第33話 褐色の森でぇ黄色いアレにぃ出会ったぁ


 褐色ウサギに遭遇した以降は、特に魔獣と遭遇することもなく、一行は奥へと進んでいった。


「ふと視界に入る虫や花でさえ褐色で、ちょっと色彩感覚が狂っちゃいそう」

「実際、この森を探索した後で外にでると、少しフラつくコトがありますよ」


 ショークリアがこぼした言葉に、モーランが肩を竦める。


 褐色以外の色彩を持っているのは自分たちだけなのだ。

 多少の濃淡、僅かな黒や白程度ならあるものの、本当にそれだけだ。


(昔の携帯ゲーム機の世界とかこんな感じなのかもな)


 当時のゲームのアーカイブをダウンロードして遊んだ記憶を思いだしながら、ショークリアが周囲を見渡す。


「この森の調査とかはしたの?」

「そこまでしっかりとは……何かあります?」

「んー……全部が同じ色でちゃんと把握できないけど、色々ありそうかなぁって」


 実際、前世で見覚えある形状の葉や花がある。

 異世界ゆえに同じ植物だとは限らないが、確認してみたくなった。


「お?」


 褐色地の奥地へと足を進めながら周囲を見渡していると、思わず声が漏れるほど、見つけて嬉しい花を見つけた。


 ふらふらと、その花の元へと近寄っていく。


 大きく縦長で内向きに少し丸まっている葉。その葉っぱの葉柄ようへいは長くほぼ茎と一体化しているようで、托葉たくようと一緒に地面から出ているように見える。


 そんな葉に囲まれた中央付近には、花にも見える抱葉ほうようが連なったものがあった。


 一番背の高い葉は、モーランやクグーロのような成人男性近くにまでのぼり、それらに囲まれた抱葉ですらショークリアの身長よりも高い――背の低い成人女性くらいの高さの植物だ。


(……この葉や花の形……褐色になっちまっているが、恐らくはショウガ系だよな。秋ウコンターメリックだとありがてぇんだが……)


 托葉から花が溢れるように咲いてはないので、ショウガよりもウコンに近い種だとは思うが、どうにも判断が付かない。

 それに、一番重要である根っこを収穫しようにも、収穫時期は地上の花や葉が枯れてからだ。


「お嬢様、その花が何か?」

「うーん……もしかしたら食用にも薬用にもなるモノかもなんだけど、色が褐色なせいで、判断が難しくて……」


 サヴァーラの問いにそう答えると、彼女も納得したようにうなずいた。


(地球のターメリックに近いモンならありがたいんだよな。アレにあの色を付けるにゃ、必須だしよ)


 それに、毎日の食卓で気が付いたことが最近あったのだ。

 エッツァプの塩気が落ち着いてから、その中に入っている種のようなモノの正体が分かったのだが、クミンに近いもののようなのだ。


 だからこそ、ショークリアはターメリックを欲している。


(クミンにターメリック……この二つが確実に手に入るなら、本格的にアレを作る希望が見えるんだが)


「お嬢、そんな重要な植物なんスかい?」

「重要よッ! 個人的には、これを含めた複数のスパイスを組み合わせた複雑な料理を作りたいと思ってるんだからッ!」


 クグーロの言葉に、胸を張って答える。


「完成した暁には、この領地の特産料理になるコト請け合いだからねッ!」


 上手く完成したならば、色んな人を魅了することだろう。そのくらいアレの味には自信がある。


「胸は張るのはいいが、嬢。

 まだそれが探している植物かどうかは分からないのだろう?」

「……うん、まぁ……」

「収穫すればいいのではないのです?」


 カロマの問いに、ショークリアは首を横に振った。


「基本的には地上部分が枯れてから根っこを収穫する植物だから」


 そう答えると、クグーロが目を瞬き、ショークリアが立っているすぐそばの別の植物を指した。


「そっちは違うんですかい?」

「え?」


 言われて、そちらを見れば確かに枯れたものがある。


「嬢、収穫の仕方を教えてください。自分がとりましょう」

「お芋みたいな太めの根が出てくると思うから、周囲を掘ってゆっくり引き抜いて貰っていい?」

「了解です」


 簡単な指示だけなのに、ささっと完璧な仕事をしてくれるモーランも、なかなか優秀な人だ。


「上の葉っぱや花は切っちゃっていいわ」

「はい」


 邪魔な枯れ葉を切り取って、握れる程度に残す。

 それから周囲の土を、根を傷つけずように手早く丁寧に掘っていき、ゆっくりと引き抜く。


 出てきたのは、奇妙な形の塊とそこから無数に延びる細い根の集まり。


「これでいいですか?」

「ありがとう。それと、ナイフとかある?」

「これを」

「うん。ありがとう」


 果物ナイフのようなものをモーランから受け取って、邪魔な葉や細い根を払っていく。

 そうしてようやく、ショークリアにとって見覚えのある形になった。


 細かい根を切り落とした時に仄かに漂ってきた香りは間違いなくターメリックのものだ。


「切っちゃうと保存は利かなくなっちゃうけど……」


 中身を確認するのは大事なことだ。

 ナイフで半分に切ると、その断面は黄金に輝いている。


「うわ……想定よりもずっとすごい色……」


 前世では金に近い黄色だったのだが、これは本当に金色に見えるのだ。


「すっげー……お嬢、よくそれを食べれるって知ってましたね?」

「ふつうはそのまま食べるものでもないのだけれど……」


 クグーロの感想にそう返しつつ、舌をチロっと出して断面を舐めた。

 そして、思わず顔をしかめる。


「お嬢様?」

「……覚悟してたけど、苦いわ。しかも辛みもある……」

「毒が?」


 慌てた様子のみんなに問題ないと首を横に振る。


「でも、求めてた味なのは確かだよ。

 これはね。塩花トルースみたいに乾燥させ、砕いたりすりつぶしたりして使うのがメインだから」


(そういや、前世のお袋が新鮮な奴を酒に漬け込んでたな……。

 でも梅酒と同じでホワイトリカーに氷砂糖みてぇのいっぱいでやったからなぁ……ターメリック酒をオヤジに作ってやりたかったが、今の手札でやるには、ちと難しいか)


 ほかの方法もあるかもしれないので、ちゃんと収穫したら色々と試してみるとしよう。

 ともあれ、この褐色地にくればターメリックが手に入るのは分かった。それが一番の収穫だ。


 切って舐めたものをそのまま持ち運ぶつもりもないので、掘り起こしたあたりへと放り投げる。

 食べ物を無駄にするのは良くないとは思うが、だからと言って持って歩いても邪魔になるだけだ。ここは仕方ないと割り切って投げ捨てる。


「今度ちゃんと採りに来ようっと」

「そうしてくれると助かります。ともあれ、嬢が欲しいものだったのは幸いですね。

 そういえば、なんて植物なんです?」

「えーっと……」


 少しだけ悩んで、ショークリアはその植物の名前を口にする。


「わたしが読んだ本にはターメリックって書いてあったかな」

「ターメリック、ですね。帰ったあとで旦那に報告しても?」

「うん」


 うなずいて、ショークリアは周囲を見渡す。

 自分のせいでみんなの足止めをしてしまったのはよろしくなかった。


「この森は探せばもっと色々ありそうだけど……まずは秋魔しゅうまの視察を続けないとね。余計なコトをしちゃってごめんなさい」


 もしかしたら、この森で必要なスパイスが全部揃うかもしれない――そんなことを思いながらも、ショークリアは一礼して、先へ進むことにした。





 この褐色地に咲く花の一つを見て、お嬢様がふらふらと近づいていくのを慌てて追いかけたサヴァーラ。


 そこからのお嬢様の行動は子供らしさと子供らしくなさが同居した奇妙なものだった。

 植物を見つめる姿は好奇心旺盛な子供にも見えたのだが、その花がどうかしたのかと問いかけた際の返答は、子供らしくない。

 気になった理由は食用や薬用に使えるかもしれないから――というものなのだ。


 モーランとクグーロは馴れた様子でお嬢様と話をしていたが、横で聞いていたサヴァーラとカロマは驚くばかりだった。


「試験の時点で思ってたけど、お嬢様すごいわねぇ……」

「ああ。好奇心旺盛ながら、その好奇心は、領地の為になるかどうかという部分までちゃんと考えているようだ」


 今し方見つけたターメリックを使った料理は、やがてこの領地の名物にしたい。そういう気概が見えるし、食べる前から名物になるだけの可能性を秘めていると信じている。


 その思考や物の見方は、領主や商人などを思わせる。


 幅広い知識や見識を、ただ秘めておくのではなく、どう使えば自分や領地の役に立つのか。それを考えて知識を使う様子は、とても子供には思えない。


「だからこそ旦那様は、我々女の雇用を考えたのだろうな」

「そうね。アレを見ちゃうと女って理由で切り捨てるような行為が勿体ないってよく分かるもの」


 ショークリアの姉クリムニーアは試験以降見ていないし、あまり話にも聞かないのでどれだけの人物かの把握はまだできていない。

 だが、兄であるガノンナッシュもまた、優秀な人材だと聞く。ただどうしてもショークリアと比べると一歩劣るという話を聞くに、ショークリアがどれだけ優秀なのかが分かる。


「その知識には青の女神トレ・イシャーダの加護があるんじゃないかって噂も聞いたわよ」

「そうか。私は食の子女神クォークル・トーンの御子じゃないかという噂を聞いたぞ」


 様々な噂を持つお嬢様は、半分に切ったターメリックの断面を舐めて味を確認したあと、簡単にそれを放り投げた。


 秋魔の視察が目的であるこの場で、それを持ち運ぶのは適切ではないと判断したらしい。


 確認できて満足だと言うが、ふつう同世代の子供であれば探し求めていたものを手にした時点で、なかなか手放さず、捨てろと言えば嫌がるだろう。


 それどころか、サヴァーラたちに詫びを告げ、視察の再開を促してみせたのだ。


「ふふ、面白いお嬢様よね。ここの戦士団になって良かったかも」

「同感だ。お嬢様は将来どこまでいくのか……見届けてみたいものだ」


 そうして一行は、再び森の奥へ向かって歩き出すのだった。

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