第28話 何はともあれ一段落ってか


 爽やかな青空広がる、午前中。


 ザハル団長がチンピラたちをドナドナしていくのを見送ってから、ショークリアは本邸に戻って朝食を済ませた。


 その後で、改めて別邸にやってきている。


 今回は別邸の中ではなく、その玄関の前に男性応募者を集合させているところだ。

 そうして全員に不合格を告げた途端、爽やかさを切り裂いて台無しにするような声が響く。


「納得いかぬッ!」


 そう叫んだのは、ひょろりとした印象の男だった。

 痩せぎすで色白で、くすんだ黄色のような色合いの髪は整髪料のようなもので束ねられ、ひょろりとしんなり伸びている。


(モヤシに似てんな、この兄ちゃん……)


 何やら喚くそのモヤシに対してショークリアが思うことは、その程度だった。


「ショコラ嬢ッ! 君は同性である女性たちを贔屓したのではないかねッ!?」


 キンキンするような声で詰め寄ってくるモヤシをショークリアは軽く睨みつけると、彼は背筋を伸ばして後ずさった。


(ビビりすぎだろ)


 その原因は今朝の自分の振るまいだという自覚はあるので、それを口にだす気はないのだが。


「何度も言うように、男性陣は全員不合格です。

 合格の基準の一つが、シャインバルーンを五匹倒すコトができるかどうかです。少なくとも貴方は五匹に満たなかったそうですね?」

「その程度で何が分かるというのかね?

 僕は三匹ものシャインバルーンを倒したのだよ?」

「この領地で一番弱い魔獣がシャインバルーンです。あれに余裕を持って勝てないようでは、戦士なんてやってられません。

 もっとも勝てずとも見込みがあれば合格はありえましたが、ザハル団長は貴方を見込みなしと判断されました。

 理由としてはシャインバルーンを一匹倒すごとに、いちいち倒しましたと胸を張って報告していたようですが――まぁその程度、自慢にならないのは説明の通りです」

「僕は才能に溢れているんだ! この領地程度であれば団長に……」

「ごちゃごちゃうるせぇッ!」


 本格的に寝言を喚き始めたモヤシの言葉を遮って、ショークリアは鋭い踏み込みからのボディーブロウをキメる。


 今朝方、前世のノリでチンピラたちをボコってから、どうにもお嬢様としても振る舞いが崩れてきているのはよろしくない――そんなことを胸中で独りごちる。


 周囲が「え?」という顔をして目を見開いているが、ショークリアはさして気にした様子はなく、小さく息を吐いた。

 意識を失いくたりともたれ掛かってくるモヤシを、ポイっと投げ捨てて、ショークリアは周囲を見回す。


「大変お見苦しいものをお見せいたしました。

 ほかに何か抗議がある方は?」

「ショコラだったな。俺が落とされた原因はなんだ?

 この男と違い、シャインバルーンは二十匹ほど狩ったんだが……」


 手を挙げて静かに問いかけてきたのは、髪の毛を完全に剃った禿頭の大男だ。右目に眼帯を付けて上半身裸でムキムキな感じは、なかなかに暑苦しい。


 立ってるだけで威圧感のあるその男に、だけどショークリアはさして気にした様子もなくうなずいた。


「貴方の場合はですね、その性格が領衛戦士に向かないと団長は判断したようですね」

「どういう意味だ?」


 ザハルが残していったメモを見ながら、ショークリアは答える。


「腕前は申し分ないようですが、領衛戦士というのは時に周囲から無茶や理不尽を押しつけられます。ですが、貴方の場合それに耐えられないだろうというのが団長の判断です。

 例え貴方一人であったとしても、理不尽に耐えきれず暴れてしまえば、それは戦士団全体の――もっと言うと、領地や領主の名を傷つけますので」

「……そう言われてしまうと、反論ができないな。今まさに暴れたいくらいだ」

「付け加えるのであれば、貴方の場合、強敵と戦うコトに楽しみを見いだされているのでしょう?」


 彼がうなずくと、ショークリアは微笑んだ。


「でしたら、領衛戦士ではなく、何でも屋ショルディナーとして、しばらくこの地に滞在されるのはどうでしょう? 

 何でも依頼ショルディンクエストをしてくれる冒険者や傭兵などもなかなか足を運んでくれない土地なので、ギルド提携酒場の掲示板に依頼書が溢れているんですよ。

 強い魔獣も多いですし、過酷な環境も多いです。修行にはうってつけだと思います。

 秋になると秋魔しゅうまという強力な魔獣が出現しますので、戦力はいくらあっても足りないくらいですし」

「……なるほどな。確かに戦士よりもそちらの方が、俺向きのようだ。

 ならば、しばらくはこの地で世話になろう」

「はい。そうして頂けると嬉しいです」


 こうして、禿頭のマッチョは引き下がってくれた。

 そのことに安堵しながら、ショークリアは改めて参加者を見回す。


「ほかに抗議がある方はいらっしゃいますか?」




 そうして、何のかんのと全員分の質問に答えるハメになってしまったショークリアはふと思う。


(あれ……? 男性陣への結果報告って、オレがする必要あったか?

 ……ザハルのおっちゃんとモーランから丸投げされてね??)


 そうは言ってもあとの祭り。

 とりあえず、全員が大なり小なりの納得と理解はしてくれたようなので、お仕事完了である。


(まぁいいか。次は、反対側の離れに行って、女性陣への合否発表だな)


 とりあえずのこの場での仕事は終えたので、男性たちを見回してから優雅に一礼をした。


「みなさま、この度はご応募ありがとうございました。

 本日の昼過ぎ頃には、乗り合い馬車の定期便がやってくる予定となっておりますので、ご利用なさりたい方は、その時間までは別邸のお部屋をご利用くださって構いません。

 あるいは、この地に留まり戦士以外の形で協力して頂ける方がいるのであれば、のちほど領都の宿へ紹介状をお書き致しましょう。

 では、わたしはこれにて失礼させて頂きます」


 これまで教わってきた通りの、自分でも内心でガッツポーズをとりたくなるくらい完璧だと思われる一礼をして――膝丈スカートなので、少し遣りづらかったが――きびすを返すのだった。



   ○ ○ ○ ○ ○



「…………」

「白にとっては、ショコラちゃんの動きは許せない?」


 真面目な顔をして人間界を覗き込んでいた白に、青がからかうように声を掛ける。


 白は顔をあげると、ゆっくりと首を横に振った。


「規律や規則は大事だ。だが、時として規律や規則が物事の足枷になるコトも理解している」

「決まりが破られるというコトそのものが嫌いだと思っていたけれど、違うのね」

「……そこは違わないが……。

 規律や規則の存在価値、意味――それらを理解した上で、それでも譲れないモノの為に、自らの勇気を持ってそれを破るという選択を、尊いとは思う。その結果がどうなるとしても、な。

 私は規律や規則だけでなく、高潔や純粋さなども司っているのだから」


 生真面目に返答をしてくる白に、青は少し苦笑を滲ませながらも、優しげに目を細めた。


「ショコラちゃんの所業は、規則や規律をねじ曲げかねないわよ?」

「分かっていて聞くな、青。

 彼女の行いは一面だけ見ればお前の言う通りだ。

 だがな――規律や規則なんていうものは、時代や状況に合わせて変遷して行くものだ。

 停滞していたあの国の規律や規則の変遷が今この時代より再開し、その中心に彼女がいるというだけだろう」

「そうなんだけど。これは、私の予知や予測には無かった出来事よ?」

「それを楽しんでいるのだろう君は?

 我らが父が言っていたはずだ。運命などというものは、神をも翻弄すると。

 ――で、あればだ。彼女がかき回しているのは人間界だけでなく、それを観測している我らを含めている……そうは思えないか?」

「…………」


 何故か目を見開いて動きを止める青に、白は訝しむように眉を顰めた。


「あなた、本当に白?」

「そんなにおかしいコトを言ったか?」

「ショコラちゃんの魂を赤に押しつけられてからこっち、すこし態度が軟化してない?」

「そうなのか? あまり自覚はないのだが……」

「ま、悪くないわね。私は今の方が好ましいわ」

「複雑な言葉だが――まぁ褒め言葉として受け取っておこう」


 やや憮然としながらそう答え、白は人間界へと視線を戻す。

 青も白の横に並んで、人間界を――ショークリアを見遣る。


「今回、かなりの人間がショークリアと関わっているようだが……」

「ええ。未来が変わった者も多いわ……特に女性たちはね。

 この試験に来た者たちだけじゃないわ。一見、無関係に見える遠い土地の女性も、ね」

「領地を追い出された者たちはどうなんだ?」

「気になるの? あなたが一番嫌いな存在でしょうに」

「からかうな。その通りではあるがな」


 小さく嘆息する白に、青はクスクスと笑ってから答えた。


「……そうねぇ……彼らだけでなく、人間界の未来が少し変わったわ。

 その結果、良き未来を迎える可能性を得た者もいれば、悪しき未来に変わってしまった者もいる」

「誤魔化すな……彼らは、悪しき方に変わったのだな?」

「どうかしら? 元々未来は長くなかったのよ彼ら。ただ、その未来の閉ざされ方が変わっただけ。

 その未来が閉じようとする最後の時に、またショコラちゃんと関わりそうだけど」

「その時に、彼らの未来が変わるコトは?」

「さぁ? ショコラちゃんが関わっちゃうと、確実性がなくなっちゃうから。最終的には、ショコラちゃん次第。あるいは、ショコラちゃんと対面する彼ら次第。それ以上のコトは言えないわ」

「楽しそうだな」

「楽しいわ。未来さきの予想がアテにならないコトがこんなに楽しいなんてね」

「人間たちが知ったら驚きそうな話だ。

 未来を見通せる女神は、未来を見通せなくなったコトを喜んでいるなど」

「結局、人も神も無い物ねだりが好きだってコトよ。

 持っていないから持っているコトに憧れるし、持っているから持っていないコトを知りたくなる。

 だからこそ、人も神も……運命という荒波を、必死に泳ぐんじゃない」

「そういうモノか」

「そういうモノよ」


 そこで二人の会話は止まり、しばらくの間――静かに人間界を見守るのだった。

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