第23話 試験官ってのもラクじゃねぇな


(オレと兄貴なら大丈夫だ、任せた――とか女性陣の審査を丸投げされちまったけどッ、どうすりゃいいんだよッ! てきとーにも程があんだろッ、あのおっさんッ!!!!)


 胸中で毒づきながらも、事前に言われていたシャインバルーンを五匹狩らせろという話は口にしなければなるまいと、気を改める。


「この近隣に生息するバルーン種を狩って戻ってきてください。

 その際に、何でも屋ショルディナーズギルドの討伐証明基準を満たすものを取ってくるように。

 一人につき五匹程度倒して欲しいところですが――倒しすぎないようにお願いします。

 これは当領地における領衛戦士として、同時に他の領地内業務に適性があるかどうかを見る試験です。

 それをお忘れにならないように、がんばってください」


 そう宣言して、試験をスタートさせたものの、ショークリアは胸中で色々と焦っていた。


(そういや、ザハルのおっちゃんから合格基準とか何も聞いてねぇじゃねーか……ッ!)


 とりあえず、思わず前世の雑魚どもを思い出すような振る舞いをしていた連中のようなのはアウトだろう。


 それ以外をどう判断すれば良いかをショークリアは考える。

 シャインバルーンを倒せない人は戦士として採用するのは微妙だろうが……。


(いや、でもな……。

 修行すりゃ伸びる奴もいるだろうし、別に魔獣退治だけが領衛戦士団の仕事じゃねぇよな……)


 考えて見れば、開拓者たちの護衛や、領内の治安維持のような仕事もあるのだ。


(交番みたいなモンが町の中にあった方がいいだろうし……。

 シャインバルーンに勝てなくても、多少戦闘の心得とかあるやつはそういうとこに採用すんのもありなんじゃねぇかな?)


 交番自体はこの場での思いつきだが、あとでザハルや父に提案するのも悪くはないだろう。


(青ざめてる連中は、戦闘はからっきし……それどころか実戦の空気も初めてなんだろうな……。

 まぁ怖ぇのは分かる。震えちまってて申し訳ねぇけど……)


 いざとなったら自分が守れば良いだろう。

 そう思った時、戦えそうな女性も多少残っていることに気がついた。


 とりあえず、道中で黒髪の女性の質問に困ってる時に助け船を出してくれた、赤いメッシュ髪の女性に視線を向けつつ、声を掛けることにする。


「あら? お姉さんたちは行かないのですか?」

「守る手が必要だろう。ここには戦えない者もいるのだ」


 その答えにショークリアは目を軽く瞬いた。


(めっちゃ良い人じゃねーかッ!)


 試験よりもここに残った戦えない人たちを守ることを優先する。

 その判断を下してくれたことに感謝しながら、胸中で拍手を送った。


 戦闘ができそうな人たちが残っているのはきっと同じ理由だろう。


「あの……ショコラ様」

「はい?」


 ショークリアが胸中で拍手を送っていると、道中で質問をしてきた黒髪の女性が話しかけてくる。


「バルーン種とわざわざ言ったのは、ここに生息している魔獣は、ただのバルーンじゃないから、ですよね?」

「ええ」


 以前、シャインバルーンはバルーン種だからと侮る馬鹿に痛い目を見る代表格だと聞いていたので、ちょっとした意地悪でそういう言い回しにしたのは事実だ。


 何人かは驚いた顔をしたが、すぐに納得顔になる。


(みんな頭良いんだろうなー……)


 そんなことを考えているショークリアに、黒髪の女性は続けて質問をしてきた。


「五匹狩って来いと言いつつ、狩り過ぎるなと言ったのにも理由はあるんですか?」

「えーっと、まぁ」


 曖昧にうなずきながら、ショークリアは胸のうちで苦笑する。


(狩りすぎて数が減っちまうと、オレの腕試しの相手が減っちまうから――とは、言い辛ぇな……)


 そんなショークリアの胸中とは裏腹に、黒髪の女性は――やはりというような顔をして、言葉を続けた。


「バルーン種を餌にしている他の魔獣が餓えないように、ですよね?」


 その発想がなかったショークリアは思わず逡巡する。


(そういや前世でそんな話あったな……。

 家畜を襲うからという理由で狼を狩ってたら、鹿が増えて、その結果、森が荒れたとかなんとか)


 確かにシャインバルーンが減りすぎるとそういう部分があるかもしれない。


「お姉さん、よくそこまで気づきましたね」


 ショークリアは驚いた様子をできるだけ押さえて、優雅に微笑む。

 自分が気づかなかったことに気づいたこの人はとても頭の良い人なのだろう。


 人手が足りてない領地だ。

 父に文官候補として紹介するのも悪くなさそうである。


 とはいえ――


(今のオレは試験官だ。

 一人の参加者だけをめちゃ褒めしたら贔屓になっちまうもんな。

 あとハデにリアクションして、何も考えてねぇとバレたらマズい)


 どちらかというと、後者がよろしくないので、貴族令嬢の振る舞いとしてたたき込まれた『内心はともかく外面は常に優雅に余裕をもって振る舞う』を実戦する。


 なんだか自分も試験されているような気分になるが、必死に取り繕っていくしかない。


 ショークリアと黒髪の女性のやりとりに聞き耳を立てていた者たちの中で、安堵した表情を浮かべているものたちもいたのだが、ショークリアは気づかなかった。


「ショコラ」


 そんな折り、少し引いた場所で様子を窺っていたクリムニールもといガノンナッシュが声を掛けてくる。

 いつもよりも少しだけ高く出す声は、確かに女の子のようで、ショークリアは内心で、思わず笑ってしまう。


「どうなさいました?」

「この格好では動き辛いですからね」


 スカートを軽く摘みながそう告げるガノンナッシュが視線を向けた先には、必死になってシャインバルーンから逃げてくる受験者がいた。


「了解です」


 ショークリアは剣の柄に触れて一歩踏み出した時、それを制する者がいた。


「試験官であり、領主一族のご令嬢である貴女に剣を抜かせるような場面ではないでしょう?」


 そう口にしたのは、メッシュ髪の女性だ。


 単純にショークリアは自分が暴れたいだけであったのだが、そう言われてしまうと手が出しづらいので、素直に頭を下げた。


「では、よろしくお願いします」


 赤いメッシュ髪の女性はそれにうなずき返し、軽く待機しているメンバーを見渡す。


「すまんが、誰でも良いので一人補佐をして欲しい。

 シャインバルーンを相手にするのは初めてでな。仕損じる可能性を考慮したい」

「それならアタシが付き合います」

「よろしく頼む」

「ええ」


 赤いメッシュ髪の女性は、立候補した女性を伴い、こちらへと駆けてくる女性の元へと向かう。


 結果、赤いメッシュ髪の女性は仕損じることなくシャインバルーンを倒し、逃げる女性の救出に成功する。


(やるな、あの姉ちゃん。手助けに名乗りをあげた人も結構な腕前そうだ)


 手合わせしたい――などと考えながらも、ショークリアはそれを表に出さないように表情を繕った。




 そうこうしている間に、戦えない受験者たちも落ち着いてきたのか、ショークリアやガノンナッシュに色々と質問を投げかけるようになる。


 二人は必死に取り繕いながらもそれに応じていると、待機組も集まって相談を始めていた。


 どうやら、二人一組を作り、順番に一組づつシャインバルーンを狩ってくることになったようである。

 ただ、この場でのショークリアと戦えない受験者たちのやりとりを見ていたからか、一組につき二匹までという制限を自らに課しているようだ。


(すげーなー……。

 わずかな情報がから判断し、そこから色々考えて動けるって、大人って感じするよな)


 なんかもういっそ全員合格でいいのではないだろうか――ショークリアの脳裏にそんなものが過ぎる。


 だが、この逃げてきた女性はどうだろうか――と気づいた。


「落ち着きましたか?」


 ショークリアが声を掛けると、逃げてきた女性が大きくうなずく。


「すみません……戦いは苦手なんですが、バルーンくらいなら――って思ったら、知ってるバルーンと全然違って……」


 申し訳そうにする女性をショークリアは観察する。

 確かに戦闘は苦手そうな雰囲気だ。


「お姉さんも、戦士になりたいんですか?」

「えっと……狩ってくるのが試験だっていうから……その……もうわたしはダメですよね……」


 どうやら、試験内容を素直に受け止めた人のようだ。

 だが、逃げ帰ってきてしまったせいで、不合格なのだと思いこんでいるようだが。


「狩れる強さがあるからと言って、必ず合格するというワケではないのですよ。その逆もまたあり得ます」


 例の集団を思い出して、ショークリアは思わずそんな言葉を漏らす。


「え……?」


 キョトンとした様子の彼女を見て、ショークリアは好奇心から、質問をしてみた。


「どんな仕事を求めてこの募集に?」

「えっと、特に無いというかなんというか……戦士になれれば御の字というか……手に職が欲しいというか……」

「え?」


 彼女の答えが予想外で、ショークリアは思わず変な声を出してしまう。


「わたし……孤児で……出身の孤児院は潰れちゃって帰れる場所がなくて……でも料理が好きで……だから料理をしたくて地元の酒場で働いてたけど……給仕ばかりだったし……料理よりも……夢を重ねるようなコトを……その……」


 そこまで言って、彼女は慌てて顔を上げた。


「も、申し訳ありません……。ご令嬢に言うような話では無かったですね……」

「そうなのですか?」


 急に様子が変わった彼女に、ショークリアは首を傾げる。


(夢を重ねる……? なんだそりゃ?)


 ちらりとガノンナッシュの方へと視線を向けるが、彼も言葉の意味が分からなかったようだ。


「えっと……ようするに、女性は料理人より給仕をしてろ……って意味です。ましてや……孤児だから……余計に……」

「なるほど」


 俯く彼女に相づちを打って、ショークリアは思案する。


 夢を重ねるという言葉の意味は分からなかったが、ともあれ料理をしたいのに職場が料理をさせてくれなかったということは理解した。


 それに、帰る場所がないという人物を放り出すわけにもいかない。


 周囲を見回すと、どうにも彼女に同情的な視線が向けられているように思える。

 あるいは、同意するような眼差しだ。


(そうだよなぁ……あんな募集で集まってくるような女性たちだもんな。

 単純に考えてたけど、結構切実なモン背負ってる奴、多いんじゃねぇか……これ)


 ショークリアはそう考えると、天を仰ぐ。


(どうせなら、全員採用してぇな……。

 何とかオヤジとお袋、ザハルのおっちゃんを説得できりゃ良いんだが……)


 それは自分の我が儘であり、一種の偽善であるという自覚はある。

 だけど……それでも――


(見た目がいかちぃから、目つきが悪ぃから、他人よりガタイが良いから……意味もなく喧嘩ふっかけられてやり返してきた結果が、前世のオレだ……。

 周囲に流されて、周囲の環境のせいで、やりたいコトを我慢するってのは、あんまり良くねぇってのは分かってるつもりだ……)


 ――自分がしたいと感じたことの為に、まずは動いてみようと、ショークリアは思うのだ。


(そういや前世のお袋も、女だからって職場でナメられてるとか、時代錯誤のクソ上司からセクハラされてムカつくとか愚痴ってたっけか)


 恐らくは前世の母が置かれていた状況よりも、この世界は酷い状態なのではないだろうか。


 前世の享年も、今世の年齢も、ガキだと言われて仕方ない年齢だ。

 今、脳裏を駆けめぐる我が儘も、ガキの戯言と言われればそれまでだ。


 だけど――と、ショークリアは思う。

 ダメで元々、まずは相談してみよう、と。


 そんな風に考えていると、ガノンナッシュが小さく声を掛けてくる。


「ショコラ、考え事の途中に申し訳ないのだけれど」

「なぁに?」

「そろそろ、鈴を鳴らした方がいいのではなくて?」

「………………あッ!」


 ガノンナッシュの言葉に、ショークリアは終了の鈴を鳴らすのをすっかり忘れていたことを思い出すのだった。


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