第21話 アットホームな職場ですってな


 ある初夏の日の夕暮れ――とある街のとある酒場。

 平民向けの安酒場だが、雰囲気の良いその店の壁にその張り紙がある。


 毛先に向かうにつれ白くなる赤髪に、黒の瞳を持つ女性の目に、それが止まった。




『領衛戦士 募集中!』


 こういった店には、何でも屋の代名詞となっている冒険者や、旅の傭兵向けの仕事が紹介されていたりするのは珍しくない。

 何でも屋ショルディナーズギルドと提携し、仕事依頼の代行をしている酒場だってあるくらいだ。


 そんなよくある光景に、彼女は不思議と目が奪われた。


『出自・身分・年齢・性別不問。最低限自分の名前の読み書きができること。採用試験あり。やる気と実力、そして礼儀ある者を求めています。

 領衛戦士の募集ですが、別の能力が発覚した場合、戦士以外の仕事での採用もあります。

 給金は性別関係なく基本7万トゥード。昇給あり』


(騎士ではなく、戦士……?)


 様々な気になる点のある張り紙だが、一番注目したいのは『性別不問』という部分と、性別関係なく同一の賃金が支払われるという点だ。


「場所は……キーチン領?

 戦場で活躍した騎士へと押しつけられた田舎領地だったか……。

 結果発表は試験翌日――ちゃんと一泊できる部屋も用意してくれるのか……」


 話の種としても面白そうだ。


「これから出発しても、採用試験日には間に合いそうだが――行ってみるか?」


 独りごちながら、自問する。


 本当に性別ではなく、有能さで判断してくれるのであれば最高だ。

 そうでなくとも、この場でくすぶり続けているよりマシだろう。動いてみることで、新しい何かが見つかるかもしれない。


 そう判断して彼女――サヴァーラ・リアン・ババオロムは、キーチン領へ向うことにした。






 ――キーチン領。採用試験日当日。


 この領地の領都だという村よりマシ程度の町の広場で、白い軽鎧に身を包んだサヴァーラに少しの驚きがあった。


(思ってた以上に、女が多いな……)


 恐らくは自分と同じように、有能さをアピールすれば採用されるかもしれないという希望を抱いて来た者たちだろう。

 能力次第では戦士以外の仕事もあるという条項を見て、戦士枠以外を狙っている者もいるようだ。明らかに戦闘なんてできないだろう者たちも少なくない。


 だが能力差や志望する職種はどれであっても女性応募者の多くは、誰もが真面目で真剣な眼差しなのが印象的だ。


「なんだ女が多いな」

「試験の後は一泊して合否待ちらしいからな」

「んじゃあ、夜に夢でも重ねちまうか?」

「ぎゃはははは!」


 一方で、男性陣の中にとりわけ悪目立ちをしている六人ほどの集団がいる。ほかの男性応募者たちすら彼らには近づかず、遠巻きにしているほどだ。


(実力もカスだな。

 世間を舐めたまま大きくなった集団か……。

 明らかに貴族も交ざってるこの応募者の中で、貴族に対して表面上すら敬意や畏れがないのは……どうかと思うが)


 彼らが無駄な厄介事を引き起こさぬように、サヴァーラが白の神へと密かに祈っていると――


「思ったより来たみたい」

「いや充分だって。お見逸れしちゃったわ、お嬢」


 ――些か場違いとも思えるやりとりが聞こえてきて、サヴァーラはそちらに視線を向ける。


 そこには、恐らくは領衛戦士なのだろう胡散臭い雰囲気の男性と、見慣れない格好をした少女がいた。

 見た目で判断するに少女の歳は、最初のお披露目をしたかどうかといったところだろうか。


「なんだぁ、あのガキ?」

「いっちょ前に剣なんか持っちゃってよー」


 騒ぐ男性集団に、サヴァーラの背筋が寒くなる。

 少女の歩く姿は貴族のそれだ。そうでなくても、男性とのやりとりからして、戦士を募集している側の人間だろう。

 それをどうして理解できないのか。


(……考えたところで頭が痛くなるだけか。無視だ無視)


 小さく嘆息して、サヴァーラは少女へと視線を向ける。


 上質そうな黒革の軽鎧に、膝丈よりやや短めのスカート。その下に身体にくっつくようなズボンを穿いている。

 そして肘と膝には軽鎧と同じ材質の当て物がされ、臑まで覆うブーツ。

 全体的な色合いや雰囲気は、隣の男性と同じようだ。


 そして横の男性と同じデザインのベルトから、身体にあわせた大きさの剣をいている。


(もしや、あれは制服なのか……)


 子供用に小さく作られていても、各所の作りはしっかりしていそうだ。

 動きやすく、女性らしさもあって、それでいて派手に動いてもはしたなく見えないような作り。


(あれを許可される領地ならば……)


 恐らくあの少女は、女性制服の説明をするために着せられているのだろう。


(……いやだが……着せられているどころか着こなしている……。

 普段からあれを着て動いているのか……?)


 少女に気が付いたほかの女性受験者もざわめき出す。

 だが、無理もないだろう。

 あの少女の姿が本物なのであれば、年齢・性別不問という言葉が事実であると証明されるのだから。


「皆さんお待たせしました」


 広場にあった背の低いやぐらのような場所に少女が立つと、愛らしくも良く響く声で声を掛けてくる。


「この地の領主フォガードが娘ショークリアです。ショコラとお呼び頂いて構いません」


 年齢よりも堂々とした様子に、サヴァーラは目を瞬く。


「領主の娘ちゃんだってさー」

「がんばってまちゅねー」

「ぎゃははははは!」


 品性の無さすぎる野次に対して、少女の目が一瞬だけ細まる。

 だが、それ以上の反応はせず、楚々とした笑顔を崩さずに、応募者たちを見回している。


 それは王都で暮らしている同世代の貴族の子息女とは比べものにならないほど、しっかりとしたしゃべり方と振る舞いだ。

 今日という日の為に練習していたのだとしても、あれだけ見栄える振る舞いをするには相応の苦労もあっただろう。


 ましてや、あのように野次を飛ばすものなど想定していなかっただろうに、振る舞いから冷静さを失していないのは見事である。


「我が領地の戦士募集に応募して頂いたコト、そしてこのような辺境の地まで足を運んでくださったコトをまずはお礼を申し上げます」


 思わず変な笑いがでそうになる。

 ここに集まったものは、自分のような貴族出身の者だけではなく、ふつうに平民もいるのだろう。

 それに貴族といえども領衛兵りょうえいへいの募集になんて応募する貴族は、落ちこぼれが多い。


 平民からしてみれば割の良い職業ゆえ、平民が多く集まることもある。

 ――まぁ今回のように、時折どうしようもない者が貴族平民問わずに集まることもゼロではないが。


 ともあれ。

 だからこそ、ふつう領主の一族は募集者を見下す。

 それどころか、そもそも領主一族が試験の場に顔を出すなんてことはまずないだろう。


 ――だというのに、ショークリアはどうだ。

 応募してくれたことに感謝し、この地まで来たことを労っている。


(キーチン領の領主メイジャン殿とその一族。

 耳に届く噂は、一度忘れた上で、判断した方がよさそうだ)


 そして、彼女の振るまいこそが、年齢・性別不問という要項の信憑性を高めてくれているようにも思えた。


「募集内容が騎士ではなく戦士というのを不思議に思った人もいるコトでしょう。それについてはまず、こちらにいる領衛戦士団団長ザハルより説明をいたします」


 紹介された男は気怠げに一礼して、こちらを見渡した。


「どうも領衛戦士団団長のザハル・トルテールです」


 どことなくやる気のない仕草の男だが、注意深く観察すれば、その隙の無さが分かる。

 喋っている途中に攻撃を仕掛けても、的確に反応されて躱されそうだ。いやそれどころか、反撃で確実に命を取ってくるだろう。


「なんだぁ? あんなのが団長なのか?」

「俺らでも団長になれそうじゃね?」

「貧乏開拓領地だもんな! 弱くてもなれんだろ!」

「ぎゃははははは!」


 正直なところ、あのザハルという男の実力があろうがなかろうが、彼らの振る舞いは領衛兵募集に応募してきた人間あるまじき態度だ。


 そしてザハルもまた、一瞬だけ目を細めるだけで、何事もなく言葉を続けた。


「うちらが騎士ではなく戦士を名乗ってるのは――まぁなんだ。前身が傭兵団なもんでね。

 領主のフォガード様とは旧知の仲だからさ。やっこさんがこの地を賜った時にね、うちの傭兵団に領衛騎士になってくれって頼まれたワケ。

 ただ騎士らしい振る舞いなんてのは、うちの団は自分を含む幹部くらいしかできないから、騎士っぽくなくて良いならってんで、戦士を名乗るコトにしたワケよ」


 無精ひげを撫でながら、どこかのんびりした調子で語るザハル。

 胡散臭い男に見えるのだが、その双眸は、受験者の様子を探るような鋭い光を湛えている。


(あの胡散臭い振る舞いは欺瞞ぎまんか……やはり、かなりデキる男のようだ)


 サヴァーラは話を聞きながら、気を改める。

 恐らく、この話を聞いている時間ですら、試験の意味があるのだろう。


 例の集団を見る時だけは、かなり冷酷な目になるので、彼らは試験前から落ちるのが確定しているようだ。


「最初はね。ふつうに団員募集してたんだけど、どうにも上手くいかない。そん時にね、ショコラのお嬢を見てて思ったのよ。

 どんだけデキが良くても、女だと扱いがよろしくない。騎士なんてその筆頭でしょ? いずれお嬢もそういう扱いされるのかと思うと、ちょいと腹が立ったワケ。

 貴族の中のちっぽけな栄誉や名誉の為に、有能な女が無駄になる。こんな勿体ない話はねぇってさ」


 さっきのショークリアの振る舞いを思えば、ザハルの言葉も納得がいく。

 あの制服を着こなせているのは、彼女自身もあれを着て剣を振るうことがあるからなのだろう。


「ただの身内バカだろ?」

「ガキでましてや女が才能あるわけねぇもんなー」


 彼らの態度に、募集を受けて集まってきている女性陣の腕利きたちの殺気が膨らむ。

 複数の殺気に曝されているのに平然としているのは、鈍いのか大物なのか――


 団長は彼女――領主の息女であるショコラから剣の才能を感じ取っている。だが、どれだけ才能があろうと、世間はきっと彼女を認めない。

 あの集団のように思われるのが、今の世の中の状況だ。


 だが、ここの領主は剣の腕で騎士爵を得た者だ。

 だからこそ、娘の才能を無駄にしない方法を模索してるのではないかと、サヴァーラは推察する。


 周囲を見回せば、団長の話にうなずいている女性も多い。

 彼女たちもきっと同じような理由で、元々の職場から逃げてきたのだろう。


「そんな時に、お嬢が言ったのさ。

 うちは騎士じゃなくて戦士なんだろ。だったら騎士としての前提や当たり前を気にする必要はないんじゃないか。気にしないように戦士を名乗ってるだろうって。なら、女性を採用するのは別に何の問題もないハズだってさ。

 有能な女性を余所が捨てるなら、うちが拾える範囲で拾ってやろうってね」


 横にいるショークリアはどこか視線を泳がせている。

 きっと、自分の発言を思い出して恥ずかしがっているのかもしれない。


 だが、その発言はサヴァーラが――いや、この場にいる女性たちが必要としていたものだ。


「ま、裏を返せば男だろうと無能なら容赦なく捨てるって意味でもあるんだがね」


 そう言ってザハルはチラリと例の集団を見遣ったが、彼らはとくに反応しない。

 本当に――ある意味で大物だ。


「長々と語っちまったがね。

 うちが領衛戦士を募集し、年齢や性別を不問としたのはそういう理由なワケよ。

 男だろうと女だろうと、老いも若きも、可能な限り公平に判断するよ。若い奴の場合、多少は将来性を買っちまうコトがあるかもしれないけどね。

 給金も可能な限りは仕事内容に応じて上下させる予定だ。仕事ができる奴にはちゃんと支払いたいってのが、うちの領主様やその一族の考えなワケよ。

 ま、見ての通りの貧乏領地だから、あんまり高い金を期待されても困るけれども。

 とはいえ、領地が潤ってきたなら給金上乗せもありえるからね。その時には俺も昇給を願う為に旦那様に直談判するから安心してくれ」


 冗談めかした言葉を最後に付けて、団長は茶目っ気たっぷりに片目を軽く瞑って見せた。


 充分だ。充分すぎる。

 サヴァーラは人知れず心を躍らせていた。


 今回の試験で合格できるかどうかではなく、そういう見方をして人員を募る領地があるということに。


 合格できなくても、この地で何でも屋ショルディナー家業をするのも悪くないだろうと思いさえする。


「試験官は何人かいるが、その中にはショコラ嬢ちゃんもいる。こんな子供に判断されるのは嫌だっていう奴がいるなら帰ってくれて結構だ。

 ぶっちゃけ、戦士希望でうちのお嬢より弱ぇやつは必要ないからな。

 ここらの魔獣は王都周辺と比べものにならんほど強いのよ?

 秋になると、秋魔しゅうまなんて化け物とやりあう必要もあるわけだし。

 犯罪は少ないから、領衛戦士が身体を張るってコトの意味は、つまるところ魔獣との戦闘だからね。今のところは、だけど」


 つまり、その王都近郊と比べものにならないほど強い魔物と、ショークリアは戦えるということなのだろう。


 子供だから女だからとショークリアを見下す奴は必要ないという宣言のようだ。


「そんじゃ、そろそろ試験を始めようか」


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