第22話 人を見かけで判断しちゃいけねぇな


 ショコラとザハルによる話が終わったあとは、男と女でグループを分けされた。


 女性グループはショコラ嬢が試験会場に案内するということで、それについて行くことになる。

 女性であるサヴァーラは当然、ショコラの案内についていく。


 正直なところ、あのアホ集団と別々というだけでかなりありがたい。


(これは……町の外に出るのか?)


 王都ほどしっかりした物でなくとも、魔獣除けの壁が町を囲んでいる。

 その囲いの外に出るということは、魔獣に警戒する必要がでてくるわけだ。


「あ、あの……私は戦士以外の仕事を求めてきたのですが……」


 黒髪の大人しそうな女性が、おずおずとショコラに話しかける。するとショコラはとても良い笑顔で答えた。


「ご応募ありがとうございます。

 ところで、募集要項はちゃんとご覧になりましたか?」

「え……?」


 困惑する黒髪の女性。

 その近くで、サヴァーラは訝しげに眉をひそめる。


 ややして、サヴァーラはハッと顔をあげた。


「戦士の募集。別の能力が発覚したなら、仕事を斡旋する……ショコラ嬢、そういうコトなのだな?」

「はい。そちらのお姉さんの言う通りです。

 なので、とりあえず応募者の皆さんには戦士希望者としての試験を受けてもらいます」


 恐らく黒髪の女性は、募集の文面から細糸にも縋る思いで、キーチン領にやってきたのだろう。

 顔色を悪くはしているが、自分の見落としのせいだと納得したのか、「わかりました」と理解を示して下がった。


 黒髪の女性が素直に下がった様子に、ショコラの視線が動いたのが見える。

 

(見た目で侮れないな、ショコラ嬢は。

 今のやりとりで、自分が見える範囲の参加者の様子をうかがったのか)


 応募の文面の裏を返せば、戦士以外の適性を見せつければ、仕事を貰える可能性があるのだ。

 文官職を志望するのであれば、この戦士の試験そのものは結果はどうあれ真面目に受けておいて損はない。


 あの黒髪の女性は、そこまで分かった上で、うなずいたようだ。

 そしてショコラはあの女性の心情をちゃんと読みとっているように見える。


 逆に納得できずに不満そうな顔をしている者は見込みがないと判断されている可能性がある。


(試験はすでに始まっている、か……)


 募集要項に、礼儀のある者という文面があった。

 それを思うと、将来的には、ショコラ嬢の護衛戦士の募集も兼ねているのかもしれない。


(考えれば考えるほど、何重にも色んな要素を絡めているようだな)


 サヴァーラの中で、キーチン領の評価がどんどんと上がっていく。


 実際のところ――ショコラとザハルを中心に考えられたこの試験は、ほぼほぼ行き当たりばったりなのだが、言わぬが花というものである。


 お世辞にも整備されているとは言い難い道を歩いて――どんどんと周囲の様子が荒れていく。

 どうやら領都から離れれば離れるほど荒涼としていくようだ。生活するにも開拓するにも、かなり厳しい土地だというのが実感できる。


 しばらくすると、ショコラが足を止めた。どうやら目的地に着いたようだ。


(……本当に荒涼とした場所だな……。

 乾いた土、ひび割れた大地――それを彩っているのが申し訳程度の褐色の草と木。岩の方が多いくらいだな、これは……)


 周囲を見渡して、サヴァーラは思考を巡らせる。

 元々は騎士だった彼女としては、ここで戦闘が起きたらどうするべきか……などを考える。

 それはもはやクセのようなものだった。


 もっとも、そういったことがまったく評価されなかったので、騎士をやめて傭兵まがいの何でも屋のようなことをしていたのだが。


「さて、試験の前に紹介しますね。

 私の上の兄弟きょうだい――クリムニーア・ガノン・メイジャンです」

「クリムとお呼びください。よろしくお願いしますね」


 大きな岩の影から出てきた少女は、ショコラに紹介されて頭を下げる。


 同世代の少女と比べると、身長は高い方か。

 スカートを摘みながらの礼は、貴族出身のサヴァーラから見ても満点をあげていいだろう。


 ショコラとは正反対の楚々とした雰囲気の少女だ。だが同時に聡明そうな少女でもある。

 恐らくこの場にいる文官職を目当てとしたものの選考をしにきたのかもしれない。


 足首丈のスカートの下から、ショコラが穿いているものと同じズボンとブーツが見えるのは、こういう場所を歩く場合を想定してだろうか。

 さらに言えばクリムは剣を帯びている。護身用程度だとは思うが――そこまで考えてサヴァーラは首を横に振った。


 挨拶を終えて一歩下がったクリムは、視線だけで周囲を見渡している。

 あの目線の動かし方は、狩りなどで実践を経験した者の動きだ。


(クリム嬢も見た目で判断してはダメだな。

 あの剣は護身用なんかじゃない。子供だてらにデキる方だぞ)


 同世代よりも頭一つ以上は飛び抜けているのではないだろうか。


(さすがは英雄フォガードのご息女たち……か。

 だからこその、この採用条件なのかもしれないな)


 才能のある娘たちが将来活躍できる下地を作る為という意図があるのだろう。


 この領地から、やがては王国全土にこの下地を広めていきたいという意図もあるのかもしれない。


 余談だが、ザハルもショコラもそこまで壮大なことは考えてはいない。

 ザハルは人手不足の解消が第一だし、ショークリアは言い出しっぺの法則だから仕方ないと思ってるだけだし、クリムニールは父たちの仕事の手伝いをがんばりたいと思っているだけである。

 ……もちろん、それも言わぬが花というものであるが。


「では、試験内容を説明します」


 全員の注目を集めるように数度手を叩いてから、ショコラが試験内容の説明を開始する。


「この近隣に生息するバルーン種を狩って戻ってきてください。

 その際に、何でも屋ショルディナーズギルドの討伐証明基準を満たすものを取ってくるように。

 一人につき五匹程度倒して欲しいところですが――倒しすぎないようにお願いします。

 これは当領地における領衛戦士として、同時に他の領地内業務に適正があるかどうかを見る試験です。

 それをお忘れにならないように、がんばってください」


 あまりにもシンプルな試験内容にサヴァーラは訝しんだ。

 バルーンなど、駆け出し騎士でも倒せる相手だ。五匹程度なら、この場にいる戦士希望者なら問題なく狩ってこれる。


(いや待てよ。ショコラ嬢は、『バルーン』ではなく『バルーン種』と言っていたな。つまり、上位系の亜種がいるのか?)


 だとすれば、油断は危険だ。

 それに狩りすぎてはいけないというのはどういうことだろうか。


(ターゲットのバルーン種が大量に狩られた場合、どうなる……?)


 単純に考えるなら、バルーン種の数が減るというだけの話だ。

 だが、わざわざそれを口にしたということは何か意味があるのだろう。


 バルーンが減って困る理由はなんなのだろうか。

 サヴァーラは少し考える。


 正直、バルーンを主に食料としている魔獣が困るくらいではないだろうか。そんなもの困らせておけば良いという気もするが……。


(いや、待てよ。その魔獣がバルーンの次に食料とする相手はなんだ?

 ……もしかしなくても人間なのではないか? だとしたら、バルーンを狩りすぎるというコトは、領都の住民を脅かすというコトになるのではないだろうか?)


 そこに閃いた途端、サヴァーラの全身に、雷撃の魔術を浴びたような衝撃が走った。


(五匹という具体的な数字を出せば、功を焦った者たちが後先考えずに狩ってくる可能性がある。多く狩れば評価されるかもしれないと考える者もいるだろうな……)


 確かに単純な腕前だけならそれで示せるだろう。


 だが、この場は領衛戦士の募集だ。領地を守る者を求められている。

 つまり、ショコラから出された試験を軽く考え、言われるがままにバルーンを狩ってくるだけではダメなのだ。


(……ッ!)


 もう一つの考えが、サヴァーラの脳裏に過ぎる。


(そうだッ、ショコラ嬢とクリム嬢がここにいるッ!

 彼女たちは領主の娘だ。領衛戦士を名乗る者が、彼女たちを放置して良いワケがないッ!)


 ショコラが考えたわけではないだろうが、この試験を考えた者は、相当のキレ者なのではないだろうか。


 そして男性陣も別の場所で似たような試験をやっているのであれば、あの阿呆の集団は合格できる可能性など微塵もないだろう。


(なんて――考えられた試験だ……ッ!)


 感銘すら受けているサヴァーラであるが、ザハルは別にそこまで考えてはいなかった。

 とりあえず、女性だけなら無茶するバカも少ないだろうから兄妹に任せとけば大丈夫だろう――程度の考えなのだ。


 サヴァーラに限らず、参加者の中にはショコラと――その後ろに居るだろう試験を考えた者への羨望や尊敬の眼差しを向けている者が多くいる。実際は、ショコラの背後になんて誰もいないのだが……それもまた言わぬが花というものだろう。


「それでは、試験を開始します。

 私が鈴を鳴らしたら、必ず戻ってきてくださいね」


 そう告げて、ショコラは両手を掲げる。


「よーい……スタート!!」


 スタート――という言葉の意味は不明だが、彼女は勢いよく手を叩く。

 それが開始の合図というのは理解できた。


 だが、サヴァーラは敢えてこの場を動かない。


 他にも動かない者が数人いる。

 動かない者のうち半数以上は青ざめていることから、彼女たちも黒髪の女性と同じように戦士以外の適性を見て欲しくてやってきた者なのだろう。

 青ざめながらも、彼女たちがショコラやクリムの様子を窺っているのは、試験の意図を読みとろうとしているかもしれない。


 それを見回しながら、ショコラはサヴァーラに声を掛けてくる。


「あら? お姉さんたちは行かないのですか?」

「守る手が必要だろう。ここには戦えない者もいるのだ」


 そう口にすると、この場に残った者のうち戦いの心得がありそうなものたちは、同意するようにうなずく。

 立ち振る舞いからして、貴族出身や平民でも富豪層出身のような者が多いのではないだろうか。


 文官希望者たちを見て、サヴァーラはもう一つの気づきがあった。

 戦士希望者たちが全員この場から離れてしまえば、ショコラとクリム以外に戦闘を行える者がいなくなる。


 それは非戦闘員の領民を無視するようなものだ。

 領衛戦士ともなれば、非戦闘員の護衛などをすることもあるだろう。


(それに、領衛戦士を志望する者が、領主家のお嬢様たちを放置してどうする。目先の功を焦って、自分が就こうと思っている仕事を忘れてはいけないだろう)


 サヴァーラはわざわざ口にはしなかったが、胸中で付け加えた。


 口にした返答に対して、ショコラとクリムが微かな笑みを浮かべる。

 貴族らしく表情を取り繕うのが上手いようだが、やはりそこは子供なのだろう。


 だがその笑みで充分だ。


(ふっ、どうやら手応えはあったようだなッ!)


 自分の判断は間違っていない。

 そう確信したサヴァーラは胸中で、拳を握りしめた。




 ……この試験、言わぬが花がいっぱい咲き乱れ、花畑の様相を呈しているのだが、それこそ言わぬが花というものなのある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る