第27話 お祈りメールを拳に乗せてッ!


 試験の翌日。

 まだ世間が活動するにはやや早い時間。


 鎧なしの戦士団制服に着替えたショークリアは、鞘に納まったままの剣を肩に乗せながら、のんびりと庭を歩いていた。


 向かっているのは二つある別邸のうちの片方だ。

 本邸の玄関から別邸へと延びる歩道を歩きながら、ちらりと本邸を見やる。


 キーチン領メイジャン邸はグニッドュープと呼ばれる、この国ではメジャーな建築様式で作られている。


 外見は立方体を組み合わせたような形で、それぞれの立方体の角部分は円塔のようになっているのが基本だ。

 二階などが作られる場合は、必ず一つ下の階よりも一回り以上小さいサイズになる。


 その為、現代地球にあるような、どの階も同じ広さや形のアパートやビルのようなものにはまずならない。


(さすがに馴れたが、パッと見チョコレートケーキなんだよな……)


 外から見る壁の色合いはココアスポンジと複数のチョコクリームが何層にも連なっているように見える。


 丈夫で艶やかな建築石材エタロコチョークがチョコレート色をしており、その色合いを全面に押し出すような造りになっているので、ショークリアがそう思うのも無理はない。


 エタロコチョークに関しては、ショークリアの知識の中にあるものでたとえるならチョコレート色の大理石――が近いかもしれない。

 そもそも大理石に関する知識が乏しいので、見た目程度の印象でしかないが。


 屋根は平坦で、エタロコチョークがより深く美しい色に見えるような工夫がされている為、艶やかなダークチョコレートソースが掛かっているようにも見える。


 一見、お洒落の為だけのように見えるエタロコチョークだが、実は水を弾く性質があるので、雨に強い。さらには、耐熱性も高いので、火にも強い。

 その為、見栄やお洒落に興味のない者であっても、家の外壁にエタロコチョークを使う者は少なくないのだ。


 実際、父フォガードがその口である。



 などという建築様式のことをぼんやりと思い浮かべるのは、半分は現実逃避の意味もある。


 それはそれとして――この家の敷地は広い。


 周囲からはポッと出の貴族と見られているのはさておくとして、ここは一応英雄が賜った土地に作られた英雄の家だ。

 その為、この家を建てるにあたって王家からは『多少の見栄を張れ』と、多めの建築資金を渡されたらしい。


 フォガードは最低限、貴族の家と言える程度の形で建てるつもりで、残りは開拓資金に充てようとしたらしいのだが、母マスカフォネがそれを止めたそうだ。


 曲がりなりにも王家から与えられた建築資金。

 多少余る程度ならともかく、開拓資金に充てるほど残すのは王家に対する不敬にあたるとし、今の家を建てることになったらしい。


 その為、本邸とは別に、敷地内には離れが二つ建てられている。

 実はあまり用途は考えられていなかったのだが、本邸だけだと予算が余りすぎる為の苦肉の策だったそうである。


 今は本邸からみて東側の別邸を戦士団の幹部たちと、文官たちが使っている。

 本邸と比べれば簡素な造りではあるが、それでもエタロコチョークが使われたグニッドュープ様式。高級感はやはりある。


 その為、時々利用する戦士団の下っ端たちからはとても不評だったりするのだ。いわく金持ちの家っぽさが落ち着かない――だそうである。

 常に利用している幹部たちからしてみると、住めば都だそうだが。


 そして、彼らが使っていてもなお空き部屋が多いその別邸は、試験を受けにきた男性たちの仮宿としても使っていた。


 試験結果は翌日ということもあり、応募者たちを野宿させるわけにも行かなかった為の措置だ。

 ちなみに、昨日の試験結果報告でのこともあって、数人の女性文官は一時的に本邸にある侍女たちの部屋へと移動してもらうことにしてある。


 そんな男臭い別邸へとショークリアが向かう理由は――


「すみません、嬢。

 朝早くからご足労頂いて」


 別邸の玄関で待っていたのは、見た目と印象がとても地味な戦士団副団長のモーランだ。

 軽く頭を下げてくる彼を制して、ショークリアは軽く肩を竦めた。


「気にしないでモーラン。ある程度は予想できていたコトだしね」


 そう答えながらも、ショークリアは自分が呼ばれた理由に関して、内心ではだいぶ呆れていた。


「ところで、こういう時ってお父様のお仕事のような……」

「その旦那曰く――ショコラがいれば充分だろ……だそうでして」

「……ザハル団長は?」

「所用で馬車を取ってくるそうなので、馬鹿どもは嬢に任せる、と」

「……二人から丸投げされた気分……」

「実際、丸投げですしね」


 ショークリアとモーランが仲良く嘆息したところで、別邸の中へと入っていく。


 勝手に玄関を開けて入っていくショークリアに、モーランは思わず訊ねる。


「こういう時は、従者に開けさせるものでは?」

「うーん……貴族らしい姿を見せたところで意味なさそうだから問題ないんじゃない?」


 そうしてエントランスホールへと足を踏み入れて――ショークリアの顔は盛大にひきつった。


 こちらに一斉に視線を向けてきたのは、小綺麗なエントランスホールに相応しからぬ風情の男たちだ。


 どこからか持ち込んだらしいお酒や肴などで騒いでいたようだ。

 しかも、酒や肴をこぼしているだけならいざ知らず、吐いた形跡も見られる。


 ショークリアは思わずその出したモンしまえと口にしたくなるも、グッと堪えた。


 昨日の挨拶の時にも思ったことだが――お世辞込みでもチンピラ以外の言葉が出てこない。

 前世で言えば、それこそタイマンする気はないくせに、群れるとやたら喧嘩を売ってくるイキった不良どものようなものだろう。


「モーラン。こいつら、何でも屋ショルディナー崩れかしら?」

「それは何でも屋ショルディナーたちに失礼な言葉ですよ、嬢。

 冒険者にも傭兵にもなれない連中ですからね。それでも手を差し伸べてくれるような何でも屋ショルディナーたちはいたでしょうが、その手すら払ったような連中です」

「昨日の時点で、追い出しておけば良かったわね」

「それに関しては自分と団長の落ち度ですね」


 これが男性応募者全員というわけではないだろうが、頭が痛い。

 彼らを男性参加者は咎めなかったというが、そもそもからして関わり合いになどなりたくはなかっただろう。


 その辺りの評価は、少し甘くしてあげてもいいのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、エントランスホールを陣取っていた男たちは下品な笑い声をあげた。


「なンだぁ? ガキ連れて来やがって」

「はははッ! そんなガキなんて怖かねぇよ!」

「ぎゃははははは!」


(あー……ホンット、前世思い出すな。そして妙にムカついてくんな……)


「剣持ってお稽古でちゅかー?」


 小馬鹿にしたような口調で一人がそう告げると、周囲にいる者たちは何が楽しいのか爆笑する。


 ちなみに、騒ぎを感じ取ってこの場所に顔を出している彼ら以外の応募者たちは、この様子に対して青ざめた顔、あるいは完全に見下した顔をしている者が多い。

 おそらく、ショークリアが誰であるか気づいたものたちだろう。


「とっとと荷物を纏めて出て行きなさい。

 あなた方は、合否以前の問題です」


 ショークリアとて、この世界は生前より身分の差がハッキリしているというのは、この五年で理解している。

 それに、母からの教育によって、知識の上では状況に応じた対応というものを知っているつもりだ。


「合否以前の問題です! だってよぉ!

 キリっとしちゃってさぁ! 副団長ってのはあんなガキにヘコヘコしなきゃなんねーわけ? オレだったらビシっと言っちゃうぜぇ!」


 だからこそ、思う。


(こりゃねぇだろ……。

 根本的によぉ、コイツらにとっちゃ他人の家だぞここ。どーしてここまでデキんだ?)


 それに昨日は試験前の挨拶でショークリアは堂々と名乗っている。

 だというのに、彼らは目の前にいる少女が誰だか理解できていない。


「あのね、モーラン」

「なんです? 嬢?」

「個人的には身分差って面倒だなって思うの」

「急になんです?」

「でも存在しちゃってる以上は、互いに相応に振る舞うべきよね?」

「もちろんです。少なくともこの国は、身分の差を基準にした考え方が根ざしていますからね。変えたいのなら、国の中心に携われるくらいの身分を得られる功績が必要ですよ」

「変える変えないはともかくとして――教えて貰わないと分からないものっていうのはあるよね? 貴族であっても平民であっても」

「それはありますね」

「だから態度や言葉遣いを咎める気はないの」

「嬢は、本当に五歳児らしからぬ言動をしますね」

「でもね――それでもね。思うの……あれはないよね?」

「ないですね」


 ショークリアとモーランは盛大に、長く、長く、とても長く、息を吐く。


「あのね、モーラン」

「はい」

「これから、とてもとても汚い言葉を使うけど、大目に見て欲しいの。出来れば家族のみんなにはナイショの方向で」

「そりゃあ構いませんが……」


(よし、モーランの許可が降りたし……久々にやっかね……前世ぶりの、喧嘩をな)


 今の身体は五歳のものだ。

 前世の時とはリーチもパワーもまったく異なる。


「ああいうのは、身体だけでなく心の底から理解させる必要があると思うの」

「旦那と団長から実力行使の許可はおりています。

 あそこまで無礼が過ぎるのを見るに、どうして今まで生きてこれたのかが不思議ではありますが」


 だが、今世は剣があるし、フォガードとの訓練で、この身体での戦い方というのも理解できてきている。

 まだまだ未熟だが、彩技アーツを用いれば、体格差などどうにでもできるだろう。


(万が一にも遅れは取らねぇ相手だな)


 ターゲットの数は六人。

 全員、骨の一本や二本は覚悟してもらおう。


(んじゃ、ちょいとやってみっかッ、お祈りメール代わりの喧嘩をよッ!)


 気合いを入れて、ショークリアは切れ長の鋭い目をことさらに鋭くしてメンチを切った。

 魔法のような力が存在するこの世界では、気合いを込めて睨みを効かせるだけで、威圧という力が発動するっぽいことは、昨日の時点で理解している。


 そして、無意識にやっていたが、これも一種の彩技アーツだ。

 それに気づいた時、意識して強烈なメンチだって切れるようになったのである。


「テメェらよォ……あんま調子くれてんじゃねぇぞ……」

「え?」


 あまりといえばあまりのショークリアの変貌に、チンピラたちはポカンとした顔をする。


 豹変するショークリアの様子には、横にいたモーランすらも、珍しく間抜けな表情を浮かべていた。


 だが、同時に発された威圧感に、一瞬遅れて顔をひきつらせる。


 余談だが、どれだけ低く凄んでも、声と容姿が愛らしいのはご愛敬だ。


「テメェらに合わせた喋りしてやんだからよォ、ちったぁ言葉を理解してみせやがれ」


 鞘から剣が簡単に抜けないように、鞘と柄を結びつけていた紐を解く。

 柄を右手で――逆手持ちにして、思い切り右へ振ってから、素早く剣を引く。すると、鞘だけが勢いのまま飛んでいき、刀身は抜き放たれる。


 そのまま剣を逆手に持って、左手で前髪をかきあげた。


「ここはテメェらのシマじゃねぇんだ。テメェらの故郷でもなけりゃ家でもねぇ……。

 傭兵崩れの盗賊どもや、路地裏で張ってるスリどもすら持ち合わせてるような常識ってモンがあると思うんだがよォ……それを持ち合わせてねぇのかテメェらは? あァン?」


 チンピラたちは完全にショークリアの雰囲気に飲まれていた。

 ちなみに、横にいるモーランも飲まれている。


 雰囲気もさることながら、同時に放たれる眼光と威圧は、色々と鈍感なチンピラたちすらもビビらせるに充分のものだったようだ。


「他人の家で酒盛りして、他人の家ン中で汚ぇモンぶちまけてんじゃねぇぞ、なぁ?

 テメェらの匂いの移った臭ぇ金でよォ……汚した絨毯やなんかを綺麗にできると思ってんのか?」

「か、金を取るのかよッ!? テメェらがここに泊まれって言って連れてきたんだろッ!?」


 精一杯強がったようなチンピラの言葉に、雰囲気に飲まれていた周囲の人間は一斉に正気に戻り頭を抱えた。


(え? あいつ何言ってんの?

 汚ぇ安宿だって客が限度を超えた汚損を起こせば金を請求するぞ!?)


 そもそもどう見ても平民の彼らが貴族の家に泊めて貰っているという時点で、畏れを抱いてない方がおかしいのだが。


 もちろんショークリアも胸中では頭を抱えた。

 何を言っても無駄だと悟ったとも言える。


 あとはもう、ボコるしかない。


「あのよォ――……人間の内臓って分かるか?

 心臓とか胃とかよォ、色々あるんだけどよォ、売るとこで売れば、良い値が付くらしいぜ? 知ってっか?」


 ショークリアのその言葉に、ギャラリーの中で青ざめていた者たちが、ことさらに青ざめた。

 彼女の言葉の中にある本気を感じ取ったのかもしれない。


「テメェらの腐ったモンが、家畜のクソより値が付くとは思わねぇけどな……。それでも、ちったぁ足しなんだろうよ。

 まぁテメェらにもわかりやすく要約すると、だ」


 ショークリアの全身に力が籠もる。

 ギャラリーたちが、ゴクリと喉を鳴らす。


 言動もさることながら、放たれる殺気は、もはや五歳児とは思えない。


「テメェらの臓器ナカミッ、ここでッ、全部ぶちまけていきやがれェェ――……ッ!!」


 啖呵とともに彩技アーツで身体能力を高める。

 同時に地面を蹴り、ショークリアが弾丸のように飛び出していく。

 手近にいた男の前まで移動すると、右手を振り上げて、剣の柄で一人目の顎を強打する。


 意識を失いながら上へと吹き飛ばされる仲間を見て、ようやく状況を理解したのか、各々が武器を手にしたり、構えようとして――


「ナメてんのかッ! 何もかもが遅せぇんだよッ!!」


 ショークリアはそれを遮るように吼える。


 二人目は剣に手を伸ばそうとしているところを左手で殴り飛ばす。


 三人目は剣を抜こうとしているところを蹴り飛ばす。


 四人目は槍を構えようとしている最中に槍を半分に切り落とし、流れるように回し蹴りをたたき込みぶちのめす。


 五人目は完全に剣を構えていたのだが、動き出すよりも早く、跳び蹴りが顔の中央をとらえた。


 そして最後の六人目。跳び蹴りの着地を狙ってきたようだったが、ショークリアは右手に握った剣で相手の剣を払い、左手による強烈なジャンプアッパーカットで相手の顎を砕いた。


 こうして、ショークリアは瞬く間にチンピラ全員を叩きのめすのだった。


 全員が白目を剥いて絨毯の上に倒れ伏せてるのを確認して、ショークリアは一息つく。


「ふぅ」

「嬢」


 その時にモーランはショークリアを呼んだ。

 ちらりと、彼の方に視線を向けると――


「これを」

「ありがとう、モーラン」


 モーランはショークリアが投げ飛ばした鞘を、投げ渡してくれた。

 それを受け取って、剣を納めて周囲を見回し……


「この人たち、どうしようか?」


 何事も無かったかのようにモーランへと訊ねると、彼はショークリアの変わりっぷりに少し戸惑ったような顔をしつつ、真面目に答える。


「そろそろ団長が馬車を持ってくるんでね。送っていきますよ。

 ……すれ違わずの道――ダイキーチ街道の、真ん中あたりまで、ですけどね」

「真ん中?」

「放り投げて帰ります。あとはどうなろうが知ったこっちゃありませんので」


 日本人の感覚としては問題ありそうな行為だが、ここは日本どころか地球ですらないのだ。


 あんな暴言を吐いておいてなにを――と思われるかもしれないが、あんなものはただの脅しである。


 それ故に、そんなところで放り投げて、こいつらが魔獣に殺されたら寝覚めが悪いのでは……と思いはしたものの――


(あー……あんま罪悪感わかねぇわ。うん)


 ――どうやら、自分もこの世界の感覚のようなものに馴染んでいるようだ。


(考えてみりゃ前世ン時も、馬鹿どもが道路の真ん中で寝てっと邪魔だからっててきとーに路地裏に放り投げたりしてたっけか)


 思えば……前世の頃からこの世界基準のような行いをしてたような気がしてきたので、胸中でかぶりを振る。


「まぁ、それがふつうの対応なんだったら、それでお願いね」


 とりあえず、ショークリアはそう言ってうなずき、あとをモーランに任せることにした。

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