第25話 はじめてのぷれぜん(後編)


 女性二人の話を聞いたあとで、父とソルティスはなにやら話をはじめた。


 二人が相談しているところに割り込むのも申し訳ないのだが、ショークリアとしてはまだ話は終わっていないので、勇気を持って割り込んでいく。


「お父様、ソルト」

「む? すまん、お前の案が面白くてな。ついつい盛り上がってしまっていた。まだ何かあるのかね?」

「はい。むしろ、ここまでが前哨戦といいますか……個人的にはここから先が本命といいますか……」

「…………」


 ショークリアの言葉に、父とソルティスの顔が盛大にひきつる。

 だが、自分の言いたいことをちゃんと言葉にしようと必死に考えながら喋っているショークリアはそれに気づかない。


「戦士適正の無かった皆さんも全員、うちの領地で雇ってあげたいのです」

「同情からそう口にしたのであれば却下だ」


 父の即座に斬り捨てるような言葉に、ショークリアは首を横に振った。


「同情は無いとはいいません。ですが、人手不足は戦士だけではありませんでしょう?」

「否定はしないな。だが雇い入れるにも資金は必要だ」

「雇い入れるコトで逆に抑えられる出費もあるかと思います」

「……どういう意味だ?」


 父の目がすぅーっと細まった。

 心臓が射抜かれるような気分になるが、ショークリアは胸中で自分に喝を入れて、改めて背筋を伸ばす。


「……例えば、締め切りをやぶると500の損害がでる仕事があったとします」


 その例えに、父とソルティスがうなずいて先を促してくる。

 それを確認してから、ショークリアは例えを続けた。


「人手が足りず、結局間に合わなかった場合、500の損害が発生します。

 人材を雇い入れ、雇ってから締め切りまでの期間の人件費が250だとします。

 こうして人を雇ったコトで無事に締め切りに間に合えば、出費は250で済みます」

「雇わずに締め切りに間に合わせれば出費はゼロだぞ?」

「そうかもしれません。ですが、実際のお仕事は違いますよね?

 その締め切りだけに力を入れるワケにはいかないのでは?

 お父様だけでなく一緒に仕事をする人も。少ない人材で強引に進めていくと、どこかで破綻します。それこそ、突然体を壊す人が出てきたらどうでしょう?」

「むぅ」


 父とソルティスが揃って唸る。


「実際、シュガールがそうではありませんか?

 彼が倒れると、彼と同じ量の仕事ができる料理人は、この家にはいませんでしょう?

 例えばお披露目などの日にごちそうを作る時、シュガールが何らかの理由で動けなくなった場合、代理に立てる料理人はおりますか?」

「……確かに、な……」


 手応えはある。このまま押し切るべきだろう。


(前世のお袋に感謝だな……。

 嫌なコトがあったとか言って飲んだくれて愚痴ってた話が、ここで生かせるなんて思わなかったぜ……ッ!)


 職場の人手が足りない話とか、そのせいで大ポカ発生したのに、上層は何もしてくれないどころか、ポカしたことを説教してきた上で、新人どころかバイトすら補充してくれなかったとか。

 そういう愚痴を思い出しながら、ショークリアは父を見る。


「領地のお金が少ないのは承知の上です。でも、それを気にしてお金をケチりすぎると、逆に大きな問題が発生して、余計な出費が増え、やがて取り返しの付かないコトになるのではないかと、わたしは思うのです。

 ですから雇い主と雇われる者がウィン・ウィンの関係になるのが一番良い形なのではないかと」

「うぃんうぃん?」


 思わず口から出た言葉に、父が首を傾げた。

 それに対して、ショークリアは慌てて答える。


「ウィンとは――ええっと、遠い異国で、勝者とか勝利とかいう意味で……ウィン・ウィンというのは勝者と勝者――つまり雇い主も雇われる者もどちらも正しく勝利できる状態という言葉というか……。

 お買い物とかでもそうです。お店とお客さんがどっちもウィン・ウィンの関係であるコトが健全であり、何よりお互いが気持ちいい関係ですよね――という感じというか……ええっと」

「落ち着けショコラ。言いたいことは分かったから大丈夫だ」

「しかしウィン・ウィンですか。良い言葉だと思いませんか、旦那様」

「ああ。先ほどの件も含めて、今回の話も一考の余地がある」


 二人の様子に、ショークリアはホッと一息ついた。


「お前のコトだ。戦士以外の候補者たちを纏めたものを持っているのだろう?」

「はい」


 うなずくと、用意していたもう一つの紙束をミローナが取り出す。

 取りに来たソルティスにそれを手渡し、ソルティスから父の手に渡る。


「お前は武官としてだけでなく、文官としての才能もあるのだな……」


 紙束に軽く目を通した父は、しみじみと呟くように口にする。


「そんなお前が言うからこそ――この提案には意味があるのかもしれんな。そう思わんか、ソルト」

「はい。わたくしめもそう思います。

 お嬢様が将来どのようなお仕事をされるにしろ、将来において女性だからという理由で不当に扱われるのは非常に勿体ない才能を感じます。

 そして、今まで我々は才能ある女性をそう扱ってきたのだと思うと申し訳なさもありますね」

「全く、自分が情けないな。娘の才能を見るまで気づかぬとは。

 妻を――マスカフォネを見れば分かるだろうに……それがふつうだと思っていた。あいつもまた、魔術士としての才能はあれど、女だからと評価されない者の一人だったのだからな……」


 嘆息する父へ、ショークリアは告げる。


「ですが、今からでも遅くはないのではありませんか?」


 ダメ押しをするならここだ――と、ショークリアは最後の気合いを振り絞る。


「これからそういう動きをしていけば、いつかは『かつての女性の扱いは悪かったのだ』と、過去形にできる日が来ると思います。

 早ければ早いほど、お母様の才能を世間に認めさせる機会も来るのではないでしょうか?」


 父が、ソルティスが。

 あるいは室内で作業をしていた他の文官や従者たちも、一斉に難しい顔をする。


 同時に、さきほど父に声を掛けられていた女性文官と侍女は、縋るように彼らを見つめる。


(今更だけど、今回の女性応募者が合格すればそれでいいって感じであれこれ考えてたんだけどよ……なんか本気ですげー大事になってね……?)


 ショークリアの胸のうちなど誰にも届かない。

 だが、少しばかり調子に乗りすぎたのかもしれないと、内心ちょっと頭を抱える。


(とはいえ、ここまで来たら、行けるとこまで行くしかねぇよなッ!)


 しばらく、戦士と戦士以外の両方の資料を眺めていた父だったが、意を決したような顔で立ち上がった。


「無駄に矜持だけ高い領主であれば、例え自分の子供であれ、幼子の――しかも女児だからこその戯言だと一蹴しただろうがな……あいにくと、私にそのような矜持はない」


 机を迂回しショークリアの元へとやってきて膝をつくと、父は娘を抱きしめる。


「お前の提案、無駄にしないと約束しよう。

 そして、お前の意向通り、女性希望者は全員雇うし、それ以外の者にも仕事を与えよう」

「そうなると、女性用の寮なども必要ですね。

 当面は使っていない方の離れを利用しましょうか」


 父の言葉に、ソルティスが提案する。


「上層部が意識していても、末端にその意志や考えは届かないもの。

 男女共用にした場合、勘違いした愚か者が、強引な夢重ゆめがさねを行おうとするかもしれません」

「確かにな」


 その提案にうめくようにうなずいて、父はショークリアを解放した。


「夢重ね?」

「今のお前は、まだ知る必要のない言葉だ」


 首を傾げるショークリアに、父は優しく告げるので、素直にうなずくが――


(じーさんのおかげで理解できたぜ。

 夢をかさねる――ってのは、夜這い……いや、単純に夜のアレってところか。

 ……そう考えると、あの料理好きの姉ちゃんは、酒場の給仕だってのにそういうコトをさせられてたってコトか……?

 尚更、クソったれな話じゃねぇか)


 胸中で毒づくと、ショークリアは顔をあげて、父を見る。


「お父様」

「なんだ?」

「夢を重ねる――という言葉の意味はわかりません。ですが……」


 言葉の意味は理解できたが、自分がまだ五歳だということを思うと、理解を示す方がおかしいだろう。それでも、言いたいことは、ここで言っておこうと口にする。


「試験を受けた人の中に、料理をしたくて酒場に雇って貰ったものの、給仕と夢重ねばかりさせられた……と悲しそうな顔をする人がいました。

 ソルトの言い方と、その人のコトを思うと、強引に夢を重ねるというのは良いコトではないのですよね?

 でしたら、そういうコトが起きないような環境にできるように、お願いしたいです」


 真面目な顔でそう告げると、父とソルティスも真面目な顔を返してくる。

 そして二人が何かを口にするよりも先に、別の声がここへと割って入ってきた。


「旦那様、お嬢様。従者としての礼を失しているコトを承知して、発言をさせて頂きたいのですが」 

「許そう」


 割って入ってきたのは、部屋の中で父の仕事を手伝っていた女性文官だ。

 その横には、同じく部屋の中にいた侍女も立っている。


「この館へ来てから、強引な理由や理屈で夢を重ねてこようとする男性はなくなりました。ですが、世にはまだ多くいるのです……!

 だからこそ、お願いしますッ! そのような不埒を容認するような状況を改善して頂きたくお願い申しあげますッ! お嬢様の提案する将来を、共に夢に見させていただきたいのです」

「私からもお願い申しあげます。

 旦那様、侍従長――お嬢様の描くものは、私たちにとっての希望でもあります」


 そう言って、彼女たちは深々と頭を下げる。


「君たちは、領地外から来て働いてくれている者たちだったな」


 フォガードは二人に頭を上げるように告げ、自身の顎に手をやった。


「王命でこのような田舎に送られてしまったコトを嘆いているのかと思っていたが……」

「確かに給金は少々……ですが、それ以上に、王都と比べて働きやすさが違います。不満があったのは最初だけ……今ではこの領地の外で働くなどと考えたくもないほどに」

「私も同じです。平民出身の女性従者など、奥様やお嬢様に付けて貰えない場合、男性従者や守領騎士たちから、強引に夢重ねを迫られるコトが当たり前なのです。ですが、守領戦士の皆さんはそのようなコトをしてきません。

 それだけでどれだけ働きやすいと思ったコトか……。

 全てを救えないのは分かっております。ですが……是非とも、悩める女性の救いの領地となって頂ければと思います」

「……そうか。女性たちはそこまで深刻に悩んでいたのだな……」


 二人の真摯な言葉に、父は非常に難しい顔をする。

 それに対して、ショークリアは胸の裡で、顔をひきつらせた。


(……おいおい。この世界って、そこまでアレな男が多いのかよ……。

 いずれ王都の貴族学校とやらに放り込まれるって話なんだが……ちと、王都行くのが怖ぇぞ……。

 でもまぁ、いざとなったら斬り落とすか)


 前世の自分であれば、自分自身が怖くなるような発想だが、今世は女として生まれたせいか、思考はともかく精神が女性に寄っているようだ。

 思いついた発想を怖いとは思わず、むしろ積極的にっていくのも悪くないかもしれない――とまで、ショークリアは考える。


 そんな思考が殺気として漏れていたのか、父は――いや室内の男性たちが青ざめた顔をショークリアに向けた。


 彼らを代表して、父が訊ねてくる。


「……物凄い寒気を感じたが……ショコラ、何を考えた?」

「え? いざとなったら斬り落とそうかな、と」


『何をッ!?』


 男性陣からの総ツッコミに対して、ショークリアは思わず「そりゃあ、ナニだよ」と答えようとしてしまう。

 だがその発言はさすがに貴族の女の子らしくないな――と自制すると、優雅に微笑むにとどめた。


(その微笑みが逆に怖いって……ッ!!)


 結果として男性陣には、逆効果であり、ミローナ含む女性たちからは敬意の眼差しを向けられることとなったのだが、ショークリア本人は気づかないのであった。


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