第29話 確かに名前ってのは大事だな


 無事に女性雇用もされ、領都各所にコーバンなどの設置もはじまった。


 クグーロたちから相談された幻夢館げんむかんに関してはまだ検討中だが、時間の問題だろうと思われる。


 優秀な人材が増えたことで、人手が足りずに進まなかった案件なども進むようになっていき、停滞していた荒涼地帯開発が目に見えて進み出した。


 そんなある日の夕食の時間――


「低塩料理も随分と種類が増えたものだな」

「ええ。食材の味を楽しむというのも、良いモノです」

「最初は、食事にしては味が薄いと思ったものだが……」

「馴れると、以前の料理よりも美味しく感じますものね」


 両親のやりとりを聞きながら、ショークリアも改善された料理に、舌鼓を打つ。


 堅焼きパン――ダエルブは相変わらず堅くて水分が欲しくなるものの、強い塩味がなくなり、小麦本来の甘みが味わえるようになっている。

 まだまだ堅めだが、前世のフランスパンにより近い味わいとなった。


 そして謎のペースト料理ことエッツァプは、それほど塩味は変わっていないものの、苦みの原因の野菜――ティネミップをペーストする前に、火を通したことで、苦みがだいぶ落ち着いている。


 ダエルブの味が落ち着いたおかげでエッツァプをダエルブに塗って食べることが苦痛ではなくなったのは、ショークリアにとって非常に大きな前進だ。気になっていた種のようなモノの味も、ティネミップの苦みが落ち着いた結果、むしろ程よくて良い塩梅に感じられるようになったのも大きい。おかげでエッツァプへの苦手意識は薄れてきた。


 ほかにも、塩水ならぬ塩湯の中に野菜が浮かんでるだけだったスープも、出汁フォンという概念をシュガールが理解してくれたおかげで、劇的に改善されている。


 茹で汁を捨てられていた理由は、食材の毒素が残っているからという理由だった。

 なので、そもそも食材の毒素とは何ぞやというところから、ショークリアが説明したのである。


 もちろん、前世でもちゃんと把握してた訳ではないが、ザックリとした説明くらいはできる。


 衛生の問題と、食材ごとに持つ特性の話などをしたことで、シュガールは目から何枚も鱗を落としていた。


 エッツァプは近いうちにちゃんと改良したいとシュガールは言っていたし、先の女性採用の一環で料理人希望の人も厨房に配属したので、新しい料理や改良なども増えていくことだろう。


「ショークリアとシュガールの発明料理の数々を食べると、今まで食べていた花塩トルース料理は何だったのかと思えてくるよね」


 そう言って嬉しそうにスープを飲むガノンナッシュを見ると、ショークリアも嬉しくなってくる。


(塩の取りすぎも身体に悪ぃしな。

 意外と、うちの領民たちの寿命も延びたりしてな)


 そんなことを考えながら、食べていると、フォガードが何か思い出したように顔を上げた。


「そうだ。雑談程度で良いから、ガナシュとショコラに聞きたいコトがあったのだった」

「なに? 父上」


 兄妹揃って首を傾げると、フォガードは赤ワインのようなお酒――エニーブの果実酒だ――で軽く口を湿した。


「女性戦士団が正式に立ち上げられたコトでな、『戦士団』という呼び方だけだと、男性か女性かの区別ができなくて不便となった。そこで何か良い名でもないかと、そう思ったのだ」

「男性戦士団と女性戦士団の両方とも?」

「うむ」


 うなずく父に、ショークリアは訊ねる。


「ちなみに――だけど。

 男性戦士団の前身となる傭兵団の名前とかはある?」

「あるぞ。伝説上の魔獣とされる存在からあやかっていてな――その名を、鎧鱗のエラクス長躯獣・ワームと言う」


 名前を聞いて、ショークリアは胸中で目を輝かせる。


(おおッ、めっちゃカッコいいじゃねーか。何ならそのままいけねぇかな?)


 そんな思いのまま、フォガードへと訊いてみた。


「だったら、男性戦士団は、そのまま鎧鱗のエラクス長躯獣・ワーム隊というのはどうかな?」

「……なるほど。悪くないな。ザハルたちに聞いてみるとしよう」

「そうなると次は女性戦士団の名前だね」


 ガノンナッシュはそう言って首を傾げる。

 ややして、マスカフォネが口を開いた。


「名前――というわけではないのですが、せっかくの女性戦士団です。

 ここから世に、女性も強いコトを示していくのでしたら、それを言い表せるような名前が良いのですけれど」


 彼女なりに、現在の女性の地位の在り方に思うことがあるのだろう。

 少し真面目にそんなことを口にした。


 それに、ショークリアは、「はて?」と胸の裡で、首を倒した。

 もう少しで何かアイデアが出てきそうなのだ。


(何だっけな。お袋が見てた歴史番組か何かで……。

 国を傾けるほど美しくも危険な女って特集か何かの時に聞いた単語があったよな……)


 玉藻の前。カルメン。蘇妲己。クレオパトラ。マタ・ハリ。サロメ……。

 ……その番組で紹介されていた偉人の名前は思いつくのに肝心の単語が出てこない。


「ショコラ……どうしたの? 変な顔をして」


 どうやら悩んでいるのがバッチリ顔に出ていたようで、ガノンナッシュが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「えっと……お母様が言ったような女性を言い表す異国の言葉があったような気がして……こう、喉元まで出掛かってるんだけど……」


 右手を水平に伸ばし首の中程を示すと、マスカフォネは微笑む。


「是非、思い出して欲しいわ」

「正確には、運命の女性とか、男をたぶらかす魔性の女とか、そこから転じて国を傾けるほど美しい女性という意味もあった気がするのですけど……」

「まぁ! ますます思い出して欲しいわ」

「国を傾けるというのは、些か不敬のような……」

「本当に傾ける訳ではなく、それだけの価値のある女性という意味なのですから、問題ないのですよ」


 顔をひきつらせるフォガードに対して、マスカフォネは優雅に微笑んだ。少しばかり凄みのある笑みな気もするが。


 そんな二人の様子を見ている時、唐突に単語を思い出した。


「あ、そうですッ! ファム・ファタールですッ!」

「よく思い出しました。では、女性戦士団をファム・ファタール隊と呼称しましょう」

「え? 決定?」


 思わず――と言った様子でフォガードが呟くと、それを聞いていたマスカフォネは力強くうなずいた。


「はい。雇い主は便宜上私なのですから、問題はありませんでしょう?」

「……はい」


 有無を言わさぬ迫力に、フォガードはどこか情けない姿で返事をする。


 普段偉そうで、強そうな父が、母に圧し負ける様子が可笑しくてショークリアは思わずクスクスと笑う。

 横では、ガノンナッシュも笑っている。


(……前世でもこうやって、お袋ともうちょっと笑いあってりゃ良かったな……)


 ふと、そんなことを思う。

 もう叶わないことだからこそ、今世ではもっと家族と向き合っていきたい。もっと笑いあっていきたい。


 ショークリアがそう思うには充分の光景だった。



   ○ ○ ○ ○ ○



 女性戦士団に任命されたサヴァーラは、女子寮代わりに利用させてもらっている別邸の食堂に、団員を集めた。

 会議室というものがないので、とりあえずここを会議室に使っているのだ。


「全員集まっているようだな」


 女性戦士団の発足というのには驚かされたが、その理由を聞かされると納得することも多い。


 そして、自分も含めてこの女性戦士団にやりがいも感じている。

 多少給金は低い――とはいえほかの領地における男女の給金差を考えれば、それなりに貰えているといえる金額だ――ものの、女性ではなく一人の戦士として扱って貰えることが非常に嬉しいのだ。


 これは戦士だけでなく、戦士以外で雇用された女性たちも言っていた。

 とりわけ、同僚だからという意味の分からない理由で、夢を重ねようとしてくる男がいないというだけで、とても居心地が良く快適な領地なのだ。


「この領地には元々、戦士団があり――そちらが男性戦士団となった。

 そして我々が女性戦士団と呼ばれているわけだが……総じてどちらも戦士団の為、わかりやすくするように個別の名称を付けるコトとなったそうだ」


 ここまで口にすると、集まった全員が、その理由に納得したような顔をする。


「男性戦士団は、前身となる傭兵団時代の名称から取り、鎧鱗のエラクス長躯獣・ワーム隊となる。

 そして我々女性戦士団を、ファム・ファタール隊とするそうだ」

「団長。その、ファム・ファタールというのはどういう意味なのでしょうか?」


 聞き慣れない単語だ。その質問が来るのも分かる。


「遠い異国の言葉で、運命の女。男を破滅させる魔性の女。転じて国を傾ける程の美しい女……などを意味するらしい。

 言い換えれば悪女かもしれないが……考えようによって、女性の在り方を変えていくキッカケとなる女という意味にも捉えられるだろう?

 そういうところから、雇い主である奥様は、強い女という意味を込めて、この名前にしたそうだ」


 そう口してやれば、団員たちから笑みがこぼれた。


「男を破滅させるってのもイイネ。

 まぁアタシたちがもたらす破滅は、美貌じゃなくて腕力が大半になりそうだけどサ!」


 誰ともなくそう声を上げると、みんなが一斉に笑い声をあげる。


 そんな笑い声のなか、サヴァーラはやる気に満ちた笑みとともに高らかに告げた。


「もうすぐ秋になる。

 秋が来れば秋魔しゅうまと呼ばれる強力な魔獣が出ると聞く。

 与えられた任務から逸脱しない範囲で、我らファム・ファタール隊の価値を、世間に認めさせて行くとしようッ!」


 サヴァーラのあげた声に、食堂にいた女性たち全員が――


「応ッ!!」


 ――やる気と気合いに満ちた声を上げるのだった。

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