第13話 世界が違っても人手ってのは不足する


 春もそろそろ終わりを迎え、そろそろ夏となりそうな頃――

 今日も今日とて、キーチン領領主フォガードは執務室で書類と睨めっこしながら頭を抱えていた。


 今日はそこに、部下というおまけもいる。

 いや、こちらの男の報告こそが本題かもしれない。


「今後も開拓と防衛を平行していくのなら、やはり人員が必要です」

「だよなぁ……ザハルからも、それとなく言われてはいるんだ」

「それに、本格的に秋魔しゅうま対策も考える必要もあるでしょう?」


 秋魔――秋になるとこの領地に現れる、他の魔獣とは比較にならないほど凶悪な存在だ。

 退治しなければ被害は大きい。その為、戦士団や有志の領民が、毎年総出で戦い、退治する。

 退治さえすれば、その秋に二匹目は出てこないのだが、そうは言ってもその一匹が強敵なのが頭の痛い問題だ。


「領地を貰った直後はともかく、戦士団もだいぶ歳を取ったからな。秋魔と戦った後、休みもなく通常営業というのは、シンドいから何とかしてほしいという陳情が、去年クグーロ筆頭に数名からあったのは確かだ」


 薄茶色の髪をした男性の報告に、フォガードは眉間をぐりぐりと親指でもみほぐす。


「多少なりとも見れる町になった以上は、常在の兵も必要ですからね」

「分かってはいるが……こんな辺境に来てくれる人材ってのがな……」


 正直言ってしまえば、フォガードには心当たりがない。


 目の前にいる男――前髪の右側を伸ばし山吹色の双眸の片方を隠している優男の名前はモーラン・ブランディ。

 この領地、キーチン領を守る領主直下の戦士団。領衛りょうえい戦士団せんしだんの副団長だ。


 今の戦士団の前身である傭兵団でも副団長をしていた男で、フォガードとも旧知の仲である。

 そのせいか、人目がある時はともかく、ない時は遠慮をしない物言いも多い。


「この領地は魔獣生息域は少ないが、出現する通常の魔獣には強いのが多い。中途半端なやつは足手まといにしかならないのも問題だ」

「坊や嬢は、町の周辺に時々出現する魔獣をふつうに狩ってますよ」

「俺の子供たちだぞ? 弱いワケがないだろう。逆に行えば、現状いまのうちの子より弱いやつはいらん」


 親馬鹿全開のような言葉だが、実際その通りなのでモーランも敢えてツッコミを入れたりはしなかった。


「やはり人材よりも、魔獣除け結界を町に張った方がいいか?」

「町への侵入は防げても、結局は外へ狩りに行くのは必要になる。予算面からも人材優先でしょう」

「多少腕が悪くとも鍛えて使う――それは可能か?」

「可能か不可能かといえば可能ですけどね」

「教育係という人材が必要か」

「ええ」


 欲しいのは即戦力。

 だが、そんな優秀な人材がそうそう転がっているとは思えないし、よしんば転がっていたりしても、こんな辺境までやってくることはないだろう。


「しばらくはどこかの傭兵に頼るか?」

戦士団うちはほとんどが傭兵上がり……余所の傭兵と組むと厄介事が増える可能性ありますよ。それに迂闊に変な連中を雇うと、町を覆う結界用の魔導具ホイーラファクトを買うより高くつく可能性だって……」

「知ってる。だがそうなると、悩みは振り出しに戻るぞ」


 息を吐くフォガードに、モーランも腕を組んで目を伏せる。


「モーラン。妙案募集中ってコトで今日は勘弁してくれ」

「了解です。こちらとしてもすぐにどうにか出来るとは思ってませんので」


 フォガードの言葉にモーランはうなずくとその姿が、背景に溶け込むように薄くなっていく。

 モーランは、こういった隠密技能も保有している。

 服装も、周囲に溶け込むような地味なものを好むのはそれのせいかと思われているのだが、実のところそちらはただの好みらしい。


「ったく、ふつうに退室していけよ」


 モーランの姿と気配が完全に消えてから、フォガードはうそぶく。

 それから、後頭をガシガシと掻くと机へと向き直った。


 戦士団の人手不足以外にも問題はまだまだある。

 どれもこれも難しい問題が山積みなこの状況に、フォガードは大きく息を吐くのだった。



   ○ ○ ○ ○ ○



「お嬢、そっちいったよー」


 ダークブラウンの髪に、同色の瞳を持つ男が、どこかのんびりした調子で声を上げる。

 艶やかな髪質ながら、手入れをあまりしていないのか、伸び放題でボサボサな髪と、顎の無精ひげがどこか胡散臭さを感じさせる男だ。


 服装すらも髪と同色で揃えたその男――ザハル・トルテールは、どこか気怠げな雰囲気のまま、視線は鋭く獲物を追う。

 腰帯に下げた剣にも見える鉄棍棒――ショークリア的には十手と呼びたくなるような武器だ――に、手を置くことも忘れない。


 彼が視線で追っているのは、シャインバルーンという魔獣だ。

 大人が何とか抱えられる程度の大きさをした球状の魔獣で、常にどこか苦悶に満ちたような顔をして宙に浮いている。


 バルーン種という魔獣はどこにでも存在しているのだが種類が多い。その多くは、子供の戦闘訓練に使われる程度のものばかり。

 キーチン荒涼帯にも生息しており、この辺りに出没するのは全身が白いシャインバルーンという種だ。


 シャインバルーンはバルーン種の中では手強く、一番弱く一番有名なノーバルーンと同じ感覚で手を出すと手痛い目にあう。


 もっとも――


 ザハルの視線の先にいるシャインバルーンと対峙するのは一人の少女。

 向かってくるシャインバルーンを見据えながら、彼女の身体のサイズに合わせて誂えられた剣を危なげなく構えた。


「てぇぇぇぇぇいッ!」


 駆け出しの傭兵などであれば手こずるシャインバルーンも、その少女――ショークリアはものともせずに両断する。


 彩技アーツによって身体能力を強化する流れに淀みなく、踏み込み斬撃を放つのに躊躇いもない。


 ザハルは真っ二つにされ、地面に転がるシャインバルーンを確認すると、手に掛けていた鉄棍棒から手を離した。


「お見事。お嬢ってば、ほんと五歳のお子さまとは思えない腕だよねぇ」

「ザハル団長に褒められるのは嬉しいな」


 そうやって笑う姿は年相応。

 だが、シャインバルーンを簡単に倒せる五歳児となると、さすがに年相応とは言い難い。


 そんな褒められるショークリアを見ていたガノンナッシュが横から口を出して胸を張る。


「ザハルのおっちゃん! 俺だってシャインバルーンは倒せるぞ!」

「見ていたとも坊ちゃん。二人そろって本当に規格外なんだから。すごいぞー」


 困った顔をしながらも、ザハルの両手はちびっ子たちそれぞれの頭を撫でている。

 すごい――と口にするのは、ザハルの本心からの言葉でもあった。


「でも、シャインバルーンを倒せるからって油断しちゃダメだ。

 ここらの魔獣の中じゃ、やっこさんは一番弱いからね」


 褒めたあとで、しっかり忠告すれば、二人は真面目な顔をしてうなずく。

 本当に出来た子たちだ――と、ザハルは笑みを浮かべるのだった。


 

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