第35話 やるってぇならやってやるぜッ!!


 コリコリコリ。

  カリカリカリ。

   もぐもぐもぐ。

    ………こくん。


 全員が災いエニプス・の棘塊イティマレクの種を嚥下えんかしたところで、先へと進んでいく。


 ショークリアの興味があちこちに移る為、ちょくちょくと寄り道してしまっているが、本来の目的はこの褐色地にある魔力源泉カラーパレットである。


 魔力源泉カラーパレットの近隣に秋魔しゅうまが出現しやすい。

 だからこそ、魔力源泉カラーパレットの様子を伺うことで、今年の秋魔はどこに出現するのかの当たりをつけるのだという。


 そうして災いエニプス・の棘塊イティマレクの群生地を抜けた先に、ちょっとした広場のように開けた場所があった。


 その広場には褐色熊が一匹いる為、草葉の陰から、様子を伺うことにする。


「広場みたいになってるとこの奥――洞窟にも見える大樹のうろの中、分かりますか?」


 声を潜めながら、モーランが指で示す。

 その場所を、女性陣は目で追い、理解する。


 モーランが指す場所に、緑の光の柱があった。その周囲には赤い光の粒子が舞っている。


「春から夏に掛けては緑色の柱だが、秋になると赤くなる。

 その変遷時期――緑と赤が混じり合うんだが……柱の色と粒子の色ではっきりと分かれている時は、その柱の近くに秋魔が出現しやすい」

「まさにアレね」

「そうだ」


 どうやら今年は、この褐色地に秋魔が出現する可能性が高いようだ。


「これが確認できたなら、帰って報告する。

 まぁ、出現はまだ先になるだろうが――」


 モーランが引き返そうとみんなを促そうとした時、広場にいた褐色熊が突然、絶叫をした。


「グガァァァァァッァ!!」


 両手を大きく開き、仰け反りながら叫ぶ。

 少しづつだが、サイズが大きくなっているようにも見える。


「何だ……ッ!?」


 モーランとクグーロもあのように褐色熊が叫ぶのを知らないらしく、目を見開いた。


 さきほどまでよりも二周りは大きくなった褐色熊の叫び声が響く中、その熊の両肩付近に変化が現れる。

 ボコボコとその部分が蠢き、波を打ち、やがて本来の腕より細くて長い新たな腕がそこから生えた。


「……四本腕に、なったの……?」


 カロマがうめいたその時、姿勢を戻した褐色熊のぐるりと首だけこちらに向ける。


「……気づかれているッ! 茂みから飛び出せッ!

 動きづらい草むらで戦うくらいなら、広場で迎え撃つほうがマシだッ!」


 サヴァーラが叫ぶ。

 それに異を唱えるものはおらず、全員が茂みから飛び出した。


「褐色の四腕熊しわんぐまってところかな?」

「じゃあ、以後それで」


 ショークリアが適当に名付けると、クグーロがそれを採用する。

 それぞれが武器を構え、褐色の四腕熊と向かい合う。


「モーラン殿。あれは秋魔しゅうまか?」

「いや。言うなれば秋魔モドキが近いかと思う。威圧感は似ている――が、だいぶ小さい」

「最悪はお嬢だけ逃げてもらうってコトで」

「異論ないわ。結構やばそうだし、気合い入れないとね」

「……必要とあれば逃げるけど、わたしだってやるわよ?」


 モーランたちの仕事を思えばショークリアだけ逃がすのは正解なのだが、それでも自分だけ仲間外れなようで、少しだけ頬を膨らます。


「来るッ、散開ッ!」


 そこへサヴァーラの叫び、全員が四方へと飛ぶ。

 直後に巨体とは思えない速度で走ってきた四腕熊の拳が叩きつけられた。


「馬鹿力がッ!」


 地面を凹ます剛拳を見ながらクグーロがうめく。

 そんな毒づくクグーロの脇を抜け、カロマが踏み込みながら、細身の剣を突き出した。


 細身の刀身に細い腕。

 いくら身体を鍛えていようとも、筋肉の塊のような四腕熊には些かの物足りなさがあるだろう。


 だが、それを補うのが、彩術アーツという技術だ。


 全ての生き物が体内に内包しているものでもあり、星からも魔力源泉カラーパレットを通じて吹き出し続けるそれは、この世界にたゆたう魔力カラーと呼ばれる神と同じ五色の力。

 その五色の魔力カラーの中でも、己の体内にあるものを色の区別なく――言ってしまえば雑に――操作するのが彩術アーツだ。


 自身の内側にあるそれで肉体を強化し、時に武器に乗せるなどをして繰り出す必殺技の総称でもある。

 一見すると大道芸に見えるような動きも、彩術アーツを用いて繰り出せば必殺になりうるのだ。


 カロマが放つ突きもまた彩術アーツを用いた一撃である。

 姿勢を低くしながら踏み込み、魔力カラーを乗せた高速の突きを繰り出す彩術アーツ


瞬閃牙シュンセンガッ!」


 構えと技名は一種のルーティーンだ。

 特定の動きと名前を口にすることで、体内の魔力状況をその技を繰り出すのに最適な状況へと瞬時にセットする。


 彩術アーツによる肉体強化で踏み込みの速度をあげ、腕力強化により突く速度をあげ、武具強化によって剣の強度を高める。

 それらの複合によって元より鋭かった突きが、限界を超えた速度でもって繰り出される。


 通常の褐色熊であれば、胸を貫いただろう瞬突しゅんとつ

 だが、褐色の四腕熊は瞬間的に身をよじってそれをかわした。


「なッ!」


 かすめた剣は四腕熊の肉の表面をえぐっていくが、致命傷たりえない。


「グオオオオ……ッ!」


 それでも痛かったのだろう。

 褐色の四腕熊はカロマを睨みつけ、腕を振り上げ――


散虹華サンコウカッ!」


 その腕が振り下ろされるよりも早く、ショークリアが四腕熊の足下へと剣を突き立てる。

 瞬間、剣の刺さった場所から虹色の輝きが花開くように噴出した。


 魔力カラーを乗せた剣を地面に突き立て、地面から魔力を噴出させる技だ。


「グゴ……ッ!?」


 ダメージにはならずとも、四腕熊は体勢を崩す。

 その隙にカロマはその場から離れ、ショークリアもすぐに離脱する。


「お嬢様、すみません」

「気にしないで! みんなで倒そう!」


 カロマの言葉に、ショークリアは即座に返して、褐色の四腕熊を見やった。

 よろめきながらもこちらを睨んでいる。


(おーおー……おっかねぇツラしてんな……)


 内心で暢気な感想を抱きながらも、ショークリアは剣を構え直した。




 その様子を見ながら、カロマのフォローをしそびれた三人が軽く驚愕する。


(お嬢、いつのまに彩術アーツの準備を……?)

(嬢はカロマの攻撃が躱されると想定していたのか……いやそれにしては……)

(お嬢様はカロマが攻撃に成功しようが失敗しようが関係なく、あの技を出すつもりだったのか?)


 三人とも別にフォローを考えていなかったわけではない。

 褐色の四腕熊とショークリアが、想定を越えていただけだ。


 とはいえ、三人ともただ見ているだけの人間ではない。

 すぐさまに気を改めて、褐色の四腕熊を分析していく。


「通常の褐色熊よりも丈夫で機敏、か」

「こういう時、団長がいると手っ取り早いんですけどねぇ」

「無いものねだりは無意味だ。仕掛けるぞッ、クグーロッ!」

「了解ッ!」


 モーランは二刀の短剣を構え、クグーロは片手斧を手に走る。


交差する嘘グニッソルク・エイル


 短剣がまだ届かない位置から、モーランは交差させた手を開くように動かす。

 魔力カラーの乗ったX字の斬撃が宙を駆ける。


 モーランの放つ斬撃波に四腕熊は左上腕を振り下ろす。

 魔力カラーを帯びた熊の腕は、切り傷とともに血が迸るものの大きな怪我なく、斬撃波を相殺する。


 だが、モーランの放った技は、最初から牽制目的。それでしとめるつもりはなかった。


「我流・岩石砕きッ!」


 クグーロが小さく飛び上がりながら、片手斧を振り下ろす。

 咄嗟に、右下腕を盾にする褐色の四腕熊。クグーロは盾になった腕を切り落とすものの、そこで威力が散らされてしまう。


「クソッタレ!」


 その為、褐色の四腕熊のボディへは多少の傷しかつけられない。

 それどころか、熊はクグーロの技の隙を狙うように、左下腕を振りかぶる。


(やべッ……!?)


 躱せない――そう判断してクグーロは威力を最小限に抑えようと身構えた時だ。


「ぜぇぇぇぇいッ!」


 四腕熊はその腕を振り抜く前に、背中に強烈な蹴りを浴びてよろめいた。


 ショークリアが体重と魔力カラーを乗せた前蹴りを繰り出したのだ。その動き、前世風に呼ぶならばジャンピング893キック――だろうか。


(チッ、もうちょっとうまく魔力カラーをコントロールしねぇとッ! しとめるくれぇの威力の蹴りにしたかったんだが……。

 ともあれ、クグーロは助けられたからよしとするぜ!)


 威力はあまり無かったようだが、それでも体勢を崩すには充分な威力だった。


(とりあえず、下がって魔力カラーの練り直しだ)


 ちらりとクグーロを一瞥し、ショークリアは素早く離脱する。


(ほんと、お嬢はよく見てるんだな……ッ!)


 よろめく褐色の四腕熊を見、クグーロはこれを千載一遇のチャンスとみた。


「我流・大樹断ちッ!」


 クグーロがもう一撃繰り出す。

 その技は、左下腕を切断こそできなかったものの、深々と切り裂いた。


「グガァァァァッァ……ッ!!」


 激痛に喚くように、残った腕を闇雲に振り回す四腕熊。

 蹴りのあとにすぐ離脱していたショークリアには当たらなかったが、懐にいたクグーロは躱しきれずに、腹部をかすめる。


 わき腹から鮮血が吹き出しながら、思い切り吹き飛ばされた。

 クグーロは地面を転がるも、素早く立ち上がろうとする。


 だがうまく立てない。それどころか傷を抑えた手が真っ赤に染まっていく。


「……掠っただけでこれかよ……ッ!」

「カロマ、クグーロを頼む」

「はいッ!」


 クグーロのわき腹が赤くなっていくのを見て、モーランは即座に指示を出す。それにカロマは即座にうなずく。



 それの様子を伺ってから、サヴァーラは魔力カラーを灯した足で地面を蹴って大きく高く飛び上がる。


 その途中、視界に入ったショークリアが凄まじい魔力カラーを練っているのを見た。


 元々、大技を使おうとしていたようだが、クグーロが怪我をしたことで、怒りの火が灯ったのだろう。

 怒りが、魔力カラーを高めているように見える。


 そしてその怒りに呼応して、魔力源泉カラーパレットから漏れる魔力カラーが、ショークリアの周囲に集まっているようにも見えた。


(制御できているのか……?)


 一見するだけなら出来ている。

 ならば、倒せる確率の高い一撃を繰り出すよりも、確実に動きを制する一撃にして、最後をショークリアに任せてもよいだろう。


(お嬢様が失敗した場合も想定しておくべきではあるだろうが――まずはッ!!)


 大上段に構えた剣に魔力を乗せて、急降下するように振り下ろす。


絶華ゼッカッ!」


 ショークリアとクグーロがいなくなったあとも、闇雲に腕を振り回す熊。

 サヴァーラの狙いはその腕だった。


 ジャンプし大上段から繰り出される剛撃――それは褐色の四腕熊の左上腕が肘当たりからを切断し、宙を舞わせる。


 その一撃が逆に熊を冷静にさせたのかもしれない。

 褐色の四腕熊は最後に残った右上腕でサヴァーラを攻撃しようとするが――


滑空するドゥアルフ・詐欺師エディルグッ!」


 モーランがそこへ向かって数本のナイフを投げた。

 一見するとただの投擲だが、実際は魔力カラーの乗った投擲であり、見た目に反して高い攻撃力を誇る技だ。

 本来であれば無数の幻影の中に高威力のナイフを混ぜる技だが、今回は幻影を作る分の魔力も全て威力へと変換してある。


 それが全て褐色の四腕熊の右上腕に突き刺さった。


「……!!」


 腕に刺さったナイフを見、四腕熊はモーランを睨んだ。

 血走った熊の眼が、泣きそうに歪んでいる。腕の全てが切断ないし大怪我を追ったのだ。いかに魔獣とて、次に迎える己の運命を理解してしまったのだろう。


 だが、それを気にしている場合ではない。


 モーランとサヴァーラの目には、クグーロを助けたあとで魔力カラーを高め続けているショークリアが映っている。


(今のサヴァーラの技……参考になるなッ!)


 クグーロがやられたことは頭にクるが、冷静さを失えば勝てるものも勝てなくなるのは、前世の喧嘩で経験済みだ。


 だから、サヴァーラとモーランが作り出したこの瞬間を無駄にしてはいけない。


「嬢ッ!」

「お嬢様ッ!」


 五色の粒子を纏いながら、ショークリアが地面を駆ける。


(……今度こそッ、ぶっ飛ばしてやるぜ……ッ!!)


 その思考はシンプルだった。

 騎士や剣士のような技よりも、喧嘩屋としてもっともやりやすい動きで、最大の一撃をぶちかます。


 その為のビジョンは、すでにショークリアの中にある。


 全身に高濃度の魔力カラーを纏い、ショークリアは動く。


 ダン! と音がするほど力強い左足の踏み込みでジャンプ。


(イメージは、ロボットアニメだッ!)


 足の裏やふくらはぎなどのバーニアを吹かせる人型ロボットのイメージ。魔力を噴出し、急加速するように飛びかかる。


 ショークリアの纏う高密度の魔力カラーが、加速と合わさり、周辺の空気と魔力カラーの流れを歪ませる。


魔力カラーの……華?」

「人間一人が内包できる魔力カラーの量を越えてない? あれ……」


 空気と魔力カラーの歪みが、ショークリアが飛ぶ空間に虹色にも透明にも見える力場のようなものを生み出している。


 その魔力カラーの力場が褐色の四腕熊の胸のあたりに集まって、花の蕾を思わせる形状に変わっていく。

 その花の蕾へ向かって、ショークリアは全体重と全魔力カラー、そして……


「うぉぉぉぉぉらぁぁっぁぁぁ――……ッ!!」


 ……加速を乗せた前蹴りを繰り出す。


「クグーロを援護した蹴り技――あれが本来の……ッ!!」


 モーランがその言葉の全てを言い終える前に、ドン! という音とともに空気と魔力カラーが震え、魔力カラーの蕾が一気に開花し薔薇のような姿を見せると、あっという間に派手に散り、僅かな間、時が止まったような沈黙が落ちる。


 そして――


「ガァァァァァァァッァア――……ッッッ!!」


 褐色の四腕熊は絶叫と共に吹き飛んでいく。

 恐ろしい勢いで地面を滑り、大地を削り、ぶつかる岩を砕き、木々をへし折り――


 最後にひときわ巨大な災いエニプス・の棘塊イティマレクの木に激突してハデな音を立てたところでようやく止まった。


 一拍遅れて、その熊の頭上から大量に災いエニプス・の棘塊イティマレクの実が降り注ぐが、熊は動かないまま実を浴び続ける。

 その姿はどう見ても絶命していた。


「ふぅ……」


 技の成功に安堵して、ショークリアは大きく息を吐く。


「お嬢」

「あ、クグーロ。大丈夫?」

「大丈夫です。カロマが癒しの術を使ってくれたんで……それよりなんなんスか、今の?」

「えーっと……思いつきでやってみたんだけど……えーっと、我流剣技の……」


(そういや名前考えてなかったな……。

 名前名前……こう、女っぽくて貴族っぽさもありつつ、オレっぽい……そんな名前がいいな……想定外だったとはいえ虹色の花が咲いちまったしな……そんな一撃をかます技なワケだから……)


「そうッ! 名付けて我流剣技・咲華虹彩覇サッカコウサイハッ!」


 手を合わせ、それこそ花咲くような笑みを受けべるショークリア。


「その歳で秘奥彩技ホイール・アーツ級の技が使えるのですね、お嬢様」

「すごいすごいと思っていたがここまでとは」


 それに素直な賞賛を送るカロマとモーラン。


秘奥彩技ホイール・アーツ?)


 胸中で首を傾げるが、二人の反応からしてなんか、彩技のすごい版なのだろうと理解する。


 その横で――


「確かにすごいとは思うのですが」

「サヴァーラとは気が合いそうっすね」


 クグーロとサヴァーラは顔を見合わせてうなずいた。


「お嬢様、我流剣技と言うのでしたら……」

「せめてどっかで剣を使ってくだせぇよ」



「……あ!」



 二人からの指摘に、ショークリアは思わず小さな声を上げるのだった。


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