第14話 ままならねぇ話と思わぬ収穫


「そういえば、お嬢……今日はスカートじゃないのね」

「そうなの! やっぱ剣を持って暴れるなら、こっちの方が動きやすいわ」


 その場でくるりと回ってみせるショークリアが穿いているのは、男児向けのズボンだ。騎士を目指す少年などが訓練で穿くものに見える。

 実際、ガノンナッシュも似たようなものを穿いているようだ。


「でもそこまで男のモノそのまんまってズボンを穿いちゃうと、貴族的にはよろしくないんじゃない?」

「そう。よろしくないんだ。でも、剣を振るうならワンピースのような格好だと大変でしょ?」


 ザハルの疑問に、ガノンナッシュが答える。

 その答えに、ザハルの眉間の皺が深まった。


「んんー? よろしくないなら、お嬢はそんな格好でいいの?」

「よろしくないから、代案考えないとダメなの。どうすればいいかな?」

「それをおっちゃんに問われてもねぇ……」


 多少、貴族の事情に明るいとはいえザハルは元々庶民の出だ。

 礼儀作法ならいざしらず、そういう話をされても答えに困る。ましてや女性の服装となると尚更だ。


「他の領地には、女性騎士はいないの?」

「あ、そうか。女性騎士みたいなカッコをすればいいんじゃない?」


 ショークリアの疑問に、答えを見つけたとばかりにガノンナッシュが口にする。だがそれには、ザハルが待ったをかけた。


「ちょい待ち。世間的に女性騎士ってのは印象が悪いのよな」

「そうなの?」


 首を傾げるショークリアに、そうなの――とうなずいてから、ザハルは続ける。


「基本的にゃ王族や上位貴族の女性の護衛って名目なんだけど、その仕事をするには強さよりも見目と立ち振る舞いが優先される。だから、弱いって印象が強いワケ」

「強い女性騎士っていないの?」

「居ないことはないさ。下手な男より強い奴ってのをおっちゃんは知ってるよ? でもね。彼女は活躍できないのさ」

「何で?」

「女だからさ。どれだけ実力があろうと、女性騎士だから前線に出してもらえない。活躍しても報酬や名誉を貰えない。だって女性騎士が強いワケがない――それがこの国の女性騎士さ」

「え? 実際強いなら、強いワケがないっていうのはおかしいような……?」


 さすがに、腕は良くても子供なのだろう。

 ショークリアはその歪な構造に首を傾げる。


 だが、ガノンナッシュは違うようだ。


「それを男性騎士が口にするの?」

「まぁね。とりわけ男性騎士はその傾向にあるけどな……男性騎士だけじゃないさ。世の中の貴族――いや、平民も含めてみんなが口にするのさ」


 露骨にガノンナッシュの顔色が変わった。

 ちらり――と、ショークリアに視線を向けるのをみれば、ザハルとていいたいことは分かる。


 首を傾げながら考えているショークリアには聞こえないように、ザハルは小声でガノンナッシュに告げる。


「世に出ても、きっとお嬢の才能は認められない。

 男よりも出来る女ってのはどこへ行っても嫌われるのさ。だから、うちの大将もお嬢の料理を、お嬢が考案したとは敢えて口にしないで領内に広めてるっしょ?」

「バカバカしい」

「おっちゃんも坊に同感よ。だけど、世間がそうはさせない。

 坊たちのお袋さん――マスカの姉御みたいにすげー魔術士ってのは割といる。だけどやっぱり、あまり認めては貰えない。

 この国の――特に貴族の男共は、名誉と栄誉は男のものだと考えるからだ」


 ザハルの言葉を、ガノンナッシュは認められなかった。

 自分の憧れていた騎士という存在が、急に魅力のない職業になってしまったかのようだ。


「文官はどうなの?」

「文官はまだマシかな。騎士ほど男偏重ってワケじゃない。でも、やっぱり女だと実力があっても上にはいけないから、中ほど止まりだぁね」


 質問に答えると、ガノンナッシュは難しい顔をしながら、顎を撫で始めた。その姿は、執務をしている時のフォガードそっくりだ。


 それを見てザハルは思わず笑みをこぼす。

 どうやら、ガノンナッシュは、剣だけではなく思考も早熟なのかもしれない。


「ねぇ団長」

「なんだい、お嬢?」

「女性騎士の役割は分かったわ。でも、女性騎士の格好については聞いてないんだけど」

「ん? ああ。そうねぇ……基本的にはスカートだぁね。丈はさすがに少し短くして動きやすくはなってるけど、はしたなく見えない丈だから、結局は……って感じ」


 うーん……とショークリアは唸り、ややして何か閃いたように顔を上げた。


「スカートの下にズボンとかダメかな?

 丈の短いスカート――膝丈くらいのに、動きを阻害しないようなピッチリしたズボンとか」

「さてなぁ……。騎士としてそれが在りか無しかだと、おっちゃんには答えられないかな」


 スカートの下にズボンという発想は面白いが、この国の男性貴族たちがなにを言い出すか分からない。


「それじゃあ、戦士団の女性用制服として採用するのは?」

「え?」


 思わずザハルが間の抜けた声を上げる。


「いやほら。わたしだけ特注しちゃうくらいなら、制服にしちゃえば無駄にならないかなぁ……て」

「ショコラ。それって戦士団に女性を入れるってコト?」

「んー……? そこまでは考えてなかったけど、そういうコトになるのかな?」


 ガノンナッシュの言葉に、ショークリアが曖昧にうなずく。

 それを横目に見ながら、ザハルの頭の中で様々なことが巡っていく。


「お嬢、その制服の意匠画とか描ける?」

「絵はそんなに上手くないけど……」

「見てどんなのか理解できるなら問題ないさな」

「ザハル、今の話採用するの?」

「大将を説得する必要はあるけどね」

「女性戦士がいたら余所から馬鹿にされないかな?」

「馬鹿にしたい奴らにはさせときゃいいワケよ。それに――」


 そもそも、この領地を守っているザハルたちが、騎士を名乗らないのには理由がある。


「おっちゃんたちは傭兵あがり。騎士サマみたいな華麗な振る舞いは出来ないのよ。だから、敢えてこの領地では領衛騎士ではなく、領衛戦士を名乗ってるってワケ。

 ――で、騎士じゃないから慣例守って女性騎士を目立たせないなんてコトする必要ない。

 将来的には、マスカの姉御やショコラのお嬢の護衛戦士も必要になるからね。それを考えれば、お嬢の案は悪くないかもしれないのよ」


 人手不足解消の妙案が思いもよらない場所から出てきた。

 そのことにザハルは、どこか人の悪そうな笑みを浮かべるのだった。

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