第32話 我らダイリの森 探検隊ッ!


 この森――ダイリ褐色地では、褐色の草木の他に、大きな岩がゴロゴロと転がっている。


「話ではダイリの大岩の欠片らしいですぜ」


 クグーロの解説には、女性陣はみな驚いた顔を見せた。

 一見すると、ただの岩なのだ。それがまさか、この大岩の欠片だとは思わなかった。


 だが、言われて見れば確かに妙に数が多い。

 かつて砕けた大岩の欠片なのだと言われると納得も出来る。


 獣道にしては妙に歩きやすい不思議な道を歩きながら、ショークリアはキョロキョロと周囲を見渡す。


 その歩きやすさに違和感を覚えたのかカロマが訊ねる。


「モーランさん。妙に歩きやすいですけど、これ獣道……なんですよね?」

「わからない。初めて来た時から、歩きやすい獣道ではあった。

 恐らくはこの辺りで暮らしていた先住民の通り道なのだろうとは言われているんだがな」

「元から森にあったのか、森に飲まれたのか――どっちであれ、便利なんで使わせてもらうだけでさぁ」


 カロマの問いに、モーランとクグーロが答えてくれるが、結局のところ正体は分からない。


 ただ、この道を基準にした褐色地の地図は一度作っているそうで、必要であれば領都で写しておくと良いと、サヴァーラとカロマへ助言する。


 しばらく歩いていると、茂みからガサリと音が聞こえてきて、全員が身構えた。


 そこから飛び出してきたのは、褐色ウサギだ。

 シベリアンハスキーなどの大型犬くらいのサイズはある大きなウサギである。


(おおッ!? モフモフ感あるな!)


 身構える戦士たちの横で、わりとのんきな感想を抱くショークリア。

 顔が凶悪なのを除けば、思わず抱きしめたくなるようなふんわり感のあるウサギなのだ。


「力強い前歯と、強靱な後ろ足による蹴りに気をつけろッ! どちらも当たりどころが悪ければ死ぬぞッ!」


 腰に帯びていた二本の短剣のうち片方だけを引き抜きながら、モーランが警告を発す。


 ショークリアも腰の背中側に横向きで佩いていた剣を、右手でもって逆手に引き抜いた。


 その様子に、カロマが少し首を傾げる。


「お嬢様、実戦だと逆手持ちなんですね」

「あー……あまり意識してなかったけど、そーかも」


 言われてみれば訓練の時はちゃんと順手で握っているが、チンピラたちと戦った時や、今この瞬間などは無意識に逆手持ちをしている。


「えーっと――訓練の時は基礎を基準にやってるんだから、そこはちゃんと基礎にあわせて構えるのがふつうじゃないかなって」


 思いつきではあるが、自分の中でそういう線引きなどもあるのかもしれない。


「お嬢様、カロマ。そこまで。来ます」

「……正面だけじゃなくて、後ろからも来てるッ、サヴァーラ!」

「モーラン殿とクグーロ殿は正面をッ! 私とカロマは背後を対処しますッ!」

「了解した。頼むッ!」


 そうして戦士たちが二手に別れ、正面と背面からやってくる褐色ウサギと戦闘を開始した。


(……オレも何かしてぇ……ッ!)


 そうはいっても迂闊に動いて四人の邪魔をするのはよろしくないこととは理解している。


 モーランとクグーロは褐色ウサギとの戦いに馴れているのか、アイコンタクトだけで連携して攻撃をしていた。


 サヴァーラとカロマは、試験で初めて出会ったと言っていたにも関わらず、モーランとクグーロに負けずとも劣らない連携で戦っている。

 褐色ウサギそのものとの戦闘は初めてのようだが、似たような魔獣との戦闘経験はあるのだろう。

 飛びかかってくる褐色ウサギに慌てることなく、攻撃を繰り返していた。


(この二人……もと王国中央の騎士団に所属してたんだよな……?

 こんだけの腕があって、そんなすげぇとこに入団してんのに、やめて何でも屋ショルディナーしながら食いつないで、うちの領地にまで流れてくるってのは、どういうコトなんだって感じだよ……)


 騎士団を辞めると同時に、実家からも縁を切られたとも言っていた。


(何か、納得いかねぇ話だな)


 結果として、キーチン領が得しているとはいえ――どこか筋の通らなさのようなものを感じて、ショークリアはもやもやする。


「ふむ。なんとかなったな」

「大ウサギなんてラクショー……って思ったけど、ちょっと想定より手強かったわね」


 口ではそう言っているものの、サヴァーラもカロマもまだ余裕がありそうだ。


「そちらも倒したか」


 短剣に付いた血を払い、鞘へと戻しながらモーランが訊ねると、サヴァーラがうなずいた。


「ああ。シャインバルーンがこの辺りで最弱というコトを思い出させるような強さのウサギだった」

「単純な戦闘力だけなら、褐色地最弱はこの褐色ウサギなんで、二人とも――いや、お嬢含めて三人とも油断はしねぇでくだせぇ」


 クグーロの言葉に、女性陣は首肯する。


「褐色ウサギは食料としても悪くないんですがね」

「うーん、ちょっと大きすぎるよね」


 肉は意外とイケるらしいと知りショークリアは一度目を輝かせるも、現実問題を思い肩を落とした。


「とりあえず、てきとうな茂みに放り込んで先に行くとしましょう。

 血の臭いでもっと厄介なのがよってくるかもしれないんで、すぐにここから離れます」


 モーランに言われて、ショークリアは渋々うなずく。

 目的は秋魔に関する視察であり、肉の確保ではないのだ。




 そうして、少し進んだところで、カロマがモーランに訊ねる。


「ウサギの血の臭いに釣られる厄介者ってどんな魔獣なの?」

「ん? 褐色熊という大型の熊だ。単純に手強い」

「熊型の魔獣はどれもこれも手強いが……ここも例に漏れないのか」

「そういうコトだ」


 ショークリアは熊タイプの魔獣というものに出会ったことがないので分からないが、熊タイプはどれも手強いという情報はしっかりと記憶した。


(熊がやべぇってのは前世と同じなのかもな)


 そんなことを思いつつ、ショークリアはモーランに訊ねる。


「ウサギや熊以外には、どんな魔獣がいるの?」

「わりとふつうの森と同じですよ。褐色ジカに、褐色ボア、褐色コウモリ、褐色オオカミ……辺りですかね。あとは、褐色大グモもいましたが、こいつは滅多に遭遇しないですね」

「……ウサギ、熊、シカ、ボア……」


 モーランがあげてくれた魔獣のうち、ショークリアは自分の中に引っかかった魔獣だけを繰り返すように口にする。 


 ボアというのは自宅の図書室にあった本で見た記憶がある。

 比較的全国に生息するイノシシのような魔獣だ。


 狩猟が盛んな土地では、食肉として重用されることが多いのだとか。


「お嬢、コウモリやオオカミ、大グモは無視ですかい?」

「え? コウモリやオオカミって食べれるの? 大グモは食べる土地もあると聞くけど、わたしはちょっと……」

「食用大前提ッ!?」


 繰り返した魔獣が全てではなかったことに疑問を覚えたモーランに、ショークリアは真顔で返すと、それを聞いていたクグーロ、サヴァーラ、カロマは笑い声をあげた。


「お嬢は、食事に対する好奇心がすごいでさぁな」

「そのおかげで、減塩料理なんてものを発案したのでしょう?」

「おうよ。馴れちまうと、もうふつうの塩花トールス料理には戻れねぇでしょう?」


 クグーロの茶目っ気の効いた言葉に、サヴァーラとカロマはうなずく。


「それに何よりサヴァランよ! 中央で食べてたお砂糖の塊のようなお菓子も目じゃないほど美味しかった!」


 よっぽど気に入ったのか、サヴァランについて口にするカロマの目は輝いている。


「同感だ。訓練や仕事のあとに食べるのは格別だな、アレは」


 サヴァーラからも好評のようで、ショークリアは内心でガッツポーズをとった。

 これだけみんなに受け入れて貰えたのはとても嬉しいことだ。


「嬢とシュガールが作り出す数々の料理は、これまで食べていたただ塩辛いだけ、ただ甘いだけの料理へ戻れなくなるのは確かだ」


 モーランも、気に入ってくれているらしい。


「……そう考えると、ここで食肉を手に入れておくのは、いずれの食卓の彩りになるのか……?」


 ふと、そう呟いてモーランが足を止めた。

 それを聞いていたショークリア以外の面々も足を止める。


「ところで、嬢。

 ウサギとボアはともかく、シカと熊は食べれるんで?」

「本で読んだコトはあるわ。シカはともかく、熊は臭みとクセが強いから万人受けはしないみたいだけど」


 前世の母親の突然の奇行を思い出しながら、ショークリアはそう答えた。


「嬢は、それぞれの肉の処理の仕方を……?」

「一応……本での知識の上なら?」


 その当時――母が横になって漫画を読んでいたと思ったら、急にフライドベアが食べたいとか言い出して、ジビエ取扱店に連行されたのも、今となっては良い思い出だ。


 挙げ句の果てに、フライドベアの試作に延々つきあわされた記憶もある。

 最終的には母親が途中で飽きて、とはいえ買ってきた熊肉を無駄にしたくはなかった醍醐は、一人で試行錯誤をしていたのだが――


(……ロクな記憶じゃねぇ気がしてきた……)


 ちなみに、最後の最後に完成したモノの味は悪くはなかった。母親も喜んでいた気がする。

 とにかく下処理と臭み消しがシンドかった記憶は強く残っているが、そのおかげで、今世でも必要とあればその作業を手早くできる自信がある。


 そんな思い出をぼんやりと思い返していると、大人たちは何やら真顔で話を始めていた。


「肉の鮮度を考えるなら、第一休憩点を村などにするのが一番か。

 そこに食堂をつくり、褐色肉専門店というのはどうだろうか」

「悪くない、が――それだと、我々が本格的に食せるのはいつになるか……」

「常時食べられるようにするのは悪くないでさぁ……ただ、褐色魔獣はこの森にしかいねぇんで、食べ過ぎて絶滅させるようなのはゴメンでしょう?」

「そうかその危険もあるじゃない。

 なら、やっぱこの森近辺でしか食べられない特産物という方向が良い気がする」


 どうにも、食べる気満々になっているようだった。


「秋魔を考えると、第一休憩点を村にするのは、危険が大きいんじゃないかしら?」


 それでも一応――ショークリアはそんなことを口にしてみるが――


「確かに……お嬢の考えも一理ありまさぁな」

「それならそれで、その村には大きなコーバンを設置しておけば良いのではないか? 秋限定の秋魔討伐本部のような形で運用する」

「それよサヴァーラ! むしろ遠征してくる必要なくなるじゃない!」

「悪くないな。その案、持ち帰って旦那に提案してみよう」


(……あ、ダメだこれ。

 数年のうちに村が生まれて、そこで料理させられそうな気がしてきた)


「ところでモーラン、クグーロ。この森の植物ってどうなの? 食べれる木の実やキノコとか」


 色々と諦めたショークリアは、好奇心に任せてそんな問いをする。

 それに、二人は色々と思い出しながら答えた。


「そういえば……色味のせいで考えたコトもなかったですが、色々とあるかもしれませんね」

「初回探索の時、団長が何か木の実を口にして腹下したってコトあったじゃねぇですか。あれ以降は、みんな控えちまってましたからね」

「そういえばあったな。そんなコトも」


 そんな風に、褐色地での食べれそうなものの話題に盛り上がりながら、一行は森の深部へ向かっていくのだった。


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