第11話 バトルしようぜッ!


 ショークリアは中級騎士爵を持つ貴族フォガードの娘である。


 父方のメイジャン家の祖父は中央に住む下級貴爵を持つ貴族であるし、母方のリモガーナ家は上級貴爵を持つ名家だ。


 とはいえ、メイジャン本家としては次男坊が長男よりも上の爵位を得たことに不満をもっているし、リモガーナ家はポッと出の騎士に三女が駆け落ち同然に嫁いたことを不満に思っているしで、意外と立ち位置はよろしくない。


 だからこそ、礼儀作法は大事だとフォガードとマスカフォネは口にしている。貴族というのは体面を気にし揚げ足をとる生き物なのだ。


 ましてやこの家は、ポッと出の中級騎士爵であるフォガードが初代当主であり、出る杭を打つのが大好きな貴族たちからは、格好の的と思われているところがある。


 なので、礼儀作法は完璧である必要がある――というのが、母マスカフォネの弁だ。

 だからこそ、ショークリアのみならず、彼女の兄であるガノンナッシュ共々、礼儀作法というのはややスパルタ気味に叩き込まれている。


「ショコラ。もう少し背筋を伸ばして。ええ、そうよ。そのまましばらくその姿勢を維持して」


 礼儀作法の教師は、母親であるマスカフォネだ。

 援助を近縁の家に頼めない上に、お世辞にもお金に余裕がある家ともいえない。

 ましてやこんな国の外れにある領地まで来てくれる物好きな講師はいない。


 それ故に、家庭教師を呼ぶこともなく、両親や従者たちが、必要な勉強を子供たちに施していくのである。


「これは……意外と……大変です……お母様」


 スカートをつまみ、軽く持ち上げるところは、地球で言うカーテシーと似たようなものだが、この世界での女性の挨拶は片足を半歩引くのではなく、足をそろえたまま膝を曲げるのだ。


 屈伸とかスクワットとかの途中のポーズが一番近いだろうか。

 背筋を伸ばし、スカートを抓みながら、そこで静止する。

 がに股になるのは格好悪いので、可能な限り足の内側をくっつけるようにしながら、だ。

 カカトが持ち上がるくらいは問題ないそうだが――


(うおー……これは、プルプルする……シンドいぜー……)


 時と場合によっては、この姿勢に頭を下げることも加わるそうだ。

 だけど、どれだけシンドくとも、女性貴族である以上は優雅に見せなければならないという。


「馴れなさいショコラ。上位の方とやりとりする場合、合図を貰うまではそのままでいるのよ」


 そういった場合の挨拶は当然、上位の人たちから順に声を掛けられる為、貴族としての格が下がるほどポーズを維持する時間が長くなるのである。


「それに、綺麗な作法を持つ女性は下に見られにくくなるの。特に女の場合は、その作法が綺麗であるほど、気軽に散らして良い夢ではないのだという無言の訴えにもなるの。

 今はその意味を教えても分からないでしょうけれど、正しく綺麗な作法を身につけるのは、結果として自分を守るのだと、覚えておくのよ」


 だからこそ厳しく言っているのだ――という母に、ショークリアは素直にうなずいた。

 そんなショークリアの横で、兄が小さく身動みじろぎした。


「ガナシュ。いい加減馴れなさい」


 男性の場合は、利き手を開いて、その掌を反対側の肩に当て、もう一方は斜め四十五度ほどに指先までまっすぐに伸ばし、女性同様に足を揃えて膝を曲げる。男性の場合もお辞儀が混ざることもあるそうだ。

 この動きには挨拶と同時に、その両手になにも隠し持っていないというアピールも含まれる。


 女性であれ、男性であれ、ビシっと綺麗でカッコ良く姿勢を保つのは難しい。





「はい、ラクにしていいわ」


 しばらくして、母が手を叩いてそう告げる。

 ようやくの解除に二人は安堵してみせた。


 ガノンナッシュは母親譲りの銀髪を揺らしながら、身体を伸ばす。

 柔らかな風貌と穏やかな赤い瞳が、大人しそうな印象を与える少年だ。

 かなり母親似であり、ショークリアが男物の服も似合う少女ならば、ガノンナッシュは女物の服も似合う少年と言えるだろう。


 もっとも、本人は女っぽい容姿の自分をあまり良くは思ってないようだが。


「仕方ないとはいえ、身体が痛くなるんだよね」

「ええ。分かっているわ。でもちゃんとしないとダメよ。他の貴族たちに揚げ足をとられちゃうから。可能な限り完璧に振る舞い、むしろ相手の揚げ足を取る余裕を持たないと」

「はーい。でも、それならショコラはなおさらだよね。来年には六歳のお披露目があるんだし。宣誓の神様は決まってるの?」

「うーん……神様はまだ」


 お披露目の日には、自分が仕える主神を決める必要がある。頭では理解していたが、前世では日本人だったこともあり、今もなおピンときていなかった。


(基本は、創造神ゴズエンペリウム五彩神ゴズホイーラのうち六柱から選ぶらしいけど……どうにもなぁ……)


 六柱に仕える眷属神リ・ゴズでも良いという話なので、その方向から選ぶというのもありだろう。


「そうね。ガナシュの言う通り、お披露目の時にみっともなくないように、ちゃんとした立ち振る舞いを身につけましょうね。

 主神に関しては、当日までに決めておけば問題ないわ」


 矛先をショークリアへと向けられて安堵した顔を見せるガノンナッシュだったが、それに気づかないマスカフォネではない。


「がんばります」


 ショークリアの答えに、マスカフォネは満足したようにうなずく。


(貴族ってのはそういう作法とかにうるさいんだな。

 なら、家族に迷惑かけねぇ為にもしっかり覚えねぇと)


 胸中の気合いもバッチリだ。


(アニキにも負けてらんねぇしなッ! 一緒にやってんだから、ついでに男の作法も覚えちまおうッ!)


 ショークリアは気合いを重ね掛けしてチラリと兄に視線を向ける。

 その行動に深い意味などなかったのだが、マスカフォネはその視線を深読みした。


(あら? ショコラったら、話の矛先を自分へ誘導されたのに気づいているのね。ガナシュに話を向けないのか――とそういう視線よね?)


 ――ならばそれに応えてあげるのが、講師だろう。

 マスカフォネはそう判断して、視線をガノンナッシュへと向ける。


「ガナシュ。

 確かに来年のお披露目を思えばショコラが礼儀作法を覚えるのはとても大事なコトよ。

 でも、貴方はショコラの三つ上。すでにお披露目は終わっておりますが、十二歳になればデビュタントが待っているのよ。それまでに今以上のものを身につければならないわ。貴方もがんばりなさい」

「はい……」


 口を尖らせてはいるが、マスカフォネの言いたいことが分からないわけではないだろう。

 だが、どうしても気持ちが付いていかないようだ。


(ちょっとばかし、アニキのやる気が萎えてるな……。

 まぁ面倒くせぇのは分かるんだが、お袋がここまで言うんだ。覚えておかないと、結果として面倒なんだろうよ……)


 兄が迂闊なことをして、家族みんなが変な目で見られるのは問題だ。

 何より、根っこは真面目なガノンナッシュのことだ。そうなったら自分を責め続けて、不真面目に振る舞い続けるかもしれない。


 そうやって、自分だけが嫌われものになることで、家族を守ろうとするだろう。


(カンでしかねぇんだけど、どうもそういう予感が拭えねぇ……)


 そんな前世の自分のような振る舞いを、今世の兄にやらせるわけにはいかなかった。

 やらせたくもないし、見たくもない。


(……負けず嫌いなアニキだし、ちょっと焚きつけてやっか。真面目にやってくれりゃあ、問題も起きねぇだろ)


 よし――と、胸中で決意を決めて、ショークリアはガノンナッシュに視線を向けた。


「お兄様、せっかくですので勝負をしない?」

「勝負? なんの?」

「礼儀作法の」


 礼儀作法でどうやって勝負するんだという目をするが、興味は沸いたのか、ガノンナッシュは気持ち前のめりになる。


「わたし、女性の作法だけでなく、男性の作法も覚えようと思うの」

「……オレも女性の作法を覚えろって?」

「ううん。お兄様は、男性作法だけでいいのよ? わたしのお披露目までに、男性向け作法をどこまで完璧にできるか勝負ッ!」

「その条件なら、オレも女性の作法を覚えるッ! 両方の作法をどっちが完璧にできるか勝負だ!」


 二人のやりとりを見ながら、マスカフォネは小さな笑みを浮かべた。


(ショコラ。上手くガナシュを乗せたわね。

 相手を誘導するその手腕はすばらしいわ。将来が楽しみね。

 それにしても、ガナシュは何も考えずに乗っちゃったみたいだけど……女性の作法も覚えるって本気で言ってるのかしら……?)


 このまま競い合うように礼儀作法をマスターしてくれれば、マスカフォネとしても安心なのは間違いない。

 余計なことを口にして、ガノンナッシュのやる気を削がないように、ショークリアが焚きつけたやる気に便乗しようと、マスカフォネは決めた。


「では、次回からは二人に両方の作法を教えていきます。しっかり励むように」

「はい」

「はいッ!」


 元気の良い返事をする二人に、マスカフォネは満足そうにうなずくのだった。

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