第26話 オレがいなくても会議は続く


「見たかッ!? 俺の娘、すごくないッ!?

 可愛くて強くて頭も良いとか才能あふれすぎてて怖いッ! なんなのあの子ッ、素敵ッ!!」


 ショークリアが退室し、その気配が完全に遠ざかったところで、フォガードが騒ぎ出す。

 彼をよく知るものからすれば、子供のいないところでは阿呆みたいに騒ぐ親馬鹿な面があるのはいつものことだ。

 とりあえず放っておけば、収まることだろう――と共通認識を持っていた。


「俺と睨みあってても平然としてるしッ、見聞きした情報から自分で考えて案を出してくるし、将来何をしても安泰っぽくないッ!?

 いや、安泰じゃないからあんな提案してくるんだろうけど……ッ!!」


 そうやってしばらく娘すごいと騒ぎ続けた後で満足したのか、フォガードはいつもの様子に戻った。


「そういえば最後に微笑んだ時のあの様子……夢重ゆめがさねの意味を理解しているようだったな」

「ええ――早熟というべきか、なんと言いますか……」


 冷静になったフォガードは、退室前のショークリアを思い出して盛大に嘆息する。

 それに、ソルティスも同意した。


「我が子が天才なのは良いコトなんだがな、末恐ろしいにもほどがある」

「暇があると図書室で本を読まれておりますからな」

「単に読むだけでとどまらず、知識として利用できる思考を持つか……」


 フォガードは、娘の将来について少し想像する。

 どのような仕事でもこなせるだろうショークリアだが、一番想像しやすいのは、戦場での指揮官や将だろう。


「ショコラが将来的に戦場で指揮官などをやるとして、それに従う男がいるかどうか……」

「嫌がる者が多そうですな」


 ソルティスの言葉に、フォガードはうなずく。

 自分が部下の立場であれば、女性指揮官をどう思うか――と考える。


「自分の場合で考えると、指揮官がバカでなければそれで良い……となるから、参考にならん」

わたくしめも同じですな。無能で矜持と志だけが高い指揮官なんぞ、性別関係なく邪魔なだけです」

「その点、ショコラであれば、攻めるも逃げるも冷静に判断するだろうさ」

「その判断を冷静にできるという信頼があるだけで、兵士としては大変ありがたいですな」


 とりあえず、自分とソルティスだけでは参考にならないと考えたフォガードは、室内にいる戦士の一人に声を掛けた。


「クグーロ。君はどう思う?」

「騎士であるコトだけを誇りにしてる戦場知らずのボンボン達ならいざ知らず、自分は元傭兵ですぜ、旦那。

 考え方としちゃあ、旦那やソル爺と変わらんので、参考にはなりませんて」


 茶色の髪に、どこか粉雪が乗ったように白髪が交ざる二十代半ばの戦士は、特に考える素振りもなくそう答えた。


「それもそうか」


 フォガードはその答えに軽く肩を竦めてから、そう言えば――とついでのように訊ねる。


「戦士団はあまり女性に手を出してないようだが、実際のところどうなんだ?」

「んー……まぁ団長たちから、『人手が足りないから、それを減らすようなマネするな』って口を酸っぱく言われてますからね」


 そう言ってから、クグーロは後ろ頭を掻く。

 それから言葉を選ぶように、口を開いた。


「強引に手を出して泣かすようなコトはしてないのは事実ですぜ。

 それに、本館で働いてる人らって、俺らの同僚かと言われると微妙ですしね。確かに雇い主は旦那やマスカの姉御で、そこは俺らと同じですけど、雇い主が同じだから同僚ってのはねぇでしょうよ。

 言い方は悪ぃですけど、文官や侍従たちに手ぇ出すってコトは、雇い主の所有物に手を出すみたいなモンじゃねーですか。

 雇い主の家に飾られてる絵画や壷とか高そうなモンと同じでさぁ。気に入ったからって勝手に持ち帰ったり、気に入らねぇからって勝手に壊したりするのと同じようなモンなワケで。そりゃあ、やっちゃマズいってのを理解できないほどのバカはいやしねぇっスわ。

 旦那も分かってると思いますが、傭兵ってのは雇い主や依頼人あってこそ。信用第一でさぁ。そこは戦士団となっても変わりぁしねぇって話です。

 それこそ、お嬢の言ってたウィン・ウィンって奴でさぁな。依頼人と傭兵ってのはその関係が維持できてこそでしょうさ」


 クグーロからの言葉を吟味するように、フォガードはうなずく。


 人手が足りてないことが抑止力になっていると言われるのは複雑ではあるが、戦士団の全員がこのような思考をしているのであれば、下手に矜持だけ高い騎士を雇うよりも頼もしい。ありがたいことである。


「なら、女性戦士が雇われたとしたらどうだ?」

「どーですかねぇ……。

 俺個人は、性格とかに問題がねぇようなら、それでいいんスけど。

 でも、自制効かねぇバカは多少いるだろうとは思いますわ」

「ふむ。やはり女性戦士を雇うなら専用の寮は作るべきか」

「それも必要だとは思いますがね……俺個人の意見としちゃあ、女性戦士団を別途作って、そこの雇い主を、マスカの姉御かショコラのお嬢にした方がいいと思いまさぁ。

 もちろん、緊急ン時の最優先は旦那の指示でいいと思いますがね。

 同じ戦士団でも別組織――別の傭兵団って意識がありゃあ、自制効かねぇバカもまだ理解できると思うんで」

「ほう……なるほどな」


 思ってもみなかった場所からの悪くない提案に、フォガードは思考を巡らせる。


「ついでに言わせて貰ってもいいスかね?」

「なんだ?」

「治安の問題が発生するかもしれねぇってのは理解してるし、女たちから反対されるだろうコトは分かってるんスけど――幻夢館げんむかんを領都に開いてはくれねぇですかねぇ?

 旦那や姉御に付き合って別の領地へ行く時くれぇしか、女で遊べねぇってのも、正直よろしくねぇっスからね」

「そうか。領内の女に手を出さないというのは、同時にそういう問題をはらんでいるのも道理か……」


 とはいえ、自らの意志で幻娼げんしょうをやっている者はいざ知らず、誘拐されたり売られたりして無理矢理に幻娼をやらされている者がいるのも事実。

 店を出す許可をするのはやぶさかではないが、そういった店が治安の悪化やよくない輩を呼び込むだろう懸念は大きい。


「そちらは保留だな。

 いや、本格的に領内での女性雇用をするのであれば検討すべき案件だとは思うが、今すぐに何か案がでるわけでもない」

「検討してくれるだけでありがたいスわぁ。よろしく頼みますぜ」


 クグーロの言葉にフォガードは大仰にうなずく。


 それから大きく息を吐いて、ショークリアの持ってきた紙束を手に取った。

 お披露目を終える前の子供とは思えない綺麗な文字で、丁寧にそれぞれの人物についての印象や腕前などが書かれている。


 希望する仕事内容までしっかり網羅しているのだが――


「どうすればここまで調べられるのだろうな」


 思わず独りごちると、それに答える声があった。


「……嬢は試験のあと、一人一人に質問をして回っていましたからね」

「モーラン……ちゃんとノックして入ってきてくれ」


 背後からゆっくりとその存在感を見せたのは、戦士団副団長のモーランだ。

 相変わらず自身の持つ技能を用いて、音もなく部屋の中に姿を見せるので困る。


「それだけ、女性地位向上に力を入れているのか……あの子は」

「どうでしょうね。嬢はちょいとばかり考えるコトが突飛すぎて、自分には理解できないところがありますから」

「それは父である俺も同じだがな」


 フォガードはふーっと息を吐き、モーランへと視線を向けた。


「用件は?」

「男の方も試験が終わったので、結果を持ってきました」

「それで?」

「自分と団長の見解としては、全員不合格です」

「女性陣とは正反対の結果だな」

「一部のクズが無駄に騒ぎましてね。だが戦士希望者の誰一人としてそのクズどもを咎めなかったのが問題です」

「そのクズどもはどうした?」

「ほかの参加者同様。一応は、宿泊の為の別邸に案内しましたが……態度が悪すぎるので、ほかの参加者より先に館を追い出す予定です」

「そうか。その辺は任せよう。実力行使が必要なら、ショコラにでもやらせればいい。あれの睨みと威圧はすごいぞ」

「そうさせてもらいます。

 ちなみに、参加者に対する嬢と坊の評価は正しいですよ。一緒に聞き込みに回った自分も同じ印象なので」


 モーランが言うのならば本当なのだろう。

 もとより娘の調査を疑っているわけではなかったが、モーランの言葉によって信頼性が補強されたと言えよう。


「ショコラの提案は聞いていたか?」

「自分は賛成です。クグーロの女性戦士団設立の案も含めて。もっと言うなら、幻夢館に関しても同様です。

 付け加えるのであれば、男の不満解消の為に幻夢館を置くのであれば、同時に女の不満解消の施設もあってしかるべきでしょう」

「理屈は分かった。だが、女性向け施設とはどんなものだか想像ができんな……」


 しばし悩んでから、フォガードは室内にいる女性二人へと声を掛ける。


「度々すまんが、君たちの意見を聞きたい。

 女性として、何かそういうモノが欲しいというのはあるか?」


 文官の方はしばし逡巡してから、顔を上げる。


「そうですね。女性でも気軽に入れる食事処が欲しいです。

 お茶や、果物などを楽しめると、なお良いかと。特にお嬢様考案の甘いお菓子などがいただけると嬉しいですね」

「ふむ。君はどうかね?」


 侍女の方に訊ねると、彼女は少しだけ顔を赤くし、両手を頬に当てながら、恥ずかしそうに口を開いた。


「えーっと、その……女性向けの……幻夢館、とか……」

「え?」

「幻娼は……個人的には男性が良いですけど、この際、顔が良ければ女性でも……! いえ、いっそ自分は大丈夫なので、男性の幻娼同士とか、女性の幻娼同士とかが絡み合ってる姿を横から見たいといいますか……」


 何が大丈夫と言うのだろうか。

 すでに色々手遅れな気がする。


「そうですそうです! 男幻娼同士や女幻娼同士が絡み合う姿を見れる見世物小屋とかがいいです! はい!」


 とにもかくにも侍女は口早にそう告げながら、きゃーなどと言っていって勝手に騒いでいる。


 その様子にどうしたら良いのか分からず、


「そ、そうか……検討して、おこう……」


 フォガードは呻くように、そう口にするのだった。

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