいそうですが……」


 四人が真面目な相談をはじめた中で、クグーロだけは周囲を警戒する。

 商売や政治などには疎いので、彼は敢えて輪の中には入らない。


 それでも四人の様子から、かなり楽しいことが起こりそうだという予感だけはあった。




「ごめんなさい、クグーロ。

 みんなでちょっと話し込んじゃった」

「いえ。お嬢たちが楽しそうでしたし……何より、停滞を感じていた領地の状況が改善されそうな話だったんで、構いやしませんよ」


 そんな軽いやりとりの後で、五人はさらに奥へと進み出す。


 ある程度、進んだところで先頭を歩くクグーロが後続のみんなを手で制した。


災いエニプス・の棘塊イティマレクの木が増えてきた。頭上注意だ」


 言われて頭上に視線を巡らせれば、確かにイガイガした球体の実った木がある。


「……たぶん、栗……な気がするけど……」


 前世の記憶にあるものよりも一回り大きい。


「とりあえず、熟してそうなのを見て……見て……どれが熟してるんだろう……」


 本当に栗かどうかを確かめてみたいものの、ちょっと困る理由があった。


「見分け方が分からないんですか?」

「……わたしの知ってる栗は、とげとげが緑色のものが若くて熟すにつれて茶色になってくから……」

「あー……」


 全員が、ショークリアの困っている理由を理解した。

 実っているのも、落ちて地面に転がっているのも、全てが褐色なのだ。


「新鮮であれば若くても多少は食べれたはずだから……」

「お任せあれ」


 全てを言い終える前に、モーランはシュタタタタっと木を幹を駆けるように上っていき、ささっと災いエニプス・の棘塊イティマレクの実を採ると、飛び降りてくる。


「お待たせしました」

「モーラン、すごいね」


 地面に置いて構わないと告げると、モーランは安堵するように、下へと置く。やせ我慢して手で持っていたのかもしれない。


「手は大丈夫?」

「ええ。力を入れすぎなければ刺さるほどではないようです」


 手のひらを見せて平気だとアピールするモーランにうなずき、ショークリアは、腰につけている剣を鞘のまま手に取る。


 それでつつくように災いエニプス・の棘塊イティマレクの実を回し、トゲの生え際のような、人間の頭でいうのようなところ――芯を見つけだす。


 芯に鞘の先を当てて、斜めに軽く力を込める。

 軽い手応えを感じたら角度をずらして同じように。

 数度繰り返すと、イガである外皮が開き、中の実が顔を出す。


「できた」


 イガで手を傷つけないように、皮の内側へと手を滑り込ませ左右に力を入れるとさらに口が大きくなる。

 そこから、見慣れた三角形に近い実を数個取り出した。


「うん。種が取れた」


 余談だが、前世などで当たり前のように口へと放り込んでいたこの可食部の正体は実ではなく、栗の種である。


「そのトゲトゲした皮は種を守ってたんですね」

「そう。そして、わたしの知ってる栗と同じモノなら、この種は食べられるの」


 再びモーランからナイフを借りて切り込みを入れ、皮を取り、爪を使って渋皮を取り除く。

 想定よりもするすると渋皮が向けたのは、少しばかりの感動があった。


「中の実は白いんだ」

「お嬢様、味見は一蓮托生で」

「う、うん。わかった」


 カロマとサヴァーラの迫力に圧されつつ、可食部をざっくりと三等分に切り分けた。


「はい」

「ありがとう存じます」

「恐れ入ります」


 コリコリ、カリカリ。

 火を通したものと比べると、かなり硬い。


 それをかみ続けていると、栗特有の甘みと香りがゆっくりと広がっていく。

 しかも、前世の記憶と比べると、明らかにこちらの方が味は上だ。


「甘い、ですッ!」

「ああ――香りも良いなッ!」

「うん。美味しい美味しい」


 三人が黙々と栗を噛み続けていると、気になってきたのか、クグーロが地面に落ちてる災いエニプス・の棘塊イティマレクを拾ってきた。


「お嬢。どうやって剥くんです?」

「もぐもぐ。よく見ると、イガの付き方が違う場所があるの。そこを棒や板で押さえてみて。

 もぐもぐ。あるいは。もぐもぐ。そこに刃物を入れて――中の種を傷つけないように、ちょっと切って……もぐもぐ。切り目から左右に開いたりするの。

 あ、種の中に虫がいたりするから気をつけて」


 どんどん甘みが強くなってきて、途中からはクグーロと話すよりも、災いエニプス・の棘塊イティマレクの種を噛んでいたくなる。


「できた。

 ……それで、ここから……」

「もぐもぐもぐもぐ」


 女性陣は噛むのに夢中で、クグーロを気にしなくなっている。


「嬢は、こちらの平らな面に少し切り込みを入れて、剥いていた」

「モーランさん!」

「さらに中には薄皮があって……これもナイフと爪を使って器用に剥いていたが……」

「お嬢ほど綺麗にはできませんでしたけど、白くできましたでさぁ」


 それを半分にカットして、モーランと分け合うと、クグーロも口の中へと放り込む。


「ほうほう。なるほど。渋みとエグみが多少あるものの……これは……うん。これは……もぐもぐもぐもぐ」

「噛むほどに香りと甘みが……なるほど。これはもぐもぐもぐ、沈黙してしまうな……もぐもぐもぐ」


 渋みとエグみがあるのは、恐らく取り除きそびれた薄皮の味だろうと、モーランは考える。


 それはそれとして――


 このまましばらく、五人が災いエニプス・の棘塊イティマレクの種を噛み続ける音が森に響きわたるのだった。


 コリコリコリコリ。

  カリカリカリカリ。

   もぐもぐもぐもぐ。


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※作者注※

地球でも栗の生食は可能っちゃ可能です。でも食べるのは自己責任で。


生で食べるなら新鮮なヤマグリ。熟す少し前の黄緑色でトゲの大きい奴がいいって話。


ただし、アレルギーに注意。

焼き栗・茹で栗などの火を通したモノが平気でも、生で食べるとアレルギーが出ちゃう人もいるらしいから自己責任で。


ついでに、虫には気をつけて。

虫食いのモノに関しては、生で食べるのはよろしくないらしいので。


何はともあれ実際ヤルなら自己責任でよろしくです。

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