第12話 アニキも色々悩んでる


 ガノンナッシュは、妹のショークリアと礼儀作法の勝負をすることになっている。

 実はその勝負が決まった時のやりとりで、売り言葉に買い言葉で女性の作法も学ぶと口にしてしまったことを、今は若干後悔していた。


 とはいえ、言った以上は撤回したくないし、何より妹には負けたくない。


 妹は、何でもできてしまう。

 本人はあまり自覚が無いのかもしれないが、文字の読み書きも、算術も、先日九歳となったガノンナッシュと同じ位のことができる。

 もしかしたらそれ以上できるのかもしれない。


 兄として威厳など、妹の前では無意味なのだ。


 妹は運動神経も良い。

 父より剣術を習っているが、妹がメキメキと上達しているのが横で見ていて分かるのだ。


 自分の方が先に剣を習っていたのに、いつの間にか一緒に彩技アーツまで習い始めている。


 だからこそ、兄として負けるわけにはいかないので、ガノンナッシュもがむしゃら鍛錬に励む。


 思い切りの良い妹は、父でも舌を巻くほどの鋭い踏み込みをしてくる。

 それに対応するには、ガノンナッシュも同じくらい思い切り良くならねばならない――と、自分に言い聞かせている。


 そうして妹と張り合っている結果、ガノンナッシュも同世代よりも頭一つくらい飛び越えた能力を身につけているのだが、同世代貴族という比較対象が周囲にはいないため、気づいていない。


 それはさておき……

 妹が嫌いか――と言われれば、ガノンナッシュは好きと言う。

 ガノンナッシュは妹が好きだ。可愛いとも思ってる。


 勉強や剣はすごくデキても、やっぱり自分より年下なのだ。

 知らないことも多く、失敗も多い。時々、両親や侍従たちの想像の斜め上のことをやって困らせることも多い。


 そうして怒られるかも――と思った時は、自分の後ろに隠れる。

 その隠れる姿が可愛らしく、ついつい匿ってしまう。


 それにショークリアは、食卓を美味しくする。

 素揚げはとても美味しいのだ。あれを食べると、今まで食べていた料理は塩辛いだけに感じてしまう。


 他にもイエラブ芋の薄揚げは最高の発明だと思う。

 薄く切られたイエラブ芋を揚げたあと、軽く花塩トルースをまぶしただけのものながら、食べ始めるとパリパリパリパリやめられない止まらない。


 花塩トルースの代わりに、砂糖や蜂蜜をまぶしたものも美味しい。


 こんな美味しいものを思いつくショークリアはすごい。


 頭が良くて勉強ができて、料理を思いつけて……

 可愛くて、時々カッコ良くて……

 そう。妹はすごいのだ。


 そんなすごい妹だけれども、負けてはいられない。


 ――礼儀作法の勝負は、兄である自分が勝つ!


 そんな決意とともにベッドに潜った翌朝、シーツには世界で一番大きい湖として有名な、レーシュ湖そっくりの絵が描かれていたのは、専属従者と自分だけの秘密だ。


 妹に知られれば、ただでさえ威厳のない兄のなけなしの威厳が消え失せてしまいそうである。

 ……さすがにもうこんなことはしないだろうと、油断しすぎていたのだろう。


 寝る前に、お茶や果実水をいっぱい飲むのは控えることにしようと、決意した。





 ある日、自分の為にドレスが用意されていると知ったガノンナッシュは、数日ぶり何十度目かの後悔に苛まれる。


 だが、妹ととの礼儀作法勝負に乗っかったのは自分だ。

 女性の作法も覚えると宣言したのも自分だ。


 スカートでなければ出来ない動きなどもあるのだから、ここで渋っても仕方がない。


 そうして、喜々とした様子で着替えさせてくるココアーナに、ガノンナッシュは胡乱うろんな気持ちになる。


 とはいえ、ココアーナの話ではショークリアも男の格好をしてくるというではないか。

 ならば、ここで自分が泣き叫んでも仕方がない。


 覚悟を決めたガノンナッシュはドレスを颯爽と翻し、礼儀作法の勉強に使っている部屋へと向かう。


 そして、部屋へと入った時――兄としての威厳が粉みじんになったような気持ちになった。


 兄馬鹿と言われようとも、賛美してしまいそうな美少年がそこにいたのだ。立ち姿も自分なんかよりもずっと男らしい。


「似合うな、ショークリア。カッコいいぞ」

「ありがとうございます、お兄様。お兄様もとても可愛らしいです」

「お、おう……」


 果たして可愛いというのは褒め言葉なのだろうか。


「おまえは……男の姿をするの、いやじゃないのか?」

「はい! 楽しいですよ?」


 妹なりに考えているらしい男っぽいポーズとやらをいくつかとりながら答えてくる。


「あ、そうだ。

 男装をして、男の子のフリをしてる時は、ショコラータ・クリア・メイジャン。ラータと呼んでくださいッ!」


 胸を張り、ふんすと鼻を鳴らす姿に、ガノンナッシュは思わず笑ってしまう。

 きっと、一生懸命に自分で考えた偽名なのだろう。それを言いたくて言いたくて仕方なかったに違いない。


 ならば自分も妹のように、女の姿をするのを楽しむべきなのかもしれない――そう思わせる何かを妹から感じた。


「ならオレは――私は、クリムニーア・ガノン・メイジャンだ。クリムと呼んでくれ」


 だからだろう。

 ガノンナッシュも思いつきでそう名乗った。


 そして、部屋の中にいる侍従たちも、それを馬鹿にするようなことはなかった。



   ○ ○ ○ ○ ○


「あら?」


 人間界の様子を見ていた青き神が一瞬怪訝そうな顔をしたあと、ややした後に破顔する。


「どうした青?」


 その様子を黒き神が訝むと、青き神は楽しそうな顔を黒き神へと向けた。


「いえね。予測できる範囲の未来で道を少し踏み外す少年がいたんだけど、踏み外す未来が予測範囲から外れたわ。例の魂を宿した子の行動でね」

「ほう……」

「その代わり、ちょっと面白い可能性が生まれちゃったけど」

「どういうコトだ?」

「道を踏み外しても優しさと真面目さを失わなかった少年は、自らの尊厳や立場、矜持を切り売りして家族を守るハズだった。

 ところが未来予測から道を踏み外すコトが消えた。代わりに生まれた未来予測……可能性の一つ。

 それは、敏腕女装外交官として周辺諸国から恐れられる――というものよ」

「……どうしてそうなる?」


 目をすがめる黒き神だが、青き神は笑うだけだ。


「偶然の巡り合わせ――すごい面白いコトになってくわね。

 彼女の思いつきでの行動が、私の未来予測の内容をどんどん書き換えていくわ。

 私の予測と予知は、併用すれば的中率九割を越えるのがウリなのに、あの魂が周辺に影響を与えると二割以下くらいに落ちちゃいそう」

「楽しそうだな」

「ええ。楽しいわ。予知や予測は使いすぎるとつまらない。なのに、あの魂周辺は、予知や予測を容易に上回ってくる。こんな楽しいコトはじめて」


 楽しそうに嬉しそうに人間界の様子を見る青き神の様子に、黒き神は肩を竦める。


 黒き神は、自身も人間界を覗き込みながら、思った。


(暇な神々の娯楽、か。

 見ていて飽きないというのは、良いコトなのか悪いコトなのか)


 どちらであれ、彼女の人生の終焉が、良きものであることを願わずにはいられなかった。



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