第30話 気に入ってくれてなによりだ

 

 女性のみの領衛戦士団ファム・ファタール隊が正式に誕生してから、二週間ほどたっていた。


 女性戦士団の団長はサヴァーラ・リアン・ババオロム。

 毛先に向かうにつれ、白くなる赤髪の女性だ。

 元騎士であるが、騎士団での女性の在り方に疑問を感じ退団。それがきっかけで実家からは嫌われてしまったはみ出し者だった。


 そのあとは冒険者や傭兵などを独学で勉強し、一人で何とか生きてきたのだが――


(人生というのは、何が起こるか分からないものだな)


 そう思いながら制服に着替えて、部屋を出る。


 女性向けの戦士団寮が出来るまでは――と指定された場所は、領主一家の屋敷の別邸だった。

 長らく無縁となっていた豪華な家に気後れしなかったといえば嘘になる。


 だが、同時に相応の扱いをしてもらえるのだという実感が湧くものでもあった。


「おはよう。サヴァーラ」

「ああ。おはよう。カロマ」


 部屋を出たところで声を掛けてきたのは、カロマ・リムン・パンジャン。

 サヴァーラとともにファム・ファタール隊の副団長を命じられた人物だ。


 先の採用試験で出会うまで面識がなかった女性ではあるが、自分と同じく中央騎士団に所属していたらしい。

 だが、サヴァーラと似たような理由で退団。やはり実家から絶縁状を叩きつけられてしまい、一人で生きてきたと言っていた。


 シャインバルーンと戦う際に、真っ先に補佐をかって出てくれた人物でもある。


 明るい薄桃色の髪に、薄黄緑色の瞳をした美人で、その色合い通りに明るいノリの話しやすい人物だ。

 長めの髪を後ろで束ねており、それが歩くのにあわせて尻尾のように揺れている。


「ふふっ」

「どうした?」

「ここのご飯、美味しいから、朝食が楽しみだなって」

「確かにな。最初はなんて薄味なんだと思ったが」

「本当に。楽しみ方が分かったら、とても美味しく感じるようになったわ」


 この領地独特の減塩料理というものに最初は驚いたのは確かだ。

 だが、サヴァーラやカロマだけでなく、この別邸で寝起きをしている者はみな、今はそれを楽しみにしていた。


「それに、お嬢様の話では、過剰に塩花トルースを食べるのは良くないそうだしね」


 最初に減塩料理を振る舞われた時、サヴァーラたちの反応はあまりよろしくはなかった。

 その時、食堂に様子を見に来ていたショークリアが説明してくれたのを思い出す。


「言っていたな。激しい運動をするのならある程度はむしろ必須だが、それでも摂取しすぎるのは危険であると」

「のどが渇きやすくなる他に、身体のむくみ、ダルさ、あと骨が弱くなる――だったかしら?」

「血管が破裂しやすくなるらしいぞ。若いうちはともかく、年老いてからは、さらにその危険性が高まるらしいとも言っていた」


 話を聞いた時、それだけの情報を独自に見つけていながら、どうしてこの領地は中央に報告しないのだろうか――と、サヴァーラは疑問に思った。


 だが、報告しないのではなく、今はまだ出来ないのだろうと結論づけた。


 恐らくは聞き入れて貰えないのだろう。

 今のキーチン領では、力が足りないのだ。

 中央に進言したところで、木っ端の意見だとして切り捨てられる。


 ましてや塩花は、国の大きな利益となっている商材だ。

 それを危険などと口にすれば、叛逆の意でもあるのかと疑われかねない。


「領主一家はみな減塩料理を楽しんでいる。

 それに奥様の話では、確かに身体がむくみにくくなった気がするとも言っていた」

「それ、奥様の気のせいなんかじゃないわよ。ここで過ごしているうちに、アタシも日々の身体のキレが良くなってる気がするもの」

「奇遇だな。私にも心当たりはある」


 美味しい上に、身体に良いというのは非常にありがたい。


 そして、そんな美味しい料理をこの別邸で担当しているのが、採用試験の時にサヴァーラとカロマが助けた女性シャッハ・ニーキッツだ。


 シャッハは食事の時間以外、本邸の厨房長シュガールの元で勉強をし、食事の時間になるとこの別邸で、ファム・ファタール隊の食事を作る。

 そのシュガールの元で勉強することもまた勤務の一環とされているので、少ないながらも給金がでているそうだ。


 勉強中の身なのにお金を貰っていることに後ろめたさがあると言っていたシャッハだったが――


「いずれシュガールに並ぶ料理人となり、領地に貢献してくれるのであれば、この程度の給金など安いものだ。君の未来にそれだけの価値があるのだと思ってくれ。そして可能であれば、その未来の価値に賭けた私を、未来で儲けさせてくれるとありがたい。その為にも精進をしてくれたまえ」


 ――そんな言葉を領主フォガードより賜ったらしい。



 その話を聞いた時、サヴァーラとカロマは言葉を失った。

 いや、二人だけではない。その話を食堂で聞いていた皆が、言葉を失ったのだ。中には涙を流している者もいたかもしれない。


「ここで働いてしまうと、どんな給金が良かろうと余所で働けなくなりそうなのよね」

「同感だ」


 英雄に押しつけられた不毛の土地。

 管理が難しく、開拓の難易度が高い上に、仲の悪い国との国境と隣接しており、未開の森すら近くに存在する。


 それでも、この領地は領都を町と言えるくらいに発展させている。

 そしてファム・ファタール隊のような大規模な雇用をした。


 戦士以外にも女性たちを大量採用していたことから、即戦力が欲しいのだというのは理解できる。


 そこから判断するに、近いうちに大規模な開拓事業でも行うのだろう。

 戦士や文官などの数が倍になれば、片方が開拓事業に従事してても、今現在の基本業務は回るはずだ。


「優秀な女性を大量雇用するコトで即戦力を補充。

 同時に、娘たちの将来を見据えた意識改革の足がかりとする……か。

 フォガード殿はやり手のようだな」

「ほんと、中央で言われていた噂なんてアテにならないわね。

 無能な貧乏領主。近いうちに音を上げる――貧乏以外大嘘も良いとこよ」

「その貧乏も、こんな領地でなら仕方がない話だ。

 それでも細々と塩や鉱石を採取し、魔獣の素材などを売るなどしてやりくりしてきていたのだろう」


 そういう泥臭い努力を嘲笑いたいだけの貴族というのは、実際に中央にいる。

 サヴァーラとカロマも、そういうのに笑われてきた口だ。

 もっと言えば、二人は家族もそうだったと言える。


「仕事は楽しいし、待遇のおかげでやる気もでる」

「実家を見返すとしましょう。領地ここの発展に貢献するという形で」


 そんな気力を滾らせながら、二人は食堂の扉に手をかけるのだった。

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