第15話 甘いモンとか食いてぇよな
シャインバルーン狩りをした日の夕方。
(うーむ……マズい料理はだいぶ改善されてきたけど、揚げモンばっかになってきたってのは良くねぇな……)
家の廊下を歩きながら、ショークリアはぼんやりと考える。
ショークリアの横を控えて歩くミローナは、その姿を見て、また何か変なことを考えているな――と読みはしたものの、敢えて口を出したりはしない。
ショークリアが食事のことを考えていると、思考の端にザハルの悪そうな顔が浮かんできて、軽く
(ザハルのおっちゃんが何か悪巧みしてそうな顔してたけど……まぁ直接オレが関わるコトはねぇだろ)
デザイン画は渡したのだから、もうこの件で呼び出しとかはないはずだ。
女性用の戦士団制服の図案なんてものが、どういう悪巧みに使われるかは分からないが、とにかくこの件は終わりのはずである。
(……不安感がやべぇな。気分転換とかしてぇけど……)
そんな折り、脳裏に過ぎったのは前世での色々なスイーツだった。
「何か甘いものが食べたいかも」
思わず、口にでる。
横でミローナの目が一瞬輝くが、ショークリアは気づかない。
(ショコラ、何か甘いものを思いついたのねッ!?)
ミローナはそんな期待感などおくびにも出さず、澄ました態度でショークリアに訊ねた。
「では、これからシュガールのいる厨房へ向かいますか?」
「行くけど……ミローナ、何か妙な期待をしてないかな?」
「気のせいです」
そんなワケで厨房――
「また来ちゃったわ。シュガールいる?」
「おう、お嬢。いらっしゃい。何か思いついたのかい?」
「うん。最近出してくれてる、塩気の少ないダエルブってある?」
「あるぜ」
訊ねると、シュガールはポンっと切っていないダエルブを出してきた。
普段、スライスされたものが食卓に出てくるので。切られていないものを見るのは新鮮だ。
(あ、
前世の記憶で例えるなら、色黒で太めのバタールといったところだろう。
ただ、クープが入れられていないので、綺麗な棒状とはいえず、やや歪みが出てしまっている。
(ま、クープに関しちゃ後で教えりゃいいか)
今は、思いつきを実行するのが優先だ。
「お嬢? 切ってないダエルブが珍しいか?」
「あ、うん。それもあるけど……」
「なんだ?」
「えーっと、その思いつきは後回しで」
まずは、材料をそろえて貰うとしよう。
この世界――というか、この土地なのかは分からないが――、蜂蜜はそこまで高価ではないようだ。
ならば、あれが作れるだろう。
(前世でお袋に作ってやったら妙に喜んでくれたっけな。
この世界の有り合わせのモンでどこまでの味になるかは分からねぇが)
それでも、形にはなりそうな材料は存在している。
「材料なんだけど……蜂蜜と、花茶。あ! 花茶は蜂蜜と一緒にしても美味しそうなのでお願いね。それとエニーブの果実酒と、あと果物があれば、それを。全部使えるかどうか分からないんだけど」
「蜂蜜に花茶に果実酒、果物、ね……。お嬢、また変わったモン作ろうとしてるな?」
「ふふ……完成してからのお楽しみ、ってね」
まずはダエルブを切ってもらうとしよう。
「ダエルブを切って貰ってもいい?
えーっと、シュガールの人差し指くらいの厚さで」
「おう」
「切り終わったら、さらに縦に三等分、横に三等分にして角切りに」
「任せろ」
シュガールは気持ちの良い返事をしながら、ダエルブを賽の目状に切り分けていってくれた。
「次は、フライパンにエニーブの果実酒を入れて。
このお鍋の大きさだと……わたしの人差し指一本分くらいの深さで」
「はいよ」
フライパンの側面に、横向きに人差し指を当てて、量を示す。
一応、それで通じたようだ。
「まずは焦がさないように火にかけて、酒精を飛ばすの」
「酒精を飛ばす?」
「ええっと……お酒の苦みの元で、酔っぱらっちゃう原因になる酒精は、火に弱いの。だからこうやって火にかけて沸騰させると、香りだけ残して消えるんだよ。やりすぎると焦げちゃうし、香りもなくなっちゃうんだけど」
「だったら果実水でもいいんじゃないのか?」
「あっちは果汁を一度お湯で割って薄めたものでしょう?
そうじゃなくて、お酒になったコトで味と香りが良くなってるものが欲しいの」
「そして酒精がなくなれば、お嬢たちお子様も口にできる、と」
「そうそう」
うなずくと、シュガールが難しい顔をして唸った。
あの顔は納得してなかったのではなく、こんな方法で酒を料理に利用できるのか――という発見に対する呻き声である。
フライパンの様子を窺いながら、その脳内ではこの手法をどれくらい他の料理に使えるか――などを考えていることだろう。
「そのくらいかな?
いったん、火から離して、蜂蜜を……スプーンで二杯くらい? そこに入れて」
「あいよ」
「蜂蜜も熱で溶けるから、今のうちに良くかき混ぜて、馴染ませて」
しっかりと混ざり合ったのを見てから、ショークリアはそこに角切りされたダエルブを放り込んだ。
「ダエルブを崩さないようにシロップをよく絡めて、ダエルブにシロップを染み込ませるように漬けるの」
「おう」
しばらくその様子を眺めていたショークリアは、やがてうなずいた。
「このくらいで良いと思う。
ちょっと深めで小さいお皿とかある?」
「待ってろ」
そうして、戻ってきたシュガールが持ってきたのは、ショークリア的には小さいとも深いとも思わないサイズだった。
「もっと小さい方が見栄える気がするけど」
「これが一番小さいんだよなぁ……」
「そっか。ならそれの中央に、シロップに漬けたダエルブを置いて。
見た目が綺麗になるようにお願いね」
「おうよ」
エニーブの果実酒である赤ワインのような色合いと、蜂蜜の黄金が混ざり合ったような、艶めく深赤色のシロップを纏ったダエルブが皿の上に載せられていく。
お皿の数は三皿で、それを均等に、見栄えするようにシュガールは盛っていった。
それだけでも悪くない見た目をしているものの、少し物足りない。
そこでショークリアはエニーブの実を一つ手に取った。
「シュガール、これ使ってもいい? あと包丁とまな板も」
「もちろん」
許可を貰って踏み台の上に立ち、エニーブの実を四等分――くし切りにする。
エニーブは前世でいうブドウに近い果物だ。
もっとも小さいもの群れるようになるのではなく、みかんやリンゴのようにい一つずつなっていく。
大きさはマスカットやグレープよりも二周りほど大きい。
皮は薄緑色ながら、果肉は赤い。この果肉と果汁こそが、果実酒や果実水の赤の由来となっている。
ちなみに皮ごと生食が可能だ。
庶民の間では安価で美味しい甘味としても親しまれている果物である。
ショークリアは切ったエニーブを皿に添える。
皮の輝くような薄緑色と、果肉の濃い赤色は、白い皿とのコントラストもあって見栄えを良くした。
「おお? 切ったエニーブを乗せただけなのに、豪華に見えるな」
「色とか見た目も大事な要素だと思うの。
エニーブがあるのと無いのだと、こっちの方が可愛く見えるでしょ?」
本当は生クリームやカスタードクリームを添えたいところだが、この世界での乳製品や卵などの立ち位置が分かっていないので、保留である。食卓でもあまり見掛けたことがない気がする。
「これで試作品完成!」
「おお!」
笑顔でそう告げると、シュガールと後ろで控えるミローナも目を輝かせ――そして、ミローナが首を傾げた。
「……ところで、花茶や他の果物は使わないの?」
「あとで使うよ。試作品の第一号はこれで完成」
「第一号……」
「ふふ、楽しみにしててねミロ。
今回はエニーブの果実酒でシロップを作ったけど、他の素材で作ったシロップも利用して、何種類か作るつもりなんだから」
そう告げるショークリアに、ミローナはもはや表情を隠すことも忘れて目どころか表情を輝かせた。
「ミロ、甘いもの好きだよね」
思い返してみると、果物などを幸せそうに口にしている覚えがある。
さらに、蜂蜜のかかった果物などがデザートに出てくる時などは、それはもう輝くような笑顔を浮かべているのだ。
「甘味の存在をもたらしてくれたクォークル・トーン様へどれだけ感謝してもし足りないと思ってる」
大真面目な顔をしてそう口にするミローナ。
その雰囲気からは力強い本気を感じる。
そんな二人の少女のやりとりを横目に、シュガールは皿をじーっと見つめて呟いた。
「中央じゃあ砂糖や蜂蜜をたっぷり使った菓子が甘味として食われてるが……こいつは、そこまで甘く無さそうだな」
その言葉が耳に届いたショークリアが首を傾げる。
「そんなにたっぷり使われているの?」
ショークリアの疑問に答えるのはミローナだ。
少しだけ、詳しく解説してくれた。
「塩は他の国じゃあどこもウチより高いのよ。それに砂糖はどこの国でも高価。だから、それを大量に使えるコトは富の証明と見栄に繋がるの」
「ミローナの言う通りだ。だからこそ、うちの国はお嬢が苦手とする
(おいおい。塩っ辛いだけじゃなくて、クソみてぇに甘ぇモンもあるのかよ……。極端すぎて身体に悪そうだな、おい)
話を聞いて、ショークリアは思わず胸中でツッコミを入れる。
それから、至極真面目な顔をしてシュガールへと告げた。
「本当の贅沢って、どれだけ量を使ったかじゃなくて、どれだけ適切に料理へ使えているか――じゃないかな?」
「どうしてお嬢はそう思う?」
「だって、それだけ失敗できたってコトでしょう?」
ショークリアの言葉のあと、僅かな沈黙が流れる。
(大量に使って贅沢を示すよりも、成功するまで砂糖や塩を使わせてくれるって方が贅沢だと思うんだよな)
その程度の感覚で、彼女は口にした言葉だったのだが、ミローナとシュガールはそんな簡単な受け取り方をしなかった。
砂糖や塩を使って料理に失敗するということは、砂糖や塩を無駄にしたとも取れる。
失敗は積み重ねることで最適に至る道となるわけだが、使う調味料が高価ともなれば、誰もが失敗を恐れるだろう。
だが、最適に至る道となる量の使用許可を出すということは、高価な調味料を使って失敗することを許しているとも言える。
高価な調味料の無駄遣い――それは食事の予算を決定する雇い主の器と、財を示す証拠になるのではないだろうか。
ならば自分は、器と財を真に示せる主になる――ミローナとシュガールは、ショークリアが暗にそう告げているのだと、深読みしすぎな真意(思いこみ)を受け取った。
「お嬢ぉぉぉぉぉ~~……ッ!!」
感極まったような声を上げて、シュガールはショークリアに抱きついた。
「え?」
何がどうなっているんだろう?
戸惑いながらミローナに視線を向けると、彼女も彼女で何か驚いたような感動したような顔でショークリアを見ていた。
助けてはくれそうにない。
「お嬢はッ、俺のッ、クォークル・トーンだッッッ!!」
お~いお~い……と泣きながら、暑苦しい抱擁をしてくるシュガール。
胸元で握った拳を震わせながら何かに感動しているようなミローナ。
その様子にしばらく戸惑っていたショークリアだったが、やがて気を取り直すと、二人へと告げた。
「……そろそろ、試食とかしない?」
それは、この状況からの脱出を可能とする魔法の言葉であった。
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